アトモス部屋

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【ファイルC284】2014.06.28 日本軍に助けられた名古屋市東山動物園のゾウさんの話(その1)

なんでもかんでも旧日本軍のせいにするのは何の反省にも教訓にもならないと思うんだけど

かわいそうなゾウの話の真実・続編

現在の名古屋市東山動物園(東山動植物園)のかわいいぱおんをする、子供インドゾウさん。といっても随分前に撮った写真(再掲)。


 
イメージ 1




以前、上野動物園(東京都恩賜上野動物園)で戦時中、それもまだ空襲が始まっていない時期に行われた『かわいそうなぞう』で有名なジョン、ワンジー、トンキーの3頭のゾウを始めとした全く理不尽な猛獣殺処分は、

軍の命令ではなく、

良い格好をしようとした

内務官僚の初代東京都長官、

大達茂雄(おおだちしげお)氏

の命令だったという記事を書きました。

記事はこちら↓
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/archive/2008/09/23

有名なジョン、ワンジー、トンキーの3頭のゾウを描いた『かわいそうなぞう』で悪者にされた日本軍は、実は猛獣殺処分とは関係がなかったんですね。

 名前も『かわいそうなぞう』では、ジョン、『ワンリー』、トンキーとなっているようですが・・・。

それはそうと、その後、日教組の委員長だった槙枝元文(まきえだ もとふみ)氏の著作『槙枝元文回想録  教育・労働運動に生きて(ほんの工房)』を読んで腰が砕けました。 P120より。↓

 ※    ※    ※

タカ派大達文相の登場

選挙が終り、1953年5月21日に第5次吉田内閣が発足、注目の文相には、参院選で島根県地方区から立候補して初当選したばかりの一年生議員・大達茂雄氏が抜擢された。

これは私たちだけでなく、新聞記者も全く予想外の人事だった。


 ※    ※    ※(ここで引用中断)

↑大達という変わった名前って、どこかで聞いたことがあるな?と私は思いました。

それで、さらに読み進めて、びっくり!↓

 ※    ※    ※(引用再開)

大達氏の経歴を調べると、東大法科を出て内務省に入り、福井県知事、満州国法制局長、北支派遣軍特別顧問、中華民国臨時政府法制顧問、


昭南(シンガポール)特別市市長などを歴任し、


1944年、小磯国昭内閣の内相を務めていた。戦後は公職から追放されていたが、

52年に解除され、今回の参院選で初当選を果たしたのだった。経歴を見ただけでも「要注意」の文相である。

 ※    ※    ※(以上引用終わり、以下大達文相の批判が続きます)

↑昭南(シンガポール)特別市市長でピンときました。

昭南(シンガポール)特別市市長を務め、東京に戻されて早々、

上野動物園の猛獣殺処分を命じた内務官僚の初代東京都長官大達茂雄(おおだちしげお)氏は、

戦中に内務大臣になって、戦後、公職追放。サンフランシスコの講和条約で日本が主権を取り戻した後に公職追放が解けて、文部大臣になったのです。


ところが!

日教組の委員長だった槙枝元文氏は、自著において、

大達茂雄氏の経歴から内務官僚の『初代東京都長官』という経歴を意図的に抹消して

『など』でごまかしたのです。


そりゃあそうでしょう!

日教組は、日本軍の残虐非道さを『かわいそうなぞう』の話を利用して、でっちあげ、子供たちを反軍思想で洗脳するための大キャンペーンを張っていましたから。


旧日本軍ではなく、大達茂雄氏が内務官僚の初代東京都長官時代に『かわいそうなぞう』の殺処分を命じたことになると、子供に反軍洗脳をしている日教組的にとても困るのです。


旧日本軍及び自衛隊を否定する日教組的には、あくまで悪者は日本軍じゃなければならないから。

常識的に、大達氏の経歴で昭南(シンガポール)特別市市長を書くのなら、普通は初代東京都長官の方を書きますよね。

大達氏は『帝都東京』の『長官』(当時は官選)、つまり今でいう『東京都知事』(現在は公選)での仕事が評価されたから、内務大臣にまでなれたのですから。


なにが『など』ですか!?


石原慎太郎氏は環境庁長官、運輸大臣、を歴任した後東京都知事になられましたし、舛添要一氏は、厚生労働大臣を経て現東京都知事です。

そんな要職をどうやったら省略できるの?

大達茂雄氏にとっても、自分が内務官僚の初代東京都長官時代に『かわいそうなぞう』の殺処分を命じたことを日教組が隠ぺいして、軍に罪をなすりつけてくれて、大喜びだったはずです。

すでに旧日本軍は、ポツダム宣言受諾によって、無条件降伏し、【念を押しますが、無条件降伏をしたのは、旧日本軍であって、日本国はポツダム宣言という条件を受諾した、有条件降伏だったのです】解体消滅してしまっているので、ありもしないでっち上げの責任を押し付けても、誰からも文句を言われません。

酷いものです。まことにもって、卑怯千万です。


それで、今回は、旧日本軍の名誉回復のためにも、名古屋の東山動物園で、日本軍がゾウを助けた話をご紹介します。


『どうぶつ博士 中川志郎の ほのぼの【どうぶつ苑】』中川志郎著:同文書院P164より

 ※    ※    ※

ゾウと軍人

 1993年12月、名古屋東山動物園の初代園長、北王英一さんが死去されたという報道がありました。

北王さんは、太平洋戦争中、国の射殺命令に抗して2頭のゾウ(エルド、マカニー)を守り抜いたというエピソードで有名な方です。

北王さんの話によりますと、このエピソードにはもうひとつの隠された美談があったようです。

それは、きびしい軍規のなかで、ひそかにゾウのための『えさ』を配慮してくれたひとりの軍人さんのことです。

戦争末期の極端な物不足のなかでは、人間のための食料はもちろん、ゾウのような大食漢のえさを調達するのはなおさら至難のことでした。


空襲の際にゾウが逃げ出したら大変だから殺してしまえ!という国の命令に反対して守り抜こうとした動物園の人々も、このえさ不足にはまったく困っていたのです。


このとき、突然、軍専用の飼料がゾウ舎の通路に運びこまれ、なんの説明もないままに放置されました。


動物園の人々は、ひそかこれを失敬し、ゾウのために使ったのです。


あとでわかったことですが、この不思議な処置は、当時、名古屋にあった東海軍管区司令部の獣医部大尉、三井高孟(たかおさ)さん(1980年死去)が、ゾウたちのために、秘かに部下に命じてしたことだったのです。

北王さん自身、この事実を知ったのは、ずっとあとになってからだということです。

 ※    ※    ※(以上引用終わり)

まず、文中に『空襲の際にゾウが逃げ出したら大変だから殺してしまえ!という国の命令』とありますが、これは事実誤認です。後日詳述します。


それにしても、

きっと、東海軍管区司令部の獣医部大尉、三井高孟さんは、ゾウの食料確保で困り果てている動物園の職員の方々の窮状を見るに忍びず、

「軍馬用の飼料の置き場所がないなあ!困った困った。おおそういえば、ゾウ舎の通路なら空いているではないか!そうだ、そこに置くのがよかろう」という大芝居をうって、部下に飼料を運ばせたのですね。

命じられて飼料を運んだ兵隊さんも、上官の三井高孟さんの真意を知っていたはずです。なんせ、ゾウの食べる飼料の量ははんぱじゃありませんから、置いていくはしから消え失せる飼料がゾウのえさに使われていることが分からないはずがありません。


それを、みんな分かっていて黙っていたのです。これは明らかに軍事物資の横流しですから、ばれたら軍法会議ものなのに!

こういうのを惻隠の情(そくいんのじょう)といいます。


本当に胸を打つ話です。


ところが、そういう話はずっと隠されてきました。日本の軍隊や軍人は残虐非道でなければならないからです。


いまの自衛隊の若い隊員による災害の度の命がけの救助作業を知っている私たちからすれば、隔世の感があるのですが、同じ日本人だったのですから、普通に考えれば、日本軍が残虐非道だったわけがないんですけれどね。


それで、これについても、いろいろと問題があることを知りました。


次回はそのことを書きます。

 次回に続きます。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/55151064.html

閉じる コメント(4)

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名古屋動物園の2匹の象さんがそんな風にして助けられたのだとは思いもよりませんでした。
あの非常時に、よくそこまで責任を持って配慮してくださった方がいたのですね。どこの動物園の象さんも戦争の最後の時期に殺されてしまった、とばかり思っていましたので、このお話は全く初耳で驚いています。
助けてくださった方々に心から感謝します。

2014/6/28(土) 午後 7:39 [ afuro_tomato ] 返信する

わざとそうやって餌を置く、その心を汲み取ってあえて黙ってそのまま餌をいただく、お互い、何も言わずにその心を汲み取る・・・まさに侍ですね。こうしてやったとか、いちいち確認してから失敬などという野暮もせずに・・・強くなければ優しくはなれない、これを読んで痛感しました。察することができるというのも強いからだと思います。凸

2014/6/30(月) 午後 1:07 むにゅ 返信する

トマトさん、本当にあの時代によくぞ助けてくださったと思います。
東山動物園の2頭のゾウさんは、ここでしか観られなかったので、敗戦直後の焼け野原になった他の都市から、象列車(ぞうれっしゃ)に乗った子供たちが沢山見学に来て大喜びしたそうです。

上野や他の大都市で殺処分になった猛獣たちのお話と共に、ぜひとも語り継ぎたいお話ですね。

生き残ったゾウさんに関わった皆さんに、本当に感謝の気持ちがわいてきますね。

2014/7/2(水) 午後 11:21 眼とろん星人 返信する

むにゅさん、三井大尉としては、軍人さんなので、立場上、軍馬の餌を「はいどうぞ」と渡すことができなかったので、こういう方法を取られたのですね。
北王園長はじめ動物園の方々も、ゾウのために軍の物を盗んだわけですから、本当に必死だったんですね。
それで何のお咎めもないものだから、こんな有難い配慮に気が付いて、感謝しながらお礼も言えなくて嬉しくもあり、辛くもあったのでしょうね。

本当にぎりぎりの状況で強い優しさですよね。

ポチありがとうございます。

2014/7/2(水) 午後 11:29 眼とろん星人 返信する

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