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※ ※ ※ みはしを見たり聞いたりすると自然に笑顔がこぼれ、お店に入るとほっとして、あんみつを召し上がるとそのおいしさに感動する、そんなお店でありたいと願っています。 これからもご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。 昭和23年3月、まだ戦後の混乱が残る上野公園前にあんみつ屋として創業しました。 先代の話ではありますが、戦後直後の東京は農業生産力も低下して、天候不順もあり、食糧不足が深刻な時期でした。 食糧管理法や配給統制法により、砂糖や小豆の入手に大変苦労したようです。 その分、お汁粉やあんみつはお客様に大いに喜ばれ、大繁盛だったようです。(写真は創業当時の本店) ※ ※ ※(以上引用終わり) こういうときは、あんみつより、お汁粉に限ります。それで、『田舎汁粉(いなかしるこ)』 580 円也を注文しました。上野といえば、近くに寄席の上野鈴本演芸場(すずもとえんげいじょう)があります。ということで、連想するのが、よく“懐かしの昭和のCM”で紹介される初代林家三平師匠の『渡辺即席しるこ』です。なお、渡辺製菓は、昭和48年(1973年)に鐘紡が渡辺製菓を吸収合併したことから、粉末の商品をクラシエフーズが引き継ぎ現在に至っているようです。http://www.kracie.co.jp/release/10047395_3833.html ※ ※ ※ 即席しるこは、昭和30年・40年代に「渡辺ジュースの素」で大人気を博した渡辺製菓から発売され、半世紀が経過しました。 発売当初のTVCMには、当時の人気落語家・(初代)林家三平氏を起用し、 「おもちも入ってべたべたと〜。安くてど〜もすみません」 のフレーズは一世を風靡しました。 ※ ※ ※(以上引用終わり) 関西では、こういった粒餡のお汁のお椀を“ぜんざい”と言い、漉し餡のお汁のそれを“おしるこ”と言います。それで、漉し餡の方つまり関西では『しるこ』と呼ぶものは、江戸・東京では『御膳汁粉(ごぜん‐じるこ)』と呼ぶのですが、こちらの方はちょうど夏メニューに変わったところだったので、この時期はやっていませんでした。粒餡は、程よい歯ごたえで、豆の中まで均等に火が入って甘さが染み込んでいるのです。それが、とろみのある、きめの細かいお汁の甘さと相まって、本当に和菓子の甘さなのですね。口の中に嬉しい甘さが残りますが、後味はべたべたとしていません。それから、やはりお餅ですね。表面に焦げ目があってパリッとしているのが私は好きなのですが、そこは銘店なのです。私にとっては少し残念なことに、体裁よく焼き方が上手なので特に強い焦げ目はなく全体的に腰があって良く伸びるお餅です。お餅と餡子ってよく合うねえ。江戸時代京都の天才画家若冲の展覧会の後に、江戸のお汁粉というのもオツなものです。それにしても図録が重いねえ。その上に展覧会場ショップの一つ下の階では、若冲関係の書籍コーナーがあって、Amazonで品切れになっていた若冲を特集した和樂 2016年 4・5月号が普通に売っていたので、つい出来心で買ってしまったのです。 2016.06.20追記。 |
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