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それで、まだご紹介していなかった動物に、シフゾウ(四不像)さんがいるので、今回ご紹介しますね。 若いオスのシフゾウさん。 まだまだ角が短いねえ。 メスのシフゾウさんもいますよ。 1865年(日本では慶応元年)、支那、当時の清の北京に来てから四年目になる若いフランス人宣教師のダビッド神父は、北京南方既往外にある南苑という離宮に、清朝門外不出の珍しい獣が飼われているという噂を耳にしました。 その年の秋、何とかその珍獣をみたいと思ったダビッド神父が南苑を囲む煉瓦塀の外を歩き回っていたとき、工事のために砂が塀の外に積み上げられているのを見つけました。 人影の無いのをこれ幸とばかりに砂山に登って中をのぞき込むと、100mほど先に見たことがない大きなシカの一群がこちらを見ているのが目に入りました。 ダビッド神父は、宣教の傍ら、支那の動物を調査し、パリの国立自然史博物館にその標本を送る仕事を引き受けていました。 この三〜四年後に、ジャイアントパンダをヨーロッパに紹介したのも、なにを隠そう、このダビッド神父です。 ダビッド神父は何とかして、この珍しいシカを手に入れようと清国政府に頼んだのですが、あっさりと拒否されます。 そこで南苑を警備している清の兵士を買収して、そのシカのオス1頭の毛皮と骨格を手に入れ、それをパリに送りました。 まあ、このへんが世界に冠たる賄賂国家の面目躍如たるところです。 それで、このシカは欧米では“ダビッド神父のシカ(英名:Pere David’s deer)”と呼ばれています。 日本ではシフゾウ(四不像)という名前で紹介されました。 四不像とは元来、支那の古い伝説上の動物で、四種類の獣に似ていながら、そのどれでもないという不思議な生き物の名前だったのです。 シカのシフゾウに擬せられている四種類の動物としては「ロバ、ウシ、ラクダ、シカ」であるとか「ウマ、ロバ、ウシ、シカ」であるとかの諸説があるそうです。 多摩動物公園の説明板では、 『角はシカ、頭はウマ、体はロバ、ひづめはウシ』となっています。 種としての分類では、シフゾウさんは、ウシ目ウシ亜目シカ科シカ亜科シフゾウ属シフゾウです。 支那では、このシカが麋鹿(ミールー)と呼ばれたにもかかわらず、日本では支那の想像上の動物とむすびついたシフゾウという名前で呼ばれるようになったのが面白いですね。 清朝は女真族(満州族)の国家ですから、漢文化の知識は当時の日本人の方が豊富だったのです。なにが中国四千年の歴史ですか? ところで、シフゾウシの野生状態についてはまったく記録がなく、おそらくは揚子江と黄河の間にある淮河(わいが)流域の湿地帯に住んでいたものと考えられ、野生が絶滅したのは、1000年前とも2000年前とも言われています。 つまり、野生のシフゾウさんはとうの昔に絶滅し、皇帝によって北京の南苑に飼われていたシフゾウさん達だけが、細々と生き延びていたのですね。 いずれにせよ、この『ダビット神父のシカ』が紹介されるとヨーロッパの諸国は競ってこれを手に入れようとしました。 最初に入手に成功したのは、安政6(1859)年から五年間、日本で公使を務め、この頃は北京駐在のイギリス公使だったオールコック卿で、1870(明治3)年、五頭のシフゾウをロンドンの動物園に送りとどけました。 上野動物園が開園した明治15(1882)年に特命全権大使として北京に着任した榎本武揚(えのもとたけあき)は、シフゾウを英国に出したのであれば、我が国にもと交渉したのですが、清国政府はこれを聞き入れませんでした。 この国は、アヘン戦争で国土をボロボロにし、公園に『犬と支那人は入るべからず』という看板を掲げ、香港を長期間租借したイギリスには文句を言わないどころか卑屈にペコペコする癖に、近代化に協力した恩人の日本にはいまだに、しつこく謝罪だ賠償だと金をタカり続けます。 恥をかかされた形になった榎本武揚は、明治18(1885)年、天津条約の交渉で清に乗り込んできた伊藤博文にこのことを訴えます。 伊藤首相が条約調印の傍ら、清国の李鴻章(りこうしょう)北洋大臣にシフゾウ問題の善処方を談じ込んだ結果、オス・メス二頭の珍獣シフゾウが榎本武揚を通して日本へ送られ、当時、宮内省所管の上野動物園に到着します。 明治21(1888)年4月21日のことでした。 こうやって届けられた上野動物園のシフゾウさん達ですが、明治39(1906)年にその子供が子孫を残すことなく死亡し、残念ながら絶えてしまいました。 ところが、その頃には本家の北京でもシフゾウは死に絶えていたのです。 まず、1894(明治27)年には汾河(ふんが)の洪水で南苑の壁が壊れ逃げ出したシフゾウが付近の農民に食べられ減少します。 その後1899(明治32)年、義和団の乱がおこり、欧米列強の連合軍に鎮圧された義和団が南苑に立て籠もり、ついにはシフゾウを食糧として食い尽くしてしまったのです。 この民族は、戦乱の時に城壁都市に立て籠もって食糧が尽きると、最後の糧秣(りょうまつ)として、普通に人肉を食べる人たちなので、シフゾウが食糧になっても何ら不思議ではありません。 清での絶滅の五年ほど前、イギリスのベドフォード侯爵が手に入れたシフゾウ18頭が、その居城ウォーバンの庭園に飼われ、繁殖に成功していたので、幸い『種』としての絶滅は免れることができました。 その群れは、第二次世界大戦の終わった頃には700頭ほどにまで増え、欧米各地の動物園の協力で、その総数は順調に増え続けました。 昭和38(1963)年には再び日本にシフゾウが送られてきました。 これは、スイスのバーゼル動物園から送られてきたオス・メス二頭で、今回ご紹介した多摩動物公園に収容され、その後、さまざまな経過を経て、現在では順調に繁殖し、平成4(1992)年には新しい動物舎も建設されました。 これからも、元気に増え続けて欲しいものですね。 【参考 『もう一つの上野動物園史』小森 厚著 丸善ライブラリー】 この子のひづめは、確かにウシですよね。 立派な角を持つオスのマックさんです。 確かにシカの角で、ウマの顔、体はロバですね。 一年に一回落角しますが、落角したマックさんの角が展示されていました。 実際に持つととっても重いのです。 こんな重い角を載っけてると、肩こりになるねえ。 冬で寒かったのですが、よほど水の中が好きなのか、ずっとお池に浸かっていました。 食性は植物食で、草、木の葉、水生植物などを食べます。 繁殖期になるとオスは多数のメスと群れ(ハレム)を形成します。妊娠期間は288日で1回に1-2頭の幼獣を産むみ、生後2年3か月で性成熟するそうです。 ところが、東京都のHP記事を見てびっくり。 多摩動物公園情報 さようなら、シフゾウ「マック」 平成23年12月15日 建設局 (公財)東京動物園協会 多摩動物公園(園長 田畑直樹)では、飼育しているシフゾウの「マック」が死亡しましたので、お知らせします。 1.死亡したシフゾウ 死亡日 平成23年12月14日(水曜)17時 名前(性別) マック(オス) 1993年5月10日 アメリカ生まれ 1994年3月7日 来園 年齢 18歳 死因 老衰 「マック」について 1993年5月10日にアメリカで生まれ、1994年3月7日多摩動物公園に来園しました。マックは2頭のメスとの間で5頭(オス1頭 メス4頭)の繁殖に貢献しています。シフゾウのオスは年末年始の時期に落角するのですがマックは昨冬、角が落ちず、体つきも痩せてきて心配しましたが、その後回復し元気で過ごしてきました。12月14日、放飼場に出したところ、足元がふらつく等したため、寝小屋に収容し、治療をしましたが死亡しました。 2.当園での飼育状況 6頭(オス1頭・メス5頭) ※今回死亡したマックを含みません。 3.日本国内の飼育状況(2009年12月末現在) 3園館 14頭(オス5頭・メス9頭) ※資料:(社)日本動物園水族館協会 それにしても、このHPでは、 『その後内乱や洪水により中国のシフゾウは絶滅しましたが』と書かれていて、『シフゾウが支那人によって食べ尽くされた』という事実は隠蔽されています。 この頃はまだ元気だったのに。 謹んでマックさんのご冥福をお祈りいたします。 |
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「四不像」という名前の動物が居るなんて、今始めて知りました。
しかし、よく見るほどに不思議な動物ですねぇ・・・
角は確かに鹿ですね。頭もそういわれれば、馬かなぁ。
身体は馬まではいきませんね、ロバです。牛のひずめってこんなでしたっけ。
いずれにしても、どうしてこういう動物が生まれたのでしょうね。上の4種がお互いに何回かの交尾で、あるとき突然変異で、こういう動物になって、それがきっかけでこういう動物が形作られたのかしら・・・
それにしても、中国の義和団の連中って、全く以ってどうしようもない人間たちですね。
2012/3/7(水) 午後 7:37 [ afuro_tomato ]
トマトさん、不思議でしょ?
支那にはジャイアントパンダといい、珍獣がいるんですよね。
角はシカさんより立派かも。蹄は、偶蹄目と言うことで、牛さんに似ているかもという程度ですね。
本当にどうやったらこういう動物が生まれるのでしょう?
進化の過程で、いろんな動物の良いところを身につけることができたのかな?
義和団事件は宗教団体の暴動で、欧米日の大使館を攻撃しようとする暴挙なのですが、清朝の西太后が卑怯にもこれに乗じて列強に宣戦布告したのですね。
日本軍がとても立派に戦ったので、イギリスが感心して、日英同盟が締結されました。それから、ロシアがこの機に乗じて、軍隊を居座らせたので、日露戦争の原因にもなりました。
尖閣ビデオの時にもフジタの社員を人質に死刑もあるぞと恐喝するは、暴動を起こすはこの国は有史以来まともだったことはありません。
どうして日本政府が、こんなろくでもない国にへいこらするのか私は全く理解が出来ません。相手にすればするほど損しかしないのです。
2012/3/7(水) 午後 11:00
老衰ってことは、かない長生きしてくれたんだね・・・ここでは、楽しかったかな??角がなかったら、顔は馬みたいだねぇ・・・性格も穏やかそう・・・マックさん、さようなら・・・凸
2012/3/9(金) 午後 4:19
むにゅさん、老衰ということは、寿命まで長寿を全うしたということですから、おめでたいことですよね。
お馬さんってなごやかなお顔ですからね。
天敵もいないし、餌も確保されているし、嬉しいなって思ってくれたら良いですよね。
ポチありがとうございます。
2012/3/9(金) 午後 7:25