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 母が送ってくれ続けた本の数々も、だいぶ読んでしまえた気がする。

 二度読み返したものもあれば、この本のように初めて読んだものも含めて。

 ベビーちゃんはきっと私にまだ時間を与えてくれているのだろう。僕が生まれたら、だって、きっと当分、僕にかかりきりになるだろうから、って。

 そして、本との出会いを、こんな風に今読めてよかった!と思えるタイミングで手にとることができたことも、何故か偶然ではないような気がしている。

 私はよく本を読む方だけど、コンスタントに読むわけではなく、そういう時期にくると何かにとりつかれたように読む。

 産休に入って恐らく10冊くらいの本を読んだが、それは1日1冊のペースだ。

 今回のこの2冊はどちらも「記憶」とか「思い出」といったものをテーマに描かれている。そして、私自身、最近、何故かよく幼かった頃のことを思い出すものだから、余計に不思議な感じにとらわれている。

 「目に見えないもの」をどう捉えるか、それは、それぞれの人が生きていく上でかなり大切な要素ではないかと思う。目に見えるものだけを信じていては、せっかく生まれてきたかいがないような気もする。

 いろんなことが分かってくる、ということも、本当はそういうことなんだろうって思う。

 同じ言葉を聞いても、上っ面の意味しか理解していなければ、本当にはその意味が響いてはいないのだから。

 私は高校生の頃まで、もっとそういう意味でよく響く子であったと思う。

 今はむしろ自己防衛ばかり。目が曇っている。

 それが今、記憶の彼方へ時々連れて行かれる。

 あぁ、こんなことを考えていたなぁ・・・と何故か涙が出たりする。

 人は変わっていくものだけれども、だから、自分が狭量な人間だと、大人になってふとした瞬間に思い知らされたりもするわけだけど、それでも、かつて自分が抱いていた世の中の役にたちたいという思いは嘘ではなかったわけで、その気持ちを思い出すということは、きっと悪いことではない。

 私の母は還暦を迎え、父を亡くしてから働き続けた仕事を辞めた。そして今、点訳絵本のボランティアをしている。

 彼女は私を守るために融通の効かない女性で、正直なところずっと一緒にいると疲れる人だけど、彼女は「今まで何も世の中のためにしてこなかったから、今ようやく自分にでもできることを・・・」と言って、点字を習い、たった1年で習得して、今は点訳絵本を納品できるまでになった。

 それには本当に頭が下がる。遊びを知らない彼女の生真面目な考え方のせいで私は随分息苦しい思いをしたものだが、それでも彼女はいつだって間違ってはいないのだった。そう、だからこそそばにいた私には重かったわけで、前の会社をやめたあたりから、私には大きな反動がきたわけだけど、もしかして、息子と一緒に過ごしていくなかで、彼女のそんな生き方がやっと本当の意味で分かることになるのかもしれない。

 

 

 

 

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