<?xml version="1.0" encoding="UTF-8" ?>
	<rss version = "2.0"  xmlns:blogChannel="http://backend.userland.com/blogChannelModule">
		<channel>
			<title>（旧） 文処 つばめ庵</title>
			<description>何でか知らないけどコメント率・ファン登録率が異常に低いブログ。毎日更新エッセイブログ。分量だけなら絵本に負けてません。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/metalfrog1991</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
		<image>
			<title>（旧） 文処 つばめ庵</title>
			<url>https://s.yimg.jp/i/jp/blog/iym_img.gif</url>
			<description>何でか知らないけどコメント率・ファン登録率が異常に低いブログ。毎日更新エッセイブログ。分量だけなら絵本に負けてません。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/metalfrog1991</link>
		</image>
		<item>
			<title>ひさびさ</title>
			<description>大分久しぶりです。6年ぶりですね。
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;現在は、音楽療法士として働きながら、ミュージカルの作曲などをして生活しています。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なんとか、えっちらおっちら生きている感じですが、とりあえず生きています。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;みんな元気かな～…昔が懐かしいですね。&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/metalfrog1991/68434772.html</link>
			<pubDate>Thu, 23 Apr 2015 23:16:10 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>合唱祭へ</title>
			<description>一ヶ月前かな、母校である高校から合唱祭の審査員をやりなさいと通知がきました。&lt;br /&gt;
理由「音大に行ったから」だそうで。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は「やります、やりますから命だけはお助けを～」と泣く泣く了承し、土曜日に24クラス分の楽譜がきた訳なのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
審査員なのであんまり細かいことは言いませんが、ちょっとだけ余計なことを書こうと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
課題曲なんですが、ロシア民謡なんですね、民謡とか民族音楽などは、それぞれに歴史（ほとんど暗い歴史）があります。昔は西洋の「進んでいた」音楽と、植民地やアメリカ、アフリカなどの「未開の地」の音楽とを比較していたので「比較音楽学」という言葉を使っていたのですが、ヤープ・クンストっていうオランダ人が「それぞれ民族音楽には固有の歴史がある」と一石を投じてそれから民族音楽学と呼ばれたわけで。&lt;br /&gt;
ロシア民謡は割とコード進行がまじめで忠実なので、きれいなハーモニーを奏でてほしいと思います。合唱曲ならではの和声付けの上に軽快さをのせるのは一筋縄では行かないと思うので、ロシア人になりきって歌ってください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自由曲に関しては、民族ものやお祭りものが多いのですね、こういう曲は、曲の背景や文化をよく知る必要があります。ある民族音楽ごとに固有の決まり事がある場合も多いので、歌の土台もよく調べるとよいと思います。&lt;br /&gt;
静かな雰囲気の曲は安定感がありますが、祭りとかの曲は、どうしても雰囲気づくりのうまさによって差がでてしまいます。なぜかと言えば、必ずしも民謡が合唱の為に作られてないから。会場が踊り出すくらい雰囲気が出せればいいですが、なんか本人たちだけが…ってなると、点は伸びない。難しいですね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あと合唱祭まで１０日。ただの合唱祭には興味ありませんので、がんばってほしいと思います。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/metalfrog1991/52791227.html</link>
			<pubDate>Tue, 02 Jun 2009 19:40:05 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
		<item>
			<title>大学とブログ</title>
			<description>前回の更新からかなり時間がたってしまった。なんか受験終わったら更新するとかどっかの誰かさんが言っていましたが、まったく、申し訳ありませんねぇ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、最近の近況はというと、入学式の次の日から集中講義「基礎ゼミ」とかいうものがはじまり、そこではオーケストラで「展覧会の絵」を聴かされたり、オペラ「フィガロの結婚」をみたりと、高い学費に相応している高いレベルの芸術をみた。オペラといっても、学年がそんなに違わない上級生がかたことのイタリア語でやっているとかいうわけではなく、国内や世界を飛び回っている演奏家の先生たちがやっているのですばらしく、とても感動した。そういう先生たちがゴロゴロと大学にいて私たちのレッスンをしてくれているわけだから、音大はまさにパラダイスである。高校時代は「おっ、この先生教科書書いてるんだ、大物だ」とかおもっていたが、大学の先生は、たとえば作曲の先生なら、番組のテーマ曲とかテレビでよく流れる音楽を作った人だったり、私の和声学の授業担当の先生はNHKの某大河ドラマの音楽担当だったりと、毎日が驚きである。&lt;br /&gt;
そんな先生たちばかりなので、レポートを書くときは必死だ。生半端な知識じゃいい点もらえないだろうし、自分の考察も加えなきゃだし、形式も…と考えるといろいろと面倒だ。だが、基礎ゼミのレポートを書くときに感じたのだが、私が今までこのブログで何百本と書いてきたのが、レポートを書く上で非常に有益だったと思う。自分で奇妙なところにテーマを持ち、自分で屁理屈を並べ、適当にチャンチャン、という流れがレポートの流れとにているような漢字がしたし、図書館徘徊歴の長い私が調べたことをその流れに上乗せしたら、自分らしいレポートができたと思う。基礎ゼミのレポートのテーマは「なぜチェンバロはピアノにその地位を奪われたのか」みたいなことを書いた。詳しく書くとあと2000文字くらい使いそうなので割愛するが、さんざん周囲から「無益」「時間の無駄」「そんなことやってる暇があればピアノひけ」とさんざん悪評を叩かれてきた本ブログが役に立ち、その結果担当の先生に「なかなかすばらしいと思います」といわしめたのは非常に喜ばしいこと&lt;br /&gt;
である。&lt;br /&gt;
忙しかったり楽しかったりでさぼり気味になるかもしれないが、また暇があったら更新します。よろしくです(⊃*´ω｀*)ノ</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/metalfrog1991/51638716.html</link>
			<pubDate>Fri, 24 Apr 2009 11:26:06 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
		<item>
			<title>入学式のこと</title>
			<description>入学式があった。高校の時とかと違って私の通う大学は１日から学校があるらしい。エイプリルフールの日に入学式とは、何かドッキリでもあるんじゃないかと思ってしまう。&lt;br /&gt;
母親とともに大学の最寄り駅を降り、ホールへと向かう。音大のホールで入学式となれば、いいホールで何か演奏でも聴けるんだろうな、と思いながらの道は、いつもより長く感じた。緊張しているのかなぁとも思ったが、後で考えたら親の速度に合わせて歩いたから時間がかかっただけである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
広々としたホールに入って席に着き、はじまるのを待った。そのうちブザーが鳴り、舞台の上にぞろぞろと人が現れ、セットしてある席に着いた。多いなーと思ってると今度は銀髪の初老の人が舞台に現れてお辞儀をし、「ロス・オリンピック・ファンファーレ」の式を執り始めた。ロス・オリンピック・ファンファーレとは、日本でもすっかりおなじみの「ソミミソソミラソファソミミソソミ」のあれである。私はその曲の最初しか聴いたことがなかったので、軽く感動した。生きていると、思わぬところでいいことに出会うものである。&lt;br /&gt;
演奏が終わると、君が代である。日本の国歌とはいいながら、こういう式典とスポーツの大会くらいでしか聴くことがないなんて、作った人も浮かばれない。まだ、バラエティー番組でよく流れるアメリカの国歌のほうがなじみ深いような気がする。私も未だに歌詞があやしくて…ゴホンゴホン。&lt;br /&gt;
君が代の前奏がフルオーケストラで流れる。高校の卒業式の時には音楽の先生が「レドレミソミレ」とピアノで弾いてただけだったから、えらい違いである。母親もこのフルオーケストラには感動したらしく、「君が代のフルオーケストラをさぁ、生で聴いたの初めてだったから感動したよ」と自ら熱く語っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
君が代で母親が感動した後は、長ったらしい学長の話とか理事長の手短な話があり、最後に「タンホイザー」の演奏があった。タンホイザーは、中学で奇妙な歌詞がついたのを歌わされたのもあってよく知っていたが、オーケストラのを生で聞くのは初めてである。&lt;br /&gt;
トランペットが雄大な響きをかっこよく出して曲がはじまるのがタンホイザーである。だが、この入学式でトランペットの人が音を思いっきり外し、ニヤニヤしながら聴いた記憶がある。おそらくこの会場の98％のひとは、「やっちゃったよ…」とか「あ、音外しちゃった」と思っていることだろう。トランペットをやった本人も本人で、本番終了後に頭を抱えて「うぁー」と叫んでいるに違いない。会場が一つになったように感じて私はニコニコしながら聴いてたが、となりの背の高い人は顔色一つ変えずに聴いてたので、さすがである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、これからどんな大学生活がはじまるかと思うと楽しみである。４年後は果たしてどうなっているのだろうか。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/metalfrog1991/51005065.html</link>
			<pubDate>Fri, 03 Apr 2009 08:26:22 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
		<item>
			<title>塾と浪人</title>
			<description>来年受験だー、とかいいながら、早くも気持ちがズドーンと落ち込んでいる人は何人いるだろうか。私は大学に受かることができたからいいものの、クラスや同じ学年の中には、浪人生としてもう一年勉強漬けの暗黒生活を送る者もいる。&lt;br /&gt;
落ちた人に話しかけることほど気まずいものはない。向こうから明るい顔で「落ちたった(・∀・)ノ」などと言ってくれればいいものの、こっちから「大学どーよ」などと聞いて「落ちたよ、笑ってくれよアハハハハ」なんていわれても、アハハハハと笑える雰囲気ではない。「そうか…」などといって目線を軽くそらすも大した解決策にならないのがオチだ。こういうときにうかつに「頑張れp(^-^)q」などというとうざがられかねないので、「まぁ、浪人には浪人なりの人生があるさ。浪人で培った精神力は無駄にはならないよ」と励ますのが日本人のマナーである。&lt;br /&gt;
浪人は多くの日本人の間では「悪」とされ、受験をする上で悪い結果を表すことが多い。浪人しないために人は寺子屋に行き、松下村塾に行き大学受験の準備をするわけだが、そこで重要になるのが塾の選び方だ。塾といってもいろいろあるわけだが、私がこういうのがいいかなと思うポイントがいくつかある。&lt;br /&gt;
学校では大人数の講義型であることが多く、授業中に何かわからないことがあっても時間の関係でなかなか聞きづらい。ただ学校で先生から聞いた話がベースになるのだから、そこでわからなかった穴を埋められるようにするのがベスト。そのために、マンツーマンの個別指導の方がいいんじゃないかと思う。学校で講義型の授業を聞き、塾も講義型だと飽きるし、口を動かさないから眠くなる。眠くなると頭に入らなくて結局能率が悪いことになって…というよりは、まだ人と直接コミュニケーションをとりながら勉強した方がいいと思うし、その方が納得できるんじゃないかと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なぜ人は勉強するのかといわれたら、そこに受験があるからだというところだろうか。来年受験をする人には、がんばってほしいと思う。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/metalfrog1991/50675743.html</link>
			<pubDate>Mon, 23 Mar 2009 16:58:43 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
		<item>
			<title>受験の心得</title>
			<description>受験が終わった。受験は、何回経験しても受ける方はいやであり、何で受験なんかしなきゃいけないんだろう、日本は戦争放棄なんだから受験戦争がなくなった方がいいだのなんだのとグチグチ言いたくなるが、言えば言うほどむなしくなる、ということに気づいたのが去年の秋頃である。&lt;br /&gt;
参考になるかはわからないが、私が大学を受ける上で心がけていたことをいくつか書こうと思う。&lt;br /&gt;
私のイメージの中では、受験生は植物の種。勉強という水を与え、先生という肥料をもらいながら育っていく。それで一番きれいな花を咲かせる時期を受験と重ね合わせれば、成功率はあがると思う。しかし、ただ水をあげたり肥料を与えすぎると植物にとっては逆効果だ。私は小学生時代に園芸委員会をやっていたからわかるのだが、水をあげすぎると根っこが腐ったり養分が流れたりして植物には良くない。勉強も然り、やりすぎると土台が腐ったり大事な部分が抜けたりするから、やりすぎは禁物である。また、せっかく得た水を吸収する時間を作らないと、底から水が流れていってしまう。では、その時間とは何なのか、それは睡眠である。人は寝ている間に知識をインプットしていると言われ、それはピアノなどの電気信号に関しても同じことだ。&lt;br /&gt;
私は音大受験をした。音大受験というと、朝から晩までピアノを弾いて…などというイメージを持つ方も少なくはないであろう。だが、実際ピアノの配点はそんな高くないし、楽典や声楽などもやらなくちゃいけないから、ピアノを…のイメージは捨て去っていただきたい。ピアノ科を受験する場合は別かもしれないが。音大を受けるに当たって私はピアノ・声楽ともにプロフェッショナルの先生についたわけだが、そこで両方から言われたのが「やりすぎない」こと。特に声楽なんか、自分が楽器だから一回のどが悪くなるとそれだけで日程的にも質的にも下がってしまうから、普段から加湿をしたりきれいな空気の中ですごしたりしなさいねと言われたりして非常にデリケートな生活をすることになった。ただ高めるだけでなく、どのようなことを気をつければ高まるのか、ということも一つの要素なのだと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最後に、これはあくまで私自身の考えであるし、人には人のペースがあるので「ここに書いてある通りに勉強の量を減らしたら落ちた」などといわれても、しらんぺったんごりらであることをご了承いただきたいと思う。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/metalfrog1991/50083647.html</link>
			<pubDate>Wed, 04 Mar 2009 13:42:42 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
		<item>
			<title>極寒のスキー教室Ⅲ</title>
			<description>スキーの実習が始まった｡ゲレンデは、ホテルの真ん前にあり、すぐに降りられるようになっていた。きっとスキー場を作るために沢山の木が伐採されたんだろうな、とか思いながら私はスキー未経験者かつ運動神経ゼロかつスキー不安ということで、一番下のクラスに配属された｡一番下というのが一番楽であり、しかもインストラクターの講師の人が幼稚園の時の先生に似ていたのでちょっとビックリしたさっきからビックリするばかりである。&lt;br /&gt;
スキー板を装着し、最初は山の一番低いところから少しずつ滑っていって、バランスをとりながら感覚をつかんでいく。私は３歳からスケートもやっていたし、スキーも一回だけ祖父と行った事があったのでそんなに苦ではなかった。だが、油断すると怪我する、と思って集中力を切らさずに必死でやった。一番下のクラスでこれだから、一番上のクラスに配属されたらどうなっていただろう、と思うと、ぞっとする｡寒さのせいかもしれないが。&lt;br /&gt;
スキーで一番難しいな、と思うのが、斜面を登っていくときである｡スキーの板をVの字にしながら一歩ずつ慎重に登らなければいけないから、難しい｡スキー板を揃えてしまったら一貫の終わり、とまでは行かないが、そのままスーっと下のほうに流れていってしまうのがとっても怖いのだ｡&lt;br /&gt;
１日目の実習は、結局少し山に慣れるくらいで終わった｡それでも重いスキーウェアや装着板をつけての動きは、結構足首に来た。この装備で「羞恥心」のダンスを１０回くらい踊ったら相当なダイエットになりそうな気がする｡&lt;br /&gt;
ホテルに戻ると、数人がすでに床にベタッと倒れていた。私が訳を聞くと、「疲れた」とだけ言って、そのまま力尽きた｡こんなんじゃ、この人たちは RPGの主人公は勤まらないな、と思った。やってるとあんまり気にならないが、RPGの主人公だって相当長い距離を走らされるんだから相当な体力勝負である｡しかも敵に本気で命を奪われにきてるんだから、相当悲惨な人生を送っているだろう。スキーをやったくらいでへたばっていたら、RPGの主人公なんか到底勤まらない。最近の子供の体力低下って恐ろしい。&lt;br /&gt;
つづく。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/metalfrog1991/50030144.html</link>
			<pubDate>Mon, 02 Mar 2009 22:43:13 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
		<item>
			<title>極寒のスキー教室Ⅱ</title>
			<description>高速を降りて一般公道に入る｡さっきいた東京とは比べ物にならない景色が目の前に広がって行く。あたり一面の雪景色。真っ白な雪の間にポツンポツンと建物が建つその光景は、まるでショートケーキの上にいるかのような感覚だった｡ショートケーキの場合はクリームだからお断りだが、雪だから全然オッケイ。途中、変なプレハブみたいな建物の前でバスが停車し、「うそっ、ここがホテル？うわー、まじかよ」とビックリしたが、チェーンを巻くために一時的に停車しただけだった、というドッキリ行為を楽しみながら私たちはホテルに向かった｡&lt;br /&gt;
ホテルは、何だっけ、確か「やまびこ」という名前のホテルだった（新幹線と同じ名前だ、と思った記憶がある）。ホテルでは、呼んでもいないのにオーナーらしき人がわざわざ出迎えてくださり、部屋の場所探しに四苦八苦しながら部屋に荷物を運び込んだ思い出がある。当時はまだ骨折する前だったから力があって荷物などもヒョイヒョイ運べていたのもまた古きよき思い出。しかもそのときは到着時間がかなり押しており、お昼は１０分で食べて下さいとか担任の先生に言われた。できればゆっくり心を落ち着かせてからスキーに行きたいところであったが、時間が押してんじゃしょうがないな、とか思い、着替えて外に出た。&lt;br /&gt;
するとまぁ、外の寒いこと寒いこと｡何でこんなに寒いんだよコノヤロ、と思ってしまうような寒さだった。真っ白い息は吐くとだんだん下降してゆき（温かい息って上に昇っていくはずなのに）、風は肌に突き刺さり、冷凍庫の中にいるようだった｡開会式みたいなイベントでスキーのコーチの人が言うには、なんか菅平ではその前数日は天候が良くなくて、その明けの晴れ間だから寒い、とかそんなことを言っていた。スキーをしている間は動いているのでそんなに寒さは感じないのだが、動かずじっとしていると相当寒い。後で担任に聞いた話だと、その日は氷点下１０度を下回っていたらしい。過去には氷点下２０度を下回っていたってことがあるらしいが、そういう環境ってどういうものだろうか。想像もつかない｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
というわけで、次回から実習編。続く。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/metalfrog1991/49964912.html</link>
			<pubDate>Sat, 28 Feb 2009 23:56:27 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
		<item>
			<title>極寒のスキー教室Ⅰ</title>
			<description>中学２年生の時、学校の行事のため私はスキー教室に行った｡そのときのが結構面白かったので、ここに書こうと思う｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
寒さ絶好調の２月。家を早めに出て、集合場所へと向かう｡バスに乗り込み、クラスメートに「ヤフー！」と挨拶すると「おっす」と返ってきた。こういうときは「ジャパン」と返すのが定番なのに、乗りが悪い。わざわざ見送りに来た母がバスの外から面白そうに手をブンブン振っていたので、私はちょっと恥ずかしくなってカーテンを閉めた。こういうときは黙って見送るのが乙なのに、変に目立つではないか。そんなことを思いながら、荷物の整理をした。隣には、親友のアサハラ氏（仮名）が座っていた。&lt;br /&gt;
今回のスキー教室の目的地は菅平である。そのうちバスが動き出し、私たちは「スキーでもしも切り株にでも衝突して死んだら何の花をお供えしてもらうか」という話題で盛り上がった。スキーは行ったことのある人ならどんなものかは大体わかっているのだろうが、私たちの中には初心者が多く、まだまだスキーは危ないもの、という認識をしている人が多かったのである。話の中では「俺はカーネーション」「マーガレットかな」と、ごっつい日本男児からは想像しづらい可愛い花の名前が飛び交っていたりして面白かった。みんな供えてほしい花は大体共通する所があるらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
バスは高速に乗り、菅平に向かってブンブン走っていた｡その間の様子は割愛させてもらうが、楽しかったとだけ書いておく。大分走り、バスは山の中を走っていた。そのうち長いトンネルに入り、車内はオレンジ色に染まった。そしてそのオレンジがスッと消えていった頃、バスの外では雪が舞っていた。東京では雪なんて全然降っていないのに、同じ日本なのに不思議だ、という感じだ｡そこで私はその情景を一言で「国境のトンネルを越えると雪国であった」と表したが、誰もそれに対して反応しなかった。これは川端康成の小説「雪国」の冒頭部分だが、「こっきょう」ではなく「くにざかい」と読むのが正しい読み方である｡覚えておこう。&lt;br /&gt;
東部湯の花だったかな、そんな名前のP.Aに入り、私たちは休憩を取るためにバスの外に出た。雪が舞い、薄氷は風となり私たちの頬を刺激した。凍えるような寒さの中初めてのパウダースノーに興奮する私たちだったが、その中でも半そで半ズボンでいられる人がいるのはなぜだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
続く。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/metalfrog1991/49903725.html</link>
			<pubDate>Fri, 27 Feb 2009 02:09:00 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
		<item>
			<title>緑ガメのたまご</title>
			<description>※この文章は、昨年の７月に書いたものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は、ペットとして昔からミドリガメを１匹飼っている。このミドリガメ、「かめよし」という名前がついており、普段はでっかい水槽の中で裕福に暮らしているのだが、そんなミドリガメが昨日大騒動を起こしたのでここに書こうと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ミドリガメの異変に最初に気づいたのは、洗濯物を干していた祖母であった。祖母は洗濯物を吊るし終わり、カメの餌の食べ具合を確認するために水槽を除いたところ、水槽の中にはなんだかよくわからない、白くて蚕の繭みたいな楕円球状の物体が４つばかり転がっていた。祖母は「なんだこれ」と思い、スピード社のゴーグルを磨いていた祖父を呼び出し、「なんぞや」と聞いた。祖父は一旦その物体を手にとり、「・・・卵か？」といって水槽内にその物体を戻したところ警戒したのかカメがその卵を食べ始めてしまったので、慌てて別の容器に残った卵を移した。カメの心理からすると「あたちの卵もってかないでくだしゃい」というところなのだろうが、好奇心に支配された二人の老人はその願いは届かなかった。祖母と祖父はその物体を観察し、中に黄色いものが透けて見えているということから、卵だという確信をもったらしい｡そのニュースはすぐさま母の元にメールで知らされ、図書館で冷えすぎた冷房の風にあたりながらのんびりしていた母はすっ飛んで帰ってきたらしい｡その１分後に私は本屋から帰ってきて、「４０分くらいトイレで本でも読もうかな、ウォシュレット最強にして」などと考えていたのだが、母と祖母が大騒ぎしているのを聞いて、&lt;br /&gt;
「どうしたの？またゴキブリでも出た？」&lt;br /&gt;
と冷静に言った。すると母は&lt;br /&gt;
「カメが卵を産んだ」&lt;br /&gt;
といい、その現物を私に見せつけた｡私はそれを聞き、素直に&lt;br /&gt;
「ミドリガメも卵産む時、ウミガメみたいに涙流すのかね」&lt;br /&gt;
と問いたところ、&lt;br /&gt;
「んなこと知るか」&lt;br /&gt;
とあっさり返された。日本人の知識力として知っておきたいところなのだが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その日の夕飯、食卓では「産んだ卵どうしよう」ということになり、家族の間で議論になった｡その中でもちょっとビックリしたのは、祖父が「食べて見よう」と言い出したことである。祖父を除く全員が&lt;br /&gt;
「やめたほうがいい、自分のフンと何が入っているかわからないエサを食べて育ったカメの卵が安全だと保証できない。無精卵だし。」&lt;br /&gt;
と反対したのだが、祖父は結局ゆで卵にしてカメの卵を食べていた。あんた自分のペットの卵をよく食べる気になれるねぇ、という空気が、祖父を除く家族の間に充満していた。ちなみに、「かめよし」という名前は卵を産んだことにより即座に「かめ子」に変更になり、それはそれでカメも複雑そうだった｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして今日、私が祖父に&lt;br /&gt;
「なんか体の異常ない？大丈夫？」&lt;br /&gt;
と問いたところ、祖父は&lt;br /&gt;
「なんかいつもより調子がいい。」&lt;br /&gt;
と答えていた。カメの卵には人を元気にする力があるのだろうか｡まだまだ研究の余地がありそうな事件なのであった｡</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/metalfrog1991/49851110.html</link>
			<pubDate>Wed, 25 Feb 2009 16:48:55 +0900</pubDate>
			<category>小説</category>
		</item>
		</channel>
	</rss>