アトモス部屋

ばたばたしていて、レス、訪問遅れてすみません。

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【ファイルT155】2011.06.07 横浜港の散策だよ(その9)

横浜の大桟橋(おおさんばし)だよ。

 その1からご覧になられる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51882527.html

 ようやく横浜港に出てきました。

 港の雰囲気を醸し出しているのは象の鼻(ぞうのはな)地区の『WORLD TIME』というお店です。

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 お洒落な衣料品を売っているショップなのだそうです。

 アデリーペンギンさんの看板が可愛いねえ。

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 横浜港と言えば、大桟橋(おおさんばし):別名『くじらのせなか』です。

 大きな船が止まっていました。商船三井の客船『にっぽん丸』です。

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 こんなお船で世界一周クルーズとかやったら豪気だねえ。

 横浜港はここから始まりました。象の鼻地区の波止場は、時代とともにさまざまな愛称で親しまれてきました。

 
 安政6(1864)年に、最初の2本の波止場が完成します。

 開港当初の象の鼻地区の波止場『再改横浜風景』(部分)五雲亭貞秀:横浜開港資料館蔵

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 手前が東波止場、奥が西波止場です。

 東側の突堤は『東波止場』と呼ばれ、主に外国からの輸出入貨物の積卸しに使用されました。西側の突堤は『西波止場』と呼ばれ、国内貨物の積卸しに使用されました。

 開港当初の象の鼻地区と、現在の海岸線比較。

イメージ 5



 元治元(1864)年、貿易量の増大に伴い、現在の山下公園中央付近に新たに『東波止場』が作られると、象の鼻地区の2つの突堤を総称して『西波止場:』と呼ぶようになりました。

 フランス人建築家クリペによる『横浜絵図面』には、慶応元(1865)年当時の西波止場の姿が描かれています。

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 当時の水際線は、現在の横浜開港資料館前の海岸通りの位置にあり、2本の突堤はそこから海に突き出ていたと考えられます。

 東波止場はフランス人居住区の前面にあったので、『フランス波止場』とも呼ばれました。明治2(1869)年、象の鼻地区の前面にイギリス領事館(現在の横浜開港資料館の所在地)が建てられると、西波止場は『イギリス波止場』とも呼ばれました。西波止場の西側の突堤は、国内貨物専用だったので『日本波止場』、税関の建物に近いので『税関波止場』とも呼ばれました。

 現在の横浜港の航空写真

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 随分と埋め立てが進んでいます。

 『フランス波止場』は埋め立てで山下公園に吸収され、『イギリス波止場』の西(左側)に巨大な大桟橋が延び、付け根に象の鼻が見えます。『港崎遊郭(みよざきゆうかく)』が現横浜スタジアム・横浜公園になっています。


 慶応2(1866)年の豚小屋火事の後、波止場は再建されました。最初の東波止場と西波止場の間は埋め立てられ、海岸線は前進し、そこに新しい運上所が建設されました。

 東波止場は沖に延び、直角に曲がって『象の鼻波止場』になりました。

 『象の鼻』が出来た頃の絵です。

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 『横浜弌覧之真景(よこはまいちらんのしんけい)』の部分 五雲亭貞秀:横浜開港資料館蔵

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 中央に象の鼻が見えます。各国領事館や日本の官庁の旗も描かれていますね。

 横浜港の波止場の変遷です。

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 明治27(1894)年頃、象の曲がった部分に桟橋が作られ、『鉄桟橋』とも呼ばれました。象の鼻は、波止場としては使用されなくなり、『象の鼻防波堤』ともいわれるようになりました。

 大震災後、象の鼻防波堤は、旧来よりもやや直線的で短い形に復旧されて、象の鼻の形は殆どとどめなくなりました。

 平成21(2009)年、横浜開港150周年事業の一環で『象の鼻パーク』として、かつての象の鼻の形が復元されました。

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 手前の丸いでっぱりが『象の鼻パーク』で、背後のビルが『大さん橋ふ頭(おおさんばしふとう)ビル』です。

 ということで、ランドマークタワーから見た今の横浜港の写真です(再掲)

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 字が読みにくいのですが、上から、氷川丸、山下公園、大さん橋ふ頭ビル、大桟橋、象の鼻パーク、赤レンガ倉庫です。


 左側の客船『にっぽん丸』が停泊しているのが現在の大桟橋です。通称『くじらのせなか』と呼ばれています。

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 象の鼻パークでは、西波止場の西側の突堤の位置を、広場内の舗装パターンを変えることで表現しています。

 別の日に撮った正面から見た大桟橋。本当に『くじらのせなか』だねえ。

イメージ 14



 白い船が停泊しています。

 写真を撮ったときは気がつかなかったのですが、あとで別の写真をよく見ると船体に
おもいっきり『PEACE BOAT(ピースボート)』って書いてあったよ。うへえ!

 ピースボートって、辻元清美さんのこういう団体だよね。

 ※  ※  ※
 
 「反対…でも守って」 海自がピースボートを護衛 ソマリア沖 :2009/05/14(木) MSN産経ニュース

 海賊対策のためアフリカ・ソマリア沖に展開中の海上自衛隊の護衛艦が、民間国際交流団体「ピースボート」の船旅の旅客船を護衛したことが13日、分かった。ピースボートは海賊対策での海自派遣に反対しており、主張とのギャップは議論を呼びそうだ。

 海自の護衛艦2隻は11日から13日にかけ、ソマリア沖・アデン湾を航行する日本関係船舶7隻を護衛。うち1隻がピースボートの船旅の旅客船だった。ピースボートは社民党の辻元清美衆院議員が早稲田大在学中の昭和58年に設立。船旅は寄港地のNGO(非政府組織)や学生らと交流を図ることなどを目的としている。・・・・・

  ※  ※  ※

 日本人として、本当に恥ずかしいねえ。

 ということで、最後にオチがついたところで、次に続きますね。

 次回はこちら。
【参考資料】
横浜今昔散歩 原島広至 (株)中経出版 
横浜開港資料館 総合案内 たまくす 横浜開港資料館 






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あデリーペンギンの看板、とっても可愛いですね。
これと同じストラップか何かのミニチュアがあったら買うだろうな(*^^*)
象の鼻のように曲がってるから象の鼻なんですね?
横浜の港では外国から珍しい動物も入ってくるでしょうから
象も印象に強く残ったのでしょうね。ポチ☆

2011/6/9(木) 午前 8:26 [ みゆりん ] 返信する

本当に象の鼻みたいな形だったんだねぇ・・・うわ〜〜ピースボート・・・とてつもなく、黒い団体だものね・・いつも、思うんだけど、こういう風に昔の資料とかをちゃんと見せてくれた上での説明あからものすごくわかりやすい!!普通のブログだったら、Wikiで検索した結果を書いて終わるのに・・・さすが!凸

2011/6/9(木) 午後 1:38 むにゅ 返信する

みゆりんさん、ペンギンさん、お洒落で可愛いでしょう。
そうですよね。ストラップやキーホルダー、ペットボトルの蓋なんかにすると人気が出そうですね。
そうなんですよ。ゾウさんの鼻のように長くてくねって曲がっていたので象の鼻だったそうです。
外国からの玄関はここ横浜港や神戸港でしたから、ゾウさんも沢山ここから動物園に運ばれたんでしょうね。
その分、税関の検疫も忙しいのでしょうが。
ポチありがとうございます。

2011/6/11(土) 午後 6:29 眼とろん星人 返信する

むにゅさん、昔のように、象の鼻みたいに再整備されて良かったと思いますよ。
ピースボートはボランティアに興味があるような真面目な若者を自分の思想に抱き込むための団体ですね。
辻元清美さんは災害ボランティア活動担当の内閣総理大臣補佐官に就任しましたが、一体なにをやっていることやら・・・。
Wikiも便利だから良く参考にするのですが、編集合戦で却って分からない記述になっていたりしますからね。
記事を参考にしていただいたら、書いた甲斐があるので嬉しいな!
ポチありがとうございます。

2011/6/11(土) 午後 6:36 眼とろん星人 返信する

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