アトモス部屋

ばたばたしていて、レス、訪問遅れてすみません。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

【ファイルET104】2016.07.02 『江戸趣味小玩具仲見世 助六』に行ったよ。

江戸時代からある老舗=世界の海洋堂フィギュアの元祖だねえ。


日本の小さいものカワイイものは、世界でブームになっていますが、これは日本の悠久の歴史の中で育まれたものです。


今回は浅草仲見世にある、今では日本で唯一の江戸趣味小玩具を売っている助六さんというお店に行ってきた時のことを記事にします。


このお店を知ったのは、『コメディーお江戸でござる』(NHK総合テレビ)にもご出演され、江戸学に詳しい故杉浦日向子さん【平成17〈2005〉年惜しくも46歳の若さで逝去されました】のエッセイ集というか画文集の『一日江戸人』で紹介されていたのを読んでです。


お店は、間口一間なのですが、そのお店の中に、江戸小玩具約3000点の小宇宙が広がっています。


イメージ 1



実は、この4年ほど前にも訪れたのですが、その時買った玩具を紛失して、アップできない状態だったので、今回再訪したのを機に、記事にしました。


前回訪れた時は、学識が豊富な『浅草仲見世 助六』店長の五代目御主人、木村 吉隆さんが親切丁寧に応対していただきました。


とても気さくでお話が大好きなご主人です。

粋でハンサムかつスマートな江戸っ子の慶応ボーイなので、該博な知識でもって、次々と江戸小玩具の知識が泉のように、まさに立て板に水の江戸っ子口調で、いろいろと説明してくださいました。


杉浦日向子さんの本でこのお店を知ったと伝えると、山口瞳さんや池波正太郎さんもここの玩具に惚れ込んで、常連として買い集めていたんだって。


まず、私の最初のお目当ての『とんだりはねたり』の助六バージョン(幅30mm、高さ46mm、奥行き55mm:3,300円)。


イメージ 2



こうやって遊ぶんですよって実演していただきました。


裏向きにして、レバーの切れ込みにゴムを引っ掛けて、逆方向に倒し、手で押さえつけるようにセットします。


イメージ 3



そして、手をはなすと捩じられたゴムの反動で飛び跳ね、男子体操、オリンピック金メダリストの内村航平選手顔負けの宙返りをして着地します。

その時に、被っていた笠が飛んで、ハンサムな助六さんのお顔が拝めるという寸法になっています。


イメージ 4



「待ってました、成田屋」と大向こうから声がかかるねえ。

この『とんだりはねたり』は、今からさかのぼること、240年ほど前の江戸小玩具の大ヒット商品だったそうです。


最近の例で言うと、妖怪ウォッチみたいなものですね。


『とんだりはねたり』については、『しめこの兎(うさぎ)』実演の動画があるのでご覧ください。

江戸趣味小玩具 助六 - 地域情報動画サイト 街ログ





 うまくみられないときはこちら。↓


歌舞伎の『法界坊』のなかで、法界坊たちが「しめたしめた しめこのうさうさ」と節をつけて唄う場面があって、これは「兎を絞(し)める」ことで食べ物をいただけるというお祝いの『絞める』と、ものごとがうまくはこんだという意味の「しめた!」をかけた地口なのだそうです。


当時としても、そんなに安いものではなかったはずで、それでも大ブームになったのは、子供にねだられると、甘いのは、江戸時代の親も一緒だったんだねえ。


この江戸時代の大ヒット玩具『とんだりはねたり』は、『助六』さんが店を構えるさらに以前の今から約240年ほど前の安政年間(1772〜81年)、浅草田町に住んでいた亀屋忠兵衛というひとが当時評判の「亀山のお化け」という見世物からヒントを得て案出し、雷門のそばで売り出したのがはじめといわれているそうです。


やがて、天明時代(1781〜89)になると、雷門に定店が設けられるほどの浅草名物となりました。


私が買ったのは、店名にもなっている『助六』さんですが。現在江戸小玩具のお店として唯一残っているこのお店の歴史は、今からさかのぼること約150年前の江戸末期、慶応2年(1866年)の創業に始まります。


初代が八十八(やそはち)さん、二代目が巳之吉(みのきち)さん、子之吉(ねのきち)さん、卯三郎(うさぶろう)さんと続いて当代五代目が木村 吉隆(よしたか)さん。

ご主人が伝え聞くところによると、仲見世で店を始めた当初は餡パンを売っていたところうまくいかず、人形焼を「名所焼」といって売り出して評判になったそうです。


隣の人形焼「木村屋本店」は、この「助六」の御主人、木村 吉隆さんのお母様の御実家なんだそうです。


そういえば、以前、人形焼「木村屋本店」も記事にしたことがあったのですが、「助六」さんとそんなつながりがあったなんて、知らなかったよお。

 人形焼「木村屋本店」の記事はこちら。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/54026481.html

初代の八十八(やそはち)さんは、「最初、絵草紙などを売っていて、だんだんと小玩具を商うようになっていったようだ」ということです。

「とんだりはねたり」や「ずぼんぼ」など子供の手あそびおもちゃを並べるところから始めて、次第に江戸趣味の玩具になっていったのでは、というご主人の言。

昔仲見世には、「助六」さんの外にも「武蔵屋」「伊勢勘」といった江戸趣味小玩具の店が三軒あって、「助六」さんがいちばんの新規参入店であったそうですが、今では、助六さん一軒だけになったのは、寂しいことです。

江戸小玩具のお店は、薄利なうえに、商品の種類が多く、小さいので、管理だけでも大変なのだそうです。


「助六」という屋号の由来は、浅草寺の辰巳の方角という縁起のいい場所で店をはじめるにあたって、観音様の五臓六腑をお助けしようと思い、そして住まいが花川戸にあったため、歌舞伎十八番のひとつ「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」に登場する花川戸の助六にちなんでのこと。


画像検索をしたら、Amazonで、『写真集市川海老蔵 (十一代目襲名記念写真集)』を見つけたのですが、海老蔵さんが助六を扮していらっしゃる姿が表紙を飾っているので画像をお借りしますね。


イメージ 5



江戸一番の男伊達(おとこだて)、強きを挫(くじ)き、弱きを助ける侠客助六(きょうかくすけろく)さんです。

このお店で売っているのは、江戸玩具という小さな玩具=ミニチュア玩具なのですが、小さくて可愛くて、手間だから少々値がはります。

小さいから作るのが難しいんだねえ。

=

狭いお店で写真を撮られると迷惑なこともあって、店内は撮影禁止です。

ご主人の撮影許可を得て、その時に写した木村 吉隆さんの写真です。


イメージ 6



奥には助六の絵が

日除けを上げ下げする金属棒を持ったままだねえ。


御主人の木村 吉隆さんは、「職人で『徹子の部屋』に出たのは私ぐらいだ」って自慢していました。


日本の貴重な伝統工芸ですから当然ですね。

だから、皇太子殿下、雅子妃殿下もご来店なさったこともあります。

さらに国賓として来日したダイアナ妃(Diana, Princess of Wales)や、今、大統領選中のヒラリー・クリントン夫人(Hillary Rodham Clinton=第42代アメリカ合衆国大統領ビル・クリントン氏の妻)も訪れたことがある由緒のあるお店です。


旧大蔵省からも切手の図案に使わせて欲しいってお願いに来たんだって。


それでもって出来た切手がこれ。

【年賀切手】 昭和33年用 年賀切手 (犬はりこ)1958年発行

http://www.city.okayama.jp/museum/newyear-stamp/s33.html

イメージ 7



江戸玩具のひとつである犬張子の起源は、平安時代に身の汚れや災いを取り除く祓いの具として用いられた狛犬の像にまでさかのぼります。


切手の絵のようにデンデン太鼓を背負ったものは子供の魔除けとして好まれ、デンデン太鼓に裏表が無い事から「裏表の無い素直な子供に育ちますように」との願いが込められているそうです。


平成19年用年賀50円郵便切手 江戸趣味小玩具「宝珠の猪

https://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/hagaki/nenga_hakko/2007/hakko.html

イメージ 8



先ほどの助六の『とんだりはねたり』は再購入だったのですが、もう一つ可愛い人形があったので、買いました。


豆まき人形です(幅40mm、高さ40mm奥行き30mm:3,300円)。


イメージ 9


右手には鬼じゃなくて、お多福さんのお面を、左手には豆まきの桝を持っているねえ。


ちっちゃいのに、髷(まげ)が立派だねえ。


イメージ 10



イメージ 11



ところで、節分の豆まきですが、

江戸時代、神社仏閣のなかで節分会(せつぶんえ)の行事を大規模に行ったのはここ浅草寺(せんそうじ)が最初で、その様子は『江戸名所図会』にも描かれています。


 『江戸名所図会』より、浅草寺の節分会

イメージ 12



その伝統はいまなお守り続けられ、この日の観音様の境内は、善男善女であふれかえります。

このとき、観音様の前に鬼はいないということから、「福は内、福は内」と大きな声でいいながら豆まきをします。

だから上の子も、お多福さんのお面を持っているのですね。

「福は内、福は内」ですから、桝のなかに於福やお多福豆が入っています。観音様の豆まきの桝には、「福は内」の『福』という字が書いてあるそうです。

そして桝には、福が“ますます”増すようにとの願いがこめられているそうです。


それにしても、世界の海洋堂のフィギュアは、こういう伝統の流れを汲んでいるのですね。


江戸小玩具がこんなに小さいのは、

江戸は享保時代(1716〜36)のこと。八代将軍徳川吉宗公が享保の改革を実施し、贅沢禁止令が出されるご時世に、裕福な町民層が楽しんでいた大きくて豪奢な玩具が御法度になり、できるだけ小さくて精巧な細工を施し、風刺や洒落をきかせた粋な江戸趣味の小玩具が作られるようになったからだということです。


この精巧さなら、これはこれで、贅沢な話だと思うのですが。

ということは、海洋堂さんのフィギュアが世界で評判なのも、暴れん坊将軍徳川吉宗公のおかげなのかな?


 海洋堂制作サンシャイン水族館限定ガチャガチャ!を掲載した記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/54002739.html

そうでなくとも、もともと日本人は小さくて可愛いものを愛でる文化を持っていますよね。


助六さんで売っている江戸小玩具の写真集も出版されています。


『江戸の縁起物――浅草仲見世助六物語 木村 吉隆著 亜紀書房 (2011/12/20)』


イメージ 13



今回の記事も、この本を参考にさせていただいています。


3000点ほどの小玩具のなかから、代表的な約200点を厳選してあり、巻末の「浅草仲見世 助六物語」では、ご主人が、関東大震災、東京大空襲という災禍のなかから復興し、暖簾を守り続けてきた約150年間の店の歴史や、今の浅草への思いを語っておられます。


前回、このお店を訪れた時は日除けが下りていました。


イメージ 14



日除けのアップです。このデザインは、お店の袋にもあしらわれています。


イメージ 15



 浅草仲見世のHPから、助六さんの紹介ページはこちら。
http://www.asakusa-nakamise.jp/store/pop.php?sid=95

ということで、伝統の江戸小玩具『助六』さんでした。

こういう文化はずっと続いてほしいものですね。

全1ページ

[1]


.
検索 検索

ブログバナー

眼とろん星人
眼とろん星人
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事