【ファイルMK15】2010.03.11 京都の清水寺は不思議なお寺(その3)清水の舞台だよ。その1から読まれる方はこちら。http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/50277173.html 拝観券を買ったらば、本堂=清水の舞台を拝観します。 その前に身を清めないといけません。 手を清め、口を漱ぎます。 それでもってこの手水鉢(ちょうずばち)の台座はフクロウさんなのです、 フクロウは西洋ではミネルヴァといって、知恵の神様ですね。 手水鉢で身を清めたら、轟橋(とどろきばし)を渡って本堂に向かいます。 轟橋は中央の板張りを舌、両端の石造部分を歯に見立てて、清水寺の「口」と言われます。 だから「歯痛の人は渡ってはいけない」という言い伝えがあります。 もともとは、水が流れていて、轟川が清水寺から三年坂・八坂の塔・建仁寺・鴨川まで続いていたそうです。 さて、拝観券をもぎってもらうと、回廊を通ります。 大錫杖は長さ2.6m重量96kg、小錫杖は長さ1.76m重量17kgになります。 これを持ち上げるとご利益があるとされています。 鉄下駄のアップです。 こんなの履いたら、足首を骨折するねえ。 大きな仏足石が置かれています。 これは、『悪七兵衛(あくしちびょうえ)』の異名を持つほど勇猛であった藤原 景清(ふじはら の かげきよ:平景清)または、弁慶の足跡だとも言われています。 いよいよ、本堂=清水の舞台です。 国宝に指定され、『清水の舞台』とも呼ばれ、とても有名です。 本堂の内々陣には、3基の厨子が置かれ、中央の厨子には本尊の千手観音立像、向かって右の厨子には毘沙門天立像、左の厨子には地蔵菩薩立像をそれぞれ安置されています。 三尊とも秘仏なので、当然写真はありません。本尊厨子の左右には千手観音の眷属である二十八部衆像を安置し、内々陣左右端には風神・雷神像が安置されています。 このお姉さんは煙を頭にかけています。 舞台から見下ろした景色です。 手前にあるのが坂上田村麻呂公に降参した阿弖利爲(アテルイ)さんと母礼(モレ)さんの供養碑です。 良い眺めだねえ。 向かいの山から南は、昔は風葬の場だったのですね。 清水の舞台は人がいっぱいです。 木組みが頑丈に支えています。 本堂は急斜面に建ち、舞台を支えるため、床下は139本の樹齢400年を越すケヤキの大木の長い束柱(つかばしら)が釘を使わずに組み上げられていて、この工法を『懸(か)け造り』と言います。 思い切って物事を決断することを『清水の舞台から飛び降りたつもりで』とい言います。 その由来は、江戸時代に観音様に願掛けをして飛び降りる人が続出したことにあるそうです。 約12メートルの高さの舞台から飛び降りて、生き残ったら、願いが叶うそうです。 そんな無茶な! 飛び降りた人の数は記録の残る148年間で234件にのぼり、生存率は85%だそうです。 亡くなっても、観音浄土に行けるはずだからねえ。 明治5(1872)年に明治政府から飛び降り禁止令が出され、その後は下火になったということです。 神道を国家の中心に据えた明治政府は廃仏毀釈を行い、こういう迷信は排除したかったんでしょうね。 といっても、こういう危ない願掛けは、はた迷惑だから禁止したほうが良いと思うねえ。 次に続きますね。 |
魔界の部屋
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え〜そんな飛び降りた人の記録があるんだ!記録があるってこと自体すごい!でも、ここはやっぱりすごい人だねぇ。。。凸
2010/3/16(火) 午後 9:04
むにゅさん、そうですね。江戸時代は心中物が流行っていたし、願掛けはブームだったのでしょうね。
それから、この日の京都は他は空いていたのですが、清水寺だけは例外でした。
公儀(幕府)は朝廷、公家や京都の有力寺社にはとても厳しい監視をしていました。だから域内で起きた事件の記録はかなり厳密な記録を取っていたのだと思います。
例えば、歴史の教科書では、江戸時代は一揆や飢饉ばかりだったというような叙述になっていますが、それは対応を誤れば、幕府から改易処分を受けるので、大名は詳細な記録に止めたからです。
それを左翼の教員が階級闘争史観に利用しているのですね。
ポチありがとうございます。
2010/3/16(火) 午後 10:27
龍の口から出る水で手を清めたら、何かすごい良い事が起きそうですね。
ミネルヴァってふくろうって意味だったんですね。
ハリポタに出てくる先生と同じ名前で、なるほどって思いました。
あの鉄の下駄を履くのはいいけど、持ち上げようとしただけで
足の筋がおかしくなりそうですね(^^;)
しかし、清水の舞台から飛び降りた人がたくさんいるってことより
飛び降りての生存率が意外と高いのがびっくりしました。ポチ☆
2010/3/19(金) 午前 7:23 [ みゆりん ]
清水寺に入って行く順番、覚えています。懐かしいです。ことに、一番初めの竜神さん、他ではこんな素晴らしい竜神さんにはなかなかお目にかかれませんですね。
あの大錫杖も訪れるたびに持ち上げようとしました。
また、あの大錫杖のすぐ後ろに大きな大黒様の御像が安置されていましたね。大黒様は私の守護神のお一方ですから、いつも手を合わせてきました。
清水の舞台から飛び降りる件、実は私も一度無性に飛び降りたくなったことがありましたよ。願掛け、と言うようなものではなく、とにかく「ここから飛び降りたい」と思ったのでした。
清水寺は、なんとも不思議な感じのする寺院だというのは、本当ですね。詳しい歴史を全く知らない私でも、当時、そう思いました。
2010/3/19(金) 午後 4:20 [ afuro_tomato ]
みゆりんさん、ここの水はひょっとして音羽の滝と同じ水脈の水かもしれませんね。
それから、厳密にいえば、ギリシア・ローマ神話の知恵の女神ミネルヴァの使いがミネルヴァのフクロウなのだそうです。
ハリポタは欧州の伝承を盛り込んでいるから人気があるのでしょうね。
下駄は履いたら大けがをしそうです。
舞台は生還するつもりで飛び降りるのでしょうが、これだけ生き残るというのは、凄いと思います。
ポチありがとうございます。
2010/3/19(金) 午後 7:00
トマトさん、ここの龍神さんは音羽の滝を守っているのでしょうね。
大黒様、私も拝みましたよ。
なんともいえないお顔立ちの大黒様ですね。
私は高いのが苦手なので、手すりのところから写真を撮るときはどきどきしました。
確かに下を見ると、吸い込まれそうですね。観音様が手招きしているのかな?
これだけ観光客が多くて賑やかなのに、不思議な気配を感じられるというのは、霊場としてのパワーが余程強いのでしょうね。
2010/3/19(金) 午後 7:18
とても個性的で面白かったです! 今、学校で京都の勉強をしているので参考にしたいとおもいます! ありがとうございます^^
2010/12/20(月) 午後 7:01 [ ウサギ ]
ウサギさん、ありがとうございます。
楽しんで読んでいただいたら、記事をアップした甲斐があります。
京都は勉強すればする歩と、奥が深い街ですね。
日本人にとっては、身近な存在なので、却ってそのありがたみが分からないのかも知れませんが、外国の観光客の方々が喜んでいる表情をみたら、歴史のある良い国なんだなってあらためて実感しますよ。
2010/12/20(月) 午後 8:18