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昔、どこかのそば屋のオヤジの書いた本に、郊外に鉄道が伸びて新しい街ができると、最初に出来る店はそば屋とお茶屋だ、などという事が載っていました。
そば屋は、新興の商店街や住宅地へ建築関係者が多数出入りするし、新しい住民がそば屋から出前を取ることもあるでしょうから、何となく分かります。とすると、お茶も新しい住民の生活必需品だから、という事なんですかねえ。
大正末期から昭和初期にかけて、東京郊外に各私鉄が伸びたころは、当然ペットボトルもありませんし、今のように上水道がほぼ100%普及していなかったかも知れず、井戸水などを飲む人もいたかも知れません。お湯を沸かしてお茶を飲む頻度が、今よりずいぶん高かったんでしょうかねえ。
そば屋に関して言えば、やはり戦後の東京へ地方から集団就職で上京して、その内にはそば屋へ就職した人たちも多かったことでしょう。何年か修行して、暖簾分けをさせて貰った人もいたでしょうね。
Minox B,Neopan acros 100,Tmax developer.
夏に閉店したこの店、玄関の貼り紙に「昭和38年の開業以来・・・」としてありました。うちの近所の事ですから、55年も続けば老舗の部類に入るんでしょうねえ。
最近、この元そば屋を若い連中がDIYで、内装外装の変更をやっています。そば屋の頃は入口がガラスの自動ドアだったのを、どこかから木製のドアを持って来て、取り付けてあります。表面にヤスリをかけてあるので、ニスかペンキか、自分たちで塗るつもりなんでしょう。
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2018年12月04日
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