今日は、 梨木香歩『からくりからくさ』。
もう何度目の再読になるでしょうか。何度読んでも、違った風に読めるのが不思議です。
【あらすじ】
亡くなった祖母が住んでいた古い日本家屋に住む四人の若き女性たち。
彼女らは、糸を染め、紡ぎ、そして織る。
庭に生えた草を食卓に乗せ、静かにつつましく暮らす。
彼女たちの先祖たちにまつわる事件の縦糸と、彼女たちの日常生活にまつわる横糸。
それらが絡まり合い、彼女たちの人生を織りなしていく物語。
【ここに感銘!!】
祝福と同時に呪いでもある。地獄の淵を歩くような苦吟の思いが祝福を深くする。
祝福と怨念が、表裏一枚の織物のように、互いの色を深めている。
(梨木香歩『からくりからくさ』新潮文庫P408)
【感想】
自身に立ち返りたくなる時。
自分の足元を見つめ直してみたくなる時。
自分が、本当は何を望んでいるのかを問うてみたくなる時。
『からくりからくさ』を読みたくなる。
本を開くと、古い日本家屋で、ゆったりと丁寧に生活を営む4人の女性たちがいる。
蓉子、与希子、紀久、そしてマーガレット。
彼女たちは、庭の草を食べ、糸を染め、紡ぎ、機を織る。
それを見守る亡くなった蓉子の祖母が守ってきた家。そして、人形のりかさん。
その世界に入ると、ほっとする。
変わらないものがあることに。
特に、外で傷ついてしまった時はそうだ。
今回再読してみたら、結界が張られたような家での穏やかな日常生活が
描かれているだけではなかったことに気づく。
きちんと彼女たちの祖先の歴史や事件が、現在と絡まり合い、ミステリ仕立てになっている。
そして、穏やかで淡々とした日常生活の裏側にあるドロっとした部分も。
神崎があのとき自分よりマーガレットを選んだということが、たったそれだけのことが自分を苦しめる。そしてそのたったそれだけのことに自分が苦しんでいるという事実が紀久をまた苦しめるのだった。
だが本当にたったそれだけのことだろうか。
じっとしていると、闇の底の蓋が緩んでどす黒く血の凝った臓物のような物がずるずると引き出されてくるようだ。
(梨木香歩『からくりからくさ』新潮文庫P314)
登場人物たちは、決して達観して穏やかに暮らしているわけではない。
自分でも嫌になるゴシップ記事にでもなりそうな感情も起こるし、
頭では大したことはないと思いながらも、心と身体は消耗していく。
何かのきっかけさえあれば、私たちは、その溶鉱炉のような業火に絡め取られていくのだ。
人間なんて、意外と「たったそれだけのこと」で、あっという間にその業火に落ちてゆく。
それを救うのは、何だろう?
紀久を救ったのは何だったのだろう?
昔から綿々と続いている普遍的な人間としての、女としての業。
それに対抗できるのは、丁寧な日常生活の積み重ねと意志の力。
一人の人間が一世代で収めるには、あまりにも大きな業火。
息をひそめ、日常生活を積み重ねながら、祈るような気持ちで、その嵐が行き過ぎるのを待つ。
落ち着いてやれる仕事や作業があって、何かのきっかけさえあれば、
わたしたちは、その業火に自ら堕ちていく行くことに、自らの意志でNo!!と言える。
「たったそれだけのこと」に傷つき、堕ちていきそうになったとしても。
息をひそめて傷が癒えるのを待ちつつ、本来の自分に立ち返ることができる。
本当は、自分は何が欲しくて、何に手を伸ばせば、満足なのか。
自らの内側からほとばしる情熱と創造の価値を世に問うてゆく。
その後についてくる世間の評価は、自分にコントロールできることではない。
自分が思うような形で、努力が認められるとは限らない。
だから。せめて。自分の思うところを誠実に積み重ねる。
たとえ、間違っていたとしても。
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