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			<title>サブやんの史蹟名勝天然記念物巡礼</title>
			<description>古い資料や自らあるいた地域の史蹟や天然記念物をお届けします</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/meisyoannai</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>サブやんの史蹟名勝天然記念物巡礼</title>
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		<item>
			<title>甲州の博徒　黒駒勝蔵</title>
			<description>甲州人らしい博徒、黒駒勝蔵&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（東都山梨新聞主幹　古屋権一氏著「ザ山梨　武田信玄と甲斐路」読売新聞社刊S62所収記事）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　甲州博徒の中では黒駒の勝蔵が最も甲州人らしい生き方をしている。勝蔵は天保二年（一八三一）、黒駒村の名主の次男に生まれた。二十歳のとき江戸へ出て剣術を習い、目録の腕になって戻ってきた。黒駒あたりは行商をする土地でもないし、&lt;br /&gt;
米麦を作り、養蚕をして細々と暮らしている。鬱勃たる精神の若者には、退屈である。勝蔵はいつか隣村竹居村の安五郎の博場へ足を入れ、その子分たちとつき合うようになった。博場には彼を誘う熱気があった。安五郎はこのとき、ご用弁になって新島へ送られ、留守は子分たちが守っていた。安五郎はやがて、新島の名主を殺して鉄砲を奪い、島抜けに成功して甲州へ戻ってきた。勝蔵は初めて安五郎に会った。格幅のよい五十歳の親分だった。勝蔵は二十五歳。安五郎は勝蔵を一目見て気に入った。親分になる器量が備わっていたのだ。しかも、たがいに名主の次男だ。安五郎は勝蔵を可愛がった。そして、まもなく近くに一家を張らせた。彼の見込み通り勝蔵は気が利き、よい度胸をしていた。子分もしだいに増えたので、縄張りを分けてやった。勝蔵は親分としてよい顔になった。&lt;br /&gt;
　ところが博徒仲間の喧嘩から、勝蔵は代官に追われる身になり、駿河へ逃がれた。二十名ほどの子分を連れて歩いている勝蔵は、旅では″流れ親分”として、清水の次郎長などと対立した。遠州、三州までも足を伸ばした。こうしているうちに、安五郎が石和代官所の指金で上州浪人の犬上軍次郎という者に捕えられ、獄中で毒殺されたということを聞いた。彼は愕然とした。だが、その驚きの中では仇討ちを誓った。恩人の仇はどうしても討たなければ気がすまなかった。&lt;br /&gt;
　安五郎は島抜けの罪人だが、ふつうでは捕えられるはずはないので、よく聞いてみると、代官所では柔のできる軍次郎を用心棒として住み込ませ、安五郎が隣村へ用事で行く折をしめしあわせ、軍次郎が安五郎に後ろから組みついたところを、捕吏が何人も飛びついて逮捕したということだった。&lt;br /&gt;
　勝蔵は急いで、甲州へ帰り、子分ともに軍次郎の隠れ家を襲って仇を報じた。だが、代官所に斬り込むには人数が足りない。またの機会にすることにして、また旅に出た。&lt;br /&gt;
もう、この頃時代は大きく変わろうとして幕府と朝廷の争いが、侍従である彼の耳にもひびいてきた。こんな馬鹿なことをしてはいられないと思った。彼は十代の頃、村の神主、武藤外記から聞いた、同じ甲州の人で勤王の先覚者、大県大弐の話を思い出した。そして同時に、外記が文通しているという勤王の分家、四条隆謂のことも頭に浮かんだ。勝蔵はあれこれ考えて、京都へ行き、朝延方の兵として働こうと思った。思いつくと行動は早い。彼はあり金を子分たちに分配して、やくざの足を洗い、子分を二人ほど連れて京都に赴いた。そして、しばらく勝蔵たちは伊勢にいたのだった。&lt;br /&gt;
それから二年ほど消息を断ったが、明治元年（一八六八）、江戸に下る徳川追討の官軍の一部隊の中に、勝蔵は池田数馬と名乗り、一伍長として加わっていたのである。二人の子分も一緒だった。江戸で編成替えが行なわれ、第一遊撃隊に属した勝蔵は東北各地で戦ったが、戦争が終わると、余分の兵は不要になった。&lt;br /&gt;
　その頃、明治新政府は、金が欲しいため、金山の開発に意を注ぎ、甲府県にもその調査の指令が釆、県では武田信玄がかつて掘った黒川山金山を一応調査し、申告した。このことを開いた勝蔵は、軍職には見切りをつけ、資金を工面し、かつての子分や人夫を連れ、黒川山金山を掘ったが、未熟な技術ではどうなるものでもなかった。&lt;br /&gt;
　見切りをつけた彼は、伊豆に保養に出かけたが、湯の宿で甲府県の捕吏（もと同心）に逮捕された。勝蔵は維新前の罪は新政府成立の大赦で消滅するか、軽減されるかを知っていたので、抵抗もしなかった。&lt;br /&gt;
　ところが、これが見込み違いだった。彼の場合は、維新前の殺人罪が特に通用された。司直の見込みがすごく悪かったのだ。遊歴の博徒の親分だから、殺しの一つや二つはいつでもあった。&lt;br /&gt;
「しまった！」血を吐く思いだったが、どうしようもなかった。明治四年十月十四日、甲府の山崎刑場で斬首された。四十一歳だった。&lt;br /&gt;
同じ頃、甲州財閥の同輩の先駆者、篠原忠右衛門、川手五右衛門、若尾逸平、雨宮敬次郎らが日本最大の貿易港横浜で、力いっぱい活躍していた。&lt;br /&gt;
　博徒から、勤王の武士になり、金山にも目をつけた勝蔵がもし伝手があって、この人たちとともに仕事をしていたなら、屈指の事業家になったにちがいなかった。それだけの器量があった。領主もいないからそうした武士の後ろ楯もなく、学問もない甲州青年が自分の力だけで、やり遂げられるのは、実業界しかなかったのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
黒駒勝蔵&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&amp;p=%E9%BB%92%E9%A7%92%E5%8B%9D%E8%94%B5&amp;ei=UTF-8&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&amp;p=%E9%BB%92%E9%A7%92%E5%8B%9D%E8%94%B5&amp;ei=UTF-8&lt;/a&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/meisyoannai/1393892.html</link>
			<pubDate>Thu, 21 May 2009 21:01:18 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>①甲府勤番支配</title>
			<description>　勤番がもたらした山梨の文化（東都山梨新聞主幹　古屋権一氏著「ザ山梨　　武田信玄と甲斐路」読売新聞社刊S62所収記事）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　甲州勤番はふつう甲府勤番ともいい、柳沢吉里（吉保の子）が、大和郡山に転封になった直後の享保九年（一七二四）八月からの、幕府の直轄支配を指すものである。&lt;br /&gt;
　大手、山手二名の支配頭に三千石以上の旗本（その殆どが問題を起こして「小普請」入り）を任じて役知千石を給し、各支配下に組頭二名勤番士百名、与力十騎、同心五十名を置いた。組頭以下、みな五百石から二百俵までの旗本であった。そして、この組織は老中の支配に属し、甲府城の警備、甲府市内の民政を担当した。一般の郷村には代官所が置かれ、代官が民政を行なった。代官にはお日見得以上の下級旗本を任じ、これは勘定奉行の下に属した。代官支配の村々は次のようであった。&lt;br /&gt;
　甲府代官所（甲府長禅寺前）管轄百六十四力村。外六十七力村。&lt;br /&gt;
　石和代官所（入代郡石和宿）管轄二百五カ村。外二十二力村。郡内（都留郡）の谷村宿に出張所を置く。&lt;br /&gt;
　市川代官所（入代郡市川大門宿）外九力村。&lt;br /&gt;
　代官支配はこのようなものであった。代官の下には手付、手代があり、その下には代官所雇いの捕吏がいた。手代は百石以下の御家人であったが、手代は代官所の侍待遇の属吏であり、代官からふつう三十俵、二人扶持が与えられた。&lt;br /&gt;
　この代官支配のほかに、徳川一門の田安（田安家は山梨郡一丁田中村）、一橋（一橋家は巨麻郡宇津谷村（のちに同郡河原部村））、清水（水家は山梨郡岩下村）・の三家が、各三万石の私領を持ち、それぞれ陣屋を設けて民政にあたった。その構成は複雑に入り組んだ支配系統だった。&lt;br /&gt;
＜割注＞　私は山口素堂の足跡をしのんで歩いたが甲府尊体寺の素堂縁の墓所を調べたときに、その墓石の中に甲府勤番士数名の名前を発見したことがある。&lt;br /&gt;
　勤番士は初期の頃は、山流しといって甲府勤番を嫌悪したものだったが、定住するにしたがって落ちつき、江戸の文化を甲府に持ち込み、甲府特有な文化が芽吹くようになった。支配頭は二、三年で交替したが、勤番士はほとんど交替しなかった。このことは彼らを土地に慣れさせ、二世は甲州を郷里とする″甲府侍″になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　甲府勤番（こうふきんばん）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　甲府藩廃止後に設けた江戸幕府の職名。老中の配下に属し、甲府城の守護と府中の政務を重たる任務とした01724（享保9）年7月、甲斐の幕府直轄地への編入に伴い設置。これは、八代将徳川吉宗の享保（1716－1735）改革の一環としての幕府財政の基礎である天領拡大政策の一つとして実施され、甲府藩主柳沢吉里の大和郡山転封と一連の施策である。この長を「甲府動番支配」といい、山手と大手に1人ずつ置かれ、配下に勤番土が200人（内組頭2人）、与力20人、同心知人が配置された。動番支配・新香土は、幕府小普請組から多く任命された。その初期に大目付などに栄進した者もあったが、ほとんどは動番支配を最後として幕府の要職を退き、一説には甲府勅書支配に任ぜられることを「山流し」といい、あまり歓迎されなかったという。&lt;br /&gt;
【&lt;br /&gt;
甲府勤番支配役知】&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　甲府勤番支配は遠国奉行の筆頭としての歴にあり、高3000石と定められ、そのほかに役料1000石が国内において与えられた（小佐手村、上塩後村など）。一般の動番土は、高500石から200石取りまでの者が任ぜられた。1867（慶応3）年6月、甲府動番支配は、甲府小普請支配となるが、この間、甲府学問所を設置した滝川出羽守利、これを「徽典館」とした酒井安房守忠誨（ただのり）・浅野中務少輔（&amp;#34916;乍）、「甲斐国志」を編集集した松平伊予守定能ら甲斐に文化的影響を与えた甲府動番支配も少なくない。&lt;br /&gt;
＜「山梨百科事典」山梨日日新聞社　斎藤典男氏著＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　彼らの中から学者、風流人なども生まれ、また、土地の者の間からも、同様な文化人が現われるようになった。&lt;br /&gt;
　文化初年に在任した大手支配頭松平定能は、この気風に乗って彪大で貴重な『甲斐国志』を地方史家の協力を得て完成した。また勤王思想家として有名な山県大弐は与力の家に生まれている。&lt;br /&gt;
　江戸の学者や文人も甲府に遊ぶようになり、食文化も江戸前の影響をうけて発達し、鮑（あわび）の煮貝などの名物を生んだ。さらに、芝居、浄瑠璃などが流行し、祭りも盛大に行なわれた。ことに芝居は盛んで、江戸歌舞伎も、甲府で成功すると江戸での成功間違いないと言われた。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　明和四年（一七六七）の坂田藤十郎、市川小団次の入甲をはじめ、坂東彦三郎、瀬川菊之丞、松本幸四郎、坂東三津五郎、沢村源之助、坂東蓑助らが数回入甲して、いずれも若松町の亀屋座で興行を打った。七代目市川団十郎が、やはり亀屋座で初顔見世を行なって、江戸での成功疑いなし、と太鼓判を押されたのは文政五年（一八二二）のことであった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/meisyoannai/1393617.html</link>
			<pubDate>Thu, 21 May 2009 20:56:28 +0900</pubDate>
			<category>山梨県</category>
		</item>
		<item>
			<title>⑤靖国神社の成立</title>
			<description>靖国神社の機能&lt;br /&gt;
＜靖国神社の成立（芳賀登氏著　（「歴史地理教育」138　1967・1）＞&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&amp;p=%E8%8A%B3%E8%B3%80%E7%99%BB%E6%B0%8F&amp;ei=UTF-8&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&amp;p=%E8%8A%B3%E8%B3%80%E7%99%BB%E6%B0%8F&amp;ei=UTF-8&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　農山漁村いな各地の墓地をたずねると一きわ大きいのは、護国の英霊の墓石である。&lt;br /&gt;
　そして他の祖先の霊とわけて、別に立てられている。これは国家につくした人のものを特別尊重させるためにつくられた政策によっている。&lt;br /&gt;
　この墓場から、英霊は、靖国神社へと招魂される。そして靖国神社には、護国の鬼となった人々の遺品が納められている。そしてその遺品は例大祭ごとに、遺族と対面することになっている。もとはというと、例祭も、日露戦争の勝利の記念日と前後して行なわれもした。その時も戦死者の多い陸軍中心に行なわれ来った。&lt;br /&gt;
　靖国神社が戦争のおわる度毎に合祀が行なわれてきた。少なくとも第二次世界大戦、今次戦争をのぞいてすべて勝利におわったために何かいやされるものがあり、戦争批判を生じなかった。たとえ存在しても、内面化されて表に噴出することなくすんだ。&lt;br /&gt;
　昭和十四年（一九三九）三月、各地の招魂社が護国神社と改称された。おおむね一府県をその崇拝区域と定め、社司社掌の神職をおき、その経営は府県社以下とした。&lt;br /&gt;
　ところが翌十五年（一九四〇）四月、二六〇〇年記念を機に、この護国神社に対し、国庫より祭祀料を出して、その経営を支持した。これは、内閣や内務省を中心とする国民精神総動員の一環をなす運動であった。&lt;br /&gt;
　明治の栄光が、多く語られる。靖国神社の境内にある遊就館その他の充実が語られている。そして戦史研究所の復活が叫ばれてもいる。こうした時に、靖国神社が、いついかなる目的でつくられたかを考えることは極めて意義があることである。&lt;br /&gt;
　多くの遺族会が靖国神社を中核に結集している。これは明治以来、靖国神社を支えて来た強力な基盤である。&lt;br /&gt;
　だがその組織さえもが、陸海軍の組織と関連した型でつくられている。そうしたことすらが明治以後の靖国神社の歴史に支えられていることを多くの人はしらない。&lt;br /&gt;
　私もかつて、大村益次郎が靖国神社社頭をかざっているのは、大村が近代兵制の父とばかり考えていた。&lt;br /&gt;
　また靖国神社は、内務省のカがつよい存在であるとばかり考えていた。しかしそう思い込んでいた私は、いつか冷静にこの神社の歴史を検討してみるとき、靖国神社があらゆる面で、陸海軍とくに陸軍と因縁の浅からざることをしった。&lt;br /&gt;
　その時から、靖国神社の例祭のあり方その他遊就館など、その敷地が……陸軍と無縁でない謎がとけたのである。&lt;br /&gt;
　多くの概説、参考書には、全く一行や二行程度しか記述のない、それほどかえりみられていないこと、果してそれほど比重の低い歴史的事実だったろうかと考えると、私は即座に否定せざるを得ない。&lt;br /&gt;
　それでは、靖国神社は何を国民にもたらしたかというと、一口でいえは、国家神道を体現し、信教の自由を否定し、靖国の国の重荷を、国民の心に支えている。その意味で、靖国社こそ、国家神汚のもっとも明確な表現であった。&lt;br /&gt;
　しかしそれにもかかわらず、庶民の中に靖国神社にだけは、と考えさせるものは何であろうか、その意味で、靖国の二字は、きわめて大きな規制力をもっている。&lt;br /&gt;
　癸丑以来の志士の合祀が明治十七年以降行なわれたが、これも靖国のもつ意味に、その意味を倍加させている。しかしこの社には、国家的忠誠をみとめられたもののみがまつられている。（「国民文化」93号より転載）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
○靖国神社&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○遠州報国隊&lt;br /&gt;
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○駿州赤心隊&lt;br /&gt;
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○大村益次郎&lt;br /&gt;
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○東京招魂社&lt;br /&gt;
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○大久保初太郎&lt;br /&gt;
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○戊辰戦争&lt;br /&gt;
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○伏見戦記念日、&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E6%88%A6%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E6%88%A6%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○上野戦争記念日、&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%B8%8A%E9%87%8E%E6%88%A6%E4%BA%89%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%B8%8A%E9%87%8E%E6%88%A6%E4%BA%89%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○会津降伏記念日&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BC%9A%E6%B4%A5%E9%99%8D%E4%BC%8F%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BC%9A%E6%B4%A5%E9%99%8D%E4%BC%8F%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/meisyoannai/1385533.html</link>
			<pubDate>Thu, 21 May 2009 17:32:18 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>④靖国神社の成立（芳賀登氏著</title>
			<description>＜靖国神社の成立（芳賀登氏著　（「歴史地理教育」138　1967・1）＞&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&amp;p=%E8%8A%B3%E8%B3%80%E7%99%BB%E6%B0%8F&amp;ei=UTF-8&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&amp;p=%E8%8A%B3%E8%B3%80%E7%99%BB%E6%B0%8F&amp;ei=UTF-8&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　はじめに&lt;br /&gt;
　靖国神社の歴史は、近代日本の歴史である。そして招魂社以来、古年もたっている。われわれは、したがって近代日本の歴史を考えるために、その百年の歴史、とくにその成立過程を考えてみることは、靖国神社が何のためにつくられたかをしるためにたいせつな作業と考える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東京招魂社&lt;br /&gt;
　慶応四年（一八六八）五月十日、それは戊辰戦争の一大画期たる江戸城開城が行なわれてしばらくたったときに大政官布告が出された。それには、&lt;br /&gt;
　芙丑（嘉永）以来唱義精忠天下魁シテ国事二斃候諸子及草&amp;#33726;有志之輩冤枉羅禍者&lt;br /&gt;
　および、&lt;br /&gt;
　当春伏見戦争以来引続キ東征各地ノ討伐二於テ忠奮戦死侯者&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
のために、京都東山につくられたのが、招魂社のはじめである。&lt;br /&gt;
　東京招魂社は明治二年（一入六九）六月、東京九段坂上につくられたが、これは京都東山の招魂社の発展の上につくられたものである。&lt;br /&gt;
　しかし招魂祭は、慶応四年六月二日に江戸城西の丸の大広間で実施されている。&lt;br /&gt;
　これは、東征大総督府が、関東・東北の戦いで戦死したものの招魂祭を行なったものである。祭主には、遠州報国隊の大久保初太郎（のち春野陸軍大将）や、同桑原真清が介添に当っている。京都では、それにすこしおくれて七月十・十一両日にわたって河原操練場で招魂祭が行なわれている。&lt;br /&gt;
　これによると、招魂社が戊辰戦争の戦死者慰霊のためにつくられたものであり、そしてその主権が、大総督府であったことがあきらかである。&lt;br /&gt;
　その反面、先述の慶応四年五月十日の大政官布告には、癸丑以来の「勤王」志士の招魂がうたわれている。これは長州その他ですでにおこなわれていたもので、なかでも文久二年（一八六二）十二月二十四日の古川窮行（江戸）・世良孫槌（長州）・世良利貞（長州）・西川善六（近江）・長尾郁三郎（京都）・福羽美静（津和野）が中心になって、東山の霊明社に会して慰霊祭をおこなって以来、さかんになっている。こうした伝統が、突丑以来の語になったと考えられ&lt;br /&gt;
る。&lt;br /&gt;
　しかるに東京招魂社の場合には、明治二年（一八六九）六月二十九日の大政官布告のごとく、「戊辰以来戦死ノ士ヲ祭ル」に集約されていた。だがこの祭典において、各藩主、島津・毛利・山内ら九十名が参加し、神僕の分与をうけると共に、遺族御優遇を指示された。&lt;br /&gt;
　そして、戊辰戦争（伏見・鳥羽より函館まで）の戦死者三五八八柱を祭り、ついで七月より、一月三日を伏見戦記念日、五月十五日上野戦争記念日、五月十八日函館兵降伏記念日、九月二十二日会津降伏記念日とし、最初の例祭を九月二十二日ときめた。&lt;br /&gt;
　これらの経過をみても、東京招魂社があきらかに、戦死者を慰霊すると同時に、戦勝の記念の性格をもっていることをしめしている。その中で会津戦争勝利日の比重が大きい。&lt;br /&gt;
　　2　靖国神社&lt;br /&gt;
　東京招魂社の設立以後、国事に身をつくした人を合祀するという慣例が成立した。明治七年（一八七四）佐賀の乱・台湾征伐、同八年（一八七五）江華島事件、同九年（一八七六）熊本神風連の乱、秋月の乱、萩の乱、同十年（一八七七）の西南戦争があいついでおきた。その度毎に、東京招魂社において臨時大祭が行なわれた。その中心は、兵部卿もしくは陸軍刺であった。明治六年には勝海軍卿となったためか函館戦争記念日がなくなった。&lt;br /&gt;
　当時は、神職はおかれず、会員によって運営されていた。西南戦争殉国者合祀は、明治十一年（一八七八）七月に行なわれ、祭神柱数は、一万六〇六柱におよび、ここにおいて招魂社ほ、国家に殉じた人の忠霊合祀場となった。以後西南戦争の終結記念日九月二十四日が大祭日となった。&lt;br /&gt;
　すでに明治八年に、招魂社規則がきめられ官祭と私祭に分けられ、官祭のものには祭祀料と修繕料が出されるに至っている。&lt;br /&gt;
　したがって、公然とした型で、国庫補助が決められている。それが明治十二年（一八七九）六月四日の太政官達によると、東京招魂社は靖国神社と改称され、別格官幣社に格上げられた。この靖国神社の成立は、陸軍省第一局長より西郷陸軍卿に提出される型で、成立している。&lt;br /&gt;
　したがって軍部の主導権のもとで靖国神社はつくられたのである。&lt;br /&gt;
　靖国神社なる名称は、掌典の丸岡莞爾の祭文にあるように「大皇国ヲバ安国卜知食（ｼﾛｼﾒ）ス」神をまつるところとの考えによって名付けられたものである。&lt;br /&gt;
　その由来は「日本者（ﾊ）浦安国」「四方国を安国と平けく」「大倭日高見国を安国と定奉り」「瑞穂の国を安国と平けく」とするように、「古事記」「日本書紀」「延書式祝詞」にあらわされるがごとき古典精神の継承にあった。その上に、靖国神社が別格官幣社となったことは、その規定の&lt;br /&gt;
「国乱ヲ平定シ国家中興ノ大業ヲ輔巽シ又ハ国難二殉セシモノ若クハ国家二特別麒著ナル功労アルモノニシテ万民仰慕シ兵ノ功績現今己二祀ラレシモノニ比シ諌ラサルモノ但シ一神一社二限ル」&lt;br /&gt;
とあることより、楠木正成その他の祭神並の好遇であることをしめしたものである。&lt;br /&gt;
　ここにおいて国事につくした人は無名の士も、別格官幣社の祭神になれると認識もさせたのである。しかしこの年より祭日は五月六日と十一月六日だけとなり、春秋二回、上野と会津にたちかえっている。&lt;br /&gt;
　しかも靖国神社は、その会計経理面は、明治二十三年十一月まで少くとも陸軍省の管轄下にあった。そして神職はおかれず、奉納金・賽銭は陸軍省収入となり、祭祀料は陸軍省よりだされている。神職として奉仕するものは会員から選ばれていた。他の神社と異なって内務省のカはよわく、特殊なものとされた。&lt;br /&gt;
　明治二〇年代になって、陸軍省だけでなく海軍省も加わった。神職は明治三十五年以降は内閣の監督下に入った。それにしてもつねに靖国神社は、陸軍の力に終始監督されてきた。そのことは、靖国神社の祭典には、つねに陸海軍卿が真先に礼拝すること、そして、慶を開いた時にも軍楽吹奏が行なわれ、きよめの時にも、軍楽を吹奏すること、こうした式典のあり方そのものが、軍中心のものである。それは靖国神社年中行事の式祭が大正三年に陸軍省令で祭式にきめられたことにも示されている。また春秋二回の大祭は日露後は三月十日の陸軍記念日と十一月二十三日の海軍凱旋日に固定されることとなった。&lt;br /&gt;
　また靖国神社は、他の神社と異なって数少ない勅祭社に定められている。天皇、皇后の行幸啓でなければ、勅使の差遣がみられる。&lt;br /&gt;
　祭神は、上奏裁可を得て、合祀されたものである。このようにみてくると、靖国神社は、特別な扱いをうけていたといってよい。&lt;br /&gt;
　それでは、なぜ靖国神社は、こうした特別あつかいをうけたのだろうか。この点の解明こそ、明治首年が招魂社官年であることの意味を考えるために、たいせつなことの一つである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
○靖国神社&lt;br /&gt;
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○遠州報国隊&lt;br /&gt;
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○駿州赤心隊&lt;br /&gt;
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○大村益次郎&lt;br /&gt;
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○東京招魂社&lt;br /&gt;
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○大久保初太郎&lt;br /&gt;
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○戊辰戦争&lt;br /&gt;
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○伏見戦記念日、&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E6%88%A6%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E6%88%A6%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○上野戦争記念日、&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%B8%8A%E9%87%8E%E6%88%A6%E4%BA%89%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%B8%8A%E9%87%8E%E6%88%A6%E4%BA%89%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○会津降伏記念日&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BC%9A%E6%B4%A5%E9%99%8D%E4%BC%8F%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BC%9A%E6%B4%A5%E9%99%8D%E4%BC%8F%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/meisyoannai/1385432.html</link>
			<pubDate>Thu, 21 May 2009 17:30:11 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>３靖国神社と軍国主義　慰霊の習俗と軍団主義</title>
			<description>靖国神社と軍国主義&lt;br /&gt;
　その神社信仰の系譜　（「歴史地理教育」138　1967・1　大江志乃夫氏著）&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&amp;p=%E5%A4%A7%E6%B1%9F%E5%BF%97%E4%B9%83%E5%A4%AB%E6%B0%8F&amp;ei=UTF-8&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&amp;p=%E5%A4%A7%E6%B1%9F%E5%BF%97%E4%B9%83%E5%A4%AB%E6%B0%8F&amp;ei=UTF-8&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
慰霊の習俗と軍団主義&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　靖国神社の由来である慰霊の習俗である御霊信仰とはどんなものであろうか。民俗学者桜井徳太郎氏の調査報告によれば、伊予宇和島地方の御霊信仰の例として、&lt;br /&gt;
	藩の領民の頁租軽減につとめた重臣山家清兵衛が反対派に閻討され、その怨霊が夜な夜な出没するので慰霊のためにたてられた和霊神社、&lt;br /&gt;
	藩の圧政に抗して犠牲となった義農の霊をなぐさめる「エソのトの焼餅」祭、&lt;br /&gt;
	長宗我部氏に滅亡させられた新田氏一族の怨霊が長宗我部の軍船をことごとく嵐で海中に覆滅させたたたりを恐れる新田神社、&lt;br /&gt;
	おなじく長宗我部氏に亡ばされた一条氏の亡霊が海上に時化（しけ）をもたらし漁民を苦しめたので祭られた一条宮様などが紹介されている。&lt;br /&gt;
　この信仰に共通するのは、対象が戦争または無実の罪のために非業の死をとげた亡霊であること、u榊　したがって、この世に怨みを残した怨霊がさまざまの怪異な力をもってたたること、付．この亡霊を祭ることによってたたりを免かれることができるだけでなく、亡霊のもつ怪異な力に保護されてさまざまの恩恵をうけることである。&lt;br /&gt;
　今も、こうした僻地に残る御霊信仰は、江戸時代にはひろく民衆の問にひろがっていた。たとえは、歌舞位に登場するスーパーマンたちが、曽我五郎、鎌倉権五郎、大館左馬五郎、竹抜五郎から、花川戸の助六は世をしのぶ仮の名で実は曾我の五郎というところまで、多くがゴロウであり、御霊がゴロウになまった御霊信仰の舞台化であることはすでに知られている。&lt;br /&gt;
　こうみて来ると、戦争によって罪なく死んだ戦死者の亡霊を慰め、そのたたりを防ぎ、亡霊のスーパーマソ的力を逆にたたりから「護国の鬼」に転ずるという靖国神社の信仰形態は、御霊信仰そっくりであるということになる。それなら、古くから日本の民衆に伝わる宗教・信仰に根ざしたものであるから、靖国神社はよいものではないか、ということになりそうなものであるが、そうではない。明治政府は、民間信仰の形式だけをそっくりとりいれて、その内容を一八○度かえてしまったのであった。第一に、在米の御霊信仰は、報いられなかった死者の亡霊を慰めるためのものであるから、本来をいえば、官軍の戦死者だけでなく、むしろ敗北者である幕府がわの戦死者の亡霊の方が大事だったはずである。&lt;br /&gt;
　第二に、靖国神社に祀られた「護国の鬼」は祀られることによって、たたりが消滅するはずであるのに、そうでないかのように宣伝された。つまり、日清戦争の戦死者の霊は、三国干渉の結果、浮かばれないことになり、この亡霊を慰めるためには日露戦争が必要とされた。つまり、軍歌の一節にあったように、「血汐と交えし遼東に、さまよう霊の叫ぶとき」、遼東半島を日本の領土としないかぎりは、亡霊が慰められないという発想である。日露戦争が終れば満蒙の地で死んだ亡霊は靖国神社に祀られるだけでなく、満蒙の地をさまよいつづける。「満豪にさまよう一〇万の生霊」を慰めるためにというのが満州事変に国民を動員するスロ－ガンとされた。&lt;br /&gt;
一方では靖国神社に祀られて神となり、一方ではまださまよう「生霊」（このばあいセイレイと読まされていたが本来は生身のまま怨霊と化したもののいみである）であるという使いわけがおこなわれ、一つの戦争の犠牲をつぐなうためには、より大きな次の戦争が必要であるという方向にむけられたのである。この二面性は、一面では戦死者が神に祀られることによってのこされた肉親に満足感をあたえるとともに、もう一面では戦死者の肉親の怨念が、戦争や戦争をひきおこした国家にむけられることを防ぎ、戦死者の流血の場所を日本が確保することへの欲望へとかりたてるという作用をしめした。&lt;br /&gt;
　御霊信仰がもたらす本来のスーパーマン的恩恵は、その怪異な力が、本来の怨念とはまったぐちがった、たとえば悪疫を防ぐ力とは豊作・豊漁をもたらす力として作用することによると信じられていた。ところが、本来の怨念の晴らすことだけに有効であり、本来の怨念を晴らすことを要求する靖国神社信仰は、素朴な、自然の力ヘの畏怖と信頼が交錯する民間信仰とは、その形だけを似せて、まったく別なものに作為的に変造された信仰でしかない。しかも、形式つけるための道具とされて来た靖国神社で、はたして本当に戦争のを伝統にかり、形式で民衆の心をひきよせ、実質は戦争のつぐない犠牲となった人々の魂は慰さめられるのであろうか。はつぎのより大きな戦争でのみ可能であるという心情を国民に植えつけるための道具とされてきた靖国神社で本当に戦争の犠牲となった人々の魂は慰められるのであろうか。（「国民文化」92号より転載）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
○靖国神社&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○遠州報国隊&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%81%A0%E5%B7%9E%E5%A0%B1%E5%9B%BD%E9%9A%8A&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%81%A0%E5%B7%9E%E5%A0%B1%E5%9B%BD%E9%9A%8A&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○駿州赤心隊&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%A7%BF%E5%B7%9E%E8%B5%A4%E5%BF%83%E9%9A%8A&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%A7%BF%E5%B7%9E%E8%B5%A4%E5%BF%83%E9%9A%8A&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○大村益次郎&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%A4%A7%E6%9D%91%E7%9B%8A%E6%AC%A1%E9%83%8E&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%A4%A7%E6%9D%91%E7%9B%8A%E6%AC%A1%E9%83%8E&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○東京招魂社&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E6%8B%9B%E9%AD%82%E7%A4%BE&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E6%8B%9B%E9%AD%82%E7%A4%BE&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○大久保初太郎&lt;br /&gt;
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○戊辰戦争&lt;br /&gt;
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○伏見戦記念日、&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E6%88%A6%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E6%88%A6%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○上野戦争記念日、&lt;br /&gt;
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○会津降伏記念日&lt;br /&gt;
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/meisyoannai/1385088.html</link>
			<pubDate>Thu, 21 May 2009 17:20:16 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>②靖国神社と軍国主義　靖国神社の宗教的基礎</title>
			<description>靖国神社と軍国主義&lt;br /&gt;
　その神社信仰の系譜　（「歴史地理教育」138　1967・1　大江志乃夫氏著）&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&amp;p=%E5%A4%A7%E6%B1%9F%E5%BF%97%E4%B9%83%E5%A4%AB%E6%B0%8F&amp;ei=UTF-8&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&amp;p=%E5%A4%A7%E6%B1%9F%E5%BF%97%E4%B9%83%E5%A4%AB%E6%B0%8F&amp;ei=UTF-8&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
靖国神社の宗教的基礎&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　靖国神社が、明治になってから、どういういきさつで設立されてきたか、その過程については、芳賀登氏の別稿にくわしいのでここでは省略したい。その最初は、慶応四年五月十日、京都の東山に招魂社をたて、嘉永六年以来国事に奔走して殉難した「諸士及草葬有志之輩」の霊をなぐさめたことに始まる。一方、東京では、六月二日に江戸城内で戊辰戦争における官軍戦没者の招魂祭をおこない、翌明治二年六月、東京九段坂上に招魂社が建設され、鳥羽伏見戦争以来の官軍戦没者の霊を祀った。京都招魂社は、のちに東涼招魂社に合併された。これが靖国神社の起源である。&lt;br /&gt;
　明治新政府は、このころ、新らしい権力のよりどころを天皇の宗教的権威にもとめ、祭政一致のスロ－ガンのもとに神道を国教にしようとしていた。その教義のよりどころは、当初は平田派の復古神道であり、さらにひろく福羽美静や大国隆正らの国学思想であった。ところが、地方の豪農以上の知識層にはこういう思想はつうじても、一般民衆にはつうじない。一般の民衆は殿様があることは知っていても、天皇の存在など知りはしない。お蔭参りの流行で伊勢参宮することは知っていても、それはしいたげられた民衆の一生に二度の自由な旅行であって、現実の天皇の存在とは何もかかわりがない。そういう民衆にとっては、天皇の宗教的権威を軸にした神道の教義など通用するはずがなかった。&lt;br /&gt;
　しかし、民衆には古くから民衆の問に伝わっている土俗的信仰の流れがあった。この土俗的民間信仰をうまく利用することによって、新政府は天皇の権威を民衆に売りこもうとした。明治二年、政府が東北地方の人民にむけて出した諭告に、「天子様は天照皇大神宮様の御子孫様にて比の世の始りより日本の主にましまし、神様の御位、正一位など国々にあるも、みな天子様より御ゆるし遊ばされたものにて、一尺の地一人の民もみな天子様のものなれば」とある。つまり、民衆のなかに生きている民間信仰のなかの、伊勢信仰と天皇を直接結びつけることによって天皇の宗教的確成を浮かび上らせ、正一位稲荷大明神よりも天皇がえらいということを強調して、天皇を民衆に売りこんだのであった。&lt;br /&gt;
　靖国神社の宗教的基礎も、こうした土俗的民間信仰の流れにもとめられた。九段の招魂社建設が成った明治二年六月二十八日申の刻清祓を修め、同夜丑刻に招魂の式を挙げ」と「靖国神社誌」に記されている。丑の刻といえば例の草木も眠る丑満の刻、つまりもろもろの怨霊がさまよい出る時刻である。こうした招魂祭の形式は、亡霊を鎮める、いわゆる御霊（ごりょう）信仰の形式である。明治の天皇制は、一方では祭政一致・国家神道という復古神道的な教義の上に、天皇制の原理をつくりあげ、この天皇制信仰に民衆を動員するために、この天皇制原理とはまったく異なった次元の土俗的民間信仰を無媒介的に天皇制に結びつけることによって、招魂社＝靖国神社をつくりあげ、天皇制軍国主義に民衆を動員し奉仕させるための「名誉と宗教」のよりどころにしたてあげたのであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
○靖国神社&lt;br /&gt;
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○遠州報国隊&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%81%A0%E5%B7%9E%E5%A0%B1%E5%9B%BD%E9%9A%8A&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%81%A0%E5%B7%9E%E5%A0%B1%E5%9B%BD%E9%9A%8A&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○駿州赤心隊&lt;br /&gt;
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○大村益次郎&lt;br /&gt;
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○東京招魂社&lt;br /&gt;
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○大久保初太郎&lt;br /&gt;
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○戊辰戦争&lt;br /&gt;
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○伏見戦記念日、&lt;br /&gt;
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○上野戦争記念日、&lt;br /&gt;
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○会津降伏記念日&lt;br /&gt;
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/meisyoannai/1384970.html</link>
			<pubDate>Thu, 21 May 2009 17:17:01 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>①靖国神社の歴史　靖国神社と軍国主義</title>
			<description>靖国神社と軍国主義&lt;br /&gt;
　その神社信仰の系譜　（「歴史地理教育」138　1967・1　大江志乃夫氏著）&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&amp;p=%E5%A4%A7%E6%B1%9F%E5%BF%97%E4%B9%83%E5%A4%AB%E6%B0%8F&amp;ei=UTF-8&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&amp;p=%E5%A4%A7%E6%B1%9F%E5%BF%97%E4%B9%83%E5%A4%AB%E6%B0%8F&amp;ei=UTF-8&lt;/a&gt;　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「天皇の軍隊」&lt;br /&gt;
「征服の拡大につれて国民的自由が失われるに準じて戦争はしだいにひとつの技術と化し、ひとつの商売と堕落した。&lt;br /&gt;
古代人の間に愛国心と命名されていたところの公徳心は、各人が構成分子となっておる自由政体の維持・育成に対する各人各自の強烈な利害的関心から生みだしたものである。このような観念は、共和制時代の軍国をしてほとんど常勝・無敵とならしめたのであったが、専制君主の雇奴傭僕に対してはきわめて微弱な印象より与えることができなかった。そこでこの欠陥を補充するに異種の、しかし同等に力強い性質の動機、すなわち名誉や宗教をもってすることが必要になった。水飲み百姓とか職工とかがつぎのような僻見を抱きこんでしまった。すなわち、自分は一段威厳の高い武人の位に進んだのであって、ここでは自分の地位も名誉も自分自身の勇気に懸って存するわけである。このような動機は、もともと想像性から勢力を得たものであるが、さらに一層実質的な恐怖と希望の情念によって、その力を強めた。上方において卑怯や反令は、峻厳な刑罰を免れることが不可能だった。百人隊長は殴打・懲戒の権を与えられていたし、将官は死刑に処する権をもっていた。そして善良な兵士は、敵以上に自己の上官を怖るべし、とは不磨の軍紀的格言であった。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この文章は、一八世紀イギリスの歴史家ギボンが大著『ロ－マ帝国衰亡史』のなかで、ローマ帝国軍隊について書いている文章である。しかし、そのままそっくり、戦前の日本軍隊にあてはまる。日本の軍隊は、国民的自由のうらづけがない「皇軍」であった。したがって、本当に自分たちの生活している社会にたいする「各人各自の強烈な利害的関心から生みだされた正しい意味での愛国心の観念がなかった。あったのは、「天壌無窮の皇連を扶翼すべし」と教育勅語に定められたように、国を愛することではなく、天皇に忠誠を尽すという「専制君主の雇傭奴僕」としての義務だけだった。こうした欠陥を補充するために、天皇の軍隊では、「名誉や宗教」、「さらに一層実質的な恐怖」がもちいられた。年金つきの金鶏勲章の名誉、戦死したならば靖国神社に祀られて神となり、天皇の参拝をうけるという宗教的信念、そして、日本の軍隊の内務班における残酷な暴力による恐怖、上官の命令は天皇の命令と心得よという、軍人勅諭によるきびしい服従の強制、何から何までローマ帝国軍隊そっくりであった。つまり、靖国神社は、こうした日本の軍隊のあり方ときりはなして考えられない存在であったのである。&lt;br /&gt;
○靖国神社&lt;br /&gt;
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○遠州報国隊&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%81%A0%E5%B7%9E%E5%A0%B1%E5%9B%BD%E9%9A%8A&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%81%A0%E5%B7%9E%E5%A0%B1%E5%9B%BD%E9%9A%8A&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○駿州赤心隊&lt;br /&gt;
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○大村益次郎&lt;br /&gt;
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○東京招魂社&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E6%8B%9B%E9%AD%82%E7%A4%BE&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E6%8B%9B%E9%AD%82%E7%A4%BE&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○大久保初太郎&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%A4%A7%E4%B9%85%E4%BF%9D%E5%88%9D%E5%A4%AA%E9%83%8E&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%A4%A7%E4%B9%85%E4%BF%9D%E5%88%9D%E5%A4%AA%E9%83%8E&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○戊辰戦争&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%88%8A%E8%BE%B0%E6%88%A6%E4%BA%89&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%88%8A%E8%BE%B0%E6%88%A6%E4%BA%89&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○伏見戦記念日、&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E6%88%A6%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E6%88%A6%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○上野戦争記念日、&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%B8%8A%E9%87%8E%E6%88%A6%E4%BA%89%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%B8%8A%E9%87%8E%E6%88%A6%E4%BA%89%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;=&lt;br /&gt;
○会津降伏記念日&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BC%9A%E6%B4%A5%E9%99%8D%E4%BC%8F%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BC%9A%E6%B4%A5%E9%99%8D%E4%BC%8F%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5&amp;search.x=1&amp;fr=top_ga1_sa&amp;tid=top_ga1_sa&amp;ei=UTF-8&amp;aq=&amp;oq&lt;/a&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/meisyoannai/1384871.html</link>
			<pubDate>Thu, 21 May 2009 17:14:21 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>・宮崎県青島村巾着島</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-85-14/meisyoannai/folder/226065/77/1384577/img_0?1242893138&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
・宮崎県青島村&lt;br /&gt;
・&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&amp;p=%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E7%9C%8C%E9%9D%92%E5%B3%B6%E6%9D%91&amp;ei=UTF-8&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&amp;p=%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E7%9C%8C%E9%9D%92%E5%B3%B6%E6%9D%91&amp;ei=UTF-8&lt;/a&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/meisyoannai/1384577.html</link>
			<pubDate>Thu, 21 May 2009 17:05:38 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>和歌山県田辺湾神島卍型彫刻のある石</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-85-14/meisyoannai/folder/226065/03/1383003/img_0?1242889480&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
和歌山県田辺湾神島&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&amp;p=%E5%92%8C%E6%AD%8C%E5%B1%B1%E7%9C%8C%E7%94%B0%E8%BE%BA%E6%B9%BE%E7%A5%9E%E5%B3%B6&amp;ei=UTF-8&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-ybb&amp;p=%E5%92%8C%E6%AD%8C%E5%B1%B1%E7%9C%8C%E7%94%B0%E8%BE%BA%E6%B9%BE%E7%A5%9E%E5%B3%B6&amp;ei=UTF-8&lt;/a&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/meisyoannai/1383003.html</link>
			<pubDate>Thu, 21 May 2009 16:04:40 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>佐渡小木海岸枕石浦の枕石</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-85-14/meisyoannai/folder/226065/17/1382817/img_0?1242889072&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-85-14/meisyoannai/folder/226065/17/1382817/img_1?1242889072&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
○</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/meisyoannai/1382817.html</link>
			<pubDate>Thu, 21 May 2009 15:57:52 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
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