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うちの親父は畳屋をやっておりました。畳床、と言っても若い人には通じないでしょうな。イグサの下にある、畳の本体のことです。今は発泡スチロールのような軽量材で作られていますが、昔は稲の藁だけで作ってありましてね。重たいんですよ、これが。
藁だけで出来た畳床は、年数が経てば悪くなります。床ごと全部新調するのを何と呼んでいましたか、新床でしたかね。お客さんの家に新床を敷き込むと、不要になった古床を、オヤジが世田谷の深沢あたりまでトラックで運んで、あの辺りの農家に引き取ってもらいました。堆肥の材料にするんです。
畳床に発泡スチロールが使われるようになってからは、世田谷まで古床を捨てに行くこともなくなりました。堆肥の材料にならないんですから、当然ですよね。
そういう体験に起因して、私が世田谷に対して持つ優越感は、今となれば時代錯誤と言わざるを得ないんでしょうねえ。様々な福祉のレベルを比べても、私の住む目黒区は実に貧相でしてねえ。こっちの図書館へ行っても無い本が、世田谷の図書館には置いてあるんですよ。だから融通してもらって、借りて来るんです。
取られる税金は同じなのに、情けないもんですよ。
Minox TLX,Neopan acros 100,Microfine.等々力駅近くにて。
畑のことを生産緑地って言うらしいですね。
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昔は盆、暮れになると畳屋さんの稼ぎ時でしたねぇ。その季節になると中々畳屋さんが捕まらなかっですもんね。 「やかん」の注ぎ口を直に口にしてブッハ〜って霧を吹くところが大好きでした。
私の兄の友人が祐○寺裏で畳屋さんをしていましたが辞めてしまいました。
洋間が多くなりましたもんね。
畳は私も解体した時に世田谷のお百姓さんの所へ持っていきましたが
途中から断られるようになりました。畳を縫う糸がナイロンに変わってしまったので藁は腐っても残ったナイロン糸に困っていると言う事でした。
2019/7/23(火) 午前 11:05 [ E.ada ]
E.adaさん
畳屋のせがれのくせに、お盆の頃に忙しかったかどうか、記憶に無くてお恥ずかしい。暮れはご指摘の通りで、大晦日まで仕事でしたね。
あの、ゴザに水を吹きかける工程は、何のためなんでしょうねえ。イグサの目の粗いところを、水で膨張させて詰めるんですかねえ。これも想像でしかお答えできなくて、いけませんね。
現代の家はフローリングが当たり前なので、どこも当代が引退したら店ごと無くなって、畳が伝統工芸品に昇格していきますよ。(笑)
なるほどね、ナイロンの糸が使ってあっては、農家も困りますよね。
畳床を縫い絞めた糸や、ゴザを縫いつける糸も、ナイロンになったんでしたか。ナイロンになる以前の新品の縫い糸に、耐久性をもたせるのか滑りをよくするためか、オヤジや職人さんが、糸の真ん中で吊るして油を塗りつけていましたよ。今は何の分野においても、そういう下仕事を見かけなくなりました。
2019/7/23(火) 午後 0:46 [ kuroyuonsen ]
うちの近所には、まだ畳屋が残っています。正月飾りのしめ縄を作ったりする場所も近くですので、まだ稲藁文化が残っているんでしょうかね。
そう言いながら、我が家でも畳部屋はありません。実家の畳が懐かしいですねえ。
2019/7/23(火) 午後 1:42
single40さん
我が家を改築するとき、親父自身がフロ−リングを希望しましてね。畳に起居する生活は、膝に悪いからだそうです。また、あぐらは正座よりはるかに大きな負担を腰にかけますしね。
私が言うのもなんですけど、足腰にかける負担を軽減するには、椅子やベッドの生活の方が良いですね。
2019/7/24(水) 午前 4:36 [ kuroyuonsen ]