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「キルギスの中のキルギス」
なんかカッコいいタイトル。(^^)
でも私が考えたのではなく、ある日本人の方の口から出た言葉です。
その方は、キルギスのある街に、青年海外協力隊として赴任している方。 彼女によると、その街は、あらゆる民族が入り混じる首都に比べて
純粋なというか伝統的なキルギス文化が残る街だということだ。 そして、人種もロシアやカザフといった人たちよりもキルギス族が多いとのこと。 その街とは、「ナリン」。
今回すべてを手配してくれたアイジャマルちゃんの故郷です。 ビシュケクから車で約5時間のこの町に、レッツホームステイ! (^0^)☆ イシク・クルの湖畔で最後の朝ごはんを食べ、車に乗り込んでナリンへ向かう。 最初は街の中を通ったり、まだ近いイシク・クルを眺めながらのドライブだったけど、
だんだんまた風景が大自然に変わってきた。
寒さが厳しい気候のためか、あまり大きな木が生えておらず、
一瞬パッと見ると、「・・・阿蘇?」と思ってしまう(^^;
とても爽やかな風景です。
でもどんどん走っていくに連れ、
阿蘇とくじゅうを足しても足りないほどの、雄大すぎる風景に変わってきた。 なんか視力がよくなった気がするぞ(^^; 休憩で車外へ出ると、長袖が必要なほどかなり涼しい。
何時間か車で走って(何時間走ったかもう忘れてしまった)、 目の前に立ちはだかる、まるでオーストラリアのエアーズロックのような巨大な岩 (岩というにも大きすぎる感じ)の間に通っている細い道を抜けると、 いきなり街が現れた。 振り返ると、この岩の迫力。
天然の防壁みたいだ。 ナリンはキルギスの南北ちょうど真ん中あたり、人口2万5千人ほどの街だそうだ。
そして、彼女の家に到着!
外観はかなり年季の入った感じだったけど、中に入ってビックリ。
みんなで 「わーーー!」っと驚きの声をあげた。 ものすごく部屋が華やか!
色鮮やかな絨毯が敷き詰められ、
壁にも壁用の絨毯。 そして、荷物を置いた後通された客間には、
アイジャマルちゃんのお母さんが準備してくれた、パーティーのようなお茶の用意が。 甘いパンと甘くないパン、3種類のジャム、
フルーツ、そしてサラダ。 こちらでは肉が入ってない料理は食事ではなくお茶の時に食べるんだそうだ。 それにしてもこの量。
JICAの人がこっちに来て太ったといってたけど、そりゃ太るだろうなぁ。 キルギスでは
「お客さんにどれだけ熱いお茶を飲ませてあげられるか」 がいい嫁の判断基準になるらしく、
こちらのお家でも常にアツアツのお茶が。そして冷めたらすぐ取り替えてくれていた。 ニコニコと優しい笑顔のお母さんは私たちをとても歓迎してくれたけど、
「みんなの旦那さんは!?」 と女6人だけで旅行に来れることが最後まで不思議でならないようだった。
ま、そこは文化の違いということで(^^;
お茶で一息ついたあとは、アイジャマルちゃんのお父さんが創始者だったという、 小中高一貫学校の見学へ。 トルコの機関(JICAみたいなもん?)が建てた学校らしく、
ものすごく立派な施設。 トルコ人の校長先生から熱心な説明を受け、朝ごはんの招待まで受けた。
帰り道、道の両側の家を写す。
このナリンの町でキルギス人と結婚して暮らしている日本人女性の方の話によれば、
この町の建物は外から見ると古いけど、中に入ればどこもびっくりするくらい綺麗なんだそうだ。 そう言われると、いろんなお宅を拝見したくなるなぁ。
夜は、この日から新しくナリンの町にやってきた2人の青年海外協力隊の人も合流し、 大勢で楽しく晩御飯。 そして夜はまるで修学旅行のような気分で、絨毯の綺麗な部屋にみんなで寝た。
翌日、トルコの学校の校長先生との朝ごはんの前に、 アイジャマルちゃん宅でミニ朝ごはん。 といっても全然ミニではなく、朝から美味しい麺が出た。
そしてトルコの学校へ行き、
また朝ごはん。
その後街の中心部の美術館へ行き、
陶器や絵を鑑賞。 の前に、ミュージアムショップで全員買い物に没頭。
民族色豊かな帽子や洋服、バッグを次々に購入。 運転手さんも進んでモデルになってくれた。 あっという間に30分以上が過ぎた後、
今度こそ芸術観賞。 自然をモチーフにした絵やアラビアンナイトっぽい(どんなだ?)絵が
とても綺麗だった。 美術館を見終わったあと、荷物を取りに家に戻り、 お母さんたちに別れを告げて車に乗り込んだ。 またこの細い道を通り抜け、
一路、ビシュケクへ。
その道のりは気が遠くなるほど長かった。
Aちゃんが持ってきてくれていた「スッパイマン」 のおかげで悲劇は免れたものの、
久しぶりの車酔いでヨレヨレ、 5時間半かかってようやく、ビシュケクにたどり着いた。 おみやげ物やさんで買い物をして(帰国するからと買い物をセーブできた自分に拍手)
一時的に元気回復。 ホテルに戻り、眠いながらも最後の夜が終わるのが惜しくて、
ベランダにコーヒーを持ち出して 涼しい夜風の吹く中、星を眺めながら夜中までおしゃべり。 翌日は眠い目をこすりながらホテルでもりもりと朝食を食べ、
ビシュケク→ウルムチ(トランジット4時間)→北京と 移動を続け、夜の9時半に無事北京へとたどり着いた。 7泊8日、女6人(時々7人とか9人とか)の、 新疆ウイグル、そして未知の国・キルギスの旅はこうして過ぎていったのでした。 ということで、7日のブログに書いた、 「博物館の扉を開けて中を見学していたら海と砂浜があって、
イルカがいた。 滑り台もあったので滑ったら、 インド人の人から有料だと言われて5元払った」 という夢を私なりに解釈すると、 ・博物館=ビシュケクの博物館
・海と砂浜とイルカ=イシク・クルの風景 ・滑り台=アイジャマルちゃん家の前の滑り台 ・インド人=トルコ学校の校長先生(インド人じゃないけど) ・5元払った=ウルムチでのタクシー料金バトルの強烈な思い出 を反映したものだと思う(^0^;
改めて思うけど、 まさか自分が、キルギスに行くなんてまったく想像していなかった。 中国の西の端っこのウイグルも、
日本中心のアジア地図では端のほうにある中央アジアも、 地球儀を少し動かせばそこが中心になるわけで、 自分の住む地域以外にも別の暮らしがあるという 当たり前のことを改めて感じることができた、貴重な一週間。 この悟り(というまで大げさではないけど)が直接何かの役に立つわけではないけど、
自分の今後に何か少しは変化をもたらすんだろうな〜と思う。 そして今後あるかないかの、女6人(時々7人とか9人とか)の旅。
小中学校の修学旅行のような賑わいは久しぶりだった。 またどこかで、こういう旅が実現するといいな〜(^^)
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