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今日は、ホープ・ニューウェル「あたまをつかった小さなおばあさん」。 「ぐりとぐら」を描いた山脇百合子さんの画。とてもかわいらしい装丁です。 小学校初級向き。 【あらすじ】 ちいさなおばあさんは、きいろい家に住んでいました。おばあさんは、とても貧乏でしたが、めっぽう頭がよかったので、毎月なんとかお金をやりくりすることができました。 おばあさんは、今日も考えます。どのようにしたら、お金を使わずに工夫できるかと…。 【ここに感銘!!】 「つかわないんなら、あたまなんかもってたって、なんのやくにたつね?」 (ホープ・ニューウェル「あたまをつかった小さなおばあさん」福音館書店P2) 【感想】ちいさなおばあさんは、お金がないので、智恵を絞ります。ぬれタオルで、あたまをしっかりしばります。それから、いすにすわり、ひとさしゆびをはなのよこにあてて、目をつぶるのです。
(ホープ・ニューウェル「あたまをつかった小さなおばあさん」福音館書店P9) これ、古畑任三郎の元祖!?(笑) この儀式を行うと、あら不思議。よい工夫が浮かんでくるのです。 はねぶとんがほしければ、がちょうを飼う。 家をあらすネズミを飼いならしてペットにする。 あたまを使って、エプロンを短くしてしまったことだって全然気になりません。 「だから、わたしはいつもいうんだよ。あたまさえつかえば、にんげん、まい日でも、なにかあたらしいことをおぼえるもんだってね。」
(ホープ・ニューウェル「あたまをつかった小さなおばあさん」福音館書店P9) 究極のポジティブシンキング! おばあさんは、お金がないので、さまざまな工夫と知恵で生きのびます。 そして、満ち足りた生活を営みます。 きっと、このおばあさんは、うつ病になんかならないだろうな。 「あたまをつかったら、どうすればいいか、わかるだろうよ」 と言って、どんな問題が起きてもなんとか解決してしまいます。 このおばあさんを見ていると、ゲーテ「ファウスト」の次の一節を思い出します。 潮が力ずくで土を噛み削ろうとしても、
万人が力を協せて急いで穴をふさぐだろう。 そうだ、己はこういう精神にこの身を捧げているのだ。 それは叡智の、最高の結論だが、 「日々に自由と生活とを闘い取らねばならぬ者こそ、自由と生活とを享くるに値する」 そしてこの土地ではそんな風に、危険に取り囲まれて、子供も大人も老人も、 まめやかな歳月を送り迎えるのだ。 己はそういう人の群を見たい、己は自由な土地の上に、自由な民とともに生きたい。 そういう瞬間に向って、己は呼びかけたい、 「とまれ、お前はいかにも美しい」と。 (ゲーテ高橋義孝訳「ファウスト(二)」新潮文庫P451) ファウスト理想の境地を、彼のように回り道をせず(笑)、 地でいってる小さなおばあさん。 あっぱれ!
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児童書・YA
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12歳ぐらいまでに読んでおきたい児童書を中心に更新します。今年は、この書庫に力を入れたいです!
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今日は、アストリッド・リンドグレーン「長くつ下のピッピ」。 ひとり岩波少年文庫まつりが続いています。 小学校高学年で、これに出会えていたら、人生が違っていた気がします(笑)。 【あらすじ】 スウェーデンの小さな町のはずれ。 九歳のピッピは、ごたごた荘という古い家に一人で住んでいます。 隣に住むトニーとアンニカは、自由奔放で遊びの天才であるピッピといると、 楽しくて仕方がありません。さて、今日はピッピは何をしでかすのでしょうか…? 顔はそばかすだらけ。大きい口には丈夫な白い歯が並び、 馬一頭を持ち上げることができるほどの力持ち。 長いくつしたとぶかぶかの靴を履いています。 ピッピのやることは、すべてが傍からみたら破天荒。 床いったいに敷きつめることができるほどのクッキーを作ったり、 弱い者いじめをする男の子たちをひとりひとり放り投げたり、 馬に乗って学校に行ったり、木の上でコーヒータイムをしたり、 警察のおじさんたちと鬼ごっこをしたり…。 隣に住むトミーとアンニカは、ピッピがうらやましくてなりません。 彼らは、とてもお利口さん。 大人のいうことをよく聞いて、無茶なことはしません。 でも、ピッピと遊ぶようになって、面白いことを一緒にやるようになります。 少しの勇気とアイディアで、世の中はこんなに面白いなんて! 一軒家にひとりで住むピッピのまわりにいる大人たちは、 当然黙っていません。 警察のおじさんが来て、こんなことを言います。 「いや、だめだ。じぶんのしたいとおり、なんでもやっていいなんて、おもうのはまちがいだ。きみは、わたしたちといっしょに『子どもの家』にいかなきゃいけない。いま、すぐにだよ」
(アストリッド・リンドグレーン「長くつ下のピッピ」岩波少年文庫P58) 今でいう児童養護施設に入れようとするんですね。 おじさんたちの言うことは、もっともです。 誰だって自由になんでもやっていいなんて、間違っています。 でもね、ピッピは自由と引き換えに、 ほかの子どもたちは当然持っているであろうものがないんです。 お母さんは小さい頃に亡くなり、 船乗りだったお父さんも船から落ちていなくなってしまいました。 泥棒やいじめっ子から守ってくれる人もいません。 あたたかいごはんやホットケーキを作ってくれる人もいません。 掃除をしてくれる人も、洗濯をしてくれる人も、 家では話をする人もいません。 だから、ピッピは強いのです。 馬を一頭担ぎ上げられるくらい力持ちだし、 お金の勘定だってできます。 泥棒が入って来たって、へっちゃらです。 料理だって、船のコックさんから教わって、上手です。 楽しい空想力もたくましいです。 世界には、まだまだ発見されていないことがたくさんあるのです! 子どもは、ピッピの活躍をみれば、胸がスカッとするでしょう。 おとなも警察のおじさんみたいに、 「じぶんのしたいとおり、なんでもやっていいなんて、おもうのはまちがいだ。」 だなんて、思いつつ、ちょっと羨望のまなざしを浴びせるでしょう。 ピッピが秘めているであろう寂しさや哀しさは、 わかりやすい形では出てきません。 お父さんが海に落ちて帰ってこなくても、 アフリカのどこかに流れ着き、王様になっていつか会えるって本当に思ってます。 ピッピがそういうのなら、本当にそうなんだろうな、って思います。 そうなんだよ、きっと。 そんな安っぽい大人の感傷を吹き飛ばすくらい、ピッピは元気です。 あなたも会いにいってみませんか?
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