神々がうごいとーと

やさかましませ。いやさかましませ。かんながらたまちはえませ。

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ここからはおもに『スラウェシ島の噴火に73機目の戦闘機を思う今日この頃(2) 』とつながる個人事象の話になるので、あまり気がすすまない方はスルーしてください。
シクミの最終段階への流れ、とくに日本武尊事象と僕自身が共鳴してるって話です。

前にもすこし書いたけど、未明に 『3ラン計画 』の夢を見た9月14日(金)の朝。僕は走行中に、チャリのお守りの中身がなくなってることに気づいた。
地元の蘇我比弯声劼砲守りを買いに行ったのが、9月16日(日)。
その夜のニュースで、シンクロが起きていたことを知る。
東京湾の入口にクジラの死骸ってニュースだ。

クジラが浮いてたのは、6月の房総沖スロースリップ=イザナミの国生み開始のとき、元禄関東地震が再来した場合の震源として想定した海域。
日本武尊の妻、弟橘媛が、暴風を鎮めるために入水した"走水の海"。

ちょうど海上保安庁に通報があった時間帯に僕は蘇我比弯声劼砲い燭錣韻覆鵑世韻鼻△修蘇我比廚箸いΔ里ほかならぬ弟橘媛のおつきの姫。
弟橘媛とともに入水した彼女は、意識を失ったまま東京湾を浮遊して海岸に漂着した。
いまの千葉市中央区の蘇我。
蘇我比弯声劼陵獲茲澄

もしクジラの死骸がべつの場所で見つかってれば、とうぜんシンクロにはならなかった。
蘇我比弯声劼砲いとかならず事象をともなうので、チャリのお守り以外は敬遠している。
たしか1年半〜2年ぶりだと思う。
過去には蘇我の竜巻⇒ 鬼怒川の氾濫なんてこともあったので、まあ地震の想定海域とはいえクジラが浮いてたくらいならたいした事象じゃないなと、そのときは思ってた。

まさか、浜岡原発にもクジラの死骸が上がるとはね。

三日後の9月19日(発見は18日)、静岡県御前崎市にある浜岡原発の敷地内の海岸に、クジラの死骸が打ち上げられたってニュース。

元禄関東地震と、宝永大地震(南海トラフ巨大地震)。
イザナミが国生みにおいて、江戸時代に起きたこのふたつの大地震をふたたび連動させる可能性があることは、房総沖スロースリップのときに書いた。
まるでそれを裏づけるかのような、東京湾につづく浜岡原発のクジラの死骸連動。
浜岡原発といえば、もろ南海トラフ巨大地震だ。

クジラはイサナ。おもにイザナミの事象。
二頭のクジラの死骸は、イザナミが放った二発の警告魚雷みたいなものかもしれない。
だとしても、なんで待ってましたといわんばかりのタイミングで撃つかね。
まるでこっちがスイッチを押してしまったようで、落ち込む。
やっぱ蘇我比弯声劼帽圓べきじゃなかったと、ちと後悔した。

だがそれで終わりではなかった。
まだつづきがあるとは、そのときは思いもしなかった。
まさか駅前を走行中に、歩行者ではなく歩行蛇が飛び出してくるとは。
まさか「3ラン計画」の夢とお守りの紛失が、ワンセットってシクミだったとはね...。

ちなみに9月16日には、もうひとつドキッとさせられるニュースがあった。
神社本庁の田中総長の辞任だ。

縁あってというか、僕は蘇我比廚里海箸「姫ねえ」と呼ばせてもらってるのだけど、じつは姫ねえの霊系の属性って、「VS国家神道」であり「VS神社本庁」なんだよな。

まあ神さまもいろいろだってこと。
というかその「いろいろ」こそが、ほんとは自然界の多様性とつながる神道の本質。
親方日の丸システムでひとくくりなんてのは、冒瀆だ。

ちと話がそれた。

僕がチャリ走行中に『へびふんじゃった』のは、お守りを買ってちょうど一週間後の9月23日(日)。

そして「3ラン計画」の夢から二週間後の9月28日(金)。
インドネシアのスラウェシ島で大地震が発生。
死者2010名、行方不明671名の大惨事となった。

このスラウェシ島が、夢で見たセレベス島のことだと気づいたのは、30日になってから。
グルジアがジョージアになったみたいに、セレベスがスラウェシ表記に変わってたことを僕は知らなかった。

もうひとつ知らなかったのが、夢を見た9月14日が「十字架の日」だったってこと。
十字架挙栄祭・十字架称賛祝日)

十字架といえば犠牲。
イザナミはその国生み(大変動)において、"火の禊の十字"のスサノヲと、"鉄と戦争のカルマ"の日本武尊の犠牲を完結させるつもりでいる。

そういった意味で、とくに日本武尊の犠牲って意味で、9月14日未明の夢と朝方のお守り紛失はワンセットだった。
だからお守りの方は日本武尊ゆかりの蘇我比弯声劼鯆未靴涜臙録未魄甜┐垢詁麁のクジラの死骸にシンクロしたし、夢もまた、鉄の島スラウェシの大地震へとつながったのだ。

夢で見たスラウェシ島そっくりの島は、日本の島だった。
つまり、スラウェシ地震=日本の雛型。

こうした一連の事実に気づいたのは、台風24号チャーミー(椿の花)が上陸する直前だった。
けっこううろたえてた。
ブログには、あえて冷静さと客観性をよそおいつつこう書いたけども。

スラウェシは、スラ(島)+ウェシ(鉄)。
 いわば鉄の島。
やたらと目が強調された台風24号が「鉄」に関係するなら、スラウェシ地震との共時性も理解でき  
 る。
 ただその根拠が、夢の話ではね...。
ともかくいま云えるのは、9月14日に夢で見た島とおなじカタチをしたスラウェシ島で、ちょうど二週
 間後に大地震が起きたということ。
 とりあえずそれだけかな。

この記事を書いた9月30日(日)。
蘇我比弯声劼任守りを買ってから二週間後。
記事をUPしてまもなく、台風チャーミーが和歌山の南部(みなべ)に上陸。
計ったように日本武尊終焉の地、三重県亀山市の能褒野(のぼの)を通過する。

まさに日本武尊の死=日本武尊事象の終わりの予告だ。

「風」台風チャーミーは、未来への道案内台風。
その暴風が表現したのは、かつて弟橘媛を入水させ、日本武尊を死に至らしめた、「鉄と戦争のカルマ」の祓の風。
シクミの最後に吹く、イブキドヌシの「大祓の風」だ。

各地にお清め(?)の塩害をもたらしたその暴風に、じつは蘇我比弩羲蕕里いもなく、うちのチャリも祓われてしまった。
それとも結末のためにお守りが呼んだのかな。

いろんな意味でショックだった。
「おまえの事象読みはただしい。その証拠におまえの鉄と戦争のカルマを祓ってやる」
って、声なきメッセージを送られた気分。
そりゃぁうちのチャリはスチールフレーム(鉄)だし、車のドライバーと怒鳴りあうことだってままあるけどさぁ...。(T"T)

チャリ屋と相談して廃棄を決めたのが10月7日(日)。
「ちきゅう」の南海トラフ地震発生帯掘削計画の開始日だと、あとで知った。

おまけに僕は、なんというか気が回らないというかほんっとアホだから、すでに今回のシンクロニシティの重大性に気づいていたにもかかわらず、チャリを廃棄するため開いた千葉市の粗大ごみ受付サイトで、〇のついたいちばん早い日をさっさとクリックしてしまった。
日づけすら確認せずにだ。

後日メールで回収日を見てゾッとしたよ。
10月22日。
「オワリのはじまり」の日じゃねえか!

すでにわかってたとはいえ、トドメの一撃だった。
十字架の日、9月14日を起点として起きた一連の個人事象のテーマというかキーワードは、蘇我比廚任癲△發舛蹐鹹鏥棉欧任發覆ぁ
日本武尊だ。

シンクロのスイッチを押したのは蘇我比弯声劼任呂覆、僕自身。
僕は日本武尊事象に取りこまれている。

なぜ走行中に「へびふんじゃった」のか。
能褒野を通過したチャーミーの暴風に、祟りのようにチャリがやられたのか。
それがどんなストーリーを表現したものか、すでに気づかれた方もいると思う。

そう。日本武尊神話だ。

尾張(おわり)に草薙剣を置いて(熱田神宮)、美濃(みの)の伊吹山へと向かった日本武尊は、そこでイブキドヌシの使いの大蛇と遭遇する。
身の終わり(美濃尾張)のシクミだ。

彼はその大蛇を避けずに「踏みこえた」がために、致命的な祟りをうけた。
そして足が三重に折れ曲がりながらたどり着いた能褒野で、ついに力尽きる。

>いやいや神蛇じゃない。ただの偶然。
 たまたまヘビふんじゃっただけだ。

と書いた、あのもんどりうってたヘビくん。いやお蛇さま。
あれって、イブキドヌシ。
イブキドヌシの事象だ。

結局のところ、「3ラン計画」の夢とお守り紛失にはじまる一連のシンクロは、最終段階へと向かう日本武尊事象に僕自身が共鳴したがために起きたものであり、その結果、うちのチャリは未来の型として犠牲になった。

10月22日の廃車は、もしかしたらこのブログの「オワリのはじまり」って意味なのかもしれない。
このブログ自体が、2007年の日本武尊事象とのシンクロからはじまったものだからだ。

あるいは僕自身の?
地震で足が三重に折れ曲がり...なんてのはぽんっとカンベンだけどね。

このさき大地震もなにも起こらず、すべて僕の読みちがえ、思い込み、思い過ごし、読んでくださったみなさん大変おさわがせしました、ってことになれば、それほどうれしいことはないのだけど。

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