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横浜の弘明寺の山門前に、「ほど可や道」と彫られた石碑が立っています。その横に、たしか説明版が立っていました。その説明版が無ければ、ほどがや道と読めなかったかも知れません。(笑)
あとで調べると、東海道の保土ヶ谷宿から分かれた道が、この弘明寺を通って金沢八景から鎌倉へ続くのだそうです。東海道を旅していて、「気が向いたから弘明寺へお参りして、それから金沢八景でも見物して帰ろうか」などという江戸の人もいたんでしょうねえ。
ウィキペディアには金沢鎌倉道としてありますが、弘明寺の人にとっては、金沢八景や鎌倉よりも保土ヶ谷とのつながりが強かったのかも知れませんね。道自体は、同じもののようです。甲州と東海道を結ぶ道を、甲州側からは「駿州往還」と呼び、駿河側からは「甲州往還」と呼ぶのと同じかも知れませんねえ。
源頼朝、頼家、実朝の祈祷所だったそうです、この弘明寺。まあ、細かいことは分かりませんけど、歴史のある寺だという事でしょう。
Minox B,Neopan acros 100,Tmax developer. 江戸時代まで持っていた寺領を、明治以後の弘明寺は手放したり取り上げられたりしたので、敷地が随分狭くなったとか。
今の弘明寺商店街は門前町でなく、東の蒔田付近が本来の門前町だったというんですが、蒔田は未だ歩いたことが無いので実感が湧きません。
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2018年12月05日
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