METAL QUEEN のひとりごと・・・

ヘヴィメタルとダンスが大好きでひとりでもライブやクラブに行ってしまいます!

70'80'年ダンクラ

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ダンス好きなDOROの70年代80年代に、よく聴いた曲や、当時ディスコでかかっていた想い出のダンスミュージックのご紹介です♪
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エレクトロファンクの代表的バンド、ミッドナイトスターの83年のアルバム

" No Parking On The Dance Floor  "(ノーパーキング)

発売当時はこのアルバムからは「エレクトリシティー」「フリークアゾイド」

「ノーパーキング」がフロアでプレイされると、フロアーが一気に熱気に包ま

れたものでした。

1980年にデビューした彼らは、当時としてはファンクヒップホップをいち

早く取り入れた新しい音で、アルバムとしてもフロアーでもヒットしていたと

思います。

ズンズンと響くベースラインとリズムに合わせて入る愉快な音がダンスフロ

アーをノリノリにしていました。

「Slow Jam」も甘くてせつない素敵なスローなデュエット曲でDOROは大好

きです。


SideA
  1 Electricity
  2 Night Rider
  3 Feels So Good
  4 Wet My Whistle

SideB
  1 No Parking
  2 Freak-A-Zoid
  3 Slow Jam
  4 Playmates




       
       Midnight Star - No Parking on the Dance Floor




       
       Midnight Star - Electricity




       
       Midnight Star "Freak-a-zoid"



       
       Midnight Star-Slow Jam
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フィラデルフィア・サウンドことフィリー・サウンドの1つとして上げられる

「The Tramps」(ザ・トランプス)です〜(๑→‿ฺ←๑)♫ ♫♬♪♫

ディスコ世代の方は、この1976年の「Disco Inferno」(ディスコ・インフェ

ルノ)を聞いた事があるという人は多いと思いますが・・・v(^∀^*)



         
         The Trammps - Disco Inferno



         
         SOULTRAINFANS: Dancers: The Trammps (1972)
          ↑
このソウルトレインという番組も親に隠れてこっそり見ていました〜(笑)



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ディスコ世代じゃない方もこの「Trammps Disco Theme」を聞くと「なるほ

ど・ザ・ワールド」のテーマとして思い出すのではないでしょうか〜(*'-'*)ニコ♪  ↓


         
         Trammps-Trammps Disco Theme

『SLY AND THE FAMILY STONE 』

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SLY AND THE FAMILY STONE (スライ&ザ・ファミリー・ストーン)は、主とし

て1967年から1975年にかけてサンフランシスコを本拠地として活動

した、アメリカの人種性別混合ファンクロックバンドです。

スライ・&ザ・ファミリー・ストーンのリーダー、スライ・ストーンこと

シルヴェスター・スチュアートは、1944年3月15日テキサス州のダラス

に生まれています。

多くの有名黒人アーティスト達がそうであったように、彼も教会でゴスペル

を歌い神童と呼ばれるほどの才能の持ち主でした。

彼はわずか5歳でデビューし、9歳でカリフォルニアに移住した後に16歳で

ソロ・デビューをして「ロング・タイム・アウェイ」というローカル・ヒット

を出しています。

その後、彼は大学で作曲、音楽理論を学び後に役立つことになります。

「ダンス・トゥー・ザ・ミュージック」(1968年)、「ライ

フ」(1968年)、「スタンド!」(1969年)と次々に素晴らしい

アルバムを発表し、彼らは「時代の顔」となります。

歴史的名曲「サンキュー」では、ラリー・グラハムが史上初めてチョッパー・

ベースによるファンク・サウンドを展開しています。

ベース・ギターがリズムだけでなく旋律も奏でるという新時代のファンク・

スタイルを生み出したのは彼でした。

彼らの名前が今だ消えずファンクファンに語り継がれているのは、彼らの生み

だした音楽です。

黒人社会の中では、ジェイムス・ブラウンによって創造され、スライによって

全米へと創設伝道されたファンクロックの精神は、その後アース・ウィンド&

ファイヤーやウォー、オハイオ・プレイヤーズやタワー・オブ・パワー、など

にも受け継がれPファンク、プリンスなどの多くのロックバンドにも影響を

与えた素晴らしいファンクロックバンドだと思います。


       
       Sly & the Family Stone - Dance to the Music




       
       Sly & The Family Stone - Higher (Live - 1984)


       
       SLY AND THE FAMILY STONE THANK YOU FALETTINME BE MICE ELF AGIN


メンバー
スライ・ストーン (ヴォーカル、キーボード、ハーモニカ)
フレディ・ストーン (ヴォーカル、ギター)スライの弟
ローズ・ストーン (ヴォーカル、キーボード)スライの妹
シンシア・ロビンソン (ヴォーカル、トランペット)スライの高校時代の友人でスライとの間に私生児シルヴェットを儲ける
ラリー・グラハム (ヴォーカル、ベース)シンシアの親戚。1972年に脱退、後任ラスティ・アレン(黒人)に替わる
ジェリー・マルティーニ (サックス)
グレッグ・エリコ (ドラム)1971年に脱退、1973年にアンディ・ニューマーク(白人)に替わる
オリジナルメンバーでは、イタリア系の白人であるマルティーニとエリコを除く5人が黒人。
1972年から予備のサックス奏者としてパット・リッツォ(白人イタリア系)が加入している。

『BREAKWATER/Work It Out 』

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DOROの久々のダンス・ミュージックの1曲は、1978年発売のフィラデルフィアファンクバンド" BREAKWATER "のしっとりとした大人のダンスナンバーWork It Outです。



      
      Breakwater - Work It Out (1978)


2曲目は、まったりとしたこの曲を聴きながらおやすみなさい・・・



      
      Breakwater - No Limit (1978)
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マイケル!ありがとう〜。安らかにお眠りください。ご冥福をお祈りします。

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皆さんもすでにご存知だとおもいますが・・・

あの偉大なダンス・ミュージックの帝王マイケル・ジャクソンが25日50才の若さで

この世を去りました。

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ジャクソン・ファイブの頃から、知っているDOROは、このスリラーのアルバム

で更なる衝撃を受けた記憶があります。

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【 THRILLER 】の発表に至るまで・・・

マイケルは、1958年8月29日生まれ(乙女座)

インディアナ州ゲイリー市で生まれました。

1965年、兄4人と共にジャクソン・ファイブを結成。

1969年にあのダイアナ・ロスの援助でモータウン・レコードと契約し、その年の

10月にプロ・デビューをしました。

マイケルは I WANT YOU BACK(帰ってほしい)以来リード・ボーカル

として4曲の連続全米1位のヒットを出して、一躍スターの座につきました。

初のソロ作品 71年発売のシングル GOT TO BE THERE(ゴッド・トゥ

ー・ビー・ゼア)が全米1位になりました。

72年に発売された2枚目のシングル ROCKIN’ROBIN(ロッキン・ロビン)

と、初のソロ・アルバム「GOT TO BE THERE」(ゴッド・トゥー・ビー・

ゼアを発表。

こちらも72年の7月には1位になっています。

4枚目のシングル映画BENの主題歌になった BEN(ベンのテーマ)と同名のアルバ

ムの2作も発表。

73年の4月には、東京音楽祭のゲストとして初来日しています。

73年に3枚目のLP MUSIC & ME(ミュージック&ミー)を発表していま

す。

75年2月、第4作目のアルバム FOREVER MICHAEL(フォーエバー・マ

イケル)を発表。

75年9月、初のベスト・アルバムも発表された。

この間にも、ジャクソン・ファイブの一員として全世界をツアーしていました。

75年8月にEPICレーベルへ移籍。

グループ名もジャクソン・ファイブからジャクソンズと改めて、アダルトなビッグ・グル

ープとして再スタートしている。

ジャクソンズとして3枚目のアルバムを発表し確固たる方向性が決まってから、マイケル

はソロ活動も再開している。

通算5枚目、EPIC移籍後初のソロ・アルバム OFF THE WALL(オフ・

ザ・ウォール)を発表したのが79年8月。

OFF THE WALLは世界的な大ヒットとなりました。

80年3月にはDONT STOP’TIL YOU GET ENOUGH(ドント・

ストップ)がグラミー賞R&B部門の最優秀シングルとして選出されました。

80年10月にジャクソンズの5作目 TRIUMPH(トライアンフ)を発表。

81年11月には初のライブ作品 THE JACKSONS LIVE(ザ・ベスト・

ライブ)を発表しました。

この間にもマイケルは映画「ウィズ」に出演したり姉のラトゥーヤ・ジャクソンのアルバ

ム・プロデューサーを引き受けるなど多彩な才能を持っていました。

そして遂に82年11月!

この大傑作ビッグアルバム!

通算6枚目のオリジナル・アルバム『THRILLER』(スリラー)の発表となったの

でした。


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我が家のリビングでは今日は追悼の意を込めて朝からこのLPを大音量で何度もかけてます。。。


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SIDE1
1.スタート・サムシング
2.ベイビー・ビー・マイン
3.ガール・イズ・マイン
4.スリラー


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SIDE2
1.今夜はビート・イット
2.ビリー・ジーン
3.ヒューマン・ネイチャー
4.P.Y.T
5.レディ・イン・マイ・ライフ



      
      【高画質】スリラー THRILLER Michael Jackson



      
      Michael Jackson - Beat It





 

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