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あの子とわかれて早一年。
ともにあり続けることが当たり前のことだと思っていたあの頃。
寿命はまだあったはずなのに、かわいさから贅沢をさせて、寿命をちじめさせてしまった・・・
後悔しても後悔しても、決して命は戻らない。
一年前の6月24日。
大切な家族を失いました。
今でこそ、ともに過ごした日々は思い出の一つになりつつあるけど・・・
今でも忘れない。
命の終わりの瞬間を。
力の無い。
抜け殻。
たくさんの思い出と、家族をまとめる力を持ってたあの子。
「あの子が居なかったら」っていまだに思わずにはいられない。
祖母が長生きしてるのだって、あの子が居て、「カメ子をみなきゃ!」
って祖母に思わせたからなのかも知れない。
家でボーっと過ごしていたら、きっとぼけちゃってたかもしれない。
あの気性なら違うか?でもカメ子を失い泣いた姿を母はいまだに語る。
ぶっちゃけ!鬼の目にも涙ってやつだよね〜
家族との会話の中心に居てくれたから、和気あいあいと過ごせたのかもしれない。
じゃなきゃ。嫁姑戦争は激化していただろう。
喧嘩しても、いつの間にか話の中心にいて、仲直りにつなげてくれてた。
あれから一年か・・・
カメ子〜 私たちは相変わらず元気に暮らしてるよ。
お前が逝っていろんなことあったけど、今は大ちゃんがお前の分もがんばってくれてるよ。
母がご飯をあけると食べて、自分(祖母)があげると食べないって嫉妬する場面もあるらしいけど(笑)
これからも見守っててね〜
今もいるんだよね?
今朝。
お花を供えて手を合わせました。
今だから語るけど。
カメ子が亡くなって。
近所の人に剥製にすることを勧められた。
いつまでもともにありたいと願ったけど、はく製について調べてみると、なんだかね・・・
伯父が剥製屋さんを探してくれたけど、結局は電話できなかった。
その後、フリーズドライってのを見つけた。
だけど。
やっぱり踏ん切りがつかなかった。
死んだものを、生前の姿のままそばに置くことに迷いが生じたことも事実です。
今の世だからいろんな選択肢があることとはいえ、やっぱりしちゃいけないって思い始めたのです。
そして。
やっぱり土にかえすことにした。
祖母は、山の畑に埋めるよう提案したけど。
いつでも会いにいけるように庭の隅。
キュウイの木のそばに父に埋葬してもらった。
目印に、竹で楕円の柵を作ったらしい。
本当にうまっているかは怪しくも思うけどね(^^ゞ
埋葬は父が一人で行ったから。
6月は別れの季節なのかな・・・
同僚が、今月かわいがってたにゃん子を病気で亡くした。
17歳って言ってたかな… おじいちゃんにゃんこって言ってたけど。
ある日もう一人の同僚を交えて、ペットの話をしてたら、その人もやっぱり6月にわんこを亡くしていたらしい。
1年は12か月しかないんだけど、偶然にも気の合う仲間3人とも6月にペットを亡くしてるなんて・・・
驚いちゃった!!
動物を嫌う人とは、動物の話をしても意見が分かれちゃう。
人が絶対的な力であることを疑わないんだろうね
命の重さは大きさによって左右はされないと思う。
人だから命は尊いの?
ペットだからとかって理不尽な扱いを受ける動物たちもいる。
それから数日後。
大ちゃんが家にやってきたのはまた別のお話。 |

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