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つい最近グアムに行ったとき、
観光バスの運転手とつたない英語で国際交流しました。
チューインガムでつながる人々。
運転手「ねえ、日本のどっから来たの?」
私「広島です。」
運転手「え!まじで。原爆おちたとこだよね。知ってる知ってる。」
私「そうそう。私のばあちゃんとじいちゃんが原爆にあったんですよー。」
運転手「まじで。それはそれは。原爆おちたとこって、でっかい穴だけで、なんもないんでしょ?」
私「いやいや。普通にキレイな公園になってるよ。平和記念公園てのになってるよ。」
外国人は、たいてい広島出身と聞くとオ〜!大変だったね!みたいになぐさめてくれます。
いやいや超頑張ったのはじーちゃんばーちゃん〜ひいじいちゃんひいばあちゃん世代だから。
と、否定しますが、あんまり聞いてくれない。
60年経っても原爆落ちたとこは木も生えてないっていうのが、運転手のジョークだったら、
頭のしかくい日本人ゆえ、ごめんなさいって感じですが。
こういう考えがグローバルスタンダードだったら困るなぁと思いました。
原爆投下から半世紀以上経って、ごくごく普通な被爆者三世の私がおるわけなので。
このたびの福島と原爆の放射線量を比較して、
安全じゃーとか危険じゃーとか言ってみたかったんですが、
原爆投下時の放射線量のソースがなかったのです。
→www.pcf.city.hiroshima.jp/virtual/VirtualMuseum_j/visit/est/panel/A3/3203_1.htm
うちのじーちゃんは、57歳没。
原爆投下時のことはあまり語りたがらなかったのですが、
ちょこっと聞いた話を載せます。
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