【ファイルF64】2014.08.26 大阪にある大林組旧本店ビル【現ルポンドシエル ビル】だよ(その1)風格のある立派なビルだねえ。前回まで『大阪市民の生命財産より自分の人気取りが優先する元大阪府知事・現大阪市長』について書いていたのですが、↓http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/55098228.html 大阪の優秀な西洋建築の遺産はまだまだあります。別に府立図書館を廃館して観光施設にしなくても、知っている人は知っているのです。 今回は、大林組旧本店ビルです。このビルも高級フレンチレストランが入って観光資源としても活用されています。 わざわざ公(おおやけ)が、余計なことをしなくても良いのです。それこそ民業圧迫です。 竣工当時の大林組旧本店ビル【大林組HPより】↓http://www.obayashi.co.jp/history/columns/back005↑上記の記事から、一部引用させていただきますと。↓ ※ ※ ※ 2009.11.05 都市の過去と未来とを繋ぐ建築 建築史家 橋爪紳也 大林組旧本店ビルは、時代の節目にあって、建築界における尖端を示した建物であった。ひとつには構造での取り組みがあった。1923(大正12)年9月、関東大震災によって帝都が壊滅的な打撃を被る。専門家たちは耐震耐火性能に優れた鉄筋コンクリート構造の重要性をあらためて確認する。 大阪にあっても、百貨店や賃貸オフィスビル、ターミナルビルなど、数階から10階建て程度のビルディングを建設する動きがさかんになった。建設会社がそのノウハウを得ることを要請されたのは当然のことだろう。旧本店ビルの工事にあたって、大林組は社員をアメリカに派遣し最新の建築工法と建築機械の導入に力を入れた。 いっぽう意匠面にあって、同時代の流行を採択したという点にも注目したい。土佐堀川の畔にあるモダンなビルディングは、大阪で創業した同社にとっ て、四代目の社屋である。腰壁には竜山石を用い茶色のタイルを張った外観は、1926(大正15)年6月の竣工時には、界隈のランドマークとなったことだろう。 (中略) 旧役員食堂はカタロニア風、壁には中近東の諸国を思わせる模様や舵輪のレリーフがあった。要所に据えられた彫刻は、大林組設計部に所属していた彫刻家大塚尚武の作品である。 外観には当時、アメリカで流行していたスパニッシュ・スタイルの影響をみてとることができる。 意匠設計を担ったのは、設計部員であった平松英彦である。会社の象徴となるビルはどのような姿がふさわしいのか。小田島兵吉がまとめた平面計画に基づいて、社内で設計競技が行われた。審査の結果、毛利泰三、 木村得三郎たちの案を凌いで、平松の作品が一等に選定された。 一期生として京都帝国大学工学部建築学科に学んだ平松は、在学中から大林組で実習した経験もあって、卒業後、入社する。師である武田五一ゆずりなのだろう、スパニッシュ・ミッション風のデザインを得手とした。 もっともスパニッシュ・スタイルの案が選定された背景には、1921(大正10)年に米国に外遊した当時の副社長大林賢四郎の好みであったとも伝えられている。 所在地:大阪市中央区北浜東6-9 建築年:大正15(1926)年 構造・規模:鉄骨鉄筋コンクリート造6階建 地下一階 設計:大林組(小田島平吉、外観デザイン:平松英彦) 施工:大林組 大大阪のモダン建築については、橋爪紳也先生にお世話になりっぱなしです。良書ですので、皆さんも興味があればぜひお読みくださいね。このビルは、大正15(1926)年の竣工から、昭和48(1973)年、土佐堀通(とさぼりどおり)を挟んだ南側に大阪初の超高層として今の大阪本店ビルを建てるまで、半世紀の間、本社として使われてきました。現在は、ルポンドシエル(LE PONT DE CIEL Resturant Francais)というリヨン近郊シャスレーにある2つ星レストラン「ギィ・ラソゼ」と提携した高級フランス料理店が、向いの大阪本店の超高層ビル30階から移転してきて、ルポンドシエル ビルとして蘇っています。フレンチ・レストラン、『ルポンドシエル(LE PONT DE CIEL Resturant Francais)』のHP↓http://www.pont-de-ciel.co.jp/ 現在の大林組旧本店ビル【現ルポンドシエル ビル】の全景(土佐堀通=南側から撮影) ※ ※ ※ ルポンドシエル ビル スクラッチタイルが印象的な、スパニッシュスタイルの建物です。大林組旧本店ビルとして一時代を担った建物を未来に残すため、耐震補強から設備まで全面的に改修し、ルポンドシエルビルとして生まれ変わりました。歴史的なファザードを残すため、既存の窓の内側に耐震壁を設けるなど、意匠性と機能性に配慮しています 発注:大林不動産 設計・施工:大林組 竣工:2007年 ※ ※ ※(以上引用終わり) 鷲さんといえば、辰野金吾博士が設計し、大林組が手掛けた東京駅舎の天井ドームにも鷲さんが鎮座ましましていましたね。↓ http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53889282.html ちょっと見には、三本足の八咫烏(やたがらす)のようにもみえますが、下の一本は、良く見たら。どうやら尾羽のようですから、これも鷲(わし)さんなのでしょうね。 イルカさんといえば、旧横浜正金銀行本店(現神奈川県立歴史博物館)にも、伝説の神獣のようなイルカさんをあしらった彫刻があったねえ。↓ http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51820082.html ↑ なお、上の写真の右端に移っている白いビルも、福原ビル(旧称:国光生命保険相互会社大阪支店)という昭和の名建築なのだそうです。背後の高層ビルが大林組大阪本店。 ラテン語で“ANNO DOMINI MCMXXVI=紀元1926年と竣工の年次を刻んでいます。“ANNO DOMINI”が『キリスト紀元』で、良く『A.D.』と略されますね。 “MCMXXVI”が『1926』のローマ数字です。写真右の茶色く映っている大林組旧本店ビル【ルポンドシエル ビル】に土佐堀通(とさぼりどおり)を挟んで建っている高層ビルが、かつての登記上の本店および大阪本店(大阪大林ビルディング、大阪市中央区)です。法人登記上の本店は、今はここから東京都港区港南2丁目15番2号に移ってしまいました。こんなことするから、大阪の地盤沈下、東京の一極集中だって言われるんですね。
国土交通省の許認可があるから、本社機能は東京に移した方が便利だとして、
【国土交通省HP】↓http://www.mlit.go.jp/index.html 法人登記ぐらいは大阪に残せばいいと思うのですが、法人税とかややこしそうですから、そうはいかないのでしょうね。本当に地方の復権とか言うのだったら、首都移転とか、大阪都構想とか、失敗することが明白な愚策よりも、こちらの方を何とかするのが手っ取り早いと思うのですがね。ということで、大林組大阪本店です。上述の通り、大阪初の超高層ビルでした。所在:大阪府大阪市中央区発注:大林組 設計・施工:大林組 竣工:1973年 このビルは、昭和の名建築として、BCS賞第15回受賞作品(1974年)に選定されました。ということで、次回に続きます。↓ http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/55198210.html |
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2014年08月26日
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