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★久々に旅ノートの束を整理してみたら、なくしたと思っていたほぼ10年前のスペイン旅行記が出てきました。読み返してみると、結構今よりもきちんと文章で残しているので、せっかくだからここに書いてみようと思います。まだ若かりし頃(?)のメモなので、乱文ですがそのまま掲載します。 私のMadrid 日が暮れる寸前の、空はまだ少しあかるいのに街の方はもうすっかり暗くて、灯ったばかりの街灯がまぶしい−−この街の、そういう時間が好きだ。 日本で言えば、仕事を終えて帰る人々のラッシュアワーも一段落して、道を行く人影も減り、昼の人と夜の人がちょうど入れ替わる、そんなグレイゾーンの時間帯。学校があった時は、最後の授業を終え、お腹を空かせて帰りの電車に飛び乗るのがそれくらいの時間で、慌ただしく過ぎていくだけのひとときだ。 訪れてまだひと月にもならず、まだどうしても昼食よりは夕食にボリュームを求めてしまうお腹をなだめすかしつつ、格好だけは地元の人と同じようにBarでVino(ワイン)をすすりながら、軽くTapasをつまむ。最も初めの頃は、皆がVinoを傾けつつ、何をそんなに話すことがあるのか、果てなくしゃべり続ける中、Restrantが夕食を用意し始める21時を、ひたすら時計をにらみつつ待ち続けるのが何とも情けなく思われた。だからこの時間は早く過ぎていって欲しいのであって、楽しむなんてものではなかったのだ。 ある日、1日歩き回ってくたくたになり、夕方5時ごろには、宿に戻って少し足を休ませよう、とSol(Madrid中心地)からHostal(安宿)に向かって、ALCALA通りを東へ歩いていた。 いつもの帰宿ルートは、このALCALA通りをBanco de Espana(スペイン銀行)を右手に見ながらPl.de CIBELES(シベーレス広場)まで来て、それからBuenaVista宮殿の方へ今度はRECOLETOS通り沿いに北へ上がる。宿はそのRECOLETOS通りを途中で少し西に入った小さな通り沿いにある。すぐ前がブエナビスタ宮殿の陸軍で、治安の心配がないのがお気に入りの宿だ。 ちょうどPl.de CIBELESにさしかかったとき、一人の黒人男性が向かい側にある中央郵便局を油絵で描こうとしてイーゼルを立てていた。さながら宮殿のようなたたずまいの、誰が見ても、誰に尋ねても、知らなければ到底郵便局だとは答えられない、壮麗な建物には、すでにヨーロッパの印象的なオレンジ色の明かりが灯っていて、観光客とおぼしき人々がしばし足を止めて眺めている。同じ1本の道なのに、シベーレス広場以南は突然Paseo del Prado、つまりプラド通りと名前を変えてしまうこの通りをはさんで、郵便局の反対側にはスペイン銀行の、これはうって変わって重厚な造りの四角張ったいかめしい建物がある。大きな鉄門はがっちりと閉じられており、いかにも銀行らしい。 その時、黒人の画家がキャンバスに当たる光を調整するためなのか、私のいる方向を振り返った。一瞬視線が合って、次の瞬間彼の目が少し大きく広がり、何かを見つけたような表情になった。 何なのだろう・・・ つられるように私も振り返り、そして目の前の風景に思わず「わあ・・・」と小さな声を挙げてしまった。 今ずっと歩いてきたALCALA通りの向こうに空が広がっており、暮れきっていない、薄明るいその空とは対照的に、建物の林立するALCALAはもうすっかり夜を迎えていて、オレンジ色の華やかな光を纏っていた。濃紺の絵の具を水で溶いたような空と、濃い影をつくる建物、ただそれだけの風景に、私も画家もしばし見とれていた。まるで、マグリットのだまし絵の様に、昼と夜とがバトンタッチする宙に浮いたような時間に、その時私はひどく惹かれて立ちつくしていた。それはたぶんひとときのことで、数分もしないうちに街は完全に夜になり、画家と私はもう一度意味ありげに視線を交わして、無言でそれぞれの方向に向き直ったのだった。 その日から、私は夕方になると戸外へ出て、この美しいひとときを楽しむようになった。Barの入り口から、Solの雑踏の真ん中から、あるいはRETIRO公園のベンチから、空を見上げてはその足元の街並みを見下ろす、そんな単純なことを飽きもせずに毎日繰り返す。空気のしめり具合や気温にも関わりがあるのか、日によって街と空の不思議なコントラストは微妙に表情を変えた。それはまさにマグリットの「光の帝国」を思わせる光景で、ただ絵と異なっているところといえば、夜を迎えた街が実際はもっとにぎやかな光にあふれていることくらいだった。 異邦人である私にとって、ヨーロッパの街並や群衆は少しいつもよそよそしい。ただ、この夕方の、薄暗く光もまだ十分には灯っておらず、人の顔がぼんやりと見える時間帯だけは、私が何人であっても、街が迎え入れてくれている気分になるのが今でも不思議だ。「夕方のMadridが一番好き」と馴染みになったBarのCamarero(ウェイター)に言うと、おじちゃんはふっふっ、と笑った後、頼んだのはCafe con leche(カフェオレ)なのに、オリーブのTapasを置いてくれた。たった3粒ほどだったけど、私はそれを見つめながらやっぱりSpainは私の一番好きな場所だとしみじみと思った。 写真:宮殿と間違えそうなMadridの中央郵便局
絵:Magritte「光の帝国」・・・7/14追加しました |
旅の一枚…Europe
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詳細
いままで訪れた場所の一コマを写真と共にご紹介します
コメント(2)
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埃、冷たい風、澄んだ空 横に広がる風景、男達の目立つ雑踏 角を曲がるといるいつもの猫 船の上のサンドイッチ屋 早朝のコーラン、空かない窓 雪のちらつくくすんだ風景 目を閉じるとすぐにたぐり寄せられる、 自分たちだけのはじめての旅 最初のものは何でも印象に残るというけれど そうだろうか、私の旅はどれも印象深い ただ、この旅は本当の意味ではじまりの旅だった 初めての海外からきっかり12年後 1996年の初め、私の第1冊目の旅日記が始まる トルコを選んだのはなぜですか? 後々、旅行会社に就職して働いているときも いろんなお客様に聞かれた いまだに理由はわからない ただ、アジアじゃなくヨーロッパでもない、 その不思議な感覚を味わいたかった、とでも言っておくか トルコ、というと、モスクとか、回教とか、カッパドキアのイメージ それは確かに間違ってはいないが いざイスタンブールに降り立ってみると、 最初の印象と違ってそこは「街」だった 絨毯売りからホテルの客引き、タクシーのドライバー、 果てにはモスクの出口で待ち受ける物売り、 イスタンブールにいる全てのトルコ人が 私たち、素人旅行者からぼったくろうとしてるんじゃないか? そう思えるほど、初めの3日間ほどは辛かった 誰も信用できず、したがって道ひとつ訊けない 街をあるくときは異教徒だと侮られないよう、 トルコ人女性の様に上手にスカーフを巻ける様になるまで 私たちは随分苦労した筈なんだけど 正直、今では楽しい思い出の方が多い 見る物も食べるものも、初めてのものばかり おまけに主食は苦手なヒツジときた 食わず嫌いでは決してないけれど 最初は口にするのを躊躇したのも事実 まあ、人間慣れるもので、2、3日もすれば ケバブサンドなど食べながら歩いていたし 3週間の後には、どこのケバブが美味しいかしっかり頭の中にメモしていた 最初は逃げ回っていた絨毯屋や客引きを 上手に利用して情報を引き出すすべも いつの間にか身に付けていた そして、一番印象深かったのは トルコ人は良く知ってみれば親日家で、本当は親切な人が多いのに 現地で出会ったトルコ歴の長い日本人が口を揃えて、 トルコ人は嘘つきで、強欲で、君たちみたいなのはいいカモだ、 そう言って私たちを怖がらせたことだった 後々、方々を旅してまわるようになって この時の日本人を彷彿とさせるような、そんな現地日本人を 私は発展途上国でよく見かけた そして、その度にずいぶんと残念な気持ちになった 楽しい発見や、驚きや、嬉しい出会いもあるけれど 自分の文化ではあり得ないようなことや、 事によっては非常に不快なことも、海外にいればそれは起こりうること それら全部をひっくるめて経験するのが旅というもの だから、いいところばかりを見て 嫌なところは避けて通るばかりでは その国を味わうのは難しい そのことに気付いたのも、このはじまりの旅でのことだ あちこち巡ってきて旅慣れてくると そういう気持ちはだんだんと薄れてくる それは緊張感がかけてくることにも比例する だから 私は時々、このはじまりの旅の日記を読み返して 初心に戻れるようにあの旅を思い出すのだ。 写真:ボスポラス海峡新市街側から旧市街を望む
1996年当時 |
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クリスマスが近づいて イルミネーションが街中に灯り出すと 心に浮かぶ光景がある それはMadridの中心地、Solソルの風景 もともとクリスマスそのものにはあまり感慨がない 宗教的にも私は仏教徒だし クリスマスおきまりのディナーやパーティーにも縁がない でも 初めてヨーロッパのクリスマスをこのMadridで目の当たりにして 私は素直に感動した カトリック教徒の多いスペインでも 最近の若い人は教会に通うことが少ないと聞く それでも この旅行で訪れたどこの教会でも クリスマスのせいか人は多かったし若い人もたくさんいた カテドラル内のあちこちに信者がともす、 幾百もの小さなロウソクの灯火 そこからやわらかく広がる光にぼんやりと浮かぶ祭壇 いつもは騒がしい観光客も このときばかりは祈る老婆の姿に口を閉じる 人々の静かな靴音と ひそやかなささやき声 椅子に座って目を閉じると聞こえるのはそれだけ そして一歩外へ出てみると きらびやかなイルミネーションに彩られた大通り 深夜までごった返す、ソルのエル・コルテ・イングレス百貨店前 この写真も22時をまわった頃撮ったのだけど 小さな子供を連れた母親の姿も多かった 宵っ張りのマドリーっ子はきっと一番好きな季節に違いない バルにも人が溢れ、家族連れ、カップル、友人同士、 みな数時間は動かない そこには、プレゼントや高価なディナーとはかけ離れた あるべきクリスマスの光景がある 私の住んでいる神戸にもルミナリエがあって
毎年1度は見に出かけるが いつもルミナリエの季節が巡るたびに 私はあのスペインのクリスマスを思い出す。 |
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茶色の甍がずらりと迷路のように続き 歩いていても見渡していても 中世に迷い込んだかのような錯覚に陥りそうだ かつてはダルマチアの重要都市として ヴェネツィア共和国の領土に組み込まれたこともあった、 このアドリア海沿岸の城塞都市 遙か昔より数々の戦に巻き込まれ 支配者は転々と変遷し 近年にはクロアチア独立戦争の戦火をくぐり抜けてきた 今回の旅の最初の町 CROATIAクロアチア南部のDUBROVNIKドブログニク いつだったか、ヴェネツィア共和国の歴史を読んだ時 この耳慣れない町の名の響きが記憶の片隅に残っていた いつか訪ねてみたい、そう思っていたけれど どんな所なのか全く見当もつかない町だった ウィーンから飛行機でわずか1時間ちょっと 着陸間際には飛行機の窓から町が見える 昼のさなかに見た上空からのドブログニクは 美しい茶色の瓦が軒を連ね あいにくの小雨の中でも風情のある魅力をたたえていた 晴れたならもっと美しい筈 翌日は期待通りの晴天 早速城壁の一番高いところに息を切らして登る ドブログニクに行ったら是非城壁に登って 町を見渡して下さい、 そうじゃないと行った意味がないから、 そう後輩に言われたが 全くその通り! 「アドリア海の真珠」と称されるにふさわしい世界遺産登録都市 いくつかある城塞の門のうち ピレ門から始まるメインストリート、プラッツァ通り 幾百年の月日を経て、人の足で磨かれた石畳の大通り 日陰なのに人の影が映っているように見えるのは そのつるりとした石畳のせい さあ、これから周囲4キロの城塞をゆっくり歩いて
あちこちでこの美しい町を堪能することにしよう。 |
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一見フツーの野原に見えますが ここはれっきとした誰かの私有地です というよりも、牧草地です 写真には見えてませんが 右側には実は羊の群れがいました なんでこんなところを歩いてるの? と思われるかもしれませんが・・・ イギリスの田舎へ行くと FOOTPATH フットパス と言われる、歩くための道があります 人だけが歩く道から、馬もOKの道、また自転車もOKの道、 と3種類ありますが 私が写真で歩いているのは PUBLIC FOOTPATH いわゆる、人だけが歩く道。 もともと道があった所が牧草地や私有地になった場合に 歩く権利を尊重して作られた道がFOOTPATH なので、私有地であろうとなかろうと このようにお構いなしに続いています そして、誰でもこの道を歩くことができるようになっています イギリスに2度目に旅したとき たまたまCOTSWALDSのFOOTPATHを歩く機会がありました 場所はLOWER SLAUGHTERという小さな町の THE OLD MILLというお店の脇にある小さな道 FOOTPATHの始まりを示す小さな柵があって よくよく見てみると「ダイアナ&チャールズが歩いた」 おお、これは歩かねばならん、といきなり歩き出したのですが・・・ なだらかな丘をUPPER SLAUGHTERに向かって歩くこと40分 途中写真のような牧草地や小川沿いなど いろいろと通ることになります なんと言っても、自然が美しいところが多いので ただ歩いているだけでも全く飽きません ただし、羊の群れの中を通ったりもするので そこらへんにブツが転がっていて、滑るこけるには要注意。 イギリスを旅すると必ず見かける、犬同伴の旅行者 このお犬様が羊を追っかけ回すので 困りはてて脱力している老夫婦もいました ともあれ、秋で気温が低い割には UPPER SLAUGHTERに着く頃には 1枚脱ぎ、2枚脱ぎ、結構汗をかいてました その日の夜、先日「英国、秋の始まり」の項で書いた、 BOURTON ON THE WATER のMOUSE TRAPP INNというレストランで カナダ人老夫妻とおしゃべりしていると 「FOOTPATHは歩きましたか?」と聞かれたので 今日ここからここまで歩きましたよ〜なんて地図を指さすと なんと彼らはその日16キロも歩いたとのこと! つくづく白人ってホント、歩くのが好きねえ・・・ 感心していると、次々と話題にのぼるあちこちのFOOTPATH 一体どれだけ歩いてんの?!と驚く私とあいぼー いやはや、まいりました。 ロンドンなどの街中を歩いたり 歴史建造物を見て回るのも一考ですが イギリスにはこういう「歩く楽しみ」っていうのもあるんだな〜 と小さな発見をした感じでした。 写真:他人様の私有地を堂々と歩く私
FOOTPATHにはほとんど、道とその他を分ける柵がありませんが ところどころ、羊が逃げないように囲ってあり その囲いにある人や犬が通る「ゲート」や「スタイル」という階段やはしごなど 結構楽しいバリエーションがあるので それを探すのもFOOTPATHの醍醐味かもしれません♪ |




