METAL QUEEN のひとりごと・・・

ヘヴィメタルとダンスが大好きでひとりでもライブやクラブに行ってしまいます!

70'80'年ダンクラ

[ リスト | 詳細 ]

ダンス好きなDOROの70年代80年代に、よく聴いた曲や、当時ディスコでかかっていた想い出のダンスミュージックのご紹介です♪
http://img2.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/c6/f8/metal_queen45/folder/1290400/img_1290400_24981125_27?1310554887
http://img2.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/c6/f8/metal_queen45/folder/1290400/img_1290400_27387922_8?1310554813
http://img2.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/c6/f8/metal_queen45/folder/1290400/img_1290400_24981125_26?1310554887
記事検索
検索

『Cafe - D.D.Sound 』

イメージ 1
 
       Cafe - D.D.Sound
イメージ 2
1978年にヒットしたヨーロッパグループ
ノリの良いこの曲は日本でもヒットしましたね〜
 
 
 
 
 
 
 
                            イメージ 2
 
 
 
 
 
イメージ 3
 
     ソウルトレインのテーマ
イメージ 1
 
今日の曲はダンクラファンなら絶対知ってますよね!(*^-゚)vィェィ♪
1974年にヒットした「ソウル・トレインのテーマ」(TSOP (The Sound of Philadelphia))です。
Mother Father Sister Brother(MFSB)がボーカルにスリー・ディグリーズを迎えて作った
このナンバーは、ケネス・ギャンブルとレオン・ハフの作曲です。
当時私が大好きだったアメリカの音楽番組『ソウルトレイン』のテーマ曲でした。
 
 
番組は外国人のバンドやグループが歌って演奏している中で当時の流行ファッションを
身にまとったダンスの上手な人達が音楽に合わせてノリノリにただひたすら踊っている
番組でしたが・・・
まだ幼い私にはそれがカッコ良くて〜〜〜
あんな風に踊りたい!とひたすら踊りを見まくっていました!!!
 
 
 
 
イメージ 2
皆様、こんにちは〜
DOROは久々に名古屋のソウルディスコJAPに行って思いっきり
踊ってきましたよ〜www
ダンスってヘドバンとはまた一味違う快感があるんですよ〜
 
イメージ 2
で・・・ディスコに行ったら久々にダンクラブログが書きたくなったので〜
コチラをご紹介します♪
アルトン・マクレーン&デスティニー (Alton, McClain
and Destiny)
 
イメージ 1
 
アルトン・マクレーンを中心にした女性3人組「アルトン・マクレーン&デスティニー」
1978年に米ロサンゼルスで結成されました。
デビューアルバムの「It Must Be Love」のシングルカット曲It Must Be Love(79年、R&Bチャート10位)が
彼女達の代表曲です。
 
同アルバムの中の「Crazy Love」(69位)も、ダイアナ・ロスばりの軽快で高揚感がある曲で
ディスコでも踊りやすい名曲です。
しかし81年には解散してアルトン・マクレーンは解散後、コン・ファンクシャンやパティ・ラベルの
プロデューサーSkip Scarboroughと結婚して主婦に。
Roberta Stigerは女性ボーカルグループKrystolに加入し、80年代中盤まで活躍しました。
Delores Warrenも一時期、このKrysitolに曲を提供して参加していたのですが、85年に32歳の若さで
交通事故で死去しています。
 
 
 
 
 
イメージ 2
急死したホイットニー・ヒューストンさん 入浴中に溺死の可能性あり・・・
娘ボビー・クリスティーナはショックで入院!
 
イメージ 1
 
ホイットニー・ヒューストンが死去したことを11日、彼女の広報が
発表した。享年48歳。
 
ビバリーヒルズのホテルで亡くなったホイットニー・ヒューストンが、発見時に
入浴中だったことが明らかになり、溺死した可能性が高いと報じられている。
ホイットニーの遺体は早急に司法解剖が行われる予定だが、薬物使用の
可能性も考えられるため毒物検査の結果が出るまでは、はっきりとした死因は
発表されないだろうとロサンゼルス・タイムズ紙は語っています。
グラミー賞前のパーティで歌う予定だったホイットニーは、亡くなる数日前から
ホテルで奇妙な行動を取っていたとの報道もある。
ダンスホールを陽気にスキップしたり、プールサイドで逆立ちをしているところが
目撃されているほか、髪の毛がびしょぬれの状態で、上下バラバラの服を着て
メディアの前に出るなどし、娘ボビー・クリスティーナにリハーサル会場から
連れ出される場面もあったという。
18歳のボビー・クリスティーナは母親の死を聞き、泣き崩れ、手のつけられない
状態になったため午後11時に病院に搬送されたとのこと。
その後、一度退院したものの、翌朝の午前10時半にまた病院に入院したそうです。
ホイットニーとボビー・クリスティーナと家族のように付き合ってきた歌手のキム・
ブレルは、周囲がボビー・クリスティーナを見守っていくとコメント。
「母親が亡くなったのですから困惑するのは当たり前です。世界中の人がどれだけホイットニーを愛していたか、ボビー・クリスティーナも知っています。母親に似て
大きな心を持った子です。彼女は立ち直ります。わたしたちが見守ります」と
グラミー賞のレッドカーペットでコメントしています。
 
 
心からご冥福をお祈り致します。
 
 
 
名古屋の老舗のディスコ " abime  "が、1月14日で
閉店してしまいました。
以前は、カフェ・アビームでした。
abime (アビーム) になってからは、25年間の営業でしたが、
その前は「ガルボクラブ」の店名のディスコでした。
 
 
閉店を知ったのは、昔名古屋でDJをしていらっしゃったブログ友達の
DSCさんの記事からです。
 
数年前からは、"abime2030"の店名で「クラブ」として、名古屋の若者の流行
発信地になっていたようです♪
ここ何年かはクラブで人気のDJ、3名による日曜のabime人気イベント!!
"abime2030イヴェント"が開かれていたようです・・・
DOROが最後にココに行ったのは、10年くらい前かな???
最近は若い子が多いのでアビームには行っていませんでしたが・・・
閉店になるのなら1度行っておきたかったな・・・
DOROは、このお店は若い頃「ガルボグラブ」の時代からよく行っていました。
「ガルボグラブ」は内装が真っ白で爽やかなディスコ!
というイメージでしたが「アビーム」になって内装も黒になり当時は
とてもオシャレで怪しげなディスコクラブに変身して名古屋で人気の
お店でした・・・
DOROの弟もここで結婚式の後の2次会をしています。
その当時はクラブディスコで2次会をするのが流行していた時代です。
ここでは色々なドラマがありました・・・。
楽しいかった出逢いのドラマ・・・
鉢合わせになった嫌なドラマ・・・
刺激的なドラマ・・・
想い出のディスコがまたひとつ無くなってしまうのは寂しいですね。。。
 
   
 
イメージ 2
イヴェントの盛り上げの時に店員さんが配ってくれた扇子です。
まだ"カフェ・アビーム"時代の扇子です♪(*^.^*)
 
 
           いっぱい想い出をありがとう・・・
 
        さよなら・・・アビーム。。。
 
 
 
イメージ 1

開く トラックバック(1)


.
DORO
DORO
女性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事