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今日は、柳広司「贋作『坊ちゃん』殺人事件」。 先日「坊ちゃん」を再読して、コメントで「ぜひともこれも!」とお勧めいただき、 なんだか興味が湧いたので読んでみました。 【あらすじ】 東京に戻った三年後、“おれ(坊っちゃん)”は、 山嵐から赤シャツの死を知らされる。 真相を求め、再び四国へ向かう二人だが…。 漱石作品に浮かび上がるもう一つの物語。第12回朝日新人文学賞受賞作。 (引用:「BOOK」データベースより) 【ここに感銘!!】 おれは、清に他人を見る態度を教わった。 それは理解することじゃない。信じることだ……。 (柳広司「贋作『坊ちゃん』殺人事件」朝日新聞社P195) 【感想】いくら鉄拳制裁を加えても、くたばりそうもなかった赤シャツの自殺から物語は始まる。坊ちゃんは、単純で無鉄砲。義理と正義を突き通し、長いものには巻かれない。 その「坊ちゃん」が再び山嵐とともに四国の地を訪れる。 漱石の切れのいい文体が、再現される。 作者さんは、「坊ちゃん」の文体が身に染みてるんだろうなあ。 坊ちゃんが三年前に四国で体験した出来事が、ことごとく覆っていく。 坊ちゃんは赤シャツを筆頭とするねちねちとした策略に嫌気をなして四国を離れた。 しかし、目に見える策略以上の策略で、赤シャツは自殺に追い込まれたのか? しかも、あの人に…? この物語はミステリだ。だから、赤シャツの自殺という謎があり、解決もある。 しかし、「坊ちゃん」を再読したばかりの私は、 謎そのものよりも、坊ちゃんのその後をワクワクしながら読んでしまった。 原作を読み終えた時、坊ちゃんは大人になっても坊ちゃんなのだろうか…?と考えた。 坊ちゃんのその後を知りたかったのである。 ここでも、やはり坊ちゃんは、坊ちゃんなのだが、 このミステリで坊ちゃんの見方が少し変わる。 大人たちからみたら「扱いやすい」性質の男である坊ちゃん。 単純で、無鉄砲で、馬鹿さかげんでは日本一である(笑)坊ちゃん。 しかし、原作にはない「坊ちゃん」を第三者からみた描写が綴られる。 あなたは、生徒達がそれまで接していた者たちとは何かが決定的に違っていた。
あなたにとっては日々の思想が――と云って大仰なら、生活信条が、 血肉となって行動に現れていた。 そんな当たり前のことが、しかしご一新以来、外来の、 借り物の思想を振りかざして歩いてきたこの国では、 非常にまれなことだったのです。(中略) 「生徒達を熱狂させた、あなたの人格――感じることが人一倍強く、 情に厚い。熱心で、義侠に富み、大胆で、勇気があって、直情で、一往邁進、 かつ不退転。成敗利鈍は毫も見ないで、水火の中へも飛び込む ――その一々が、まさに優れた革命家としての不可欠な要素なのです。 人格は学んで得られるものじゃない。…… (前出:P191〜192) この文章を読んで、私は坊ちゃんに憧れていたのだな〜なんて青臭いことを思う(笑)。 原作では坊ちゃんの一人称で物語が進むので、第三者からの客観描写はない。 自嘲気味に自分を評する坊ちゃんだから、 「そんな時期もあったよね〜」と、つい大人の視線で接してしまう。 普通、世の中では赤シャツが普通なのだ。 坊ちゃんでは潰される。 でも、心の中で憧れてやむことのない理想像、それが坊ちゃんなのだ。
(ひ〜、青い感想で恥ずかしいぃ〜←今更…笑) |
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坊ちゃんには私も憧れてますよ〜^^。かれには一種の男塾魂がやどっております(どこに???)。
でもめぽさんの感想を見ると、小林信彦さんの「うらなり」の方がおきに召すかもしれませんね。あちらはうらなりや赤シャツから見たまた違う視点の坊ちゃん観がありますから。
2008/2/26(火) 午後 10:08
たいりょうさん、TBありがとうございます。ミステリ通の方々からみれば、その構成に素晴らしさがあったのでしょうが、どうもそういう読み方ができない私です(笑)。
あははは!坊ちゃんに男塾魂が宿っていましたか!じゃ、男塾フィギア(明石&J)のそばに「坊ちゃん」を置いときます(←やめろ!爆)。
ほ〜、「うらなり」の方が私向きですか?今度、図書館で探してみます。原作の「坊ちゃん」だけを読んでいたら、ただ古典の中の主人公だったと思うのですが、本書を読んで坊ちゃんに愛着が湧きました(笑)。
本書のご紹介、ありがとうございました!
ちなみに柳さんの「饗宴」は挫折してしまいました…(爆)
2008/2/29(金) 午後 3:18
やっぱり挫折でしたか^^;;
2008/3/3(月) 午後 3:48
た、たいりょうさん、柳さんの「饗宴」を借りたとき、思いっきり時間がなくて、返却期限が切れて図書館に返してしまったのですよ…。まぁ、それを人は挫折と呼ぶんですけど(笑)。
2008/3/3(月) 午後 9:00
丸谷才一が阿佐田哲也について書いた、「読者は、自分が大人として生きるために捨てたものを捨てることなく生きてゐる男が、今も見続けてゐる夢に圧倒されたのです」という文章が、『坊っちゃん』にもそのまま当てはまるような気がします。別に自分はそういう生き方はしないけど、そこに若き日の夢を見る文学は、いつまでも読みつがれていくんでしょうね。
2008/3/3(月) 午後 9:22
大三元さん、丸谷才一さん、すごいですね!いえ、それを「坊ちゃん」につなげる大三元さんがすごいのかな。なんだか自分がもやもやと感じていることを、1〜2行で的確に表現できるのだから、羨ましいです。大人になるために、葛藤を一時棚上げすることを覚え、喜怒哀楽を瞬時に出さないことを覚え、衝動的な欲求を飼い馴らすことを覚え……確かに世の中は生き易くはなりますけど、たまには坊ちゃんを思い出してやらなくちゃ、どこかで無理が生じるでしょうね。みんな坊ちゃんだったら、喧嘩だらけでしょうけど!(笑)
2008/3/3(月) 午後 9:37
扱いやすいし、単純だからこそ、みんなに愛される人物なんでしょうね。mepoさんが憧れる、というのもわかるような気がします。清さんへの態度なんかぶっきらぼうで不器用だけど、そこには溢れる愛情があるのが伝わって来る。mepoさんのように『坊ちゃん』の後日譚として楽しめるように出来ているということからも、この作品が優れたパスティーシュであることがわかりますね。文体なんかもすごく研究したんだろうな、と思わせる自然さでした。こちらからもTBさせて下さい(わーい^^)。
2008/12/21(日) 午前 1:47