METAL QUEEN のひとりごと・・・

ヘヴィメタルとダンスが大好きでひとりでもライブやクラブに行ってしまいます!

70'80'年ダンクラ

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ダンス好きなDOROの70年代80年代に、よく聴いた曲や、当時ディスコでかかっていた想い出のダンスミュージックのご紹介です♪
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『RICK JAMES / SUPER FREAK』

  RICK JAMES / SUPER FREAK
 
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RICK JAMES (リック・ジェームス)
ファンク・ソウル歌手・ライター
1948年2月1日生まれ   2004年8月6日逝去 享年56歳
 
リック・ジェームスといえば、クルクル長髪にタンクトップ、エナメルジャケット、革パン

ツに派手なブーツがトレードマークでしたね!
 
彼自身ゲイではないが、そのファッションはゲイの代名詞ような存在でもありました。
 
あの風貌は死ぬまで変わることはなかったようです・・・
 
ニューヨークのパッファローのスラム街で私生児として生まれる。

彼の歌詞は反体制的な過激な歌を歌ったものばかりでした。
 
当時のアメリカの普通一般の親たちは彼を「子供に見せたくない歌手」ナンバー1

だと思っていたようです。
 
まぁ〜日本では当時歌詞の意味まで解っている人なんて少なかったし、DOROは

平気で部屋で大音量で聴いていましたが・・・www
 
ステージでもマリファナを吸いながらライブをして会場にパトカーが来ることも何度も
 
あったらしいです・・・^^;
 
アメリカの良識者からは拒絶されたリックでしたが、彼がその後の音楽シーンに多大

な影響を与えたことは事実だと思います。
 
黒人音楽ファンクを復権させ、ロックを融合させ、新たな風を吹き込んだのは当時の

彼の音楽だったと思う!!!

メジャーシーンで活躍をはじめたのは、70年代の終わりくらいからだった。
 
プロとして最初に組んだバンドが、マイナー・バーズ(Mynah Birds)というバンドだっ

た。
 
カナダのトロントで組まれたこのバンドでニール・ヤングとブルース・パーマー(後に

バッファロー・スプリングフィールド、ステッペン・ウルフ)、ゴルディー・マックジョン

(後にステッペン・
ウルフ)、ジェリー・エドモンド(後にステッペン・ウルフ)がいた。
 
ニール・ヤングはその後、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング(CSN&Y)で活躍

し、ソロになって現在もカリスマ的なミュージシャンである。
 
このマイナー・バーズを出た後、ニールとブルース・パーマーは、バッファロー・スプリ

ングフィールドを結成している。
 
マイナー・バーズでは、ミュージシャンを束ねるリーダー的存在だったのがリック・

ジェームスだった。
 
モータウンから最初のソロ・メジャーアルバム『Come Get It!』を出したのが、1978年

でした。
 
Come Get It!』に収録されていた「Mary Jane(メリー・ジェーン)」も大ヒットになり

一気にスターの座に登りつめました。
 
そんな彼は、ドラッグとは縁が切れず女性を監禁暴行した罪で長期間服役した後

心労やドラッグで体がボロボロになりわずか56歳の若さで誰にも看取られず死去

する悲劇的な最後だったようです。
 
 
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で、今日ご紹介する SUPER FREAKという曲は、DOROが大好きな曲で1981年の

まさしく日本がバブルの時代に
ディスコでよくかかっていたRICK JAMES の5作目

のアルバムSTREET SONGSの中の曲です。
 
 
 
 
  

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  MAMA USED TO SAY / JUNIOR
 
 
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JUNIOR  GISCOMBE(ジュニア・ギスコム)は、1982年発売の
 
イギリスのロンドン出身のジャマイカ系のシンガーソングライターです。
 
82年当時、アメリカのR&Bビルボードチャートで2週連続第2位の
 
大ヒット曲でした〜♪
 
"Mama Used to Say"と歌う部分がとても印象的でディスコでは、
 
定番でしたね!
 
これは、今でも(ダンクラ)クラブでかかるとノッテしまう曲ですね〜♪
 
 
 
 
 
 

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’70〜’80年代は、ディスコで日本の曲(和製ディスコ)が洋楽に
 
混じって頻繁にかかっていました。

テレビの歌番組では全く紹介されないのにディスコでは流行した
 
日本の曲もたくさんありましたよ〜♪
 
これも、和製ディスコナンバーです〜w
 
知ってる方、手を上げて・・・(歳がバレますけど・・・爆笑)
 
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DOROは、今だにディスコ・クラブで踊って帰り際にこの曲を
 
リクエストして思いっきりダンスをして曲が終わると同時に
 
サッと帰るのが好きだ・・・・・・
 
何故か?
 
と言うと自分でそうゆう曲でキリをつけないと年甲斐もなく
 
いつまでも、いつまでも踊り続けてしまうからだ・・・。
 
最近は、地下鉄の最終で帰るようにしているのでそうしないと
 
間に合わないのです・・・(爆)
 
DOROと一緒にディスコやクラブに行った方は、お解りです
 
よね・・・?(爆笑)
 
そんなDOROと誰か踊りにいきませんか?(笑)
 
  "CHOCOLATE MILK"
 
皆さんは、この美味しそうな名前のファンクグループを知ってますか〜?
 
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彼らは、ニューオリンズ出身のファンクグループです。

元はJAZZグループとして出発した彼らですが、Allen Toussaint(ニューオリンズ
 
きってのプロデューサー)に METERS に見い出されて1975年にアルバムデビュー
 
します。

シングルの" Action Speaks Louder Than Words "がヒットしました。
 
その後は、地元のニューオリンズで1年に1枚ほどのペースでアルバムを

発表していましたが地元でのヒットに飽き足りず1981年にメンフィスの 
 
Allen  Jones(BAR−KAYSで有名な)に7枚目のアルバムプロデュースを
 
依頼し、大成功を収めました。

しかし、次作の82年に出した" FRICTION "が実質的にラスト・アルバムと
 
なってしまった彼らです。

当時のシーンを反映してAllen Jones(アレン・ジョーンズ)をプロデューサーに
 
迎え歯切れのいいメンフィス・ファンクアルバムでしたが・・・

そんな彼らのファンキーな曲を3曲アップしてみました。

アーティストや曲名は覚えていなくても「あっ!聴いたことある〜♪」って方も

多いのでは・・・v(。・・。)イエィッ♪
 
 
 
 
      Chocolate Milk - Shake Your Body
 
 
 
      Chocolate Milk - Sweet Heat
 
 
 
      Chocolate Milk - "Honey Bun"
 
 
  ♪└(・∀・)┐フィバー
 
  ┌(・∀・)┘フィバー♪

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