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朝6時台の上越新幹線に乗り込むとき,大船〇の鯵の押し寿司を買い込みました。昼時に大船や近辺の駅に居る機会が少なくで,今まで食べたことがありませんので,いい機会です。
昨年でしたか,三島の駅弁売場で買ったアジ寿司の方が,肉厚で美味かったです。
帰って来てネットで調べると,上の画像のもの(980円)と別に,東京駅で売られていなかったのか,私の見落としかも知れませんが,大船〇が1280円のアジ寿司も作っていて,この1280円のものが三島のアジ寿司と同格ではないかと思います。
美味い不味いを言うには,大船〇の1280円の方を食べてからでないと,比較できないかもしれませんね。
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旅行
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先週の土日、毎年恒例の、流浪の民にならねばならぬ訳があって、土曜日にはいわきの阿弥陀堂を見物し、日曜日はいろいろ考えた挙句、銚子の犬吠埼灯台を見物に行きました。未だ見たことが無かったもんで。千葉までの総武線快速は良いとして、その先銚子までの総武本線の鈍行はきつかったですな。(笑)
連休の中日で、灯台最上部の通路が芋の子を洗う状況なのを下から確認して、登るのを諦めました。まあここまで来て、あと20mほど上がってみたところで、景色にほとんど違いは無いですからね。
銚子電鉄、聞いたとおりに昔京王線を走っていた車両が、老骨に鞭打って働いておりました。ただ、何の配線か知りませんが、電線が天井にむき出しにくくりつけられていて、オンボロ電車だなと思わされました。昔、通学で使っていた頃の同型の車両でも、こんな粗末な内装は見た記憶がありません。
犬吠埼への途中、坂東三十三か所の一つ、飯沼観音を見物しようと「観音駅」で降りてみると、駅舎の外壁はこの有り様です。
総武本線銚子駅のホームの端に、銚子電鉄のホームが併設されています。というより、JRのホームを間借りしていると言った方が正しいんでしょう。ゲートに掲げたスローガンが、これです。
1日券のサービスで、ぬれせんべいを1枚無料でくれたので食べてみました。銚子はしょう油の本場ですので、それなりに美味いんですけど、ぬれせんべいのほかにも、「揚げ餅」やら「まずい棒」やら「たい焼き」やらのオンパレードで、一体何の会社なんですかねえ。まあ頑張ってもらいたいのも山々ですけど、難しいんじゃないでしょうかねえ。
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いわき市にある白水阿弥陀堂を見物して来ました。当地の豪族・岩城氏に嫁いだのが、平泉の藤原清衡の娘で、そのお姫さんが自分の夫の追善のため、1160年に建立したんだとか。
阿弥陀堂の中は撮影禁止でしたので、内部の画像はありません。お堂の中に寺の人がいて、由来などを説明してくれました。明治の廃仏毀釈で、この阿弥陀堂も荒れ果てたものの、地元の篤志家が集まって修繕を施して、今に至っているようです。お堂内の4本の木柱のうち3本は、創建以来の木材を残してあるそうで、触ってみましたよ。(笑) 創建当時は、やはり派手な極彩色であったようで、内側の壁板の一部には、鳳凰でしょうかね、鳥の身体の一部が残っているように見えました。
ここも、阿弥陀堂の三方を池が囲んだ浄土式庭園だそうです。蓮の花の盛りの時には見事な眺めでしょうな。
お堂は国宝なので、よく手入れされていますし,庭園の方もきれいです。モミジが多く植えられているようで、秋の紅葉はきれいでしょうな。ただ、鵜や鷺が池の魚を狙っているのは、浄土式庭園に不似合でしたな。まあ、追い出したりも出来ないでしょうけどね。
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デジカメを持って、小湊から鴨川辺りを再訪しました。前回は億劫がって、デジカメを持って行かなかったので、記録を残すという意味もあってのことです。最初から持って行けば良かったですね。
日蓮さんの生誕地というか、地元に建つ誕生寺です。立派な山門ですね。本堂の方は、修繕でアルミの囲いに覆われていて、面白くありませんでした。横断幕にある通り、2021年には修繕が完了して、お披露目されるんでしょう。
鯛の浦の遊覧船は、またしても強風と高波で欠航でした。
門前の食堂のメニューです。開店前でしたし、この後も歩いて回るので、小鯵の南蛮漬けで飲みたかったんですけどダメです。(笑)
誕生寺から徒歩で30分ほど山中へ入って、こういういわれのある日蓮寺へ行きました。4枚目の画像が、お祖師さんの隠れた岩のくぼみで、小さなお堂が建っています。どうも、この日蓮寺、誕生寺の奥ノ院という扱いのようです。
日蓮寺のある山中から出て来て、小湊駅への途中、ここがお祖師さんの両親の廟所というんですから、お墓があるんですね。妙蓮寺です。
小湊から外房線で安房鴨川まで乗って、駅から歩いて30分ほどのところに小松原法難の現場跡があり、鏡忍寺という寺が建っています。直上の写真奥の山門脇ですよ、カラスに伊勢海老せんべいをかっぱらわれたのは。(笑)
この小松原でテロに遭って重傷を負った日蓮が、今の日蓮寺のある山中へ逃げ込んだという訳です。
鏡忍寺から安房鴨川駅まで歩いて帰る途中、こういうところがありました。そうでした、佐殿は石橋山で平家方に敗れた後、たしか真鶴から小船で脱出して、この房総の地で再起を図ったのでした。詳しくは、上のプレートをお読みください。
内房線の太海(ふとみ)駅から路線バスに乗って、仁右衛門島という小島を見に行きました。頼朝一行が最初に上陸した島だとかで、今でも十何代目かの仁右衛門さんの個人所有の島です。初代の仁右衛門さんが、逃げてきた頼朝一行を匿ったとかで、今でも渡し船で観光客を運ぶんです。往復で1700円くらいの渡し賃+入場料が必要でしたし、帰りのバスの便まで時間がなく、島へ渡っても20分ほどしかいられませんでしたので、対岸から眺めるだけにしました。(笑)
漁港に屯していた漁師のおじいさんたちの、よそ者を見つめる視線も怖かったですしね。そそくさと引き揚げましたよ。
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静岡県の三保の松原から浜松城、浜名湖畔の新居関を歩いて来ました。
まずは三保の松原、やはり冬の季節風が強く吹いて、雲一つない時に行かなきゃいけませんね。てっぺんがちょこっと顔を出しているだけです。
どうやらこの松へ、天女が自分の羽衣をかけたという事になっているようですが、元々がお話ですので、枝ぶり良く立派な松を選んで、羽衣の松に仕立てたというところでしょう。
それにしても、この漁師の男、実に「男らしい」と言いますかねえ。単なるスケベ野郎であるという点で、男として共感出来る部分もありますな。(笑)
途中、三島駅改札脇の駅弁屋さんで、鯵の押し寿司を買いました。昨年だったか、食べ損ないましたので。
店の人に聞くと、なかなかの人気商品だそうです。
デイバックに入れると弁当箱が縦になっちゃうので、一番下になった巻き寿司が上からの重みで潰れてしまいました。静岡駅のホームで列車の待ち合わせをしている間に、慌ただしく食べざるを得ず、折角の押し寿司も味気ないです。ワサビの葉で包んだやつが美味かったですよ。
静岡駅から浜松駅まで鈍行に乗って、浜松で岐阜行きだったか名古屋行きだったかに乗り換えて、新居関跡を見に行きました。旧東海道の関所跡です。上方へ上る人は、東隣の舞阪宿から船に乗って浜名湖を渡り、この新居関へ上陸して通行審査を受けたそうです。
宿場町の雰囲気は、ほとんど残っていませんでした。
関所跡から新居町駅まで戻って東海道線に乗り、浜松駅まで戻りました。駅の北側の台地に浜松城跡があります。これも鉄筋で復元された城ですので、外から見るだけで十分です。
城の北方の三方ヶ原の戦いで武田信玄に惨敗した徳川家康が、空城の計で武田勢を欺いて危機を脱したとか、城へ戻ってすぐに絵師を呼んで、惨めな敗者となった自分を描かせて教訓にしたとか、城へ敗走する途中、追い討ちをかけて来る武田勢に恐怖するあまり、思わず馬上で「ウ○コ」を漏らしてしまったとか、まあウソかホントか知りませんけど、いろんなエピソードがありますよね。
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