神々がうごいとーと

やさかましませ。いやさかましませ。かんながらたまちはえませ。

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乾選手は滋賀県近江八幡市出身。
同県野洲市の野洲高校卒業。
2006年第84回全国高校サッカーの優勝メンバーである。
あのパスサッカーは鮮烈で、いまでもよく憶えている。

近江八幡市といえば、信長の安土城。
日牟禮八幡宮に、佐々木源氏発祥の沙沙貴神社

近江八幡市は、静岡の富士宮市と夫婦都市。
由来はダイダラボッチが近江の土で富士山をつくったとする伝説。
そのとき土を掘った穴が、琵琶湖になったという。
長野県消防防災ヘリ墜落事故でも出てきた大地巨人ダイダラボッチ(高ボッチ高原)である。

また野洲市といえば、近江富士の三上山。
孝霊六年に降臨したという天之御影神を祀る御上神社。
孝霊天皇といえば、これもまた富士山だ。

いま『やっぱ戌亥じゃないか(2)』を書いてるんだけど、今回の乾選手の晩餐会招集とスペイン国王フェリペ6世の静岡市訪問のバックには、「ホタカの障り」の糸魚川静岡構造線だけでなく、ダイダラボッチと富士山も関係してるってことを憶えといていただけたらと思う。

天の9神の野球に対して、サッカーは地の11神の事象スポーツだしね。

事象は多重構造をしてるので、どこから紐解けばいいか、説明すればいいのかいつも迷う。
スピ系の方は世界の人々は潜在意識下でつながってるっていうけど、じっさい事象的にも複雑にからみあってるわけで、その糸の一本一本が伏線となって事象は起きる。

すべてを説明したくても、読み手にはこんがらがった糸のかたまりとしか映らない。
できるだけ主だった伏線だけにしぼろうとするのだが、あ〜伝えきれてないなぁってジレンマがいつもつきまって、けっきょくこんがらがった文章になってしまう。

おまけに僕は予言者じゃないので、いつどこでなにが起きるって、そういう類の話はできない。
そこまでの事象読みの才能もない。
この事象はこの流れで起きたもので、その流れはどこそこに向かっているって程度だ。

たとえば、いまの父なる火の禊の流れは単独ではなく、あきらかに大地母神である黄泉のイザナミと同時進行していて、それは核攻撃と第二の巨大津波を併発させる可能性がある。
って、程度。

その二面性は、乾選手招集のバックにも見える。

『やっぱ戌亥じゃないか(2)』では、父なる火の禊の流れを中心に書くつもりでいる。
たとえば...。
静岡市といえば草薙大龍勢=ミサイルの雛型って前に書いたけど、その静岡市をスペイン国王が訪問した4月7日、トランプ大統領が巡航ミサイルの乱れ射ちをやらかした。
信じられないかもしれないけど、このシンクロはエイバルの乾選手が招集されてなければ起きなかったはず。エイバルの伝統産業が武器製造だからだ。まさに火と鉄と戦争のカルマだ。
っていう話を中心に。

だが乾選手の招集はそれだけでなく、母なる大地=富士山とダイダラボッチ(タヂカラヲ)をも喚起する可能性があるってことを、どこか頭の片隅にでも入れといていただけたらと思う。

参考までに2010年1月に書いた『富士と桜島、そして隼人(2)』の文章を抜粋してみたので、よければ乾選手が野洲高校の2006年優勝メンバーだったことをふまえつつ目を通しといてほしい。
乾選手のバックにはこんな歴史や物語のつながりがあるのか、ってカンジで。

よけいワケわかめになったらごめんなさい。


>ふたつのツボ、富士山と琵琶湖には、こんなストーリーがある。
「孝霊五年・・・一夜に地さけて大湖となる。これ近江の琵琶なり。その土、大山となる。駿河の富士なり」by和漢三才図会
なんとも荒唐無稽な話だが、注目すべきは富士と琵琶湖とのつながり、そしてそこに「孝霊」のワードが介在する点だ。

富士山をふじ(藤)の山と名づけたのは七代孝霊天皇だという。
先代旧事本紀大成経は、孝霊天皇が富士山に行幸したとしている。
富士山本宮浅間大社の由緒は、孝霊の御代に富士山が大爆発を起こしたという。
宮下文書で徐福が富士高天原の神都にたどり着き、養蚕と絹織をはじめたのも、孝霊天皇の時代とされている。
ちなみに飛鳥時代に駿河に常世神が流行したとき、秦河勝が「橘につく蚕のような虫だ」とその正体を暴いたらしい。常世国の橘と、秦の徐福の養蚕がからんでいておもしろい。

孝霊天皇と富士山のセットは、記紀以外では常識といっていい。
外八海や浅間系神社と同じく、「孝霊」をキーワードとした富士山ネットワークも存在することになる。みなさんのお近くに、孝霊天皇ゆかりのお社はないだろうか。もしかしたらそれは、富士山の起動端末のひとつかもしれない。事象に注意してほしい。

このブログを書く原動力として、なんとか災害を事前に察知できないかという、焦りにも似た切なる思いがある。日本武尊&カグツチ事象における秋葉原や、出雲大社仮殿遷座後の日高見の反応(岩手宮城内陸地震)は予測できてたものの、いつどんな事象となるのかわからなきゃ話にならない。秋葉原は(通り魔でなく)大火災だと思ってたし。

富士山と琵琶湖を結ぶ孝霊ラインは、今年1月11日にすでに起動している。前回書いた甲府市酒折の山梨学院大付高校の優勝がそうだ。
ポイントは酒折より、初戦で対戦した滋賀県立野洲(やす)高校にある。
野洲は琵琶湖に流れ込む野洲川を中心とする地域。天の安河とする説もある。
「やす」とは「つぼ」のようにくぼんだ、低湿地を意味する言葉のようだ。稲作に適してたんだろう。ここに一大銅鐸文化圏があったことはよく知られている。
1m34.7cmもの日本最大の銅鐸が出土した。

野洲市の三上山は近江富士とよばれる。以前ならこれだけでシンクロだったんだけど、近ごろの事象は気合の入りようがちがう。三上山は孝霊伝説の山である。孝霊天皇は富士山行幸後に、富士山ゆかりのニニギ・サクヤヒメ・ホホデミ・オオヤマツミを野洲川のほとりに祭らせた。いまの御上神社である。三上山はそのご神体山だ。

残念ながら御上神社の社伝にこの話はなく、孝霊の御代に天之御影神が降臨したことになっている。詳細はさけるけど、この天之御影神自体が孝霊富士山伝説にかかわるのだ。
さらにこの神、開化天皇の子彦坐王(ヒコイマス)との姻戚関係から、後世に神功皇后を誕生させることになる。多発する神功皇后の事象はみなさんご承知のとおり。
事象が起きるポイントというより、事象を起こすポイントとしての野洲のすごさがわかっていただけたらと思う。
古代史的にも、野洲は銅鐸の終焉と女王ヒミコ登場のナゾを解く鍵となりうる重要な場所なのである。
(銅鐸祭祀の終焉から特殊器台の古墳祭祀への移行)

近江富士の三上山は、いわば富士エネルギーの写しであり、ふたつのツボをつなぐ重要な祭祀拠点だった。その三上山に向かって野洲高校は建っているのだ。パワーもろ受け(笑)。おまけに滋賀は志賀(鹿)だしね。

高校サッカー界に彗星のごとく現れた野洲が、2006年に鹿実を破って優勝し、優勝候補の一角として臨んだ第88回大会初戦で、初出場のニニギ酒折宮(ハラアサマ宮)の山梨学院に負け、勢いづかせ、事象のバトンを渡した。
「徳を樹つる」の山梨学院の優勝は、富士ハツボに立てるべき中柱の、ひとつのあらわれなのだ。

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ネット上ですが、未来人と言う人が地震の予測を書いてますが、この人が誰か分かりますが名前は伏せます。
2010年に311の予測を書き、熊本地震も予測を書いたそうです。
世界支配者の計画を知っていて、少しは良心が有るから、警告を出したのでしょう。いつも1年以上前から警告してます。
また東南海地震のヒントを出しているそうです。
支配者はやるんでしょう。時期は天皇交代前か後か???オリンピック前か後か??? 削除

2017/4/11(火) 午前 0:17 [ まほろば ] 返信する

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> まほろばさん
すいません、未来人って人のブログ知らないし、あまり興味もありません。
時期としては戌亥の年の公算が高まってますね。

2017/4/11(火) 午前 1:10 [ めねふね ] 返信する

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三上山は富士山より規模はうんと小さいですが山容が美しく目に留まります。
琵琶湖西岸に日吉東照宮があり、2014年11月に日吉大社参拝した時に地域のボランティアガイドさんに案内され初めてその存在を知りました。
階段参道をあがり鳥居から琵琶湖越しに三上山が真正面に見えたことがたいそう印象に残りました。
坂本穴太積みと天海和尚とともに記録残しましたが、当時こう書いてました。
「鳥居から真正面に三上山が見える雄大な景色は、いろんなことを知ってる人がここに祀ったんだろうと思えました。」
日吉東照宮は日光より先だそうで、家康亡骸を最初に祀った久能山東照宮と同じ時期になるのか確認できてません。
久能山東照宮も鳥居や一の門から富士山見えるかなと調べたら、一の門から御前崎が見えるんだって。
今度行けたら確かめてきます。

2017/4/11(火) 午前 8:33 [ ula***** ] 返信する

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2チャンネルで有名だそうですが、私も直接書き込みを見たことは有りません。
世界支配者の情報を得られる人なので、確実の様です。

戌亥とゆうと2019年でしょうか。
天皇退位を急ぐのも、もう情報が入っているのでしょう。

とっくに知ってたのに、地震後に優しい声で、頑張って下さいと、言って回るのでしょう。 削除

2017/4/11(火) 午後 0:54 [ まほろば ] 返信する

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> ula*****さん
天海ですから、日吉東照宮と三上山をむすんだ先になにかあるかもしれませんね。
久能山東照宮は1617年。日光東照宮も同時期。
ただし日光東照宮は家光の時代に大造替が行われ、そのモデルとなったのが日吉東照宮みたいですね。
一の門から御前崎ですか。浜岡原発の。
御前崎は江戸時代に見尾火灯明堂(灯台)が置かれてますし、桜ケ池には天海とおなじ天台宗比叡山の名僧皇円阿闍梨の竜神伝説がありますね。しかもミロクがらみです。
それとも、海の向こうの補陀落浄土を向いてるんでしょうか。

2017/4/12(水) 午前 0:40 [ めねふね ] 返信する

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> まほろばさん
2019年だとしたら、もろに大友克洋のAKIRAですよね。
2018年の大河ドラマは西郷(さいごー)。
富士山の日うまれの皇太子の富士山初登頂は、88事象の2008年8月8日でした。つまり88皇太子。
富士山も気になりますね。
亥は核の事象動物。
古事記では日本武尊に祟ったのは猪。
この辺も2019年につながります。

2017/4/12(水) 午前 1:08 [ めねふね ] 返信する

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グーグルマップの距離を測定するという方法で、日吉東照宮で右クリックし、三上山で左クリックすると直線距離15.9km。
この線を延長して237.2kmのところに久能山東照宮。
ここから富士山の方向に線を伸ばすと日光東照宮になりました。
なんとまぁびっくりの、しかし東照宮を17世紀に祀った人には当然の結果でした。
家康は生前から死後に久能山にと遺言してたそうですから、江戸を護る守護神となるための風水を心得てたのでしょう。
このマイマップをどのようにリンクさせたらいいのかわからず、とりあえずご報告しておきます。

2017/4/12(水) 午後 3:11 [ ula***** ] 返信する

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> ula*****さん
グーグルマップの距離測定なんて方法があったんですね。知らんば。
やっぱさすが天海。ただじゃつくってない。
久能山東照宮の一の門から御前崎が見えるってコメントくださってたけど、日光東照宮→富士山→久能山東照宮→御前崎ですよ。
かんぺきなんらかの思想が反映されてますね。
東照権現+富士高天原+補陀落浄土でしょうか。

2017/4/12(水) 午後 10:25 [ めねふね ] 返信する

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