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右下隅の広い道が、もともと数寄屋橋が架かっていたお濠を埋め立てた外堀通りで、その上を首都高速八重洲線が覆っています。 お濠の形がそっくりそのまま道路になっているところが、東京は徳川家康が作った江戸の町を継承している証拠ですね。 それで、発掘調査のあった場所に行きました。 発掘調査の場所を北側から見ると、現在こうなっています。 写真右側の四角い建物(イトシアプラザ)に『公事場(くじば)』や『砂利敷(お白州)』があったメガネスーパーが入っていて、写真左側の壁がカーブを描いたマルイの『○I○I』マークがあるビル(有楽町イトシア)の右側JR有楽町駅寄りに『表門』や『囚人置所』があったんだねえ。 それで、南町奉行関係のモニュメントは石組みとプレートだけではありません。 先程のグーグルマップでは、有楽町中央口の前に緑色の円で標記されているのが円形屋根で、屋根下のエスカレーターで地下に降りると、地図ではオレンジに標記された地下広場に着きます。 ※ ※ ※ 南町奉行所跡(みなみまちぶぎょうしょあと)から発見された穴蔵(あなぐら) この板枠は、ここの再開発に伴う遺跡発掘で発見された「穴蔵」を、壁に立てて展示したものです。この穴倉は、江戸時代中期の南町奉行所内に掘(ほ)られた地下室で、なかから伊勢神宮の神官が大岡忠相(おおおかただすけ)の家臣に宛てた木札が出土しました。 また遺構(いこう)両脇の木製ベンチには江戸時代の水道管(木樋:もくひ)を、向かいの石のベンチには奉行所の石組材を再利用しました。 穴蔵の構造は、厚い板材を舟釘(ふなくぎ)で留(と)め、隠し釘となるように端材(はざい)を埋め、板材の間には槇肌(まきはだ:木の皮)を詰めて防水処理をしています。また、壁板の一辺には水抜き穴があき、そこから竹菅が延(の)びて桶(おけ)に水が溜(た)まる構造となっています。 ここがかつて町奉行 大岡越前守(えちぜんのかみ)がつとめた南町奉行所(東京都旧跡)であったことや、江戸時代の技術などを伝えるために設置しました。 千代田区教育委員会 ※ ※ ※ ※ ※ ※ 大岡越前守様御屋敷 二而 上段右から 市川儀平太様 山本左右太様 小林勘蔵様 下段 檜垣六神主 福井土佐 久志本権之亮 複製(原資料:千代田区立四番町歴史民族資料館所蔵) ※ ※ ※ TBS系の『大岡越前』では、大岡越前役を加藤剛(かとう ごう)さんが、父親の大岡忠高を片岡千惠藏(かたおかちえぞう)さんが、徳川吉宗将軍を山口崇(やまぐち たかし)さんが演じていましたが、一番格好良くて美味しい役が何といっても、先頃亡くなられた竹脇無我(たけわき むが)さんが演じていた大岡越前の友人で相談役の医師、榊原伊織(さかきばらいおり)でした。 競馬新聞を一心不乱に読みふけっているおじさんたちが座っていて、撮るのに苦労しました。 地下広場はこんな感じです。 実は、写真正面にクリスピー・クリーム・ドーナツの有楽町イトシア店があって、そこが大ブームで行列が出来ていたころ、この前を通ったことがあったのですか、その時はそんな展示があるなんて、全く気がつきませんでした。 ということで、有楽町から銀座をお散歩される際には、話のタネにお立ち寄りくださいね。 次に続きます。
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え〜アタシもドーナッツしか見てなかった!(爆)地上だけ。でも、これだけじっくり見てくれる人がどれだけいるんだろう?逆にここで取り上げられてよかったわ。で、ないと、アタシもまた通ってもドーナッツしか見ないだろうし…そうそう、この前のプレッツェルのお店、大阪駅のとこにありました!おととい、見かけて食べてみましたが、かなりボリュームありますね!でも、おいしかったです。凸
2013/4/10(水) 午後 11:31
子供の頃、学校終わって家に帰って、ソロバン行く前に「大岡越前」の再放送を見てました。小石川養生所の榊原伊織、子供心にもカッコよかったですね。亡くなったの知らなかった…
東京と新橋はよく乗り降りするんですが有楽町はなぜかほとんど利用しません。追悼も兼ねて寄ってみようと思います。
ところで、伊勢神宮の木札って何のためのものでしょうか?お裁きのための認可証みたいなものでしょうか?
2013/4/10(水) 午後 11:56 [ monotone ]
むにゅさん、ドーナツの行列もの凄かったですよね。
既にブームは鎮まっていて、並ばずに買えたのですが、逆にこの日は北町奉行所に行く予定だったので立ち寄れませんでした。
とても綺麗に整備されていて、千代田区は偉いですね。
道路扱いなので、目立つ展示は交通の支障になるので、無理なのかも知れませんね。
せめてこういったブログで御紹介しなくてはと思いましたよ。
プレッツェルどんどん出店しているのですね。
美味しいから売れているんでしょうね。
ポチありがとうございます。
2013/4/11(木) 午後 7:37
monotoneさん、竹脇無我さんは、知的でハンサムでとても良い役者さんでしたね。まだお若かったのに残念です。
木札について共同通信の記事によると、『詳しい用途は不明。千代田区の四番町歴史民俗資料館の後藤宏樹学芸員は「大岡は南町奉行になる前に、伊勢神宮付近の奉行を務めていた。そのため伊勢神宮の宮司らが江戸まで来ておはらいをして木札を記したのかも」と話している』ということです。
ということで、解説パネルにも説明がなかったのですね。
2013/4/11(木) 午後 7:40