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【ファイルH17】2008.09.23 かわいそうなゾウの話の真実
戦時猛獣処分の話をごぞんじですか?
上野動物園のゾウ、オスのジョン、メスのワンジー、トンキーの3頭のゾウの話が有名です。
『かわいそうなゾウの話』は絵本や映画など、さまざまな媒体で紹介されました。私は漫画で読んだことがあります。
お話はこうです。
昭和18年(1943)8月16日のことです。当時の上野動物園の園長は、応召し、福田三郎さんが、園長代理を務められていました。
福田園長代理は、古河忠道さんとともに、東京都庁に電話で呼び出されます。行ってみると、井上清公園課長から東京都長官からの命令を伝えられました。
内容はこうです。
「戦局が悪化したわけではないが、万一に備えて、一か月以内にゾウと猛獣類を射殺せよ」
さすがに射殺は付近の住民に不満を与えるからと、命令は毒殺に変更されます。
動物園の人たちは、なんとか動物の命を救えないか、名古屋と仙台の動物園に相談しました。
その間にも猛獣処分は連日続けられ、8月23日にはエチオピア皇帝から天皇陛下に贈られたライオンのオス・メスも毒殺されました。
8月23に仙台の動物園から技術者1名が来園し、ゾウのメス『トンキー』と、生後間もないヒョウの子を受け取ることになり、田端駅の貨物係と鉄道輸送の打ち合わせも済みました。
ところが、これを聞いた東京都長官(今の都知事にあたる。当時は公選ではなく、内務省の官僚が任命された)が激怒し、仙台への輸送中止を命じました。
何故でしょう?理解ができません。
9月1日のアメリカヤギュウのメス1頭の処分を最後に、猛獣処分はほぼ完了しました。
でも、ゾウの処分はまだ済んでいません。
オスのジョン、メスのワンジー、トンキーの3頭は敏感な嗅覚で毒殺用の餌を嗅ぎ分け、食べなかったのです。
それで、絶食による餓死の処置がとられることになりました。
性格が凶暴で、人に馴れなかったオスのジョンは餌と水を断たれて、17日目の8月29日に亡くなりました。
でも、人になつき、芸も覚えていたメスのワンジーとトンキーはなかなか死に至りません。それは、2頭が芸をすれば餌がもらえると思い、飼育員さんの前で覚えている限りの芸を一生懸命に披露したからです。
健気なゾウの姿を見て、さすがに担当の菅谷吉一郎さんと渋谷新吉さんは内緒で餌を与えないわけにはいきませんでした。
それがばれて、飼料倉庫が施錠され、倉庫に近づくことを禁じられた2人は、家庭の食卓からイモをとっていったこともあったそうです。
ゾウの殺処分が遅れ、戦時猛獣処分の事実が、公表前に世間に漏れることを嫌った東京都は、ほぼ処分の終わった9月2日に、この『時局に鑑みての非常処置』を報道機関に発表し、9月4日に動物慰霊碑の前で慰霊法要が行われました。
慰霊碑からほど近い象舎の周囲には鯨幕が張られ、中にはまだ生きている2頭のゾウが隠されていたのです。
この7日後の9月11日、絶食18日後にワンジーが亡くなり、トンキーは9月23日、絶食30日後に天に召されました。
この戦時猛獣処分の対象になったのは、ライオン、トラ、ヒョウ、クロヒョウ、チーター、ホッキョクグマ、ホクマンヒグマ、チョウセンクロクマ、ツキノワグマ、マレーグマ、ニシキヘビ、ガラガラヘビ、アメリカヤギュウ、そしてゾウの全27頭です。
この話は、戦争の悲惨さを伝えるものとして、語り継がれています。
それはそうなのですが、その際に、ほとんどの場合、この戦時猛獣処分は、『軍の命令』で行われたという話になっています。
ところが、どの資料を探しても、『軍の命令』などみつからないのだそうです。
当時、東京はまだ、空襲に対して切迫した状況にはありませんでした。昭和17年(1942)4月の、ドゥリットル少佐の率いるB−25爆撃機による冒険的な爆撃以降、米軍による空襲はなく、敗戦色濃厚になったB−29による大空襲が始まったのは、この一年以上先の昭和19年(1944)秋のことです。
では、誰がこの命令を出したのでしょうか?
後年、古河忠道園長はこういう趣旨の発言をされていました。この方は、福田園長代理とともに、東京都庁赴いて、井上清公園課長から東京都長官からの命令を聞いた人ですね。
「都長官になる前に沼南市(シンガポール)市長をしていた大達茂雄(おおだちしげお)さんは、内地に帰って、勝ち戦と思い戦争の怖さも知らないでいる国民に自覚させるために、動物園の猛獣を処分することによって警告を発したのでしょう。ゾウなどを田舎に疎開させる意見もあったのですが、動物を処分することが目的であったため、大達さんは頑としてそれを許さなかったのです」
なんと、この処分は空襲で猛獣が逃げ、近隣住民が危険に晒されるのを避けるためやむをえなくなされたのではなく、『戦争の怖さも知らないでいる国民に自覚させる』という精神論のためになされたのです。せめて動物の疎開を許せなかったのでしょうか?本当にとんでもない話です。当時の日本の政府や軍部は、兵士や国民の勇敢さに胡坐をかいて、人の命を粗末にする傾向にあったことは、否定できません。
この話も、実際に苦労され、悲しい思いをされたのは現場の方々です。私はこのことに大きな憤りを感じます。
その被害が動物たちにも及んでいたのです。それは命を慈しまれた天皇陛下の御意に適うものでは決してありません。それどころが、陛下のライオンも無益に殺生したのです。とんでもない愚行を犯したものです。
第一、上野動物園が空襲でやられるということは、首都の制空権を敵に掌握されているということで、その時点で戦争は負けです。軍としては、自らの面目が潰れるような命令は先延ばしにしたいに決まっています。
この話は、『もう一つの上野動物園史』小森 厚著 丸善ライブラリーを参考にさせていただき、私の感想を加えました。
日本の動物園のパイオニアである上野動物園の歴史が、関係者の方々のご苦労が活写されている名著です。
この話の章の最後に小森さんはこう締めくくられています。
※ ※ ※
上野動物園を所管していた東京市が、府と合併して都となったのは、昭和18年(1943)7月1日のことで、初代都長官に就任したのが内務官僚の大達茂雄さんであった。しかし、世間ではこの処分の命令は『軍』によるものとしたがるようだ。何もかも悪いことは『軍隊』のせいにして、己の口を拭い、戦後も羽をのばしてぬくぬくと生き延びようとした風潮のなせる業といえるであろう。
※ ※ ※
今日はトンキーさんの命日です。亡くなった動物の皆さんのご冥福をお祈りします。
写真は今の上野のゾウさん。
上野のゾウさんのシンクロナイズドスイミングの記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/archive/2007/10/24
『かわいそうなゾウの話の真実・続編』に続きます。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/55075328.html
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え・・・動物たちが殺された話しは動物園に近い場所で生まれ育ったからよく知ってたけど、実際の精神論のために殺されたなんて・・・思わず、泣いてしまった・・だけど、当時のアメリカだったら、動物園とか全部、把握してただろうから、狙わなかったような気もするんだよね。戦争で敵を殺しても、動物園とかはあえて狙わないようなとこがある国だしさ、まして、上野は博物館前の噴水のとこが砲台だったから・・・博物館関係とか、わざと狙わなかったような気もするんだよね。あとで、占領した時のために・・・どうも、そんな気がするんだよね。
ましてや、上野は徳川の色が濃いし・・・そのあたりをアメリカが知らないはずはないのに・・・アタシも祈るよ!ぽち!
2008/9/23(火) 午後 2:24
むにゅさん、私ももっと切迫した状況で処分されたって思っていたのですが、昭和18年ですからね。本当にやり切れない気持ちになりますね。動物たちも何も分からずになくなっていったのですから。ぽちありがとうございます。
2008/9/23(火) 午後 3:23
戦争はこわいね(T^T)人も動物も平和に暮らせたらいいのにな〜
2008/9/24(水) 午後 10:31
ミユキちゃん、戦争は怖いし嫌だね。弱い立場の動物とか人が被害にあうね。みんな動物好きだから、そういうことで協力できれば良いのにね。ミユキちゃんは外国のお友達が多いから、お互いのいいところを教えあって、仲良くやっているね。偉いね!
2008/9/24(水) 午後 11:40
この出来事は知っていましたが、そんな精神論のために殺されただなんて、憤りを感じます。
いつだったか、これのドラマも見たんです。
そう、一生懸命芸をして、餌をもらおうとしてました。
そしてその結果が餓死だなんて、一番むごい方法だと思います。
象さんが、賢くて毒の入った餌を食べなかったから
こうせざるをえなかったのでしょうが、
国民に自覚させるための精神論のための犠牲になっただなんて・・・。
ま、そんなことを平然と出来る軍の上層部だったから、
戦争が出来たのでしょうけど。
2008/9/25(木) 午後 11:20
りりぃさん、そうですね。ゾウたちにしてみれば、一生懸命芸をすれば、食べ物がもらえると思ったろうしね。現場の飼育員をはじめ、事情を知っている人たちは、ゾウと同じぐらい辛かったでしょうね。まだ生きている横で、お腹を空かせているゾウ達を他所に慰霊法要するんですからね。ただ、さらに許せないのが、この命令を下したのが、戦争をやっている軍じゃなくて、都の長官(今で言うと知事だけど公選じゃない)という役人だったことです。スタンドプレーでやったとしか思えません。
2008/9/26(金) 午前 0:06
真実はそういう事だったの?酷過ぎるね。
野生の象は、群れ単位でお葬式らしき儀式をする事が研究者によって報告されています。
とても賢く繊細な動物です。
エゴの塊の人間は猛省しなければならないと思います。
2008/9/27(土) 午後 8:28
うたかげさん、そうなんですよ。トンキーさんと、ヒョウの赤ちゃんの疎開の妨害なんて、信じられないでしょ?そうですよね。ゾウさんにこんなことできるなんてね。上野動物園の飼育員だった東武動物公園の初代園長故西山登志雄さんの本にも軍の命令だって書いてあったよ。エゴの塊の人ほど出世して権力持ったりするから、面倒なんですね。
2008/9/27(土) 午後 10:16
学校の宿題で、まとめていたんで助かりました!
いままでずっと危険だからという理由で殺されたと思っていたので
文章を読んで大達茂雄に怒りを感じました
あ、それと『ワンジ―』って『ワンリー』のことですか?
2012/7/30(月) 午後 5:07 [ 綾 ]
綾さん、宿題御苦労様です。
大達茂雄氏はシンガポールに着任されていたのですが、シンガポールはイギリスの手下でマレーシア人を抑圧搾取していた支那人が、自分の利権を守るために国際法違反の卑劣な抗日ゲリラをやっていました。現在シンガポールに抗日記念館を建てているのはこういう人達です。現地人にとっては、イギリス支那の植民地支配から解放した日本軍は救世主だったのです。
前任地がこのような酷い状態だったので、大山氏が法律をちゃんと守る日本人との違いに危機感を感じていたというのはありえるかなとは思います。「
ただ、その危機感はあながち間違いではなく、事実、アメリカは東京で非戦闘員(しかも殆どがお年寄り、女性、子供)を一夜で8万人以上焼き殺すという東京大虐殺という酷い戦争犯罪行為を行っています(東京大空襲ではなく、あくまで東京大虐殺です)
2012/8/2(木) 午前 1:30
それにしても、この「かわいそうなぞうの話」は、日本を武装解除したくてしょうがない、日教組、大学教員、社会党が日本軍隊は残虐非道な悪人集団だという宣伝のために大いに利用されました。
だから、殺したのは日本軍でなければならないのです。
それから、ワンジーの表記については、実際に上野動物園に奉職されていた小森氏が『ワンジー』と書かれていたので、そのまま利用しています。
それにしても、 綾さんは良く調べていらっしゃいますね。とても感心しました。
とても暑い日が続きますが、楽しい夏休みを過ごして下さいね。
2012/8/2(木) 午前 1:36