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 生後2ヵ月が過ぎた。ようやくいろんなことが落ち着いた気がしている。

 今もどうしても泣き止まない時もあるけれど、それはやっぱりママと一緒にいたいことに尽きるから、おっぱいをあげたり、抱っこしたり、あやしたり、お散歩したり、そばにいて見ていて声をかけてあげたり、そうすればたいがい安心して、落ち着いてくれる。

 かわいい寝顔を見ていると、本当に幸せな気持ちでいっぱいになる。

 泣き止まずに疲れはてた時は、笑うことができずにみじめな気持ちになるけれど、彼はそんな私をじっと見て何が起きているか観察している。母の余裕がなくなっていること、イライラした気持ちを敏感に感じ取って、泣くのをこらえたような表情になる。

 でも、赤ちゃんだから、やっぱり泣いてしまう。我慢した分、たくさん泣いてしまう。そして、母は余計にこの状態を投げ出したくなる。でも、そんなわけにはいかないから、重くなった小さき人を抱き抱えて、途方に暮れる。

 ただかわいいかわいいと言っていられたら、どんなにいいだろう、と心底思う。でも、小さき人には彼なりのリズムがあって、母が30分も見えないと悲しくなってしまうのだ。もちろん父や祖母がいてくれれば、ちゃんと乗りきってくれる賢さはあるけれど。

 2人きりで過ごしていれば、母はごはんの支度はまずできない。うまく半調理品などを利用して彼のそばで食べる。洗濯は干している姿、取り込んでいる姿が見えていれば大丈夫。キッチンはカウンターだけど、バウンサーからは見えなくて、やっぱり寂しくな
ってしまうのだ。お風呂に入るのも一苦労。

 彼を入れてくれるのは基本的に夫なので、介助に入るが、私自身を洗うのは後回し。でも、おっぱいもあげるし、私も清潔にしておかないといけないし、何より小さき人の成長と共に肩や腕やいろんなところが凝るから、おふろにちょっとでもつかること、これは欠かせない。出産前のようにマッサージにもいけないから。

 夫は最近はやっとごみ出しなどをしてくれるけれど、基本的に片付けない人なので、脱いだ服をハンガーにかけ、読み散らかした新聞をきれいにするのは私の役割。小さき人が生まれるまではそれでよかった。そう、それが私たちのスタイルだった。

 けれども、出産後、病院から戻った時の惨状は休めなければならない体を休めるどころではなかった。私は気になるのだ。ある程度きれいにしていないと居心地が悪くて仕方ない。だから、小さき人が眠っている間、私も眠らなければならないところ、相変わらず片付けばかりしていた。実家の母が来て料理・掃除・洗濯を完璧にしてくれていけど、やっぱりあんまり勝手にはできない領域はたくさんあるからだ。たくさんの内祝の手配も、睡眠時間が毎日3時間ちょっとでは、なかなか進まなかった。

 だから、夫に八つ当たりもしてしまった。ごめんなさい、私のキャパが小さいから、どうしてもこういうことになってしまう。

 そう今は、まだまだ大量に吐くベビーちゃんを前に心配ばかりしていた頃よりは、きっと余裕もできたのだろう。育児書などの本も読み、あぁこういうことだったのかと、やっと安心したり、笑えるようになったりした。

 彼が生まれてくれたからこそ、見えてきた世界があり、自分自身の人間性にぶち当たり、限界を嫌という程思い知らされたりもした。だからこそ、いい本や気持ちのいい人に出会うと感謝の気持ちが大きくなった。苦しかったから、有り難いという気持ちを心底持てるようになったのだと思う。

 かわいい笑顔を見ていると何もかも忘れるのは事実だけど、やっぱり今も私は毎日少しは自分だけの時間を持ちたいとどこかで思い、早く職場復帰したいとも考えてしまう。毎日が切れ目なく、この2カ月間とまでは言い過ぎでも、一日一日と区切りなく続いた時間。
成長を見る喜びはもちろん大きい。でも、まだきっと私はまだまだ自分中心なのだろう。

 でも、育児書に書いてあった。自分だけの時間を毎日少しでも持ってくださいって。余裕がなくなってのイライラはやっぱりベビーちゃんにすぐ伝わってしまうからって。

 私は自分を見つめる時間が必要だ。赤ちゃんと同じで毎日起きたこと、感じたことを整理して、翌日につなげる、その区切りがもう少しやっぱり欲しいのだ。

 心では毎日多くのものを感じ、反省し、でも、ちゃんと言葉にして残しておかないと、私はふと自分がどの位置に立っているのが見失ってしまう気がする。

 まだきっとうまく整理がついていないのだろう。でも、時間がなくても、今の私の気持ちをちゃんと残しておかないと、今、ベビーちゃんと向き合っている、いろんな私をそのまま偽りなく受け入れていかないと、私の明日がない気がしている。

 本当はもっとママママしていたい。職場復帰なんかしたくないって思えるほどに。でも、やっぱりそうもいかなくて、だから、それが残念で悲しかったりすることも、それが自分だってことも、素直な気持ちにならないと、結局どこかで帳尻があわなくなってしまうだろうから。

 小さき命を慈しむ気持ちは次から次へとわいてくる。本当にかわいくて仕方ない。でも、1人の人格を持った存在だからこそ、手を焼くこともあるのだろう。だから、物語のようなただただ優しくていつも笑顔のママではいられないのだろう。その幻想とのギャップが悲しくて、体力もついていかなくて、だから体と一緒でギシギシしてくることもあるのだろう。

 だから、私がいつだって笑っていられること、そんな気持ちのいい状態を作り出すこと、それは誰かに頼るのではなく、自分のできる範囲でやっていこう。

 ママ友さんの輪も広がってきているし、これまでの友人たちとのつながりだってあるのだから。

 頑張るのではなく、楽しんで毎日を過ごしたい。そして、夫にもっとありがとうって伝えたい。私たちのスタイルはこれから少しずつ作りあげていけばいいと思えるから。そう、小さき人にとって一番良い形で。そう、私たちはそうやって、自分たち中心から少しずつ脱皮していけるんだと思う。だって、希望にあふれた未来を開こうとしている小さき人のあのキラキラした目を見れば、あの笑顔を見れば、私たちの流儀なんていつだってやめられる気がするもの。これからも3人でいい時間をたくさん過ごそうね。

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