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最近よく外国語を勉強していると、カタカナ語や外国語がかっこよく感じてくる。私はなにも日本語がかっこ悪いとかいっているわけではないが、何か外国語がかっこよく感じるのだ。
こういう説明をしてもイマイチピンと来ないと思うので、具体的な例を挙げてみよう。例えば「筆箱」と「ペンケース」とかはそうだ。この二つをそのまま音読してもなんとなくペンケースの方がカッコいいのだが、イギリス人風に二つを「フディバーコゥ」「ペンケィス」と音読したらイケイケの差は歴然である。日常生活でもカウボーイ風な人が
「ヘィ、ベイビー。そこのフディバーコゥとってくれないかい?」
というのと
「ヘィ、ベイビー。そこのペンケィスとってくれないかい?」
というのはわけが違う。後者は言われても何かカッコいいなぁという気はするが前者は言われても「アイツはキザで嫌らしい」と思われるかもしれなく、イジメの対象にもなりかねない。
日頃日本語を使っていると他の言語がかっこよく聞こえるのだろうか。私が考えるとやっぱり少し違うかなという点がある。例えば「これは机です」というとき(そんなこと言われなくても形でわかるのだが)、「This is a desk.」というとかっこよく言われるもんだが、「ツァオツィーマオプートン」などと言われてもかっこよく感じない。どうやら、金髪の人がいそうなイメージの国の言語はかっこよく感じ、泥臭いイメージの国の言語はかっこよく感じないようである。これより、意外とイメージの力って強いんだなということがよくわかる。
しかし、やっぱり日本語化してしまった外来語っていうのは元のものよりそっけなく感じる。例えば、Australiaという国名。日本語だと「オーストラリア」であるが、英語とかだと「オゥストルェーリァーッハ」である。英語で話してみても「アイ リブ イン オーストラリア」より「アイ リブ イン オゥストルェーリァーッハ」の方がしっくりくる。うーむ、日本語を使い慣れているからかもしれないが、日本語は外来語でも堅苦しく感じる。いや、日本人がそういう言い方の方が言いやすいから、という理由かもしれないが、どうも私には話してて面白みがないように感じる。
日本語は日々進化しているというが、果たして堅苦しくなくなる日は来るのだろうか。いや、堅苦しいところが日本語のいいところなのかも知れないが…。
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この感覚、2013年のビジネス界でも同様のようです。沢山のカタカナ語で溢れています。
(^。^)
2013/11/30(土) 午後 3:08 [ suu*uu*h*i ]