Memi日記

しばらくお休みしてましたが、またよろしくお願いします。

クリスチャンとして・・・

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ここでは、聖書や本の言葉を通して、私が感じたことを簡単に書いていきます。
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1月11日のディリーブレッドに、
「幸福に生きるための10の法則」というのがありました。
ずっと書こうと思いつつ遅くなりました。

 1 お金や品物を寄付する。
 2 親切にする。
 3 常に感謝を言葉や態度で表す。
 4 精力的に仕事に勤しむ。
 5 お年寄りを訪問し、その方々の経験から学ぶ。
 6 赤ん坊を見て、すばらしさを感じる。
 7 よく笑う。(笑いは人生の潤滑油です。)
 8 神の「道」が分かるようにと祈る。
 9 永遠に生きるように人生設計をする。(実際そうなのですから。)
10 今日がこの世の人生最後の日であるかのように生きる。

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この全てを実践するのは難しいですが、
神様に感謝して、笑顔で毎日を生きたいですね。

この時

もしかすると、この時のためであるかもしれない。』
エステル4:14

何かを始めた事で新しい関わりができたり、
一つの事を続けていた事で道が開けたり、
逆に、
行き詰まったからこそ大切な事に気づいたり、
困難があったからこそたくさんの事を学んだり…

何一つ無意味な事はないんだ。

今はわからないかもしれないけど、
後々になって、
この時のためだったのだと気づく時がくるから…。

メールマガジン「やすらぎの言の葉」より
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

辛い過去の傷も大切な事を学ぶためのこととして与えられたんだなぁと、
新しい人との出会いによって気付きました。
ほんとに何一つ無意味なことはない。
「神様は全てを益としてくださる」と感じるこの頃です。

神の愛と人間の罪

神は私たちに対して愛です。どこまでも神は愛です。
けれども聖なる神でもあられます。

だから、神を本当に知るようになり、その御心を意識するようになると、
愛してくださる神に対して、やはりどこかで、恐れとなり、おののきとなります。

そしてそれゆえに問われていることに気づかされます。

直接の言葉がなくとも、万軍の主の聖なる臨在を前に、
私たちは求められていることに気づかされます。

そして、それは幸いな気づきです。
それによってやがて神との関係が回復されていくのです。

「私を祝福してくださらなければ」遠藤嘉信 著 より
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

やっとこの本を読み終えました。とても考えさせられる内容でした。
神の御心について、たびたび書かれていましたが、今回はこの箇所をとりあげたいと思いました。


「神は愛であり、そして聖なる神である」
それに対して、「私たち人間は愛がなく、罪が多いものである」

このことをどれだけ、知っているか、わかっているのだろうかと思います。

神様の愛を感じつつ、でも罪ばかり犯してしまう自分を神様はどう思うのだろうかと、
やはり恐れを感じてしまいます。

それでも神様に罪を告白し、許していただき、神様に信頼していきたいと願うばかりです。

もっと祈り深くならなければ・・・と後悔、反省ばかりの日々です^^;;

主はあなたの道をまっすぐにされる  箴言3:6

「あらゆる壁が扉になる。」と書かれていました。

自分にとって壁だと思っていた事が、実は次の歩みへの扉だったりします。

そう捉えると、今の壁も、いったい何への扉なんだろうと望みを持つことができるはず。

今ある壁に立ちすくむことなく、望みを絶やさず歩んでいこ。

(やすらぎの言の葉  より)
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私のお気に入りのメールマガジンからです。

「過去の失敗や過ち」を通して、また同じ事が起きた時に注意することができるのかなと思います。
失敗もせず、うまくいってばかりだと注意もできないですよね。

全てを益として下さる神様が、私の道をまっすぐに整えてくださることを信じて、
歩み続けたいと思います。

主の御心

イメージ 1

大切なことは、主の御心に従って行動する、ということです。
自分の身に起こった単なる負の要因がすべてを解決したのではない、ということです。
(中略)
事は自分の願いによるのでなく、神の御心によるのです。
そこでこそ神の御心とご計画に生かされて者の姿です。
(中略)
私たちの戸惑いは、状況からの判断に限られていて、主の御心がどこにあるかわからないように感じることです。はっきりすれば迷わなくて済みます。その選択に誤りはありません。
神が保証し、神がよしとしてくださるからです。そういう形で歩みを進めることができればと思います。
しかし、考えてみると、私たちにとっても御心ははっきりと示してくださいます。
(中略)
御霊が私たちの内に働き、志を立てさせ、事を行わせてくださいます。
御心でない歩みであれば、どこがでとどめられ、大事に至る前に、私たちの歩みがまもられてきました。御心でない歩みを続けることは許されません。
(中略)
恵みによってその歩みを正されます。御霊によって私たちの歩みは確かに導かれているのです。
その手応えによって、さらに主の御霊の内在を確認します。

遠藤嘉信著「私を祝福してくださらなければ  荒削りの信仰者ヤコブの生涯」

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私が今読んでいる本です。この遠藤先生(日本同盟基督教団和泉福音協会牧師)の本は今回のこの本で4作目なのですが、聖書の注解書のようなものに加え、私たちの日常にたいしても語っている文章で、とてもわかりやすくて、読みやすいです。

かなり中略ばかりで抜粋的に書いてしまいましたが、「主の御心」について書かれている箇所です。
クリスチャンはよく「主(神様)の御心」という言葉を使って、クリスチャンでない人には、なかなかわかりづらい言葉かもしれません。でもクリスチャンである私も正直に言って、この言葉はなかなか難しく思われます。

自分の将来を考えたとき、自分はこれからどんな道を歩むことになるのかわからなくて、途方に暮れてしまいそうになる時もあります。でもきっと、神様が私の進むべき道をちゃんと与えてくださる、神様の御心にそった人生を生きたいと思うのです。

でも果たして「神様の御心というのはどうやったらわかるのだろうか?」ということを悩みます。
聖書に書かれている人は、直接神様からの語りかけがあった人もいます。ヤコブもその一人でした。
「ヤコブから沢山の子孫が与えられる」との神様の約束、御心がありました。
でも、具体的なことは示されていませんでした。だからヤコブは自分で色々と考えて、あるときは間違った人間的な行動をしてしまうこともあります。でも結果的には、ちゃんと神様が道を備えて、ヤコブの人生を導いてくださるのです。

私たちの人生にも、神様は確実に関わってくださってます。
直接の語りかけはないけれども、人や出来事を通して、進むべき道を示してくださいます。
でもでも・・・、それが本当に神さまが与えてくださってることなのかがわからないことがたびたびあります。

今日書いた箇所で一番気になるところは、

「御心でない歩みであれば、どこがでとどめられ、大事に至る前に、私たちの歩みがまもられてきました。御心でない歩みを続けることは許されません。」
というところ。
直接な神様の語りかけがなくて、本当に神様の御心かどうかわからないけれども、神様は御心でない歩みはとどめてくださるということ。何か問題が起きたりして、それ以上、ことを進められなくなったり・・・そのようなときに、これは神様の御心でないのかも・・・と思えるのかなって思いました。
とはいえ、完全に神様の御心を知ることはできない私たちですが、神様に信頼して、人生を歩んでいきたいと思います。

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