|
以前テレビを見ていたら、陶芸家の人(有名な人なんでしょうが、陶芸には不案内なので名前は覚えていません。すみません)が、東洋陶磁美術館を紹介していて、大阪に来たらば、必ず立ち寄ると言っていました。 ここの収蔵品は、国宝2点を含む名品揃いで、陶芸に特に興味がなかった私が観てもみごたえ充分なのでした。 大阪を訪問される際にはここを覗いてみることをお勧めします。隠れた名所です。 ここはもともと大阪一の格式を誇った大阪ホテルがあった場所です。その跡地にこの美術館は建てられました。 東洋陶磁美術館の所蔵品は『旧安宅(あたか)コレクション』が中心です。 昔、『安宅産業(あたかさんぎょう)』という日本の10大商社に数えられる大商社がありました。 安宅産業は、もともとは、官営八幡製鐵所(やはたせいてつしょ)の指定商として発展し、堅実経営で知られていたのですが、オイルショック時に不慣れな石油ビジネスに参入する一方、多角化を目指すために、1970年代に既に不況に入っていた繊維部門の取引を拡大し、かえって債権の焦げ付きを増やすなどにより、経営が徐々に悪化していきました。 そんな中、安宅産業では創業者安宅弥吉の長男・安宅英一元会長が、『安宅ファミリー』の勢力をバックに人事権を掌握し、事実上最高権力者として君臨していました。 安宅一族は公私混同が激しく、とりわけ安宅英一氏は、安宅産業内に美術品部を設け、『安宅コレクション』と呼ばれる支那・朝鮮(高麗)陶磁器の膨大なコレクション蒐集しました。 また、英一氏の息子・昭弥氏(専務)も子会社の「安宅興産」を通し、40数台にも上るクラシックカーを購入したりしていました。 それで、安宅産業は1975年に発覚したカナダにおける石油精製プロジェクトの失敗に端を発し、とうとう経営破綻をしてしまったのです。 最終的には、1977年に伊藤忠商事に吸収合併されることで解決をみたのですが、『安宅コレクション』の所有権はメインバンクだった住友銀行(現三井住友銀行)が引き継ぎました。 ところが『安宅コレクション』はただ持っていても管理の場所、手間と費用がかかるだけで、売り飛ばさない限り、なんの値打ちもありません。 しかしながら、これだけ貴重で体系的なコレクション売却して散逸すると、日本文化にとって、大きな損失だという声が多く寄せられました。 そこで、住友銀行を中心とした住友グループ各社の協力のもと、965件、約1000点が大阪市に一括寄付されることとなりました。 やれやれ・・・。 『安宅コレクション』は、いわば安宅一族の独裁による放漫経営の負の遺産なのですが、これだけの値打ちのある美術品を購入したという意味では文化的な意義はとても大きかったのですね。 1982年に東洋陶磁美術館の開館後も、さらに複数のコレクターからの寄贈を受け、展示は充実していきました。 ということで、東洋陶磁美術館の収蔵品をご紹介していきましょう。 ここの展示品は、三脚やストロボを使わなければ、原則として撮影OKなのです。 ですから撮影は私がしました。暗くて写すのが難しかったよ。 高麗時代 12世紀前半(高:27.0cm 径:15.4cm) 12世紀における高麗青磁の器形は、中国北宋代の器形に祖型を持つものが多いが、なかには高麗独自の造形的変容を遂げたものもある。 この傾向は、特に梅瓶と水注の器形に多く見られ、高麗的造形の特質を示している。 この水注もその典型例の一つである。中国の瓢形は上胴と下胴がそれぞれ球状に近く、中央の結帯部で強く結ばれる形を取るのが一般的である。 それに反して高麗の瓢形水注は、上胴と下胴の区別が劃然とつけられないまま、自然に流れるように連結していることが多い。本作品は胴部を6面に区切り、それぞれ半陽刻による牡丹文と蓮花文を交互に配している。 釉色はむらのない艶やかな灰青色で、釉色、器形、彫技がよく調和し、高麗青磁の優美な味わいを示す佳品である。 器底は中央が凹んだ平底で、釉が一部流れこんでいる。蓋は共伴のものではないであろう。 ということで、蓋だけオリジナルじゃないのですが、そう言われて良く見ると、色つやが違いますよね。みなさんは分かりましたか? 高麗時代 12世紀前半(高:22.5cm) 香炉のほか、水注にも物象の形を写したものが多い。 筍形のほか、神亀、水鳥、官人などがあり、いずれも彫刻技法が最盛期を向かえる12世紀前半の作例とされている。 この水注は、筍(たけのこ)の苞(ほう:花あるいは花序の付け根に出る葉)が浮き彫り風にあらわされているが、それが四層になる例はほかになく、類品中もっとも華麗な作例である。 フリーハンドによる繊細な線彫りによって、竹の脈があらわされ、釉色もすこぶる良い。 全羅南道康津郡沙堂里窯系の作と見られる。 高麗時代 12世紀前半(高:20.4cm) 高麗青磁のうち、何ら装飾を伴わないものを素文(そもん)青磁と呼び、高麗陶磁の基調となった。 とりわけ11世紀後半から12世紀前半にかけては、この瓶のように釉色と器形の美しさをほこる完成度の高い素文青磁がつくられた。 玉壺春(ぎょっこしゅん)風の器形は宋磁を本歌とするが、重厚感のある胴のふくらみと深い釉色の持つゆったりとした印象は、高麗青磁特有のものである。 高台裏の硅石(けいせき)目も小さく、全羅南道康津郡沙堂里窯址で同種の陶片が発見されている。 これはとっても姿が良かったので、感心しました。 高麗時代 12世紀後半(高:14.3cm) 蓋を皿として、鉢と一組をなす器である。統一新羅の金属器に登場し、先行例は金属器そのもので、皿と鉢の高台が高く広い。 本品では高台が低く狭いものとなっており、陶磁器らしい形に変容を見せている。主文は、円圏内に菊花文を入れたものを四方に配し、その周囲を逆象嵌(ぎゃくぞうがん)による唐草文で埋めている。釉色が美しく、象嵌文がよく映える。 文公裕(ぶんこうゆう)墓出土の碗よりも図式化がすすんでおり、12世紀後半の作例と見られる。 高麗時代 12世紀前半(高:11.1cm) 最盛期の高麗青磁には、珠玉のような小品がときどきある。人や動物、果実などの姿を写した文房具や、化粧具と思われるものに多いがこれもそのひとつ、可憐な童女の姿をかたどった水滴である。 蓮の蕾の形をした髷(まげ)がすっぽりと取れ、そこから水を入れ、童女の抱える水瓶の口から水が出る。童女の瞳には鉄彩を点じ、衣服と瓶には細かい花文が、細く浅く毛彫りされている。ひそやかな表現に、高麗的美感が溢れる絶品である。 この像は写真では実物は高さが11.1cmとちっちゃくて可愛いのですが、写真に撮ると、大きく見えるねえ。 このように、高麗青磁は淡い翡翠色なのに、色に深みがあって、青磁釉薬(せいじゆうやく)がとろけるように澄んでいます。 高麗青磁(こうらいせいじ)というのは、朝鮮半島の高麗時代に製作が始まった青磁釉を施した磁器のことです。 支那・宋代の越窯(現在の浙江省)から技術を導入して焼き始められたもので作られ始めたのは、最も早い説で9世紀前半、最も遅い説で10世紀後半だといわれています。 12世紀前半には最盛期を迎え、翡翠色(ひすいいろ)に輝く翡色(ひしょく)青磁を完成させました。 北宋宣和5年(1123年)、高麗の都・開城を訪れた支那の、徐兢(じょきょう)が著わした『宣和奉使高麗図経(せんなほうしこうらいずきょう)』には、青磁が翡色と呼ばれ、色・艶ことのほか美しく、塗金や銀製の器皿(きべい)より貴ばれていたと伝えています。 また、12世紀中ごろには、高麗独自の技法といわれる象嵌(ぞうがん)青磁をつくりだしました。 これは、成形した器物の生乾きの表面に文様を彫りこみ、そこに白土・赭(あか)土を埋めこんで素焼したのち、青磁釉をかけて焼きあげたもので、青磁釉の下で織りなされる白黒象嵌文様は、鮮麗な味わいを持っています。 これら翡色青磁や象嵌青磁の優品は、全羅南道康津、全羅北道扶安などで主に生産されました。 その造形は宋の青磁が緊張感に溢れるものであるのに対し、優美さを基調としたものだといわれています。 品質上の全盛期は一般に12世紀と言われていて、13世紀以降の作品の評価は低いのだそうです。 その理由は諸説あって、モンゴルの侵入による社会の混乱、大量生産による品質低下でなどがあげられているそうです。 14世紀いっぱいで青磁の流行は止み、粉青沙器(ふんせいさき)に交替しました。 それにしても、こんな凄い技術がすたれてしまったというのは、残念ですね。 大陸や半島では、皇帝、王朝が変わるたびに、それ以前の文化が滅んでしまうのです。 韓国内では高麗青磁製品は高級品として『王侯貴族』の使用する物として庶民では手が届かず、一般家庭ではおろか一流料亭でもあまり使われていない高嶺の花でしたが、最近では高麗青磁食器の製造が復活し、人気が出ているようです。 そういえば、テレビの人気番組『開運!なんでも鑑定団』でも先日、高麗青磁の名品だって張り切って鑑定してもらった人が、最近作られたものだって言われてとほほだったねえ。 でも、素人の私が見ても、ネット通販の写真を見ただけで、本物は全然違うっていうのは分かります。 なお、この番組でも高麗青磁の作例として、ここ東洋陶磁美術館と、東京国立博物館のものが紹介されていました。 やはり、この美術館は権威があるんだねえ。 『鑑定団』の鑑定士、中島 誠之助さんは東京国立博物館で本物を見て、見る目を養って下さいっておっしゃっていましたが、本物を見ると骨董品には手を出せないねえ。 ということで、次に続きますね。 |
全体表示
[ リスト ]






陶芸や陶器の事が詳しいとかそんなことは全然無いけど
そういうのを見るのは好きです。
中学の時に作った作品を先生に褒められて
そういうのがあるからかな。でもその作品は展示中に割れてしまって
幻の作品になってしまいましたけど(*^▽^*)
たけのこのがなんとも形が美しいなぁ・・・。
何でたけのこを思いついたんだろうって考えてしまいます。ポチ☆
2011/10/28(金) 午前 0:30 [ みゆりん ]
みゆりんさん、陶芸は奥が深そうなので、敷居が高いのですが、気楽にもらえるならどれがほしいかな?といった乗りで見に行きます。
みゆりんさん、学校の先生に褒められて偉いですね。きっと陶芸を勉強された先生ですよね。
みゆりんさんは、絵も工芸も上手だから。割れたのが残念でしたね。
タケノコさん、形も奇抜だし、色も美しいし、私もびっくりしましたよ。12世紀のデザインのセンスが良いですよね。
ポチありがとうございます。
2011/10/29(土) 午前 0:38
あ〜〜この記事を読めば読むほど、行かなかったことが悔やまれる・・・勝手に白磁と青磁のシンプルなもんしかないって決め付けてた・・・・(涙)でも、教えてもらってよかったわ・・・今まで損してたわ。凸
2011/11/8(火) 午後 1:09
むにゅさん、天下の『安宅コレクション』ですからね。
ここの作品を見ると、安宅さんの鑑識眼は凄かったんだなと改めて思います。
やはりこういうコレクションは目利きの個人によるしかないのですね。
バブル期の日本が何を残したかを考えるとつくづく思いますよ。
ポチありがとうございます。
2011/11/11(金) 午後 10:40