アトモス部屋

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【ファイルT183】2012.11.10 天王寺公園内の住友さんが寄贈した大阪市立美術館敷地と、住友家茶臼山本邸庭園だった慶沢園(その7)

和気橋と第五回内国勧業博覧会の会場だよ。

 住友家についての記事を最初から読まれる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53064436.html

 天王寺公園内の住友さんが寄贈した大阪市立美術館敷地と、住友家茶臼山本邸庭園だった慶沢園(その1)から読まれる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53462787.html

 ということで、前回は茶臼山古墳(ちゃうすやまこふん)が大坂の陣の激戦地だったというお話をしましたね。
 前回はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53709931.html

 茶臼山古墳から再び、河底池(かわぞこいけ)にかかった和気橋(わけばし)を渡って大阪市立美術館に向かいます。
 

茶臼山側から和気橋を望む。


イメージ 1



 和気橋から見た河底池。

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 和気橋から対岸に見えるのが写真左から料亭阪口楼・茶臼山統國寺(旧:宝福寺)です。

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和気橋は昭和12(1937)年に完成。河底池(かわぞこいけ、通称ちゃぶいけ)は、延暦7年(788年)に和気清麻呂(わけのきよまろ)公が、大和川や河内湖の排水と水運のために上町台地をここで開削しようとして失敗した跡地とも言われているそうです。


 だから、和気清麻呂公にあやかって、和気橋なのですね。

 以前、皇居の鬼門を守護している和気清麻呂の銅像について、記事にしたことがあります。
 記事はこちら。
 http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51435427.html

 ここは住友旧邸の庭だった場所ですが、住友さんと言えば、皇居前の楠木正成公の銅像を建てたのも住友さんでした。
 記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51551744.html

 和気清麻呂公といい、楠木正成公といい、皇統を守り、日本の文化を守護した英雄ですね。

そして、ここは、かつて日本で開催された最後にして最大の内国博である第5回内国勧業博覧会の会場だったのです。


 開催期間は、明治36(1903)年3月1日〜7月31日。第5回内国勧業博覧会の入場者数は内国博覧会史上最高の4,350,693人という大盛況でした。

 当時の日本は、日清戦争(1894-95年)の勝利により市場が活況を呈し、鉄道網がほぼ日本全国にわたったことなどがあって急成長のまっただ中でした。1970年の高度成長期にやはり大阪で開催された万国博覧会の時と似ていますね。

 会場には、農業館、林業館、水産館、工業館、機械館、教育館、美術館、通運館、動物館のほか、台湾館、参考館が建設されました。

 第二会場として、堺に水族館も建てられました。

 将来の万博開催を見据えて建てられた参考館には、イギリス、ドイツ、アメリカ、フランス、ロシアなど十数か国からの出品があり、それまで日本人が見たこともない諸外国の製品が陳列されました。

 その中で入場者に新時代の息吹を感じさせたのが、アメリカ製の8台の自動車だったそうです。

 自動車は、未来の夢の乗り物だったのですね。各家庭が自動車を所有して、自由に移動でき時代が来たら、さぞかし素敵だろうなって思ったんだねえ。

 この5年後の1908年にT型フォード(フォード・モデルT)が発売され、アメリカのモータリゼーションを牽引していくのです。他方、中東では時を同じくして1908年にイギリス人ウィリアム・ダーシイがイランで油田を掘り当てました。

 この博覧会では、初めての夜間開場が行われ、会場には華やかなイルミネーションが取り付けられました。大噴水も5色の照明でライトアップされました。

 それで、各館は夜間は閉館していたにもかかわらず、多くの入場者はこれらのイルミネーションや余興目当てで来場したといいます。

 また、エレベーターつきの大林高塔も人気を呼び、これによって、日本における本格的な電力時代の幕開けが高らかに宣せられたのですね。

 その他に、アトラクションとして、メリーゴーラウンド、パノラマ世界一周館、不思議館(電灯や火薬を用いた幻想的な舞踏、無線電信、X線、活動写真などを見ることができた)、大曲馬などの娯楽施設が人気を呼びました。堺の水族館は二階建ての本建築で、閉会後は堺水族館として市民に親しまれました。

中でも一番人気だったのが、ここ茶臼山の池のほとりに設けられた『飛艇戯(ウォーターシュート)』でした。【第5回内国勧業博覧会図会(1906)より】


イメージ 6



 ウォーターシュートが世界で初めて作られたのは1895年。

 アメリカはニューヨークのコニー・アイランドに開設された最初の遊園地のひとつ『シー・ライオン・パーク』の『シュート・ザ・シューツ』です。

 これは、12人乗りの平底のボートが水しぶきをあげて池に飛び込むというもので、大変な人気を博しました。

 これからわずか8年しか経っていない1903年に、当時世界最先端のアトラクションが大阪に登場したのです。

 8人乗りのボートには、海軍服の船頭さんが乗り組んで、12mの高さから95mの斜面を一気に下り川底池に飛沫をあげて着水。あまりの物珍しさと楽しさに、長蛇の列ができる大人気だったそうです。

 上の第5回内国勧業博覧会図会の絵は、この写真を参考にしたと思われます。

イメージ 7



それで、この写真は、この角度から写したのでしょう。【現在の写真。(右端に写っているのが茶臼山)】


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茶臼山古墳の川底池を挟んだ対岸、写真通天閣が見えているあたりの手前に、ウォーターシュートの坂が組まれたのですね。


 大阪市は、ここに『日本のウォーターシュート発祥の地』の記念碑ぐらい建てても良いと思うねえ。

 高速で坂を下り、水しぶきをあげて着水するウォーターシュート系のアトラクションは、今も根強い人気のようですからね。それにしても、アメリカ人は水でずぶ濡れになるアトラクションが好きだねえ。

第5回内国勧業博覧会が開催された後、95,000坪以上の会場跡地に美術館・茶臼山・天王寺動物園を含む天王寺公園や新世界ができたのですから、この博覧会は今の大阪独特の風景を作った一大イベントだったのです。


私の持っているDVDで、バスター・キートンの映画『コニーアイランド(1917年)』に本場の『シュート・ザ・シューツ』のシーンがありました。


イメージ 9



 手前のボートをみると、着水時にかなりバウンドしているのが分かります。それにしても、大阪にウォーターシュートが入ってきてから14年たっても、本場アメリカではメインアトラクションであり続けていたのですね。

 キートン演じる主人公が憧れている女性が、恋敵の“ファッティ(デブ君)”と、シュート・ザ・シューツに乗っています。

イメージ 10



 二人とも怖がりすぎだねえ。

イメージ 11



 着水の反動で、二人とも舟から放り出されます。

イメージ 12



 船頭さんは何とも無いのにねえ。

 そのまま池へドボン。

イメージ 13



 二人ともぬれねずみです。

 これだから、私はウォーターシュートもジェットコースターも嫌いなんだよ!

 ということで、天王寺公園の茶臼山の記事でした。

 次回に続きます。










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私は今、「真田太平記」の11巻「大阪夏の陣」を読み終わったところです。
スジャータさんがブログに載せてくださった地図を全部写真にとって昨日プリントして来ました。
今、手元に大阪市立美術館と茶臼山古墳の写っている地図を見ながら、スジャータさんの記事を読ませていただきました。
そしたら、一連のウヲーターシュートの記事が何だか空しくて、あの夏の陣を戦った戦士たちがこの風景を見たら、何と思うかしら、とふと思ってしまいました。
真田幸村戦没の地も、この茶臼山から程遠からぬ所にありますね。
時代は移り、諸々のことが変わり続けて行きます。
これから、どんな時代がくるんでしょうね。

2012/11/12(月) 午後 3:57 [ afuro_tomato ]

トマトさん。真田太平記読み応えがあるのですね。
そうですね。時代の移り変わりというのは残酷ですね。
そして、そのウォーターシュートの博覧会さえ既に遠い昔のことになりました。
大阪の中心の大部分は石山本願寺攻めや大坂の陣の戦場になっていたというのが、信じられません。それから先の大戦の空襲もありました。

今は戦火こそ交えていませんが、外国勢力による歴史捏造、デマ、政治工作でどんどん日本が侵食されています。
最初は政治的なことは書くまいと思って始めたこのブログですが、ネットで外国人の垂れ流すデマ情報が目に余るにつけ、ささやかながら私見を述べることが多くなりました。

今日本は情報戦という戦争を戦っているのだと思うのです。

ここままだと、子孫に対して取り返しの付かないことになりそうです。

2012/11/14(水) 午前 1:56 眼とろん星人

昔の映画にはよく当時の建造物や風俗などが映し出されているので、映画を見て楽しむのと資料にもありうる愉しみもあるのですよね。ロスコー・アーバックル氏でしょうか??凸

2012/12/8(土) 午後 4:44 むにゅ

むにゅさんはブログの記事で映画のロケの建物について書かれていますものね。
私も筋そっちのけで、「戦後の東京は未舗装の道路が多いな」とか「原節子さんがお隣に醤油を借りに行ってる」とかの方に興味がいくことが良くあります。
本当に貴重な歴史資料ですよね。
そうですそうです。ロスコー・アーバックルで、この人は、監督脚本もやっています。
ポチありがとうございます。

2012/12/9(日) 午前 0:25 眼とろん星人


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