アトモス部屋

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【ファイルET76】2012.12.04 保存・復元工事が完成した東京駅新丸の内駅舎だよ(その1)

パノラマ写真を撮ったよ。

 
 以前、東京駅のご紹介をしました。


 この記事をUPしたときは、戦災で焼失した後に再建された、創建当初のドーム屋根三階建てではない八角形
屋根二階建てに改造された建物が両翼に配された駅舎でした。

 それが、5年かけて創業の当初のオリジナルデザインのドーム屋根3階建て駅舎として蘇えりました。

 新しく保存・復元された東京駅をご紹介します。

 パノラマ写真です。
 写真をクリックしたら、拡大表示されます。

イメージ 1



 この写真は、カメラを手持ちで、体を回転させて撮った4枚の写真をパノラマ合成ソフトでつなぎ合わせた
写真です。

 パノラマ写真は、パノラマ専用のカメラで撮らなければならなかったのに、パソコンは凄いねえ。

 東京駅は日本を代表するキング・オブ・ステーションなのです。東京駅発の列車はすべて下り列車だし。

 大阪駅は、新幹線は新大阪にホームがあるし、横浜駅も新横浜駅があります。

 名古屋駅は巨大な通過駅の感が否めないからねえ。『のぞみ』の東海道新幹線導入当初、名古屋駅を通過す
る『名古屋飛ばし』が話題になったくらいだし。

 それでもって、日本の鉄道網は世界一だから東京駅が世界一の駅と言っても過言ではありません。

 ところが、この東京駅、計画当初はただの通過駅のはずだったのです。

 元々、日本の鉄道営業の歴史は明治5年9月12日(天保暦、翌年から採用されたグレゴリオ暦では1872年10月
14日)に新橋−横浜間で営業運行されたことをはじまりとします。

 鉄道の開業当初、外国に渡航するときは、新橋から横浜まで汽車で行って、横浜の波止場から外国航路の船
に乗って外国に行っちゃったんだねえ。

 だから、鉄道唱歌も『汽笛一声新橋を〜♪』って、新橋から始まるのですね。

 JR東が作成した下の地図【1895年(明治28)当時の鉄道網】を見てください。【写真クリックで拡大】

イメージ 2



 官営鉄道は新橋止まり、私鉄の『日本鉄道』は上野で切れています。

 これではとても不便なので、新橋と上野間を高架軌道でつなごうという計画はずっとありました。

 それが、明治39(1906)年の鉄道作業局による『私鉄国有化断行』によって、その計画はがぜん現実味を
帯びてきたのです。

 その結果、紆余曲折を経た後、新橋−上野間をつなぎ、その中間に『通過駅』として、『中央停車場』の設
置が立案されました。

 この場合の『中央』は、単なる『新橋』と『上野』の真ん中にあるという意味しかありません。日本の中央
は愚か、東京の中央という意味も無かったのです。

 それが、当時鉄道院の初代総長に就任した、その大言壮語ゆえに“大風呂敷”という渾名(あだな)で有名
な後藤新平(ごとう しんぺい)氏が、「日露戦争に勝利し世界に名の知られるようになった日本であるから
その威信をかけた中央停車駅を」と、予算をなんと当初の42万円から7倍の280万円に大増額して設計者
の辰野金吾(たつの きんご)博士を督励します。

 それでもって、辰野博士は、何回も設計変更させられて、設計の完成だけで8年もかかって大変だったよう
です。

 立派な東京駅造りに尽力した後藤新平翁。

イメージ 3



 駅名については、鉄道院の局長会議で議論が百出し当初からの『中央停車場』の他にも『中央駅』、『東京
中央駅』の名があがったそうです。

 『東京駅』の呼称についても、他の上野駅も新橋駅も東京にあるのに、どうしてここが東京駅なんだ?って
批判もあったようです。結局、中川正佐鉄道次官が断固主張して、開業直前の12月5日の鉄道院告示により
『東京駅』と命名されました。

 そうしたいきさつを経て、東京駅は目出度く大正3(1914)年12月18日開業します。

 総工費は東京駅本屋(ほんおく)だけで282万2,005円30銭。

 創建当初の東京駅。

イメージ 4



 閑散としているねえ。 

 まだ丸の内が閑散とし『狐狸の棲み家』と呼ばれた二束三文の原野で、三菱が時の蔵相松方正義から高額で
押しつけられてからそう遠くない頃です【岩崎彌太郎の弟で三菱二代当主岩崎彌之助(いわさきやのすけ)の
子女が、松方正義の子息と結婚していた】。

 ここは空き家同然だった江戸期の藩邸が明治五年の大火で焼失し、その後練兵場や兵営が設置されたのです
が、それも世界情勢の緊迫にともなう軍拡で移転し、政府から何の役にも立たない土地を押し付けられた岩崎
彌之助は『竹を植えて虎でも飼うさ』とやせ我慢の台詞を吐いたそうです。

 それが今や日本の首都東京の表玄関。丸の内OLというのはキャリアウーマンの憧れの的です。

 オリジナル東京駅の設計者、辰野金吾博士。

イメージ 5



 施工は関西の風雲児、大林芳五郎社長が満28歳で創業し、当時はまだ新興企業だった大林組。

 大林芳五郎(おおばやし よしごろう)社長の写真。

イメージ 6



 蒼々たる東京の建設会社の中で、新興で徒手空拳も同然だった関西の大林組が工事を落札したことは、当時
の建設業界では青天の霹靂だったようです。前評判では、清水組か大倉土木組のいずれかが落札するだろうと
いうことで、衆目が一致していたのですから。

 そして、実際にこの当時世界でも類を見ない巨大建築を請け負ったのは、関西の大工さんです。

 というのは、江戸というのは火事が多くて。その度に復興建築を行うに当たって拙速(せっそく)を良しと
した施工をしていたのですね。

 ですから、東の大工さんは西の大工さんに比べて仕事が早い代わりに粗かったようです。

 そのため、辰野博士は、日本銀行本店の新築工事の際、あまりの杜撰な工事に激怒し、請負業者を工事途中
で解雇し、後の施工を自分が直轄で行ったという武勇伝が残っているくらいです。

 東の大工さんが西の大工さんに較べて仕事があっさりしているという話は、六代目 三遊亭圓生(さんゆう
ていえんしょう)さん演じる西の大工名人、左甚五郎(ひだりじんごろう)を主人公にした『三井の大黒』
という落語の録音にも出てきます。

 大林組は、それ以前に日露戦争で捕らえた俘虜のための浜寺俘虜収容所を僅か21日間というあり得ない
工期で立派に仕上げたという実績があって、それを観た辰野金吾博士は激賞し、大林芳五郎さんと関西の大
工さんの仕事をとても評価していました。

 当時の日本は世界の一等国として認められるため、国際的な評価をとても気にしていて、捕虜を野宿させ
ようものなら列強から何といわれるか分かったものではないので、そうならないように収容所を急いで建て
たのです。

 それで、東京駅建設にあたっての大林組の関西大工さんの早くて丁寧な仕事ぶりについて、設計者の辰野
博士は、とても満足していたということです。

 関西の人は吉本と粉モンしか知らない無知不勉強な某市長に踊らされずに、こういうことを、もっと誇っ
て良いと思いますよ。


 今回保存・復原された東京駅は『東京駅丸の内駅舎保存・復原工事共同企業体 (鹿島・清水・鉄建 
建設共同企業体)』が施工しています。創建した大林組は落札できなかったんだねえ。

 でもね、それだけの技術を持った建設会社が複数ある日本というのは、世界的に見て、凄いことなの
ですよ。


 東京駅丸の内駅舎保存・復元工事については、鹿島建設がHPを掲載していますので、詳細はこちらを
ご覧下さい。
http://www.kajima.co.jp/tech/tokyo_station/index-j.html

 上記HPより、今回の工事施工内容は下図の通りです。【写真クリックで拡大】

イメージ 7



 工期は自平成19(2007)年4月〜至平成24(2012)年10月。

 平成24年(2012)年6月10日に、復原された駅舎の一部(1階部分)が再開業し、同年10月1日に予定通
り全面再開業に至りました。

 戦後2階建てになった駅舎を5年かけて創建当時の3階建てへと復原。新しく取り替えられたレンガにも、
あえて時代を経たような風合いを施し、歴史を感じさせる趣を出しています。

 保存・復元工事と言っても、ただの保存・復元ではありません。

 地下部分も大幅に改築し、新たに免震装置も組み込まれました。

 駅舎を保存しながらの地下工事には、350個のジャッキで駅舎を支えながら作業が行われたそうです。
見えないところで、いろいろな工夫がこらされているのですね。

 かつての名工たちの力で作られた東京駅が、最新のテクノロジーを用い、平成の名工によって生まれ変
わったのです。

 昭和初期の東京駅。

イメージ 8



 今回の保存・復元工事後の東京駅を北口側から、広角レンズで撮影して、細長くトリミングした写真で
す。上の写真と良く見比べて下さい。【写真クリックで拡大】


イメージ 9



 ひと昔前に、パノラマ写真が撮れるパノラマタイプの使い切りカメラが流行りましたが、あれがパノラ
マ写真というのは羊頭狗肉で、実はこういった原理だったのですね。

 それにしても、本当に忠実に再現できたものです。びっくりだねえ。

 ということで、東京駅丸の内駅舎沿革と概要を御紹介しただけで、長くなりました。

 次に続きますね。








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閉じる コメント(7)

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東京駅が復元されるといっても、どこをどういう風に復元するのか私には分かりませんでした。又いつ頃その工事が始まって、いつ頃終わるのかとうことも、皆目見当が付きませんでした。
スジャータさんの記事を読ませていただいて、その道筋が分かりました。
建てたばかりの頃の東京駅と、今の東京駅がそっくりなのには驚きです。(当たり前のことなんですけど)
どこをどう復元したのかもこれで良く分かりました。
それにしても、5年間そこそこで良くここまで復元できましたね。
日本の建築の技術力には素晴らしい物がありますね。

それと、スジャータさんが撮ってくださった復元後の東京駅のパノラマ写真、素晴らしいです。
額に入れて壁にかけておきたいくらいです。ナイス

2012/12/8(土) 午前 9:37 [ afuro_tomato ]

バラバラの写真をつなげてこんなにも見事な1枚ができあがるなんてすごいです。体の軸をしっかりすえないと撮れないですものね・・・何故、わざわざ関西の業者が?とも思いましたが、そういう事情だったのですね・・・確かにこの当時の東京は火事や戊辰戦争、地震などが多かったので建築が忙しい時代でしたものね。どうせ、壊れてしまうかも・・・と、思って簡単に作るのは考えられますね。特に東京の人間ならやりかねない・・・まだしばらくは、駅を見に来る人の混雑もすごいでしょうね・・・個人的にあの空襲で焼けた皇族の貴賓室が気になって仕方ありません・・・・凸

2012/12/8(土) 午後 3:26 むにゅ

トマトさん、本当にそうですね。
ずっとパネルで囲われて、なにがなんだか分からないという中でいつの間にか出来ていたというのが実感です。
今回施工した会社も関わった人達も、プライドを持って仕事をされたのだと思いますよ。
だから、鹿島建設も、大林組の仕事を復元する過程をHPで紹介したのでしょうね。
細かく見れば見るほど、仰るとおり5年で出来たと言うことが凄いことが分かります。
こういう技術は日本の為だけではなく、世界のためにも絶やしてはなりませんね。

パノラマ写真、ふとパノラマ合成ソフトのことを思い出して試したらうまくいきました。
ナイスありがとうございます。

2012/12/8(土) 午後 11:14 眼とろん星人

むにゅさん、これを撮るときは足の位置と腰の位置は動かさないように注意しました。
三脚がないとうまくいかないかなと思ったのですが、デジタルだと失敗してもフィルム代、現像代がかからないので、試しにやってみたらうまくいきましたよ。
東京の大工さんは上の理由と、あと分業が関西より進んでいて、関西はまだ職人技が残っていたというのもあったようです。
いろいろな災害で焼け出された人のことを考えれば、江戸の職人さんの仕事のしかたも与えられた条件の中で賢明な選択だったと思います。
ただ、大林組が請け負ったときは、関西の大工にちゃんとできるのかという態度はあったようです。
日本人は新しい物好きで飽きっぽいというのもあってそれも善し悪しだと思うのですが、職人技を尊敬するというのは絶対に美点だと思います。

2012/12/8(土) 午後 11:29 眼とろん星人

仰るように、東京駅は皇族が利用されるという目的もあったので、それこそ職人技の粋を結集した貴賓室があったのですが、それが報道されていないところを見ると、復元されなかったのかな?
イギリスもそうですが、皇族王族があればこそ意気に感じてできることがあると思うのですが、その機会をむざむざ逃す神経が私には分かりません。
ポチありがとうございます。

2012/12/8(土) 午後 11:30 眼とろん星人

そう、日本の皇室は欧州に比べたら質素すぎるのが、我が国の人たちはわかってない人が多い。いったい、本当の日本民族が果たしてどのくらい存在するのか?不安になります。誇り高く生きている人なら、どこの人がいようと構わないのですがね。誇りがないから、怖いんですよね。

2012/12/9(日) 午後 3:02 むにゅ

むにゅさん、そうですよね。イギリス一の大金持ちはエリザベス女王ですし。日本の皇室財産は三種の神器と毎年国から出る歳費ぐらいなもので、あとは皇居を始めとして国の所有です。
そもそも日本の皇室は、ボロボロの皇居にお住まいだった仁徳天皇の例をあげるまでもなく、質素でした。
うちの記事でも過去に京都京阪三条にある勤王思想家の高山彦九郎像の記事を書きましたが、この像は、あまりの皇居の荒れ果てた様子に落涙した高山さんの姿を表しているのですね。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/24573548.html

日本の職人さんの技のふるいどころは、やはり皇室のための仕事だと思います。そうすれば励みになって一番の文化貢献になるはずなのですが。
今上陛下はご自身は大きな陵墓は不要で火葬で良いと仰いました。
天皇陛下にこんな発言をさせる日本国民は大馬鹿だと思います。

2012/12/9(日) 午後 11:40 眼とろん星人


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