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海遊館は大阪天保山(てんぽうざん)にあります。 そして天保山は、標高4.53メートルの二等三角点(三角測量に用いる際に経度、緯度、標高の基準になる点のこと)がある日本一低い山だそうです。 この場合の「山」の定義は「国土地理院発行の地形図に山名と共に載っていること」で、天保山が築山(人工の山)だから、「日本一低い山」ではないという意見もあるそうです。 「うちこそが日本一だ」って名乗りを上げている山が他にもあるのです。 日本一低い自然の山は弁天山(徳島県徳島市)の6.1mで、日本一低い火山は笠山(山口県萩市)の112m(世界一低い火山でもある)だそうです。 ちなみに、日本一高い山は富士山の標高は3,776mです。 前掲載した富士山(新幹線の車窓から撮影) ただし、日本が台湾を領有していた時期の日本最高峰は、台湾島のほぼ中央部に位置する旧称新高山(にいたかやま)=モリソン山 (Mount Morrison) で、現在の玉山(ぎょくさん)の3,952mでした。明治天皇により「新しい日本最高峰」の意味で新高山と名づけられたそうです。 新高山といえば1941年12月2日に発令された日米開戦の日時を告げる海軍の暗号電文「ニイタカヤマノボレ一二〇八」が有名ですが、当時の海軍の通信符号表には“ニイタカヤマ”は登載されておらず真偽のほどは分からないようです。 富士山の横っちょにある江戸宝永山(ほうえいざん)は宝永四年(1707年)の噴火で誕生し、昭和新山は昭和18年(1943年)12月から昭和20年(1945年)9月までの2年間に17回の活発な火山活動によって形成された溶岩ドームですが、大阪天保山は天保2年(1831年)の噴火で誕生しました…? というのは嘘で、洪水防止と大坂への大型船の入港をしやすくするために安治川(あじがわ)の河口を浚渫(しゅんせつ)した際、その土砂を河口に積み上げて作られた人工の山なのです。 早い話が、川底をさらったときに積み上げられた土砂の集まりです。 当時は20mほどの高さがあり、大坂の町へ遡るため安治川に入ろうとする船にとって目印となっていました。 海岸べりに高灯籠(灯台)が設けられ、山には松や桜の木が植えられて茶店なども置かれ、その当時から既に現在同様の観光スポットであったといいます。当時の舟遊びをする人々の姿は歌川広重などによって浮世絵に描かれています。 当時の様子の絵 その後、幕末に河口を守る砲台が天保山に建設されたため山土が削り取られ、さらに工業地帯化された大正から昭和にかけて、地下水のくみ上げ過ぎで一帯の地盤沈下が起こって標高が下がり、一時は地形図からも山名が消されていました。まったくもって情けない話です。 これに対し、地元からの復活要望によって1996年に再掲載され、以来、日本一低い山を誇っています。 ということで、物好きな私は天保山に登ることにしました。 地下鉄大阪港駅から降りて海遊館の右にある大観覧車の更に右に小公園があって、天保山はその中にあります。 公園内に小高い丘があって、そこが天保山だと思って登りました。 あれえ?様子がおかしいねえ。山頂を示すものがないねえ。 実は、これは地下鉄のトンネルを掘ったときの土で作られた丘だそうです。もちろん天保山ではありません。 それで、公園内をぐるぐる探し回ったのに、肝心のお山が見つかりません。 あきらめて帰りかけたとき、公園入り口に地図があるのに気がつきました。 山頂は、さっきテキヤのオジサンが店開きの準備していたので、避けて通ったところにありました。 そんなところで商売しちゃだめだよお! やっと場所が分かったので、いざ登山です。 登山といえば、登山隊を編成して重装備で地元のシェルパを雇って、ベースキャンプを張って、最終キャンプでアタック隊を選抜して、酸素ボンベを背負って、行わなければなりません。 ところが、わが隊のスジャータちゃんなんかハイヒールを履いています。緊張感がまったくありません。 いよいよ山頂へアタックします。ブリザードに遭遇したら、ビバーグということも考えられます。いざとなったら『勇気ある撤退』も覚悟せねばなりません。 雲間に霞む天保山頂。右のスロープ階段のほうがずっと高そうなのは何故? これが艱難辛苦の末、登頂に成功した天保山の山頂です。 左下の四角い石の十字マークが山頂だよ。なんか有難みがないねえ。 山頂の横にあるのは、明治天皇が慶応4年3月26日(1868年4月18日)15歳7ヶ月に電流丸(咸臨丸型)、万里丸、千歳丸、三邦丸、華陽丸、万年丸の六隻(合計2452トン) フランス艦1隻で日本初の観艦式を行った行幸記念碑です。 明治時代、天保山付近に海に面した港(現在の大阪港)を建設しようと苦闘した西村捨三翁の銅像です。 天保山より、海越しにユニバーサルスタジオジャパン方面を望む景色。 なんかうら悲しい風景です。 それで、天保山には登頂証明書を発行してくれる天保山山岳会事務所があります。 天保山山岳会事務所の行き方は、山頂の写真の右真ん中の白い紙に地図入りで書いてあります。山頂で確認してくださいね。 大阪市営地下鉄中央線の大阪港駅の反対側にあって、結構な距離を歩かなければいけません。天保山登山より余程困難な道のりです。 天保山山岳会事務所は喫茶店内にあるので一服しようと思ったら、お店は休みで、事務所だけ開いていました。 天保山山岳会事務所の看板です。 登山証明の発行は受け付けてくれるみたいです。 中に入ると会長さんらしきおじさんが座っていたので、『登頂証明書を下さい』と言って手数料10円也を募金箱のようなものの中に入れると、『ごくろうさま』とその場で発行してくれました。 別に証拠写真とかは求められませんでした。第一、登頂するよりも、この事務所を捜し当てるほうが重労働なのです。 これが、証明書です。 文面を読むと、登頂証明書というよりも、むしろ『いちびり(うれしがり・目立ちたがりの意の大阪弁?)精神の持ち主』であることの証明書になっています。 ということで、大阪海遊館に行ったついでに、時間があれば話の種に登山してくださいね。
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2007年11月29日
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