北京おっかなびっくり☆

2012年1月から書いているぶんは、2011年5月から8月までのおさらいです。

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広島より

北京から帰国して、1週間が経ちました。
みなさまお元気ですか?(^^)
自宅のネットが9月中旬までつながらないので、
友達の家のネットを借りて書いてます。(^^;

8月19日の朝、
5時過ぎにこんな朝焼けを最後に見てから、帰国。
 
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もうすっかり秋の空という感じですね。
飛行機では北京に別れを惜しんで泣くとか、飛行機の揺れを怖がるとか
そんな余裕が一切なく、
鼻をグズグズ言わせながらひたすら睡眠。
東京に着いたら案の定風邪を引いていて、休憩。
2日東京に滞在し、元気回復した後、広島にやってきました(^^)v
 
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広島はまったく始めての都市ではなく、でも長く済んでいたわけでもないので、
懐かしさや緊張感はナシ。
 
「北京を離れる時、どんな気持ちがするんだろう?」

「広島に着いたら、どんな気持ちだろう?」 と、

自分がどういう気持ちになるのか、とその都度自分を観察していたんだけど、
感情の起伏があまりなく、

ただ家の中の部屋だけを移動するような感じで、すーっと帰って来た。
これは「慣れ」というやつなのか、それとも単に感受性が鈍っただけなのか。(^0^;

ま、とりあえずこれからはここで暮らすということで、
まずは観光客気分(おいおい)で、広島城の周りを一周♪(^^)
 
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そして、入る。
 
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護国神社にもお参りをして
 
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そして登る(^^;、
 
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殿様気分で
広島の街を眺めました。
 
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こちらは前に何度か行ったことのあるビルの、6階のテラス。
 
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この日は買出しのあとに夜また広島城近くに来て、夜景も見れた☆
 
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我が家は大田川のそばにあり、
目の前にさえぎるものがないのは、北京の頃と同じ。
クーラーを全くつけなくていいほどの、
すさまじい風通しの良さです。
 
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新幹線も目の前をビューンと通りすぎていきます。
(速すぎるためまだ写真は撮れておらず)

一昨日航空便の荷物が届き、
昨日エアコンと冷蔵庫と洗濯機が届いた。
そしてあと3週間くらいしたら、船便の荷物がドドッと届くことになっている。
あんな大量の荷物、そして最後に買いまくったチャイナグッズ、
いったいどこに置けばいいのか(==;
 
これから週末ごとに、家具やさんめぐりになるんだろうな。
 
「家具をそろえる」 という行為を今までしたことがないだけに、
何から買っていいのやらまったくわからず、
一昨日はなぜかお客さん用スリッパを買ってきてしまった。
お客さんなんて当分来んだろ、とあとで自分に突っ込んでみました。(^0^;

そして、スマートフォンなるものも購入。
説明書がないから自分であちこちいじっているうちに
ヘンな設定をいろいろしてしまったらしく、思うように動かない。
 
自宅のネットがまだつながらないから、
この小さい画面でいろいろ見るより仕方がなく、
タッチパネルの操作に「あーーーーーもうっ!(>0<)」 とイライラしながらも、
ポチポチと文字を打っています。
 
ただ、Googleマップが使えるのだけは本当に便利。
当たり前だけど外国の地図も見れるから(知らなかったんだよワタシ)、
探してみたら、
大学も、北京のマンションも、その中に入っているカフェの名前とかも出てきて、
おーーーー! っと懐かしくなったよ(^0^)☆

北京のほうがよかったのは
スーパーとかレストランとかその他お店が近くて便利なこと。
都会に住んでる! という感じがすること、
そしてやっぱり、友人や先生たちがたくさんいること。

広島に来てよかったのは、
水辺の風景が綺麗なこと、服務員が笑顔でサービスがいいこと、
意外に何でも安いこと、
そして、トイレがどこも綺麗なこと。
↑ 特にこれでかなりのストレスが軽減されました(^^;
 
ということで、
新しい住所や連絡先などまだ皆さんに全く報告できておりませんが、
食欲もあり、ぐっすり眠れ、元気に暮らしています。

携帯の見すぎで目がショボショボするだけです。
 
そして、本日をもちまして、「北京おっかなびっくり」を終了です。
 
gooブログも含め、
2つの 「北京おっかなびっくり」 を今まで読んでくださった皆様、
ありがとうございました。
 
時々、「北京ひっちゃかめっちゃか」 とか 「北京行き当たりばったり」 とブログ名を間違えられることもありましたが(笑)、
皆さんのおかげで、めずらしく3日坊主にならずに続けられました。
 
自宅ネットがつながったら、
Yahoo! ブログのほうにまとめてプリントアウトでもすっかな♪

北京での生活が懐かしくなれば、
備忘録として書いたこのブログを見て思い出すことにします。
 
広島ではそんなにビックリすることはないんじゃないかと思いますが、
ネットがつながったら、もしかしたらこのアドレスのまま、
何か新しく始める、、、、かも? (断言できない^0^;)

それでは皆様、再見(またネ)! (^0^)/☆
 

北京最後の一日

寂しいと感じる体力の余裕がなく
鉛のように重い身体を無理やり起こした朝(自業自得だろ)。
朝食を食べに行き、
ボーっとする頭を抱えてタクシーに乗り込み、
フラフラとたどり着いた、天安門広場(実は広場に入るのは初めて)。

スカッと気持ちの良いこの風景に、
テンションが一気に上がった!!!!!!(^0^)
 
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北京の一番心に残る場所といえば、やっぱり故宮。
ラストエンペラーのテーマと、
浜崎あゆみの「Ballad(NHKの蒼穹の主題歌)」を交互に聴きながら、
最後の故宮へ。
 
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よく考えたら、こちらも万里の長城と並び、
記念すべき10回目でした☆(^0^)
 
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そして最後はお決まりの、景山公園からの眺め。
こんな歴史のある街で暮らせてほんとによかったなぁと思った。

故宮のあとは、あのゴールドパックを仕入れるべく、
美博城へ。
タクシーがまったくつかまらなかったので、
2回目の、ボックス三輪車に乗車。
 
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意外に速いスピードで、
 
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信号もほとんど関係なく、あっという間に到着。
 
そして、写真のおじさんと握手して別れた30秒後、
後ろに写っている日傘をそのまま置き忘れたことに気づいた。
(おじさんはすでにはるか遠くへ。。。)
 
最後の最後まで、何やってんだか(^^;

大量にマスクを買い込み、夫の会社に挨拶に行き、
林家パー子かと夫に突っ込まれるほどいろいろな友達と撮った写真を
それぞれに渡しに行き、
先生たちに最後の電話をかけまくり、
ここで3年近くを過ごした我が家ともお別れ。
 
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夜は友人たちと、大好きなレストラン「小王府」 で、
最後の北京ダックと中華料理を堪能した。
 
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みんなと握手をして別れ、
そして本当のラストは、
北京一の超高層タワー 「国貿三期」 で、
まっすぐ伸びる道路のラインが特徴的な北京の夜景を見下ろしながら、一杯。
(といってもお酒を飲むと明日起きれない可能性があるので、
結局ノンカフェインコーヒーにしときました(^0^;)
 
感傷にひたるというよりは、
「やることはやった!」 という達成感と、ものすごい眠気(^^;
今こうやってブログを書いてるけど、明日ちゃんと5時に起きれるかなぁ。

ということで、
北京からお届けする 「北京おっかなびっくり」 は今日で最後です。

あとは、日本の新居に引っ越して一息ついたら、
「後日談&まとめ」 があと1回かな。

北京からの最後の発信記事ですので、
写真も北京らしいものをね。
 
景山公園で撮ったコスプレ、いや、変身写真です。
3年近く住んでおきながら、最後の最後は観光客気分丸出しのアタシ。
 
京劇メイクというあまりにも強烈な経験をしたため、
これくらいの衣装なら、全然恥ずかしくなくなった(^^;
 
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ま、これも、「北京で暮らした」 という証のひとつとして(^^)
 
「キルギスの中のキルギス」
 
なんかカッコいいタイトル。(^^)
でも私が考えたのではなく、ある日本人の方の口から出た言葉です。

その方は、キルギスのある街に、青年海外協力隊として赴任している方。
彼女によると、その街は、あらゆる民族が入り混じる首都に比べて
純粋なというか伝統的なキルギス文化が残る街だということだ。

そして、人種もロシアやカザフといった人たちよりもキルギス族が多いとのこと。
 
その街とは、「ナリン」。
今回すべてを手配してくれたアイジャマルちゃんの故郷です。

ビシュケクから車で約5時間のこの町に、レッツホームステイ! (^0^)☆

イシク・クルの湖畔で最後の朝ごはんを食べ、車に乗り込んでナリンへ向かう。
最初は街の中を通ったり、まだ近いイシク・クルを眺めながらのドライブだったけど、
 
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だんだんまた風景が大自然に変わってきた。
 
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寒さが厳しい気候のためか、あまり大きな木が生えておらず、
一瞬パッと見ると、「・・・阿蘇?」と思ってしまう(^^;
 
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とても爽やかな風景です。
 
でもどんどん走っていくに連れ、
阿蘇とくじゅうを足しても足りないほどの、雄大すぎる風景に変わってきた。
 
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なんか視力がよくなった気がするぞ(^^;
 
休憩で車外へ出ると、長袖が必要なほどかなり涼しい。

何時間か車で走って(何時間走ったかもう忘れてしまった)、
目の前に立ちはだかる、まるでオーストラリアのエアーズロックのような巨大な岩
(岩というにも大きすぎる感じ)の間に通っている細い道を抜けると、
いきなり街が現れた。
 
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振り返ると、この岩の迫力。
天然の防壁みたいだ。
 
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ナリンはキルギスの南北ちょうど真ん中あたり、人口2万5千人ほどの街だそうだ。
 
そして、彼女の家に到着!
 
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外観はかなり年季の入った感じだったけど、中に入ってビックリ。
みんなで 「わーーー!」っと驚きの声をあげた。
ものすごく部屋が華やか!
 
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色鮮やかな絨毯が敷き詰められ、
壁にも壁用の絨毯。
 
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そして、荷物を置いた後通された客間には、
アイジャマルちゃんのお母さんが準備してくれた、パーティーのようなお茶の用意が。
 
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甘いパンと甘くないパン、3種類のジャム、
フルーツ、そしてサラダ。
こちらでは肉が入ってない料理は食事ではなくお茶の時に食べるんだそうだ。
 
それにしてもこの量。
JICAの人がこっちに来て太ったといってたけど、そりゃ太るだろうなぁ。
 
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キルギスでは
「お客さんにどれだけ熱いお茶を飲ませてあげられるか」 がいい嫁の判断基準になるらしく、
こちらのお家でも常にアツアツのお茶が。そして冷めたらすぐ取り替えてくれていた。
 
ニコニコと優しい笑顔のお母さんは私たちをとても歓迎してくれたけど、
「みんなの旦那さんは!?」 と女6人だけで旅行に来れることが最後まで不思議でならないようだった。
 
ま、そこは文化の違いということで(^^;

お茶で一息ついたあとは、アイジャマルちゃんのお父さんが創始者だったという、
小中高一貫学校の見学へ。
 
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トルコの機関(JICAみたいなもん?)が建てた学校らしく、
ものすごく立派な施設。
 
 
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トルコ人の校長先生から熱心な説明を受け、朝ごはんの招待まで受けた。
 
帰り道、道の両側の家を写す。
このナリンの町でキルギス人と結婚して暮らしている日本人女性の方の話によれば、
この町の建物は外から見ると古いけど、中に入ればどこもびっくりするくらい綺麗なんだそうだ。
 
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そう言われると、いろんなお宅を拝見したくなるなぁ。

夜は、この日から新しくナリンの町にやってきた2人の青年海外協力隊の人も合流し、
大勢で楽しく晩御飯。
そして夜はまるで修学旅行のような気分で、絨毯の綺麗な部屋にみんなで寝た。

翌日、トルコの学校の校長先生との朝ごはんの前に、
アイジャマルちゃん宅でミニ朝ごはん。
といっても全然ミニではなく、朝から美味しい麺が出た。
 
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そしてトルコの学校へ行き、
 
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また朝ごはん。
 
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その後街の中心部の美術館へ行き、
陶器や絵を鑑賞。
の前に、ミュージアムショップで全員買い物に没頭。
民族色豊かな帽子や洋服、バッグを次々に購入。
運転手さんも進んでモデルになってくれた。
 
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あっという間に30分以上が過ぎた後、
今度こそ芸術観賞。
 
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自然をモチーフにした絵やアラビアンナイトっぽい(どんなだ?)絵が
とても綺麗だった。
 
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美術館を見終わったあと、荷物を取りに家に戻り、
お母さんたちに別れを告げて車に乗り込んだ。
またこの細い道を通り抜け、
 
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一路、ビシュケクへ。
その道のりは気が遠くなるほど長かった。
 
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Aちゃんが持ってきてくれていた「スッパイマン」 のおかげで悲劇は免れたものの、
久しぶりの車酔いでヨレヨレ、
5時間半かかってようやく、ビシュケクにたどり着いた。
 
おみやげ物やさんで買い物をして(帰国するからと買い物をセーブできた自分に拍手)
一時的に元気回復。
 
ホテルに戻り、眠いながらも最後の夜が終わるのが惜しくて、
ベランダにコーヒーを持ち出して
涼しい夜風の吹く中、星を眺めながら夜中までおしゃべり。
 
翌日は眠い目をこすりながらホテルでもりもりと朝食を食べ、
ビシュケク→ウルムチ(トランジット4時間)→北京と
移動を続け、夜の9時半に無事北京へとたどり着いた。

7泊8日、女6人(時々7人とか9人とか)の、
新疆ウイグル、そして未知の国・キルギスの旅はこうして過ぎていったのでした。

ということで、7日のブログに書いた、
「博物館の扉を開けて中を見学していたら海と砂浜があって、
イルカがいた。
滑り台もあったので滑ったら、
インド人の人から有料だと言われて5元払った」 という夢を私なりに解釈すると、
 
・博物館=ビシュケクの博物館
・海と砂浜とイルカ=イシク・クルの風景
・滑り台=アイジャマルちゃん家の前の滑り台
・インド人=トルコ学校の校長先生(インド人じゃないけど)
・5元払った=ウルムチでのタクシー料金バトルの強烈な思い出
 
を反映したものだと思う(^0^;

改めて思うけど、
まさか自分が、キルギスに行くなんてまったく想像していなかった。
 
中国の西の端っこのウイグルも、
日本中心のアジア地図では端のほうにある中央アジアも、
地球儀を少し動かせばそこが中心になるわけで、
自分の住む地域以外にも別の暮らしがあるという
当たり前のことを改めて感じることができた、貴重な一週間。
 
この悟り(というまで大げさではないけど)が直接何かの役に立つわけではないけど、
自分の今後に何か少しは変化をもたらすんだろうな〜と思う。
そして今後あるかないかの、女6人(時々7人とか9人とか)の旅。
小中学校の修学旅行のような賑わいは久しぶりだった。
またどこかで、こういう旅が実現するといいな〜(^^)

 

憧れの湖畔リゾート

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セレブのお忍び旅行風に写ってみました(^0^)☆
ほんとはただの日焼け対策ですけど(^^;
 

キルギスの北西部に、「イシク・クル」 という湖がある。
イシク=熱い、クル=湖 という意味で、
冬でも凍らないことからこの名前がついたらしく、中国語の古称も「熱海」。
 
面積は琵琶湖の9倍。
水深は668メートルで世界第4位、
水の透明度はロシアのバイカル湖に次いで世界第2位。
そこに流れ込む川はあっても流れ出てゆく川を持たない、不思議な湖。
 
旅行4日目から2日間、そんなイシク・クルに滞在してきました。
 

唐の玄奘も訪れてこの「大清池」の美しさに圧倒されたらしいイシク・クル。
現在こそこの国の貴重な観光資源、一大リゾートになってはいるものの、
ソビエト時代は化学兵器の工場が周辺にあったため、外国人は立ち入り禁止となっており、
あの井上靖や司馬遼太郎といった方たちも、
憧れを抱きながらもついに訪れることはできなかったという。
 
そう聞くとなんか、ありがたいような、申し訳ないような。
今の時代に生まれてよかったな〜と思う。
 
でも出発当日は朝5時初。
そんなことを思っている余裕はなく、
まだ寝ている身体をひきずるようにして車に乗り込み、
椅子から落ちそうになりながら(眠っている時に激しく揺れるけど落ちないのは私の特技)、
4時間かけて湖を目指した。
 
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そして朝9時すぎにようやくたどり着いたのが、
想像をはるかに超えてゴージャスな、こんな場所だったのでした。
 
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わ〜お! すごーーい!(@0@)☆
超高級リゾート別荘やん!
 
「○○ヶ丘」とかいう名前を付けたらそのまま団地になりそうなこの場所は、
カザフスタンやロシア、ヨーロッパなどからたくさんの人が避暑やバカンスで訪れる有名リゾートだそうだ。
別荘地によって、「若者が多いところ」 「家族連れが多いところ」 などあるらしく、
ここは主に家族連れが多いらしい。

みんなで1週間とか2週間とか滞在するんだそうだ。
いいな〜。
 
どの場所もすごく絵になる。
 
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建物の中に入ると、大きなリビングに台所、
2階には3つのベッドルーム。
 
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結局カギのトラブルがあって別の棟になったけど、
まあこんな感じだった。
 
寝ぼけ眼でビーチへ向かい、湖畔のテラスへ。
 
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こちらがその日の朝ごはん。
 
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右側のものは
「小さい子が食べるのが好き」とアイジャマルちゃんが言っていた、甘いおかゆのようなもの。
食べたらやっぱり眠くなって、寝た(^^;
 

そして午後。
気を取り直して、水着に着替え、さっそくビーチへ!!!☆
 
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手前ではみんながビキニ姿で寝そべっているのに、
湖の向こうは雪が残る山々が連なっているという、不思議な風景が広がっていた。
 
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さすが透明度世界第2位、水がものすごく澄んでいる。
 
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水温はものすごく冷たく、入るのに躊躇したけど、入ってしまえばなんとか慣れた。
真水ではなく塩分を含んでいるけど海水ほどではなく、
 
「ベタつかないのがいいね」 という化粧品のCMみたいな言葉が口をついて出た。
 
久しぶりの海水浴(海水じゃないけど)。
足がつかなくなるギリギリのところで時々頭から波をかぶりながら、ゆらゆら漂って遊んだ。
15分ほど泳いで一旦休憩。
のつもりが、
気温が以外に涼しいのでなかなか身体が温まらず、
太陽に背を向けて甲羅干し状態で倍以上の時間を過ごす。
 
それでも寒いので、ビーチの砂に埋もれて過ごす。
それでも 「くちびる青いよ」と言われ、やっぱり寒かったので再び海へ入ることを断念。
「一回入ったからいっか♪」 と自分を納得させた。
 
砂を綺麗にかけていなかった脚の部分だけ真っ赤に焼けてしまった。
 
それにしても、太
陽光は強いのに、日陰だととても涼しい。
これだと、ビーチで本を読むことが全然苦にならない(はず。本持っていってないけど)。
テレビで欧米人がよくこうやって本を読んでいるのを見て、石垣島で実行してみたことがあるけど、
あまりの蒸し暑さで倒れそうになって、本の内容なんかまったく頭に入らなかった。
 
欧米人の人がこういうカッコで過ごしているのは、
空気が乾燥した涼しいビーチだからなんだ、とわかった。

雷が空でピカピカしだしたので、部屋に戻って持ち込んだスイカを食べる。
それからはおのおの昼寝をしたりリビングでしゃべったり散歩に行ったりして過ごした。

晩御飯前にもう一度散歩。
昼とはまったく違う風景に、また目を奪われる。
 
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いいねぇ(^^)
映画の撮影なんかにピッタリだ☆

晩御飯は先日のようなスープやサラダ、そしてビール。
外に出ると、
ビーチではビートルズみたいな格好をした人がビートルズの歌を歌い、
お客さんたちはグラス片手にそれに聴き入っていた。
 
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翌日は海には入らなかったけど
(やっぱり砂に付いた水着を洗ったりシャワー浴びたり髪も洗いなおしたりと、
なにかとめんどくさい(^^;)
 
先ほどのお忍びセレブの格好でビーチに座っていたり、部屋でお茶したり、寝たりと、
特に大きなイベントをつくらずに過ごした。
写真も今さっき↑1日目と2日目をごっちゃにして載せてしまった。
 
その代わりものすごい消費をしました。
晩御飯のメインは、伝統の炊き込みご飯、「プロフ」。
いわゆる、ピラフ。

 
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女性7人で平らげたプロフ、全部で1キロ(^0^;
 
連日もたれ気味の胃をさらに酷使してしまった。

「イシク・クル」 には、多数の遺跡が水没しているそうだ。
しかも、ひとつではなく、様々な時代のものが。
 
玄奘が訪れ、その他様々な時代の人々が行き来し、
その遺跡が今も残る神秘の湖で、
食べて寝てお茶して寝そべってという全く生産性のない過ごし方をしてしまった私たち。
来る前に、玄奘の書いた 「大唐西域記」 でも読んでくるべきだったのかもしれない。
 
今考えるとちょっともったいなかったかなとも思うけど、
ビーチから湖畔対岸の山々を見ていると時々フッと考えが昔の時代に飛んでいく、
その感覚はやっぱり楽しかった。

 

未知の国へ

7月29日朝8時過ぎ(ごろだったと思う)、
ウルムチから再び飛行機で飛ぶこと2時間。
 
眼下にものすごい風景が広がり、一同、「おーーーーっ!」 と驚く。
 
イメージ 1
 
この山脈を、そして国境を越えた私たち。

行き先は、
今まで足を踏み入れたことのなかった中央アジア、キルギスタン。
 
地理の授業で習った「首都=ビシュケク」という名前しか知らなかった、
私にとっては全く未知の国です。
 
普通なら言葉もわからず土地勘もないところなんて怖くて行けないけど、
友人のクラスメートがキルギス人で
彼女のおかげで全行程ほぼすべて彼女のガイドつきという、
なんともありがたい旅が実現したのでした。
 
 
行ったことももちろんないし、
テレビで見たこともほとんどない、
事前情報や先入観のまったくない旅行というのは本当に初めてで、
中央アジアといえば、騎馬民族と草原という勝手なイメージを持ってしまっていた。
 
もちろん実際は大違いで、
何を見ても「へぇ〜」という言葉が出る。
「これがキルギスなんだ」 とゼロから理解するというこの感覚は新鮮だった。
 
 
畑の広がる風景を見下ろしながら着陸したのは
 
イメージ 2
 
首都・ビシュケクの空港。
 
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読めない(^0^;
 
キルギス人のクラスメート・アイジャマルちゃんと彼女のお兄さん、
お兄さんの友人の3人が迎えに来てくれた。
 
キルギス人と聞くとなんとなく顔の彫りの深いウイグル系を想像していたんだけど、
彼女もお兄さんも、思いきりアジア顔だったのが意外だった。
 
車(ベンツ!)に乗り込んで街へ。
信号の少ない一本道が続き、お兄さんのハイスピード運転に絶叫。
街の中はヨーロッパともアジアとも違う(ヨーロッパ行ったことないけど)感じで、

お兄さんに言わせると、
ソ連からの独立以前と以後では街の様子は天地の差だそうだ。
 
20年前のソ連時代は街にレストランは4軒しかなく、
店も国営だから活気がなく。。。
それに比べるとずいぶん豊かになった! と、声を大にして説明してくれる。

中国語で。
 
彼も北京に留学したことがあるからだけど、
キルギス人の人と中国語でコミュニケーションというのはすごく不思議だ。
 
 
街で一旦両替を済ませ(ドルからキルギスの通貨・「ソム」へ)、
宿泊するホテルにたどり着きました。
 
これがそのホテル。
 
イメージ 17
 
チェックインの際、
私たちのために予約していた部屋のバスタブが壊れたということで
部屋の変更を告げられるも、
お兄さんがドスのきいた声(外国語だからそう聞こえただけなのかもしれないけど)で交渉。
 
もしかしたら、部屋をランクアップしてくれたのかもしれない。
だって、、、、
こんなにステキなバルコニー付きだったのです!
わーーーーい☆(^0^)
 
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壁の向こうには、広い土地、そして山が見える。
 
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今まで旅したどことも違う、初めて見る風景にまた
「わ〜」 とか 「へぇ〜」 とか 「はぁ〜」 とかいう感嘆詞しか出ない。

荷物を置いてまず腹ごしらえ。

ホテルの一回で朝兼昼ごはんを食べた際、
「明日は5時出発だから」と告げられ、撃沈。
 
それでも「早く寝れば大丈夫!」と自分を励まして街へ出た。
 
 
最初の観光地はキルギスの博物館。
 
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入り口から中に入ると真正面に凛々しいおじさんたちの銅像が。
 
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「・・・・だれ?」。
 
ここで初めて、「レーニン」 という人物を思い出す。
今ではこのレーニンを堂々と展示してあるのはキルギスくらいなもんなんだそうだ。
 
その横にある 「・・・これはモンゴルのゲルじゃないの?」 と思うテント。
キルギスでは「ユルタ」 という名前だそうで、
こちらの遊牧民の人ももちろ使っているそうだ。
 
「ゲル=モンゴル」 という勝手な先入観がここでまた崩れる。
帰国してwikipediaでいろいろ調べて初めて
中央アジアの国の入れ替わりの激しさに頭が混乱。
現在の国境なんて、歴史の中で見るとまだ新しいものなんだと知る。
 

さて、博物館はとても立派な造りで、
 
イメージ 22
 
ソ連時代の紹介からそれよりずーーっと昔の人々の歴史や生活、
数年前の革命についての展示まで内容も豊富だった。
説明がキルギス語(ロシア語だったのか?)だったので詳しい内容はわからなかったけど、
それでも興味深い。
 
ロシアの有名な小説家「トルストイ」の紹介には結構なスペースが割かれていた。
それでも、文学史暗記という勉強しかしてこなかった私たち。
 
私 「トルストイって誰だっけ?」
 
友 「作家だよ。何書いたんだっけな? なんとかの兄弟?」
 
私 「あ、わかった、『ツルゲーネフの兄弟』やん!」
 
友2 「カラマーゾフだよ(^^;」
 
私 「え、じゃあツルゲーネフって誰?」
 
私 「あれ?じゃあ『罪と罰』って誰が書いたんだっけ?」
 
私(2分後) 「あ!思い出した! ドストエフスキーだ!」

このお三方が聞いたら怒り狂いそうな会話をしながら進んでいった私たち。
 
結局、
カラマーゾフと間違えたツルゲーネフはまたもう一人の有名な作家で、
『カラマーゾフの兄弟』を書いたのもトルストイではなくドストエフスキーだったことを
さっき知った。
 
(こう書きながらも、現在のロシア大統領「メドベージェフ」さんの名前を思い出すのに15分かかった。ゴルバチョフさんのインパクトが強すぎて(^^;)
 
こちらはレーニンの通信簿。
 
イメージ 23
 
オール5に近い、優秀な成績でした。

ミュージアムショップでは羊毛をフェルトのように加工した布で作られたマットや雑貨があり、
展示物より時間をかけて熱心に見入った私たち。
ショッピングとなると、やっぱり力が入るわ!

その後は公園や街中を散歩。
こちらは国会。
 
イメージ 3
 
やはりどこの国でも存在感がありますね。
 
こちらは遊園地みたいなところ。
 
イメージ 4
 
イメージ 5
 
金髪の人もいれば茶髪・黒髪の人もいる。
目の色も、目鼻立ちもみんな全然違う見慣れない風景が不思議だった。
 

ひととおり街の中をブラブラしたあと、
今度は車に乗って郊外に。
アイジャマルちゃんのお兄さんの友達(勝手に「若乃花」と呼んでいた)はお兄さん以上にスピード運転が好きらしく、
不必要なところでアクセルを全開。

そのたびにバックミラーで怖がる私たちの反応を確認するという茶目っ気のある人だった。
 
そんな車でガンガン飛ばすこと40分ほど。
たどりついた自然公園 「アラ・アチャ(アチャは確か何かの植物の名前)」は、
背の高い木が生い茂り川が流れる、綺麗な場所だった。
 
イメージ 6
 
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空が高い!
 
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イメージ 9
 
すぐ近く(近くないけど)に雪を戴いた山の頂が見えるのが不思議。
街中とはうってかわって一気に涼しくなり、
空気も綺麗なので、必要以上に深呼吸をしてちょっと頭がクラクラなった。
 
イメージ 10
 
イメージ 11

1時間ほど散歩をして、街へ戻る。
帰りは疲れのために眠気との闘いで
お兄さん友人のスピードパフォーマンスにもいちいち驚いていられなかった(^^;
 
 
夕食は、結構有名(らしい)キルギス料理のレストランへ。
可愛らしい雰囲気が想像していたイメージというか、予想すらしていなかったけれども意外な感じ。
 
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料理は肉が中心で、羊料理をいくつか食べた。
こちらはひき肉みたいなものを何かで巻いたもの。
 
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お皿の中心には、腸を茹でたようなものが載っている。
 
羊肉の臭みは今までまったく大丈夫だと思っていたけど、
この肉はかなり羊特有の臭みがあり、
何人かは 「これが限界かも」 と言っていた。
 
私もギリギリ。
そして腸茹では、、、アウトかも(^^;
 
アイジャマルちゃんに訊くと 「私は無理」 と即答だった。
 
こちらは羊の肉とトマトとジャガイモのスープ。
 
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ダシが出ていてすごく美味しい。
冬には身体があったまりそうだ。

お腹いっぱいになったあとは、またスピードカーでホテルへ。
 
もう寝なきゃいけないとはわかっているけど、せっかくのバルコニーを楽しみたくて、
涼風の中、コーヒー一杯だけ飲んで、お風呂へ。

そしてまた3時間半後、、、、起床(^^;

 

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