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【ファイルF64】2014.09.15 大阪にある大林組旧本店ビル【現ルポンドシエル ビル】だよ(その2)

中にある大林組歴史館を訪ねたよ。

 前回は大阪にある大林組旧本店ビル【現ルポンドシエル ビル】の風格がある外観について書いていたのですが、↓
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/55168456.html

 大林組旧本店ビル【現ルポンドシエル ビル】中にはテナントの高級フレンチレストラン『ルポンドシエル(LE PONT DE CIEL Resturant Francais)』以外にも、

大林組歴史館という無料の博物館があります。

http://www.obayashi.co.jp/company/rekishi/

それで、さっそく中に入って行ってみました。


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エレベーターで3階に上ります。


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エレベーターの上のレリーフもデコラティブでお洒落です。


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 人面犬(じんめんけん)とかいたけれど、人面鳥(バードマン?)の人が向かい合わせに羽ばたいています。

 ぱたぱた。

3階に到着。


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 ご自由にお入りくださいと書いてあるので、お言葉に甘えて、ご自由にお入りすることにします。

大林歴史館の玄関正面に鎮座ましましているのが、鬼瓦です。


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この鬼瓦は、創業当時【明治25(1892)1月〜明治38(1905)年】、大阪市西区靭(うつぼ)南通り四丁目六十二番屋敷(現在の西区西本町(にしほんまち)2丁目5番24号)に在った「大林店」店舗の土蔵屋根を飾っていたものだそうです。


大林組歴史館に展示してあった大林店店舗の模型。(矢印の部分にあった鬼瓦だと思われます)。店舗は住居を兼ねていました。


イメージ 6



同展示の大林店の位置図。


イメージ 7



現在の地図におとしてみると、靭公園(うつぼこうえん)南西側のⒶと表示したあたりのようです。(グーグルマップより)


イメージ 8



歴史館の入り口では、大林組の創業社主、大林芳五郎(おおばやしよしごろう)さんの大きなパネルがお出迎えです。

社員の方々にとっては、本当に神様みたいな存在なのでしょうね。世界に冠たるスーパーゼネコン大林組の礎(いしづえ)を築いた立志伝中の人ですから。


イメージ 9



以下、大林組歴史館のHPの文章を参照して、補足解説しながら、大林芳五郎さんの足跡を辿っていきます。

http://www.obayashi.co.jp/company/rekishi/yoshigoro.html

 ※    ※    ※

創業者大林芳五郎(おおばやしよしごろう)さんは、元治元(1864)年生まれの、大阪人です。

その出自は、代々、帯刀(たいとう:武門の証である武具等を腰に帯びること)を許された淀川過書船(よどがわかしょぶね)の元締(もとじめ)・林家の家系で、その父親徳七さんの代に分家し、「林」に実家の屋号「大和家」の「大」を冠して「大林」という姓とし大林家の始祖となりました。

 淀川過書船(よどがわかしょぶね)というのは、大坂と京・伏見の間の貨客を運んだ特権川船のことをいいます。

 語源は過書(通行手形)を所持する船の意と思われますが、豊臣秀吉から1598年(慶長3)河村与三右衛門、木村惣右衛門が朱印状をうけ、徳川家康も1603年これを再認しました。
 
 享保初年において、乗客を主にした三十石船671艘、貨物運送した二十石船507艘が生業を営んでいました。ところが、元禄11(1698) 年伏見船の新設にともなって大きな打撃を被り、のち在方船の進出により両者とも衰退したそうです。

大林家は、江戸期以来、海産物の市場として賑わった靱永代濱(うつぼえいたいはま)において、『大徳』と称して塩・干鰯(ほしか)の問屋を営んでいて、幕末動乱の商人受難期にもかかわらず、間口15間(27m)の店舗をはるに至ったといいますから、父・徳七さんの持つ商才の高さをうかがい知ることができます。

ですから、大林芳五郎さんは、当時としては恵まれた環境に生まれ育ったと言えるでしょう。

由五郎さん、つまりのちの芳五郎さんは、幼児より眼光炯々(がんこうけいけい)、眉太く、丸顔で豊頬(ほうきょう)、際立った腕白ぶりであったといわれているそうです。

11歳の由五郎少年は大店の呉服商『麹屋(こうじや)又兵衛』さんの店に丁稚見習(でっちみならい)となりました。

明治6(1873)年に父・徳七さんが没し、同9年にお兄さんが僧籍に入ったため、由五郎【よしごろう:大林芳五郎さんの初名(しょ めい)】さんが家督を継ぐことになります。

芳五郎(由五郎)さんは家督は継いだものの、麹屋での奉公を続け、父譲りの周到綿密さと母譲りの果断機敏によって主人に認められ、13年16歳で三番番頭に抜擢されて徳助の名を与えられるほどに出世します。

主人夫妻に男子がなく、娘婿にと望まれたほどだったのですが、明治13年に生家『大徳』は人手に渡っていて、家名再興を期す芳五郎(由五郎)さんは明治15年、18歳になると、この申し出を断って麹屋を去ります。

このときの同僚福松こと福本源太郎さんは、後に大林組四天王の一人となります。

 

ところが、麹屋を去り小売り呉服商を自営するものの、折悪しく西南戦争直後の極端な緊縮政策下に、大阪の町は火が消えたような不景気で、事業は不首尾におわりました。

呉服小売りに失敗した芳五郎(由五郎)さんは、一転して請負師(うけおいし)を志します。「小売商売は自分の性格に適さない。かねてから有望視していた請負業こそ自分の性格からしても魂を打ち込んでやれる仕事だ」と思い定めたと、後に芳五郎さんは述懐しています。


それで、土木建築請負業の修行をしようと、上京し、遷都(せんと)にともなう皇居造営を請負っていた砂崎庄次郎(すなさきしょうじろう)さんの膝下【しっか:自分を庇護(ひご)してくれる人のもと】に入ります。

砂崎庄次郎さんは慈父(じふ)のごとき大人(たいじん:徳の高い立派な人)とされ、芳五郎さんは、この人の下で、造営から、工事や技術のことばかりでなく指導者としての在り方についても、学ぶことが多かったと記しています。


宮内省出入の請負人であった砂崎さんは当時のいわゆる請負人とは選を異にした紳士で多芸多趣味。詩歌、俳諧に長じ、茶も師匠格、画も齢玉と号して一家をなす程の教養人でした。

大林芳五郎さんの恩師、砂崎庄次郎さん。


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大林芳五郎さんの、ダンディーな身だしなみも、師の砂崎庄次郎氏に大きな影響を受けたことであろうことは、想像に難くありません。

ダンディーな大林芳五郎さん。


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当時の芳五郎(由五郎)さんは、もちろん何らの建設技術をもたなかったので、出面【で づら:建築などの現場に出た大工・左官など職種別労働者の一日当たりの人数。また,その労働者に支払われる日当】、帳付け、そろばんなどの人事管理、庶務、会計などを担当したのですが、これは後に経営者としての管理に役立ち、工事現場の荒くれ男たちとの付合い法も会得しました。持ち前の融和性と侠気、堂々とした態度は彼らを心服させたのです。

芳五郎(由五郎)さんは、砂崎さんのもとで、本格化した皇居造営工事に従事しました。すでに土木、建築の基礎知識をもった芳五郎(由五郎)さんは、砂崎氏の不在中、女官部屋の敷地盛土と地ならし工事の見積りを命じられ、積算して見積書を提出するまでに成長していたのです。

皇居は明治22(1889)年1月に完成し、歴史的な憲法発布式典がここで行われました。規模においても、材料、施工の面でも、木造建築では当時空前のものといわれ、この模範的大工事の体験が芳五郎(由五郎)さんに与えた収穫は大きいものがありました。現在の大林組に至るまで継承されている材料の精選と入念な施工は、ここに発しているといわれています。


このころ大阪鉄道会社の初期工事を請け負っていた水沢新太郎さんは、芳五郎(由五郎)さんの力量を耳にし、友人の砂崎さんに芳五郎(由五郎)さんの借用方を頼み、砂崎さんももこれを承諾したため、芳五郎(由五郎)さんは明治20年、4年ぶりに郷里大阪に帰ってきました。このときから芳五郎(由五郎)さんの大阪を地盤とした活動が始まったのです。


この鉄道工事は大阪と奈良を結ぶ難工事でだったのですが、工事もさることながら、多くの部屋の寄合い世帯である土工たちの紛争の調停、統制には大いに悩まされることになります。ところが、芳五郎(由五郎)さんは偶然この地で再会した麹屋時代の旧友、野口栄次郎(「木屋市」として知られた顔役)さんの有形・無形の援助を受けて、この仕事をやり遂げることができました。

もちろん、これは芳五郎(由五郎)さん自身の人物、力量によるところが大きかったのはいうまでもないのですが、土木請負が労働力の供給を主体としていたこの当時、こういった『顔役』の発言力は強く、彼らとつながりをもつことは力強い後楯をもつことでもあったのです。

土木作業こそ人が協力して初めて成り立つわけですから、こういった一筋縄ではいかない現場人たちの人心掌握術というのは、事業においてとても大きな役割を持ちます。


明治21年夏には、水沢さんの命により、呉軍港の築造に従事し、約3カ月の後、部下の労務者と技師長との衝突事件を機に帰京し、これを契機に砂崎氏の許も去り、大阪に帰ることになりました。

やはり何の世界でも人間関係というのは難しいものです。

芳五郎(由五郎)さんは、このようにして請負業者として独立するに至るのですが、砂崎家との交情は終生変わることはありませんでした。

砂崎さんの下での修行を終えて戻った大阪は、様々の事業の勃興期(ぼっこうき)にあたり、上京した頃とはすっかり様変わりして、建物や工場の新増設が相次いでいました。


明治25(1892)年1月18日、芳五郎(由五郎)さんは、近江出身の豪商阿部一族の総煉瓦(そうれんが)造り、阿部製紙所工場新設工事一式の落札に成功しました。請負金12万1,000円という大型工事でした。

阿部製紙所工場(明治25年8月竣工/大阪府)


イメージ 12



同業者間でもほとんど名を知られていなかっにもかかわらず、落札に至ったのは、東京で当時最先端の工事を学んでいたため、一頭地(いっとうち)を抜(ぬ)いていたからだといわれています。

これを機に、芳五郎(由五郎)さんは『土木建築請負業』として『大林店』の名を掲げ旗揚げします。明治25(1892)年1月25日、齢(よわい)にして弱冠(じゃっかん)27歳でした。


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大きな後ろ盾があるとないでは大違いだもんね。アタシの実家も代々建築請負業だけど、正反対の道を…(爆)最後の1人はアタシだからアタシの代で家も絶えるし。でも、この資料館は入ったことなかったんでここで読めて良かった。今度行ってみます!凸

2014/9/17(水) 午前 8:14 むにゅ

今、再読してて気がついたんだけど芳五郎さん、アタシの祖父や父に顔がよく似てます。つまり、アタシの顔にも。ただ、こんなすごい福耳ではありませんが…比較的、耳は肉付きも良く大きめの一族なんだけど、芳五郎さんの耳はすごい!まさしく福耳ですね〜うらやましい。アタシは、ピアスの穴が両方の耳に3つづつ開いているから、福がすべて穴から落ちていく〜(爆)

2014/9/17(水) 午前 8:21 むにゅ

顔アイコン

玄関に飾ってある鬼瓦、素敵ですね。普通の鬼瓦に比べて優しい感じがします。

大林組の棟梁の大林芳五郎さんと言う方は、写真を見て思うのですが
本当にダンディな方ですね。
お顔を見ても大林組を率いる棟梁のお顔と言うより、歌舞伎役者のような感じがします。
写真を眺めながら「この方が、かの大林組を立ち上げた方なのかぁ・・・」と深く感じ入ってしまいます。

2014/9/18(木) 午前 9:55 [ afuro_tomato ]

むにゅさん、やはり支援者というか、応援してくれる見方がいないと、特に老舗の工務店を押さえて台頭してきた会社ですからね。
レストランも、ランチならと食指が動いたのですが、今回は歴史館ということにしました。
パネル展示が多かったのですが、これも大林が作ったの?って驚きましたよ。
もちろんJVも多かったのですが。ポチありがとうございます。

2014/9/18(木) 午後 8:20 眼とろん星人

むにゅさん、建築請負の仕事って、人をまとめないといけないので、そういう人を引っ張っていくお顔の相というのはあるのでしょうね。
言われてみれば、本当に芳五郎さんは福耳ですね。この大きな耳でもって、情報をキャッチしたのでしょうね。
大きい耳というのは愛嬌があるので、人に好かれたのでしょうね。

2014/9/18(木) 午後 8:25 眼とろん星人

トマトさん、この鬼瓦は丸みがあって、まるで大黒様みたいな温かさがありますね。
大林の屋号に、いろんな思いが込められていたのでしょうね。

本当におっしゃる通りです。棟梁というと、もっと無骨なお顔を連想しますよね。あと、田中角栄さんのような癖のあるお顔立ちとか。
本当に端正なお顔立ちですよね。
やはり、裕福な商人のおっとりした感じが上の人や、使っている人に親しみを感じさせたのだと思います。

それにしても、一代で大林組を築いたって、凄いことですよね。

2014/9/18(木) 午後 8:31 眼とろん星人


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