【ファイルET78】2013.01.09 保存・復元工事が完成した東京駅新丸の内駅舎だよ(その3)ドームの中身も立派だねえ。(その2)からの続きです。(その1)から読まれる人はこちら。 http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53804685.html 今回は東京駅丸の内駅舎のドーム内を御紹介します。 私も、そっくり返って、天井を向いて一眼レフを構え、ぶれないように脇を締めると、背中と腕の筋肉がぷる ぷるして、腰が痛くなったねえ。 全の為なのでご容赦下さいね。 実はオリジナルの東京駅の写真はそれほど多く残っていなくて、今回のドーム部分の復元は多大な困難があっ たそうです。 それなのに、これだけのクオリティー! こんな仕事をした今の職人さんも、その元の仕事をした創建当時の職人さんも、とても立派ですね。改めてび っくりしました。 この鷲(わし)さんは、遠いから小さく見えますが、全幅長が2.1mもあるので、部分欠落しないように漆 喰(しっくい)ではなく、丈夫なFRP樹脂で作られてしっかりと固定されています。 足にはそれぞれ稲穂(いなほ)の束が文字通り“鷲づかみ”され、『富国強兵』が表現されています。富国が 稲穂で、強兵が鷲なのですね。 肉眼で見たときは、てっきりハトさんかと思ったねえ。 稲穂の束なんて分からないし、ノアの方舟の洪水後にハトが咥えて帰ってきたオリーブの葉っぱの話と間違う ねえ。 望遠レンズを覗いてびっくり仰天のワシさんでした。 この時代は、西洋列強による侵略の危機が眼前に迫り日本を取り巻く環境が緊迫して時代ですから、平和ボケ している現代とは国民の意識も全く異なっていたのです。 事実、大東亜戦争開戦時に、アジアでまともな独立国だったのはタイと日本だけで、他は西洋列強に侵略され ていたのです。平和の象徴ハトぽっぽなんて太平楽は許されなかったのです。 ↑ その上の中央部にある旭日(きょくじつ)の光の輻(や)ようなデザインのレリーフは、豊臣秀吉の馬藺後立付兜(ばりんうしろだてつきかぶと)を象(かたど)った意匠になっています。馬藺後立付兜とはこんな形のカブトです。(大阪城天守閣HP試着体験のページよりレプリカ)http://www.osakacastle.net/exhibition/try.html大阪城ではこの兜が試着できるんだって。重そうだねえ。これをつけたままお辞儀なんてしたら首の骨が折れ そう。 この兜の現物は、天正15(1587)年の九州攻めのおり、秀吉公が蒲生氏郷(がもううじさと)の家臣、 西村重就(にしむらしげなり)に与えたものです。 菖蒲(しょうぶ)の一種である馬藺(ばりん)の葉29枚を象(かたど)った後立を装飾としています。 それにしても、どうして東京駅に大阪のシンボルである太閤秀吉さんの兜が? これは十二支を題材にして、先ほどの8つの角にあるワシさんの下に設置された装飾のうちの一つのです。 十二支といっても、東京丸の内駅舎は8角形なので、その角にあるレリーフも8種の丑(うし)・寅(とら) ・辰(たつ)・巳(み)・未(ひつじ)・申(さる)・戌(いぬ)・亥(い)が飾られています。 これ以外の卯(う=東)・酉(とり=西)・午(うま=南)・子(ね=北)つまり東西南北を表す動物4種 は、丁度その方角に角が無いので、外されています。 ヨーロッパの近代建築を取り入れながら、和風のテイストはちゃんと盛り込まれているのです。 駅舎なのですから、当時の人はさぞかし驚嘆したことでしょう。 当時の東京駅は、南側のドーム棟が旅客の乗車専用口で、ここから乗車します。 になっていました。 また、三等については、距離別に窓口が分かれていたといいます。 待合室は一・二等と三等の二室に分かれていて、婦人専用の待合室もあって、ここには化粧室も備え付けられ ていました。 各種の売店や築地精養軒が経営する食堂、両替所なども揃っていました。 手荷物取扱い所が正面に広いスペースを占めていたのは、当時の長距離旅客は、今ならさしずめ海外旅行並み の大荷物を携えていたためで、ここで荷物をあずけ、降車駅で受け取るシステムになっていました。 逆に東京駅に到着した旅客は、北のドーム棟へまわって改札を出ます。 にもありました。蒸気機関車の煤で顔が汚れるから、ここでお化粧直ししたのかな? それにしても、手荷物預かり受け取りが出来て、乗車口降車口が分かれているなんて、まるで空港のロビーみ たいですね。 大正3(1914)年に開業した駅が、こんなに人間工学的の見地からシステマティックに設計されていたことに 驚きを禁じ得ません。 ということで次に続きますね。 次回はこちら。 |
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東京駅内といえば電車に乗り降りするばかりで、こんな素晴らしいところがあるなんて知りませんでした。
やはり東京駅は一度見学しておかないと後悔しますね。
私達が急用で東京まで行く時は、本庄早稲田駅から新幹線に乗ります。そうすれば1時間で東京駅までいけますから、暖かくなったら、一度一人で行ってみようかな、と思います。それまで、スジャータさんの記事をよく読ませていただいて置きます。ナイス・
2013/1/10(木) 午後 8:02 [ afuro_tomato ]
トマトさん、今回の保存復元は想像以上に素晴らしい物でした。
年末のライトアップの時はあまりにも人が来すぎて混乱したみたいですね。
これだけのものを作った先人達と、これを復元した今回の関係者の人達には本当に頭が下がります。
東京駅は新幹線の各路線も乗り入れているので便利ですね。
一度観る価値はあると思います。温かくなってからゆっくりお越し下さいね。
ナイスポチありがとうございます。
2013/1/11(金) 午後 8:55
修復工事とともに、このポストもリニューアルされてますね!ポストの記事をトラバさせてくださいね!しかし、ここまで詳しくリポートしてくださって嬉しいです!アタシのコンデジではここまで写せないし、見えないだろうから助かりました。さすがです!凸
2013/1/14(月) 午後 9:19
ずいぶん綺麗に変わりましたね。
網は落下防止ではなく、鳩除けですよ。
2013/1/15(火) 午後 8:16 [ fun**8823 ]
むにゅさん、先ほど記事を拝見しました。
もとのポストの方が貫禄がありますね。
この駅はいろんな歴史があるのですね。いろいろ調べてとても感心しました。
細部を写したのはむにゅさんの影響です。細かい部分にも当時の人の思いが宿っているのですね。
ポチありがとうございます。
こちらからもトラバさせてくださいね。
2013/1/16(水) 午前 1:52
fun**8823さん、変わったというか、綺麗にもとに戻りましたね。
網の件、ソースをご教示いただけたらありがたいのですが。
2013/1/16(水) 午前 1:52