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春が近くなって |
Artes
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お気に入りの絵のことを、気の向いた時に書いてみることにしました。
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画材、とひとくちに言っても 水彩、油彩、色鉛筆、コンテ、グヮッシュ・・・ 言い出したら結構あるが 今までに自分の中でかなり印象が強かったのはテンペラ画 前述のワイエスは私の中で 現代の最も卓越したテンペラ画の描き手 その次点くらいで好きなのが このGhirlandaioギルランダイオの「ジョヴァンナ・トルナブオーニの肖像」 中世のテンペラ画の中で最も好きな絵 この絵に出会ったのはMadrid Museo Tyssen-Bornemisza ティッセン・ボルネミッサ美術館 ティッセン・ボルネミッサ男爵の個人コレクションから発したこの美術館 個人の蒐集としてはおそらく世界最大規模じゃないかと思う数百点もの名画の数々 どんな作品があるか言い出すとたぶん夜が明けてしまうので ここではこの絵に絞って・・・ この絵の描き手Domenico Ghirlandaio ドメニコ・ギルランダイオ 1449年にフィレンツェに生まれ この絵を描いたのは38歳の頃 ギルランダイオといえば、どちらかというとフレスコ画が有名だろう 当時のフィレンツェの重要貴族であったトルナブオーニ家の礼拝堂や ヴァティカンのシスティナ礼拝堂など そうそうたる場所に彼の宗教画が残されている 日本ではまだあまり馴染みがないがイタリアでは有名な画家だ。 彼の絵の面白いのは、宗教画を装いながら、 実は登場人物が全部当時の有名貴族、なんていう、 結構世俗的な一面をのぞかせるところ じっくり見てみると、ギルランダイオの生きた時代の フィレンツェの高貴な方々をおさらいできるのでは? なーんて思えてくる。 この肖像画のモデル、ジョバンナ・トルナブオーニもそう。 彼女の義理のお父さんジョヴァンニは、メディチ家でも最有名なアノひと、 ロレンツォ・イル・マニフィコ(ロレンツォ豪華王)の叔父 トルナブオーニという家名自体、 フィレンツェの通りの名前で残ってるくらいだから この家の当時のイキオイがわかろうというものだ このジョヴァンニおじさん、 息子のヨメのジョバンナがかわいくてならんかったのか 注文した作品のあちこちに宗教画のモデルとして顔を出す まあ、この美貌だから仕方ないかもしれないが 果てには彼女フィレンツェのメダルにもその横顔が刻まれちゃうのである まじめな話、彼女の背後にある紙に書かれた言葉は Ars utinam mores animum que effingere posses, Pulchrior in terris nulla tabella foret 英文で訳すと、 Art, if you were able to represent the costumes, character and soul, There would not be a more beautiful painting on earth. というわけで、彼女は当時の理想の女性像だったんだろう 美の基準は時代ごとに特徴があって 小野小町の肖像をみて「美人!」とたたえる日本人は 現代にはたぶんそういないだろうし、 楊貴妃だって、彼女の容姿を形容する文を読んでると それホンマに美人?と首を傾げたくなる が! ジョヴァンナの美しさは時代を超えて「美人」と評される美しさなんだろう おかげで、ティッセン・ボルネミッサへ行くと 運が悪いと彼女を眺める場所を奪い合うことになる ああ、そろそろジョヴァンナに会いにMadridへ行きたいなあ・・・
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ANDREW WYETH あなたの絵に出会ったのは15年前 まだ私は17歳で 絵の何たるか、人生の何たるかを知らない、 若い一人の学生だった ある冬の放課後の美術室で イーゼルを準備室に片づけに行こうとして 私は片隅に広げられた画集にふと目をとめた その時のことを私ははっきりと思い出すことができる それは色彩に乏しい一枚のテンペラ画 左端にわずかに木の柵が見える他は 冬に近いであろう草原を 不自然にバランスを取りながら駆け下りてくる、一人の少年 ほとんど画面には描かれていない、重く曇った空 WINTER1946 と短い題名が添えられていた その絵に一瞬目を留めただけなのに 次の瞬間には私はイーゼルのことなどすっかり忘れて そのまま近くの椅子を引き寄せて座り込んだ 全てのページをめくり終える頃には すっかり日も暮れて他の学生は帰り支度を始めていた 私は画集を閉じることができずに 結局顧問の先生に頼み込んでそのまま家に持ち帰った 再びあなたの絵に巡り会ったのは昨年のこと 姫路美術館でワイエス展をやると聞いて 私はいてもたってもいられなかった 本物に会える! そう考えただけで私は震えそうなほど嬉しかった 好きな画家は何人もいるけれど なぜあなたの絵だけがいつも これほどに感情を揺さぶるのだろう ずっとそう考え続けていたのだけれど ほどよく照明を落とされた、初夏の美術館で 私を最初に出迎えたのはOLSON HOUSE「オルソンの家」 その絵を目にした瞬間に 初めて画集を手にした時の記憶が 押し寄せる波のように心の中に広がった ああ、なんという孤独感だろう 画面を完全に支配する静寂と寂寥 私は15年前もそれらに頬を打たれたような気分で あなたの絵を目にしたのだった 絵が訴えかける、静かながら強いメッセージ それは17歳だった私には まだ知らない人生の重みだった オルソンの家を描くことに 人生のうちの何十年をも傾けた画家の この家が孕む、喪失と死の気配を見つめる透徹した目 厳しい自然のなかにたつこの家の孤絶感と 現れては消えゆく現実の一瞬を 鮮やかに紙面に描き留める技量 描いたものは家や野でありながら 人知れず生き、人知れずこの世を去ったオルソン姉弟の生き様を あなたは淡々と見つめ 彼らの化身である家に託したに違いない あれから少しは歳を取って あの頃よりは少し大人になった気もするが あなたの絵に向き合うたびに 私はあなたの絵の恐ろしいほどの寂しさに いつも圧倒され 同時に自分の中の空虚な部分を まっすぐに見据えられている気分がする。 絵:“Weather Side”from the Olson House Works
Andrew Wyeth(1917〜)
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