|
記事は上智大学の渡辺昇一名誉教授とジャーナリスト田中順子さんの対談形式なっています。
教科書が教えない歴史の真実(1)
日本を一つにまとめた神武天皇の詔
田中 子供達が歴史の教科書を読んだとき、この国に生まれてよかったと思える内容であって欲しいと思います。そうした内容であってこそ、この国の発展のために努力したいと、学習意欲も高まるはずです。渡部先生は、どんな人物やエピソードを教科書に載せるべきであると思われますか。
渡部 新しいところでは、先ほどのマッカーサーの言葉ですが、その他にも、例えば、初代天皇の神武天皇のお言葉ですね。神武天皇は橿原宮(かしはらのみや)で即位されたときに、「八紘をおおいて宇(いえ)となさん」と言われました。「全国を一軒の家のようにして仲良くしていこう」といった意味です。多くの氏族や土着民族を力で征服するのではなく、皆で一つの家のようにしようと宣言された。そのため、大量虐殺が起きなかったのです。
私は、この神武天皇のお言葉は教科書に載せてもいいと思うのです。歴史界では神武天皇は実在の人物ではないといわれていますが、『日本書紀』には神武天皇のページが何ページもあります。その全てがインチキだなどということはないと思います。
大国の隋と対等に接した聖徳太子の偉業
渡部 もうひとり挙げるとすれば、聖徳太子です。「日出る処の天子、日没する処の天子に書を致す。恙(つつが)なきや・・・・・」と始まる、太子が隋の煬帝に送ったとされる有名な国書がありますね。これは唐で編纂された隋の歴史書にも出てくるので史実でしょう。
太子は、当時、小国だと思われていた日本を大国の隋と対等に外交する唯一の国へと押し上げた。こうしたことも、教科書でしっかりと教えるべきでしょうね。
田中 そうですね。この国の拠って立つ精神を学ぶことは大切です。
渡部 また、明治時代の「五箇条の御誓文」 (※1)も立派なものです。第一条には、「広く会議を興し、万機公論に決すべし」とある。これは民主主義の元ですよ。
聖徳太子の十七条憲法にも、「それ事は独り断(さだ)むべからず。必ず衆(もろもろ)とともに宜しく論(あげつら)ふべし」(物事は独断で決めるのではなく、皆で論議して決めよ)とあります。日本は古来、“民主尊重”の国であったのです。
田中 「戦後、民主主義が日本に導入された」という表現を見ることがありますが、実は、すでに日本は、“民主尊重”の国だったのですね。誇るべき日本の歴史を、ぜひ子供たちに学んでほしいと思います。
神武天皇の精神がユダヤ人を救う
渡部 実際、先ほどの神武天皇の言葉は、先の大戦の歴史にも影響を与えています。当時、日本はドイツと同盟関係を結んでいたために、ドイツからユダヤ人迫害政策への協力を要請され、日本は五相会議(ごしょう会議) (※2)を開いて討議しました。
そこで、ときの陸軍大臣の板垣征四郎が、「日本は初代の神武天皇からして、『八紘をおおいて宇(いえ)となさん』と仰せたれた。ユダヤ人を迫害するのは神武天皇のお言葉に反する」という趣旨の発言をしたところ、それはそうだということになって、日本は当時の世界で唯一、ユダヤ人を差別しないことを国策とする国となったのです。
ユダヤ人が船で逃げたとき、ロンドンでもニューヨークでも上陸が許可されませんでした。仕方なくドイツに戻ったユダヤ人はアウシュビッツ行きになったでしょう。しかし、日本では敦賀港、満州国境でユダヤ人を受け入れた。杉原千畝氏(※3)は個人プレーとして偉かったように言われていますが、国策でもあったのです。
田中 杉原外交官だけがユダヤ人を救うために尽力したと思われていますが、必ずしもそうではなかったのですね。
渡部 もし彼の独断だけであったら、彼がビザを発行しても、ユダヤ人は日本に入国することは出来なかったはずです。政府が許可したから、入ることが出来たのです。
満州国境でのユダヤ人の入国を許可したのは、当時、関東軍参謀長であった東条英機です。また、外務大臣の松岡洋右もユダヤ人に同情的でした。当時、外国人は数ヶ月しか日本に滞在できなかったのですが、「ユダヤ人の場合は期限をうるさく言うな」「彼らはアメリカなどにいる親類を探しているところなのだ」と言っていたそうです。
なぜ彼らがA級戦犯に
渡部 ところが、板垣征四郎も東条英機も東京裁判でA級戦犯として有罪判決を受け、死刑に処せられました。松岡洋右もA級戦犯として獄中で亡くなっています。
私が残念なのは、なぜ東京裁判の時に、「日本はユダヤ人を助けるという国策を掲げた唯一の国である」と弁護士が訴えなかったのかと言うことなんですね。ユダヤ人問題が国際的にどれほど重要であるか、弁護人にはピンとこなかったのだと思いますが、訴えていれば、裁判の流れは変わっていたでしょう。
田中 東京裁判は、ナチスによるユダヤ人虐殺を裁くニュルンベルク裁判の後に行われました。日本がナチスの同類でないことが証明できれば、日本に対する見方がずいぶん変わったはずですね。
渡部 それどころか、日本はアメリカやイギリスよりも立派だったのです。
歴史を「虹」として捉える
田中 先日、ある20代の女性が、「自分の祖父たちは悪いことをした、ひどい人たちだとずっと思っていました」と言うんです。「今は正しい歴史を知ったけれど、ひどい教育を受けました」と怒っていました。自分の生まれた国の本当の歴史を知らないのは、あまりにもかわいそうです。
渡部 子供はね、教科書を信じるんですよ。理科の教科書は嘘を書かないでしょう。歴史の教科書も嘘を書かないと思うんですよ。だから怖い。
私は教科書と言うのは、普通の歴史の本とは違うと思うのです。これは、バーフィールドというイギリスの思想家が行っていることですが、国民に教える歴史は、「虹を見せること」であると言うんですね。
歴史的事実として、毎日毎日、無数に事件は起きますが、それは、たとえてみれば、雨上がりの空に残る水玉みたいなものです。水玉ひとつひとつをいくら研究しても、虹は見えません。虹を見るためには、ある一定の方向から、一定の距離をもって見なければならないのです。
歴史家が個別の事件をくわしく調べるのは結構です。しかし、子供達に教えるときには、日本という国の美しい「虹」を見せなければいけないのです。
左翼活動家を黙らせた一言
田中 その「虹」を子供達に見せるためには、どうしたらいいのでしょうか。
渡部 それは、首長がしっかりとしていればいいんですよ。杉並区は山田宏区長の時、自虐史観を排除した、「新しい教科書をつくる会」の教科書を採択しました。その時、こういうことがありました。区議会で、「侵略戦争に対する山田区長の考えを問う」と言うことで、傍聴席にも左翼のギャラリーが大勢集まって、糾弾質問をしたわけです。山田区長は、先ほどのマッカーサーの言葉を引用して、「敵の大将がこう言ってるじゃないですか」と切り替えした。そうしたら、誰も反論できず、シーンとして、それで終わり。
田中 信念のあるリーダーの、真実の言葉は強いのですね。
教科書改革はトップの一声が大事
田中 教科書改革もトップ次第ですね。
渡部 有能な政治家が出ることです。さらに言えば、有能な首相が出て、文科省に命令すれば、すぐ変わります。
自衛隊を敵視していた人でも首相になって命令を下したら、10万の自衛隊が黙々と遺体処理をするのですから、それだけ首相の力は大きいんです。
もちろん、「ここは、こう書け、ああ書け」と細かく指示をすることはできないでしょうけれども、先ほどのマッカーサーの言葉を「教科書に入れなさい」と言えば終わりです。それは歴史解釈の問題ではなく史実ですから、議論の余地がないのです。
田中 そうすると、日本にまた虹がかかりますか。
渡部 いい虹が見えてきますよ。
田中 本日は、日本の歴史教科書が偏向した経緯から、その改善案まで、わかりやすく教えていただきました。ありがとうございました。
(※1) 五箇条の御誓文・・・1868年に明治天皇が公卿や諸侯に示した明治政府の基本方針。正式名称は「御誓文」。
(※2) 五相会議・・・内閣総理大臣、陸軍大臣、海軍大臣、大蔵大臣、外務大臣の5閣僚によって開催された会議。
(※3) 杉原千畝・・・日本の外交官。第二次世界単線の際、リトアニアの領事館でユダヤ人の難民に大漁のビザを発給し、「日本のシンドラー」と呼ばれた。
|
全体表示
[ リスト ]


