今日は、 「源氏物語(一)桐壺〜末摘花」1.桐壺。
昨年、岩波文庫から、原文の「源氏物語」が出ました。
漫画「あさきゆめみし」や訳文では読んだのですが、今回は、原文で読んでみます。
【あらすじ】
いずれの御時にか…から始まる光源氏誕生の帖。
帝は、身分が低い桐壺の更衣を深く愛し、いつもそばにおいたので、他の女御(妻)たちの嫉妬を煽ってしまう。その心労からか、桐壺の更衣は若くして亡くなる。その忘れ形見である源氏の君は、帝のご寵愛を受けながら、この世のものとは思えないほど、賢く美しく成長してゆく。しかし、父・帝の妻であり、母・桐壺の更衣の面影を宿す藤壺の宮に恋い焦がれて…?
【ここに感銘!!】
「限りとてわかるる道のかなしきにいかまほしきは命なりけり
いとかく思ひたまへましかば」
(「源氏物語(一)桐壺〜末摘花」岩波文庫P22〜23)
≪訳:定めだから別れる道を行くのが悲しい。私の行きたいのは死出の道ではなく生きる道。私はいきたかったのに ほんとに、こうなると分かっていましたら…」
(大塚ひかり全訳「源氏物語1桐壺〜賢木」ちくま文庫P25〜26)≫
【感想】
1.桐壺の更衣と帝
いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひ給ひける中に、
いとやんごとなき際にはあらぬが、すぐれてときめき給ふ有りけり。
有名な冒頭から始まる日本の古典文学最高峰と名高い「源氏物語」。
身分は低いが、帝のご寵愛を一身に受ける美しく聡明な桐壺の更衣、登場である。
帝は、有力貴族を後ろ盾とする女御たちを差し置いて、桐壺の更衣をいつもそばにおく。
そして、桐壺の更衣は、玉のような御子を産む。光源氏の誕生である。
帝の妻となってご寵愛を受け、子を産んで次の皇太子とする――。
一族の期待を背負って来ている他の女御・更衣たち(妻たち)は、当然おもしろくない。
特に、皇太子候補の一の御子をすでに生んでいる
左大臣の娘・弘徽殿(こきでん)の女御は、桐壺の更衣の子が皇太子になるのでは?と、
気が気ではない。
彼女たちは、桐壺の更衣に対して、帝の寝室へ行く途中の廊下に汚物を撒いたり、
廊下の錠を閉めて、閉じ込めたりするような、陰湿な嫌がらせをする。(マジ!?)
それが、帝の同情を買って、桐壺の更衣の部屋を清涼殿(帝の生活の場)の近くに移動
させるというような、ひいきを引き出してしまう。
それらの心労が積もっただろうか。
桐壺の更衣は、病気がちとなり、5〜6日の間に危篤となってしまう。
それでも、宮中から実家に帰すことを許さない帝。
しかし、宮中に病人を置くことは当時タブーであったので、
泣く泣く桐壺の更衣が実家に帰ることを許す。
帝は、それでも
「さりともうち捨ててはえ行きやらじ。≪訳:死ぬ時も一緒にと誓ってくださったのに。いくらなんでも私を見棄ててはいけないだろう)≫」
などと泣き言を言う。(←おい!)
それに対して、別れの場面で、桐壺の更衣は、はじめて自分の意志をみせる。
「限りとてわかるる道のかなしきにいかまほしきは命なりけり
いとかく思ひたまへましかば」
(「源氏物語(一)桐壺〜末摘花」岩波文庫P22〜23)
≪訳:定めだから別れる道を行くのが悲しい。私の行きたいのは死出の道ではなく生きる道。私はいきたかったのに ほんとに、こうなると分かっていましたら…」
(大塚ひかり全訳「源氏物語1桐壺〜賢木」ちくま文庫P25〜26)≫
桐壺の更衣は、生きたかったのだ。
帝の思し召しのままま、ひたすらそれを受けるだけの桐壺の更衣。
「いかまほしきは命なりけり」
この一行に、桐壺の更衣の生きる意志を強く感じる。
こうなるはずではなかった。私は生きたいのだ。子供のためにも。
申し上げたいことはたくさんあるけれど、息も絶え絶えの桐壺の更衣は、伝えることができない。
それは、帝と桐壺の更衣の今生の別れとなる。
2.光源氏の成長と藤壺の宮
桐壺の更衣を亡くした帝は、ふさぎがちになる。
楊貴妃の絵を眺めては、桐壺の更衣の愛らしさを思い出し、涙する。
ご公務も滞りがちになり、まわりの人たちは、心配して、
桐壺の更衣に生き写しだという前の帝の四の宮を迎え入れることをすすめる。
帝は、四の宮と結婚する。彼女は、藤壺の宮と呼ばれる。
一方、桐壺の更衣との忘れ形見源氏の君は、賢く美しく成長する。
帝は、この御子を特にご寵愛になり、次の皇太子にとも考えるが、
きちんとした後ろ盾がない上、この御子は帝王の相があるが、
そうなると国が乱れると占いなどで出たので、源氏の君として臣下に下すことにする。
そして、12歳での元服(成人)と同時に左大臣家の娘・葵の上と結婚させ、
強力な後ろ盾をつけるのであった。
3.藤壺の宮への恋慕
源氏の君が、母・桐壺の更衣と死に別れたのは3歳の時である。
その面影さえも覚えていないが、まわりの人が、
藤壺の宮は、母・桐壺の更衣と似ていると言うので、
源氏の君は、自然と藤壺の宮を慕うようになる。
左大臣家の婿となった後も、宮中で五〜六日、左大臣家で一〜二日というように、
宮中で過ごすことが多い。
源氏の君は上の常に召しまつはせば、心やすく里住みもえし給はず。心の内にはただ藤壺の御ありさまをたぐひなしと思ひきこえて、さやうならん人をこそ見め、似る人もなくもおはしけるかな、(中略)をさなきほどの心ひとつにかかりて、いと苦しきまでぞおはしける。
(「源氏物語(一)」岩波文庫P21)
≪訳:源氏の君はミカドが常におそばからお離しにならないので、のんびり家で過ごすこともできません。内心では、ただ藤壺のご様子を、「あんな方はまたといない」と思っていて、「ああいう方とこそ結婚したい。似ている人さえいないんだな。(中略)藤壺への幼いころからの思いが心にこびりついて、本当に苦しいほどなのでした。
(大塚ひかり全訳「源氏物語1桐壺〜賢木」ちくま文庫P59)≫
このように、源氏の君は、父・帝の妻である藤壺の宮への思いを募らせていく。
ここで、源氏物語の壮大な縦糸が完成する。
幼くして死に別れた母親の面影を藤壺の宮に重ね、
生涯、藤壺への道ならぬ思いを秘めたまま、女性遍歴を重ねてゆく。
果たして、この思慕はどこに行きつくのか。
この第一帖「桐壺」がすべての始まりとなっている。
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