【ファイルET38】2011.08.07 靖国神社にお詣りしたよ(その12)特攻隊の方々に黙祷。靖国の記事を、最初からご覧になられる方はこちら。http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52046335.html 前回は、第一神風特別攻撃隊大和隊 海軍大尉 植村眞久命(うえむらまさひさのみこと:享年25歳)の遺書を御紹介しました。 私は毎年8月15日が憂鬱なのです。 各メディアが戦争の特集をしますが、どれも酷い代物です。 戦後66年が経とうとしているのに、相変わらず、アメリカから押しつけられた東京裁判史観、目先の利益の前に歴史をねじ曲げる政財界・それに便乗したメディア、日教組、労働組合、プロ市民、外国勢力等等によってでっち上げられた自虐史観のオンパレード。 メディアは訳知り顔に『日本がアメリカと戦争したと言うことすら知らない若者』の無知を嘆きますが、私は知ったかぶりしてなんでもかんでも日本が悪い、日本は侵略戦争をしたなどと言うくらいなら、『日本がアメリカと戦争したと言うことすら知らない若者』のほうがずっと未来があると思うのです。 自虐的な歴史を囓って世界に対して米搗(こめつ)きバッタみたいにぺこぺこ謝り倒すのが、物わかりの良い良心的なインテリなんだという気持ち悪い雰囲気がいまだにぬぐい去れていないのが私には理解できません。 知らないのなら、せめてこう言って欲しい。 「そんな昔のことは知らない。私には関係ない!」 そうなんです。戦後処理については、昔の日本人(すなわち私たちの先輩方)は後顧に憂いを残さないように、各国と講和条約を結び大部分決着済みなのです。北方領土などの一部の問題を除いては・・・。 例えば、アメリカはベトナム戦争で敗戦したわけですが、ことあるごとにベトナム人にぺこぺこ謝っていますか? その尻馬に乗って侵略戦争に参加した韓国はベトナム人に対して残虐非道の限りを尽くしましたが、韓国はベトナムにぺこぺこ謝っていますか? 中華人民共和国はチベット、東トルキスタン、満州、モンゴル等の少数民族の虐殺・侵略を継続中で、女性を漢民族と結婚させる等の民族浄化を実行中です。東トルキスタンでは度重なる核実験で大量の被曝者を生みだし、おびただしい死者を発生させています。 また、事実を秘匿しているだけで、実際のところは原発事故が多発しているという人もいます。 さらに、カンボジアで大虐殺を行ったボル・ポトを育成し、ベトナムに侵略戦争をしかけ、ダルフール問題で大弾圧を行っているスーダン政府に協力をしましたが、謝るという問題以前に、リアルタイムで実行中のこれらの蛮行をやめるべきです。 そもそも日本は『大東亜戦争』を戦ったというのに、戦争の名前すらアメリカから押しつけられた『太平洋戦争』をいう呼称を唯々諾々と使用し続けています。 先の大戦を『大東亜戦争』と呼ぶのは、昭和16年12月10日、この呼称が正式に閣議決定されたことによります。 12日、これを受けて内閣情報局(今の内閣官房に当たる)は、「今次の対米英戦は、支那事変をも含め大東亜戦争と呼称す。大東亜戦争と呼称するは、大東亜新秩序建設を目的とする戦争なることを意味するものにして戦争地域を主として大東亜のみに限定する意味にあらず」と発表しています。 我が国の掲げる戦争目的を明確に示す言葉が、大東亜戦争なのです。 では、アメリカ人はあの戦争を何と呼んでいるのか? ただ、World War II(第二次世界大戦)としか呼んでいません。 日本との戦いを強いていうならPacific Ocean theatre of World War II(第二次世界大戦太平洋戦線)です。アメリカはヨーロッパ戦線も戦ったのですから。 けれど、日本側から言わせると、Pacific Ocean theatre of World War IIだと、大陸での戦闘が除外されてしまいます。 ですから、日本人にとって、あの戦争は、『大東亜戦争』としか言いようが無いのです。 英文のwikipediaにもこういう叙述があります。 Japan used the name Greater East Asia War (大東亜戦争) でも、GHQのマッカーサーは『日本は大東亜の欧米植民地からの解放、独立、平和のために戦った』ということになると、アメリカ側が悪者になるので(事実、客観的に観るとアメリカは悪者です)それを隠蔽するために日本人には『太平洋戦争』という呼称を押しつけたのですね。 GHQは日本のメディアを全て統制・検閲し、『大東亜戦争』は全て『太平洋戦争』に書き換えさせたのです。 それで、靖国神社遊就館の展示の続きです。 陸軍特別攻撃隊富嶽(ふがく)隊のみなさん。 陸軍航空特攻のさきがけは万朶隊(ばんだたい)とともに編成された富嶽隊です。 西尾常三郎少佐(当時)を隊長とする富嶽隊は浜松教導飛行師団の教官級を主として構成され、尋常一様の手段では艦隊決戦に即応出来ないと予想された比島ルソン島に昭和19年10月18日進出、陸軍四式重爆撃機『飛龍』に800キロ爆弾を二個積み、戦艦と航空母艦を標的に特別攻撃を敢行しました。 西尾隊長は11月13日特別攻撃を指揮、比島東方海域で部下ともに壮烈な戦死をとげ、異例の功二級金鶏勲章を賜りました。 富嶽隊長 西尾常三郎大佐功二級金鶏勲章 艦上爆撃機『彗星(すいせい)』 昭和十八年十二月に制定化された日本海軍最後の制式艦上爆撃機で、終戦までに2157機が生産されました。 戦局の進展から艦上機として用いられていたのが、陸上攻撃機として多用されるようになり、終戦間際には特攻機として用いられました。 展示されている『彗星』は昭和四十七年、中部太平洋カロリン諸島ヤップ島の旧滑走路脇のジャングルで遠藤信彦氏によって発見され、日本テレビ放送網(株)の協力で日本への里帰りが実現しました。 『彗星』ゆかりの陸上自衛隊機去らず基地で飛行研究家の田中祥一氏をリーダーとして復元され、昭和五十六年四月五日に靖国神社に奉納されました。 ロケット特攻機『桜花(おうか)11型』 「桜花」は海軍が開発したロケット特別攻撃機で、大東亜戦争末期の昭和19年8月に試作を開始。翌9月に一号機が完成。 同20年3月の九州方面に来襲した敵機機動部隊への第一回神雷桜花攻撃以来、沖縄防衛戦から終戦に至るまで数多くの攻撃を敢行しました。 桜花の機体頭部には1.2トンの爆薬を装填。乗員1名 ロケットエンジンの航続距離は短いので、一式陸上攻撃機の胴体に吊り下げて運ばれ、敵目標上空で母機より切り離されて滑空、最後は尾部のロケットを噴射して最大速度時速876キロの高速で目標に体当たりしました。 要は今でいう巡航ミサイルの目標ロックオンを人間がやっていたわけですね。つまり、特攻専用の機体です。 神雷(じんらい)部隊の編成は桜花を自ら操縦し体当たりを敢行する桜花隊と敵艦上空までこれを運ぶ母機陸攻隊、それを援護する戦闘機隊の三隊に分かれて編成されます。 上空で護衛する零戦と母機の一式陸攻の胴体に吊り下げられた桜花11型の模型展示。 敵艦上空まで、吊り下げられたまま待機する時間は、さぞかし長かったでしょうね。 神雷部隊は、米軍の沖縄襲来を期して九州各基地に展開し、昭和20年3月21日一式陸攻18機で初陣。全機帰還することはありませんでした。 人間魚雷『回天一型』」です。 大東亜戦争末期の昭和19年8月、海軍が制式兵器とした『人間魚雷』です。 回天は当時、海軍が無航跡の酸素魚雷として世界に誇った九三式魚雷エンジンを載せ、頭部に1.550キロの爆薬を装着した一人乗りの水中特攻兵器です。 こんな狭い中、水中を敵艦に向け突進していく時の搭乗員の気持ちを思うと胸が締め付けられます。 昭和19年、特殊潜行艇の講習員だった黒木博司中尉と仁科関夫少尉が血書で建白した『急務所見』から実行に移されました。 12基の回天で編成された『菊水隊』は、三隻の伊号潜水艦に搭載され、昭和19年11月8日、山口県徳山湾の大津島からウルシー環礁へ向けて出撃しました。 祖国に別れを告げる搭乗員。 『菊水隊』の『菊水』とは、『七生報国(しちしょうほうこく).』を誓って戦死した楠木正成の旗印でしたね。 楠木正成公の記事はこちら。 http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51551744.html 当初は敵艦隊の停泊地攻撃でしたが、次第に洋上航行中の艦艇攻撃も行うようになりました。 後に山口県光などにも基地が設けられ、戦局の推移とともに国土防衛のため、敵予想上陸地点沖縄、八丈島などにも基地回天隊が配備されることになりました。回天は244基が投入され、106名が戦死・殉職し、回天作戦に参加未帰還となった潜水艦は八隻、その乗員は800名を超えています。 これらは、靖国神社遊就館の展示のほんの一部です。展示を丹念に観ていくととてもじゃありませんが、一日では足りません。 日本、そして世界各地で独立した旧植民地の今はこういう先人の尊い犠牲の上になりたっているのです。 戦死された日本兵は約230万人。亡くなった(虐殺された)非戦闘員は約80万人です。 このような日本史上最大の人的損失を考えただけでも、私には一方的に自国を断罪できる神経が理解できません。 英霊の方々は靖国で日本を守護されていますが、これ以上酷い侮辱を続けると、いつ怨霊に転じるか分かりません。 そうなったとして、私たちには文句を言う資格があるのでしょうか。 次に続きますね。 |
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うん・・・もう今の時点で中途半端なことやると、言い方は悪いけどキリがなくなって将来がお互い、見えなくなる・・・だから、過去の歴史は良いも悪いもすべて情報として教えて、あとはそれぞれの判断にまかせるしかないのだけれど、現在のやり方ではわが国の立場とか歪められた情報しか与えられてない・・・特に今のコたちはTVしか見ない、あとはネットだけっていうコも多いし・・・TVもネットも情報操作やプロパガンダが行われてるのがわかってない。だからこそ、自分で足を運んで自分の目で見て、いろんなことを思って欲しいよね・・・今の便利な暮らしも、戦後のあのすざまじい時代を経て作り上げてくださったものだしね・・・過去ばかり見ていても何も始まらないけれど、過去も現在も見ないと、将来は余計見えないものね・・・凸
2011/8/8(月) 午後 0:29
むにゅさん、ついこの間も、「日本はやらなくても良い戦争をやったけれど、情報開示されていないから戦争をした。情報がオープンなら国民は全員戦争に反対していた」というおじいさんがテレビに出ていました。歴史がそんなに簡単なものなら、戦争は簡単に起きないと思うのです。大東亜戦争は1941年に開戦しましたが、その当時成人だった人は、1921年生まれの90歳以上です。今戦争の証言者だという人は、このおじいさんも含め、多くは戦時中まだ子供だった人達です。
つまり、GHQの洗脳で、成長期に日本は悪いって一方的に知識をすり込まれてきた人達なんですね。
世の中には、メディア・教育界に日本を悪者に仕立て上げることで生計を立てている人が沢山います。そういう人達は、失業したくないので、戦争当時成人だった人達が亡くなってく今というタイミングに歴史を改竄しているのですね。
ですから、微力であっても、おかしいものはおかしいと発言しないと、将来、とんでもないことになると思うのですよ。
ポチありがとうございます。
2011/8/10(水) 午後 8:36