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と絶叫したのをテレビで観ていたおばあちゃんが、「試合中まで、のび太のび太って言わなくても良いのに」ってつぶやいたそうです。 ことほど左様に古田敦也さんがの仇名が『のび太』というのは世間に浸透していたのですが、 他にもアニメのキャラクターのそっくりさんはいらっしゃいます。 まず、西武ライオンズの元エースとして記憶に新しい、工藤公康(くどうきみやす)氏が似ているのは、 工藤さんには、いちど卵の殻の帽子を被ってもらいたいものだねえ。 読売巨人軍のキャッチャー史上最強の打棒を誇り、攻守に亘って大活躍中の阿部慎之助捕手。 阪神タイガースの押さえのエース藤川球児投手。 この人が似ているのが、『小さなバイキングビッケ』の主人公『ビッケ』。 番外で、これはアニメキャラクターではないのですが。 現在野球解説者、タレントとして大活躍の往年の名投手坂東英二投手は、 いくらなんでも、人の顔が親指に似ているなんて、ありえないでしょう。 ということで親指の画像をググってみると・・・。 坂東英二投手は、中日ドラゴンズのピッチャーでした。 しかし、それよりも球史にその名を刻んでいるのは、徳島県立徳島商業高等学校のエースとして昭和33(1958)年の第40回全国高等学校野球選手権大会準々決勝の対富山県立魚津高等学校戦、村椿輝雄(むらつばきてるお)投手と演じた壮絶な投げ合いです。 坂東英二投手は、その試合で18回を投げ抜き25個の三振を奪ったのですが、相手の村椿投手も譲らず、0対0のまま引き分け、翌日再試合となりました。 これには、その前にちょっとした因縁があります。 この魚津高戦の4ヶ月前に春季四国地区高校野球大会が行われた際に、坂東投手は対高知市立高知商業高等学校戦で16回、翌々日の対香川県立高松商業高等学校戦で25回を一人で投げ抜きました(この時の高松商業・石川陽造投手も25回を完投)。 選手にかかる過重な身体的負担から、この事態を重く見た日本高等学校野球連盟は、この年から「延長18回を終えて引き分けの場合はその時点で試合を終了し、後日再試合を行う」ことを決定していたのです。 つまり、坂東投手が自ら作ったルールが適用された第一号が、やはり坂東投手だったのです。 それにしても坂東投手はもの凄いスタミナで、延長18回を投げきった試合直後、坂東投手は記者会見で集まった記者に対して開口一番「いやぁ〜、記者の皆さん、遅くまでどうもお疲れ様でした」と発言し、記者はその驚異的なスタミナに唖然としたそうです。 坂東投手は、準々決勝の再試合も完投して勝利を収め、準決勝で対作新学院高等学校戦を制したのですが、決勝でついに力尽き、対山口県立柳井高等学校で惜しくも敗れました。 なお、この大会で坂東投手が記録した83奪三振は高校野球の一大会における通算奪三振最多記録で、今現在も破られていません。 つまり、坂東投手の三振記録は、怪童尾崎行雄投手、怪物江川卓投手、桑田真澄投手、平成の怪物松坂大輔投手 ダルビッシュ有投手という高校野球史に残る蒼々たるピッチャーでも破ることができなかった大記録なのです。 だから、坂東さんが中日に入団したときの契約金は王長嶋両選手より多かったと、ご本人は自慢と言うか、ギャグにしています。 それにしても、坂東英二さんは親しみやすいキャラクターとその多才さ故に、過去の輝かしい球歴が霞んでしまうぐらい、今なお大活躍です。 歌もとてもうまいし。 坂東英二さんが歌った『 燃えよドラゴンズ!(1974)作詞:山本正之、作曲:山本正之』 伸びのある声が、プロの歌手と言われても分からないねえ。 ボールの形をした給水塔が印象的だった“中日球場”で、現監督の高木守道さんが1番打者として登場し、星野仙一投手が世界の大打者王選手を討ち取っているのが凄いですね。 『くじらを食べて優勝だ』って歌詞は、この頃のDNAは捕鯨をやっていた大洋漁業が親会社の『大洋ホエールズ』だったのですね。 広島・ヤクルトが出てこないのは、当時弱すぎたからかな? 『松本 渋谷のミラクル投法』とか、『森下コーチのピストンサイン』ってどんなだったんだろう? それにしても、今の坂東英二さんは、ゆでたまご好きでお喋りの元気なおじさん扱いですが、高校野球史上一番の大投手といえば、なんと言ってもダントツでこの人なのです。 |
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2012年07月29日
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