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庖丁一本(ほうちょういっぽん) 晒(さらし)にまいて 旅へでるのも 板場(いたば)の修業♪ 『月の法善寺横丁(作詞:十二村哲、作曲:飯田景応、唄:藤島桓夫)』で有名な法善寺横丁(ほうぜんじよこちょう)です。 織田作之助(おださくのすけ)の小説『夫婦善哉(めおとぜんざい)』の舞台にもなっています。私はテレビで森繁久彌の映画を観たことがあります。遊び人の商家の若旦那と芸者さんの話だっけ? それで、心斎橋筋側からの法善寺横丁東入り口には三代目桂春団治さん書の看板がかかっています。 現在はお不動さんと金毘羅堂だけが小じんまりと残っています。 山号は天龍山。本尊は阿弥陀如来。江戸時代初期元上本町8丁目に開基され、寛永14年(1637)現在地に移されたそうです(このあたり曖昧です)。 そのほか水掛不動(西向不動尊)や金毘羅堂などがあり、特に水掛不動(みずかけふどう)さんは有名です。この寺は千日回向(せんにちえこう)を行う寺で,その門前が千日前(せんにちまえ)と呼ばれるようになったのだそうです。 金毘羅堂から、水掛不動をのぞむ。 両側に矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制多迦童子(せいたかどうじ)の脇侍が立っています。灯篭の前にいるんですけど、隠れていて見えにくいねえ。 また、人の死後は必ず最初に(初七日に)不動明王の導きをうけるんだって。 うへえ。そりゃあ大変だあ! せいぜいゴマをすっておこうっと!すりすりすりすり…。 不動明王が熱い中、火焔の中に鎮座されているのは『火生三昧(かしょうざんまい)』といって、衆生(しゅじょう)の煩悩(ぼんのう)を大智慧の火で焼きつくして、悟りに導くことを本誓(ほんぜい=仏・菩薩が過去世において立てた衆生救済の誓い)としておられるからだそうです。 だったら、せっかくの『煩悩を焼きつくす』『大智慧の火』に水を掛けちゃあだめじゃないのさあ!火には油を注がなきゃあ! 戦前までは、生きとし生けるものの命の元になる大切な水を供えていただけだったのですが、さる女性が、拝んで居られる時に、お不動様に縋る(すがる)思いで「水掛不動さん、願いを叶えて下さい」と水を掛けたので、それ以来「水を掛けるお不動さん」になったそうです。 うーむ。 どうして他の人もまねっこしたんだろう?お墓じゃないねえ。 それじゃあ、お賽銭をあげてお参りするよ! 『あれ、冷たいなあ?スジャータちゃん、どうして私の頭に水を掛けるんです!』 『えへへ、「水掛けシルベさん」にお参りしたら、ご利益があると思ったんだよお☆ シルベさんは、名古屋でも水にご縁があったしね。』 『いい加減にしてください!顔に苔が生えてきたらどうするんです』 金毘羅堂にぶら下がっている提灯。 西の看板は、藤山寛美さんの書。濡れた狭い石畳の道…、じゃなくて『敷地内の通路(※追記参照)』が印象深い景色です。 ※ 追 記 法善寺横丁はとにかく狭い通りです。まるで京都の先斗町(ぽんとちょう)のようです。 以前から火事になったらどうするんだろう?って思っていました。いわゆる既存不適格(昔建った建物で、今の法令基準に適合しない)の建物群だったのです。 それで、案の定平成14年中座火災・15年の横丁火災がありました。 再建された後、通りが広くなったかというと、狭いままです。 大阪市は、建築基準法86条2項『連担建築物設計制度』すなわち、『複数敷地により構成される一団の土地の区域内において、既存建築物の存在を前提とした合理的な設計により、建築物を建築する場合において、各建築物の位置及び構造が安全上、防火上、衛生上支障ないと特定行政庁が認めるものについては、複数建築物が同一敷地内にあるものとみなして、建築規制を適用する制度』に基づいて再建を認めたらしいのです。 私には、このへんの法律のからくりが良く分かりません。 ここが『各建築物の位置及び構造が安全上、防火上、衛生上支障ない』『合理的な設計』には見えないからです。 物理的に路地は狭いままで、オープンスペースに防火区画なんて設定しようがないし、煙突みたいに空気が通り抜けるし、建物が焼け落ちたら、道路が塞がると思うのですが、実際のところどうなんでしょう。 こんなことができるんなら、そもそも、4m以上の幅員をもつ道路への接道義務なんか必要ないのでは? 幅員2.7mの路地は、建築基準法上4m以上の幅員が義務付けられる『道路』ではなく、『複数建築物が』建っている『同一敷地内の通路』とみなして残されたそうです。 雑居ビルの通路みたいな感じです。 雑居ビルは最近その杜撰(ずさん)な防火体制が、とみに問題としてクローズアップされている構造物です。それから、多くの犠牲者を出した『千日前デパートビル火災』も実質的には雑居ビルだったはずです。 結局『自己責任』でお店に入りなさいってことなのかな? そりゃあ、個人住宅だったら、まあ住んでる本人が納得すればいいんでしょうけど、ここは不特定多数の人が集まる集客施設で且つ火を扱う飲食店街ですよね。人命にかかわる問題です。 そのへんの問題がクリアできた上で、例えば、時がたち、建物が老朽化した場合、やはり『合理的な設計により』一体的に建て直すのでしょうか?『複数建築物が同一敷地内にあるものとみなし』っていっても、地権者はバラバラでしょ?各権利者が一軒一軒勝手気ままに建て直すとしか思えないんですけど。 問題を先送りにしただけのような気がするのですが…。 将来的に火災や上記の問題が起きて、責任は誰がとるのでしょう?『認めた』特定行政庁=大阪市になるんでしょうけど、だとしたら、補償は大阪市民が行うことになりますね。 結局、行政裁量=この場合大阪市のさじ加減っていうことですからねえ。 そもそも、『既存建築物の存在を前提とした』っていうのが過去の経緯・沿革の追認に他ならないわけです。いってみれば既得権=利権です。 ほんとうに『各建築物の位置及び構造が安全上、防火上、衛生上支障ない』のであれば、『既存建築物の存在を前提とし』なくても認めれば良いのです。 京都先斗町のような歴史的景観の価値が大きい地区については、景観保存が防災に優先するというのであれば、それはそれで、一つの見識ですから、災害時のリスク負担のデメリットを明示した上で、まず『景観保存地区の指定を受ける』等の縛りをかけないことには、法的に不備だと思うのですけど…。 もし何かあれば、提灯持った文化人芸能人をはじめ、『元の姿を残した形での復興』ということで署名された12万人といわれる方々、それを肯定的に報道したマスコミはどう責任を取るのでしょう。 こういう人達が責任を取った例を私は寡聞にして知りません。どうせ『認可したのは行政だから』って、ばっくれるに決まっています。 『どうして「法善寺横丁」だけ特別なんだ?』って声も聞こえてきます。 この地区が『各建築物の位置及び構造が安全上、防火上、衛生上支障ない』根拠について、詳細をご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示願えれば幸いです。 同種の問題を抱えている地区は全国的に多くて、そういう地区の再生の参考になりますからね。 |
眼とろん星人地球滞在記
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法善寺横町のお話なのに、仕事でお座敷小唄を良く歌うもので先斗町の方に目が行ってしまいました。「きょうとぽとちょうに降る雪も…」の「ぽんとちょう」ってこういう字だったんだと、感動しました(笑)しかしお不動さんの苔で苔玉作るといい作品が出来そうだなぁと、罰当たりなことを考えてしまいました(^^ヾ
2007/11/5(月) 午後 8:19 [ みゆりん ]
みゆりんさん、先斗町を『ぽんとちょう』なんて読めませんよね。いろいろ書きましたが、私は、個人的にはこういうごちゃごちゃっとした路地は好きなんです。お座敷小唄ってつい口ずさむようなメロディーですね。それにしても『不動明王』って言われないと分からないほど苔むしていて、取ってあげたほうが親切かも…。
2007/11/5(月) 午後 9:35
変な言い方だけど、法善寺横丁だからだろうねぇ・・・映画や織田さんで有名になったからそれでそのまま残したいっていう希望が通っちゃったんだろうね。なんだか、大阪らしいかも・・・東京だと、他所から来てる人が多くてその場所に愛着が染み込んでる人間って少ないけど、大阪だと昔から住み続けてる人達の思いが染み付いてて、まだ行政側にも土地の人間が多いからだったのかもね・・・だから、お店もお客も自己責任になるのかなぁ?でも、そんなこと知らないよね、お客さんは・・だけど雰囲気いいから、ついつい入っちゃうよね〜
2007/11/5(月) 午後 10:59
むにゅさん、私は特に東京、大阪、京都には街づくりに関して日本の指導的役割を担う責任があると思うんです。法善寺横丁でも、こういう雰囲気は好きで残せばいいと思うんですけど、『大岡裁き』って裏返せば、恐怖政治に繋がるわけで、理論的にきちっと詰めずに、雰囲気でわーっとっいう感じが、大阪市の体質が全く変わってないじゃないか!って思うんです。きちっとした行政実例というか、モデルを示さないと。違法建築が横行する大阪の土地柄からいえば、絶対に『法善寺横丁は良くてどうしてここはだめなんだ?』ってごてる人が増えるに決まってるんですよ。
2007/11/5(月) 午後 11:43
それにしても、いつまで織田作の遺産で食ってくつもりなんでしょうかね?それから、マスコミに関して言うなら、ハンナングループの事件でも、さんざん言葉狩りで、その手の問題を論じられないような空気を作っておいて、問題がおおごとになったら、『監督責任』って行政だけの責任にするのはおかしいと思うんです。あと、公共施設の不法占拠を立ち退かすのは当然なのに、立ち退かす行政が悪いような報道をしておいて、なおかつ『今まで放置した行政が悪い』って、そんな一等地の路上に店が出せるなら、誰だって出したいに決まってますよね。連中はこういうのを権力に物申す反体制と思っているのだから、始末に終えません。
2007/11/5(月) 午後 11:43
医療のインフォームドコンセントと同様、『自己責任』っていうなら『デメリット表示』をする義務はあると思います。
2007/11/5(月) 午後 11:43
スジャータさんの法善寺横町の記事を読んでいてふと思ったことですが、もし横丁の道路の幅が広くなったりして整備されたら、法善寺横町の雰囲気が変わってしまうのではないかな・・・道幅ってけっこうその辺の雰囲気を変えてしまいますから・・・
2007/11/6(火) 午後 3:07 [ afuro_tomato ]
afuro_tomatoさん、おっしゃるとおり、雰囲気が変わるからこそ法善寺横丁の狭い路地の感じを残そうってことになったのだと思います。私もこういう雰囲気は好きなのですが、ただ見た感じ、防災上の観点から、『?』をつけざるを得ませんでした。私の心配が杞憂に終わればそれに越したことがないのですけれど…。
2007/11/6(火) 午後 9:03
大阪に住んでたころは、ちっとも気にしなかったのですが、この記事を読んでいてや〜と気がついた次第です。。確かに、ここはあまりにも狭くて地震、火災時の被害がすごそうですよね〜。要するに特区として指定されている訳でもないのですね〜?
それにしても、お不動さん。。こんなに苔に覆われちゃったんですね〜。まりっぺが住んでた20年近く前は、まだお顔の半分くらいは拝めたような記憶がありますが、、時の流れを感じますね〜お不動さんに再会を果たしてくださったスジャータさんにポチしてかえります〜〜〜☆
2007/11/9(金) 午後 4:24 [ カッパのまりっぺ ]
まりっぺさん、お不動さん、まだお顔が拝めた頃があったのですね。苔は成長に時間がかかりますからね。それで、すぐ近くの千日デパートビルの火災のことを次に書いたので少し調べたのですが、法善寺横丁のお店自体が、法善寺の境内にあって、じゃあ戦災で消失した本堂はどうなっちゃったんだろうと、謎はつきません。古い町並みっていっても、戦後のドサクサに形成された町並みがそのまま残っただけに過ぎず、戦前の織田作の『夫婦善哉(S15.4海風)』の風景とも違うわけですから、復興してなにがお目出度いのか分かりません。戦前生まれの藤本義一さんはこのへんのご事情はご存知のはずなんですけどねえ…。ポチありがとうございます。
2007/11/9(金) 午後 10:57
こちらからもTBします!いいね!
2012/7/10(火) 午後 1:41