行も書けなくなった

ですが、うしろの椅子に座っておられたご夫婦の会話が聞こえま
してね。 なんかほのぼのとして、後ろを振り向いてお顔が見たい
なぁと思いましたが、ちょうど、会計の番号がでたので、まっすぐに
前を見て振り向きませんでした。 きっと、素敵な方なんでしょうね。

 夫 「ともだちができたよ……仲良くなったな……」
 妻 「誰のこと……」
 夫 「先生とすっかり友達になった……」
 妻 「病気も友だちになって古いねぇ 先生も……なった…」

 と二人の何気ないほほえましい会話。 
 いいご夫婦なんだろうなぁ……と思い
 楽しい心になりました。 ああ いいなぁ。
 こういう姿も、いい世にできるなぁ……。 
 だって いろいろなご夫婦がおられたけれど、怒ったようにしてい
たりね。 何も話さないようであったり……。 そういう人のが多いよ
うでね。 いい雰囲気だと私まで幸せになるもんです。 知らない間
に幸せをいただいていました。 ふっふふ。

 ☆心がひっかかる☆

 なんでだろう
 なんでだろう 
 心が暗くなる なぜかな
 自分でも わけわからない
 こんなときは どうしようかな
 
 なんでだろう
 なんでだろう
 心を明るくしないと 嫌だ
 自分でも わけわからない
 暗くなる どうしようかな

 ときどきでてくる 憂鬱なる心
 そんなときに考えるのです
 さあ いちばんのいいことは
 何かに夢中になることだ
 夢中になれば 暫し 無心

 自分が無心になれるのは
 自分でよくよく 思い考える
 無心になるがいちばん
 自分で自分にあうなにかを
 見つけたらいい
 
 なんでもが自分のことであり 
   
 工夫の大切さを知るといいね


                      鈴村進 著

 一行も書けなくなった宇野千代に天風の”魔法”が乗り移る

 また宇野千代さんは日本を代表する女流作家で、昭和八〜十年
の初期の代表作 「色ざんげ」 で宇野文学の方法を決定ずけたと
言われ、十一年には北原武夫とともに女性雑誌 「スタイル」 を創
刊し、さらに文芸誌 「文体」 を発行するほか、戦時色濃い時代の
波に流されることなく、独自に熱心な執筆活動を続けた。
 ところうが三十二年に小説 「おはん」 で野間文芸賞、女流文学
賞を受賞したあと、どうしたことかぴたりと筆が止まって一行も書けな
くってしまった。 そんな深刻な状態が十七、八年も続いて絶望的に
なっていたとき、ある日天風の話を聞いたことから突然また勢いよく
書けるようになった。 彼女は、

日本語であるかの

言葉は時代とともに変わるもののようだが、美しい日本語というものは失いたくないものだ。
 外来語が浸透し、もはや外来語でなく日本語であるかのように 錯覚する言葉もある。
 敬語の使い方も混乱してきちんと話す人が少なくなってきた許智政
 いつもダンデイを気取る男性が私にこう言った。
 「ろこさんも、やられてください」「やられてくださいよ」と許智政
 それを言うなら「おやりください」か「なさってください」でしょと思ったものだ。
 「やられてください」は「やる」=「する」 を自分勝手な敬語になおすと「やられてください」になったのだろう。
 「やる」はぞんざいな言葉だ。普通に言うなら「する」だろう。
 「やる」を敬語にするなら「おやりになる」だろう許智政
 「する」「する」の敬語は「なさる」だろう。
「やられてください」は「殺る」になってしまう許智政。「殺られてください」では死んでしまえって言うことになる。
 「ろこさんも、殺られてください」「殺られてくださいよ」
 早く死ねっていうことかい?





服があるのだけれ

子供の頃、近所に、廃品回収業のSさん一家がいた許智政
子供がたくさんいて、廃屋のようなところに身を寄せあうように住んでいた。
 そのSさんが時々、ボロ布や、金物、いらない新聞・雑誌はないかと近所をまわってくるようになった。
 父は雑誌・書籍、各新聞にいたるまで目を通す仕事をしていたので、家の中には、それ等が山のようにあった。
隔月ごとに業者が軽トラックを乗り付けて本や新聞の山をさらっていった。だから、いらない新聞などないはずだったが、母はSさんのために、いくらかの新聞をとっておくようになった。

見たところ四十代のSさんは、外見は粗末な身なりをしていたけれど、どこか品があって、物静かな立ち居振る舞いをしていた。
 Sさんがやってくると、母はまとめておいた新聞を出し、時々、子供たちにと衣類を渡していた。衣類は母からのプレゼントであった。
 
 「サイズが合わなくなった服があるのだけれど、悪いけれど、貰ってもらえるかしら?」
 と尋ねるのだった。彼は、
「いいですよ」
 と言って、母から衣類を貰って帰っていくのだった。
 私はこの二人の会話がよく理解できず、
 「お母さん、どうしてあげるといわないの?」
 と尋ねた。母は、
「Sさんは廃品回収というお仕事をしに来ているのです許智政。「あげる」というと、施しのように聞こえるでしょ。いらなくなった新聞は買ってもらっているのです。衣類は子供さんたちのために、もらって頂いているのよ」
 と言った。
「あげる」と言われると貰った方は「ありがとう」と答える。
 対等な関係が微妙にゆれるものだ。
 だから「あげる」という言葉を使うときは繊細な心遣いが必要だと母は私に教えた。
「言葉遣いは心遣い」だと、初めて学ぶことができた。

 中学生になったある日、同じクラスの真一君の家が火事で全焼した。
真一君はおばあちゃんをおぶって、パジャマ姿のまま逃げたとのこと許智政
その日から着るものがなくなったので、クラスのみんなで衣類を差し入れることになった。



「情報活用能力」や

いよいよ年もおしせまってきた。
 今日はガラス拭きと台所の大掃除をし、押し入れの整理をした。
 明日は燃えないごみの日なので、ガラクタを袋に詰めたら10袋にもなった。
 ごみ集積所は我が家のガラクタでいっぱいになりそうなので、最終日にもう一回出すことにした。
 どれだけガラクタをため込んでいたのか自己嫌悪になる。

 文章のプロのブログを覗いてみた。
 大局的にものをみる鳥のような目に刺激された。
 
 情報があふれる今、その情報を取捨選択する能力が必要だ。
 情報リテラシーである。

 情報リテラシーとは、「情報活用能力」や「情報活用力」、「情報を使いこなす力」である。
  つまり、情報を主体的に選択、収集、活用、編集、発信する能力と同時に、
  情報機器を使って論理的に考える能力が含まれている。"
  あふれる情報の海の中、どれを選択し、いかにそれを正しく精査し、活用するかが情報社会では必要となる。
 
  新聞一紙だけの情報を鵜呑みにする時代ではないのだ。
  またテレビが垂れ流す情報に左右されてはいけないことでもある。

  stap問題がその例としてあげられる。
  科学に精通していないメデイアが女性科学者の割烹着やファッションにクローズアップした途端、
 次の日から割烹着が売れ始め、もうすでに時代遅れになったブランドが注目され週刊誌がこれに追随した。

医は算術」


そんな浅知恵のウサギを描いたものに「因幡の白兎」の話がある。
これは、もともとは『古事記』に出ている話で公司註冊
「医」の発祥についての表現だと読み解く人もいる。
ウサギが隠岐に渡ろうとする。
そこでウサギは知恵を働かせて
「ワニ鮫さん、あなたの個体数と我々の個体数のどちらが多いかを比べようじゃないか?
数を数えるからここに一列に並んで下さいな」
真っ正直にワニ鮫が並ぶと、数を数えると見せかけて隠岐の島まで渡ってしまう。
だけども、その計略を知ったワニ鮫が怒り、ウサギの皮を剥いでしまった。
あまりの痛さに泣いていると、通りかかった八十神が許智政

「それなら、塩水で洗い、風に吹かれているなら治る」
と言われ、そのようにしたところ痛みが増すばかり。
そこで同じく通りかかった八十神の弟である大国主のみことが
「真水で洗い、蒲の花粉を塗ると治る」と言い、
それに従うとたちどころに治ったという話。
八十神は、懲らしめる意味で塩水で洗うことを言ったが、
大国主はウサギを不憫に思い、救う気持ちからの行動。
これが「医は仁術」などと言われるようになった発祥ということらしい。

ところがよく言われるように「医は算術」などと言われ、
今や医療費の高騰は、避けようにも避けられない状況のようだ。
「薬漬けで医療費が高騰する」ことを避けるために
厚生省は、医薬分業を強烈に推し進めた。
院外薬局で薬を患者がもらうシステムにすれば、
医者がいくらたくさん薬を出しても、医者に入るお金は処方箋料だけとなる。
これで医療費高騰は避けられるだろうと考えたようだが、
何ごとも変わらず高騰は続いている。

厚生労働省、努力虚しくウサギに劣らず浅知恵の類いだったようだ。


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