キャミのらくがき

ワタシの日常で起こる色々な出来事、雑感など

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「耳をすませば」

映画上映当時は諸事情により、映画館で観ることが出来ませんでした。


その後レンタルが開始された時に、すぐに借りて観ました。

1996年の夏で、当時は当然ビデオテープでした。

観終わって、ワタシの心の琴線にガンガン触れ、ひたすら感動している自分がいました。

間髪入れずに二度目を観て、鑑賞後にはもう夜が明けそうな時間でした。


ふと、劇中の地に行ってみたいという衝動に駆られて、再度映画を見直しました。

当時はまだインターネットはおろか、PCを持っている人すら稀な時代だったので、

劇中に出てくる電車や風景のみを頼りに、ロケ地を推測しました。

その中で着目したのが、「京王線」と「京王百貨店」でした。

京王線の駅で京王百貨店がある駅を探すと、新宿と聖蹟桜ヶ丘にしかない事が判明しました。

あの風景や「マウント・多摩」等と唄う場面から考えて、新宿は考えにくい。

聖蹟桜ヶ丘に絞って、徹夜明けにも拘わらず、地図を頼りに原付でその地を目指しました。


1時間くらいして聖蹟桜ヶ丘駅に到着した時、正に劇中の駅そのままの風景が眼前にあり、

(ココで合ってたんだ!)と、ひとり感動しました。

更に、駅から一直線に伸びている道を走っていくと、それも劇中と同じ風景…

「いろは坂通り」を上っていく時は、更に感動しました。

劇中では坂の途中に図書館がありますが、現実にはなく、(この辺に図書館があるんだなぁ)

と想像して感慨に浸っていました。


ただ、一番嬉しかったのはこの後でした。



駅も坂も図書館もあるということは、「地球屋」から見える風景も現実にあるはず… 

と思い、坂の上を探索しました。

坂の上の丘にある住宅地を探し回っていると、その風景に近い場所がありました。

もっと忠実に観られる場所があるハズ…と探していると、崖近くに空き地がありました。

その端にある柵には人が何とか通れる位の隙間があり、そこを乗り越えて崖に行って

数歩歩くと、劇中で雫が地球屋から眺めていた景色と全く同じ風景がそこにはあったのです。


本当に素敵な風景で、その風景にしばらく見とれていました。

(後日、通称「耳丘」と呼ばれるようになりました)


数分後、ふと背後を見てみると、高さ2メートル位のブロック塀が横に20m位あり、そこには

無数の落書きがしてあったのです。

「大阪から来ました!」「感動しました!」等といった、ワタシより前に来訪した人達の

メッセージで溢れていたのです。

自分以外にも、こんなに沢山の人達がここを探し当て、同じ事を想っていた…!

あれから十数年経ちましたが、その時の感動は、未だに鮮明に覚えています。

誰も知らない秘密の場所を発見した喜びと同時に、沢山の見知らぬ人達と握手して想いを

分かち合えたような感じがして、言い表せないくらい嬉しかったのを覚えています。


その後、この感動を分かち合いたくて何人もその場所に連れて行きました。

初めてその丘に到達してから一年くらい経ったある日の夜、

その友人のうちの一人、nwo KENを連れてきた時、

「落書きはあまり良くないだろう」と言い出しました。

「確かにそうだな、じゃぁ来訪者ノートでも置いてみるか」

と話し合い、後日、来訪者ノートを作って設置しました。


これが「耳をすませばノート、通称「耳ノート」の始まりでした。

時期は、1997年夏頃だったでしょうか、なにぶん十数年前のことなので、正確な月日は

あまり覚えていないのが正直なところです。




ノートの管理は結構大変でした。

気がついたらノートがなくなっていたり、ボールペンがなくなっていたり、ノートが

濡れないように防水対策をしたり、風に飛ばされないように柵にくくりつけたりと、

試行錯誤の連続でした。


置き始めた当初から書き込んでくれる人達が多く、内容は来訪報告や、恋や受験の悩み、

中には風景画が描かれていたりして、ノートが埋まっては古いノートを回収して

新しいノートを持って行ってと、日を追う毎にそのペースも上がっていき、

どんどん冊数も増えていきました。


2.3年は二人で管理をしていたのですが、ワタシも友人も多忙になり

管理もおろそかになってしまいました。

しかし、その合間を縫ってたまに行ってみると、新しいノートが設置してありました。

見知らぬ有志が用意してくれていたようなのです。

その後も行く度にちゃんとノートが置いてあり、受け継がれたようなのです。

多忙になったり、それで安心したりと色々あって、暫く丘からは遠ざかっていました。


3年前、久しぶりに訪ねてみたら、宅地造成により、その丘には立ち入れなくなっていました。

別ルートで強引にその丘に行ってみたのですが、ノートはなくなっていました。


ところが。

劇中ではロータリー内に地球屋があるのですが、現実のロータリー内(正確にはロータリーの少し端)

に洋菓子屋さんがあり、その洋菓子屋さんに4年ほど前から来訪者ノートが置かれていて、

現在もなお続いていることを、最近インターネットで知りました。

今は、正確には「耳すま思い出ノート」という名称らしいです。

ワタシと友人の発案したノートが、多少形や場所は変わっていましたが、

それが今もなお続いていたのです。





その洋菓子店にノートが置かれ始めた時期と、丘に立ち入れなくなった時期が近かったので、

その経緯を知りたく、更にそのノートがどうなっているか興味深かったので、2009/08/07、

ボールペン数本とノート数冊を用意して、その洋菓子店に行きました。(写真1)

途中駅にも立ち寄りましたが、「耳をすませばモデル地案内マップ」なる看板が

設置されていて、時代の流れを感じました。 (写真2)

更に、劇中で雫が杉村から告白を受ける場所、金比羅宮にも立ち寄りました。(写真3)


お店に着き、お店の方から多少お話は聞けたのですが、その経緯は判然とはしませんでした。

ただ、お店に車で来訪される方も多く、夜などは近隣の住民に多少ご迷惑をおかけしている

と仰っていました。

丘の時と同じく、住宅地ですので最低限のマナーは守って欲しいと思いました。


夏休み中という事もあり、学生風の人達が数人来訪していました。

そのお店にあるノートに書き込んだ後、お店の方にボールペン数本とノート数冊、更に

来訪者ノートが丘に置かれていた時期の状況が記載された、ホームページを印刷した書類を

お渡ししておきました。

本当は、丘の上に置いてあった当時のノートを寄贈したかったのですが、ワタシも友人も

現在持っておらず、残念ながら「現存しない幻のノート」となってしまっています…。


ワタシの時の聖地は「丘の上」でしたが、今の聖地は「ノア洋菓子店」のようです。

また時機を見て行ってみようと思います。


追伸: 「耳をすませば」に関する情報は、下記HPに詳しいです。


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初めまして、昭和57年生まれ、現在33歳の聖ヶ丘出身の者です。

耳をすませばはちょうど受験生だった頃、何度も見返しました!

いろは坂の空き地にあった「耳ノート」

高校生になった頃に三回ほど閲覧、書き込みしてました♪

耳ノートの設置をされた方のブログに出会えて驚きです!!

青春をありがとう😉

2015/8/28(金) 午後 11:56 [ beerboy_yucho ] 返信する

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