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http://www.geocities.jp/metoronjr7/1/2007.07.01.htm
【ファイル2】 2006.07.15 闖入者
あれから、私は過酷にして劣悪な地球の環境に体を馴致させながらも、平穏な生活を送っていた。
ところが、その平穏を乱す出来事が起きたのである。その『事件』は、ある闖入者によってもたらされた。私はこれからその顛末を記したい。
それは、あるうららかな日曜の昼下がり、わたしはいつものように書物によってこの星の情報を渉猟していた。小一時間で100冊ほどの本を読み終え、あまりの気候の良さにうつらうつらとまどろみを覚えた頃、わたしの部屋、取りも直さず、このアトモス部屋のことなのだが、その部屋のドアを叩く音がする。最初は遠慮がちに、そして徐々にその音が大きくなっていく。
「眼とろん星人さん。貴方がいるのは分かっています。ドアを開けてください」若い女性の声がそう言っていた。
私の名が呼ばれたことに、私は気が動転した。どうしてここが私、すなわち眼とろん星人が居住するアパートの一室だと分かったのだろう。できることなら、私はその声とノックの音を無視したかった。しかしながら、これ以上、騒ぎが大きくなると、近所の手前、私の存在が目立ってしまう。
ただでさえ、管理人を初めとした近所の人間は私の私生活を怪しんでいるに決まっているのだ。私は一度深呼吸をしてから、決然として鍵を外し、勢い良くドアを開けた。
私がドアを開けるのと、彼女のコブシがドアに向かって振り下ろされるタイミングが見事にシンクロした。そう。彼女のコブシが私の額を直撃したのだ。
私の眼前に無数の星が瞬いた。その中には吾が母なる星、眼とろん星もあったはずである。私は一頻り頭を振ると、目の前に立っている人影を凝視した。
そこには眼の醒めるような美人が立っていた。
「すみません。突然お訪ねして」
「それより、どなたですか。こんな時間に」
「こんな時間と言っても、お昼ですよ」
「貴女は、私のことをどうしてそのような、『何やら』星人などと呼ばわるのですか」
「分かっているんです。貴方が眼とろん星人さんだってことは」
その声には、一かけらの逡巡躊躇も含まれていなかった。私が眼とろん星人であることを確信していることは明白だった。なあに、彼女の如き小娘が私のことを眼とろん星人と知ったところで、誰が彼女の言うことを信じようというのだ。ここは私が彼女の戯言に付き合っているということにして、なんとかこの場を収束するにしくはないのである。
私は安堵とともにそう判断すると彼女に向かって尋ねた。
「私が仮に、その眼とろん星人とやらと認めたとして、それがどうしたのですか」
「わあ。やっぱり眼とろん星人さんなんだ。探しちゃったわ。わー、ほんとーなんだ」
彼女は興奮醒めやらぬ表情で、可愛らしく両手を頬にあてがって、ぴょんぴょんと小躍りした。
「私はスジャータといいます。はじめまして」そう言うと彼女はぺこりとお辞儀をした。
「何を隠そう、いかにも私は眼とろん星人ですが、その眼とろん星人に、見目麗しいスジャ−タちゃんが何用ですか」
「見目麗しいなんて感激だなあ。私、子供の頃から地球人以外の人に会うことが夢だったんです」
「それは変わったお子さんで」
「そうなの。スジャータって友達からいつも変わった子って言われてた」
「それはそうと、貴女はどう見ても日本人種にしか見えないのですが、変わった名前ですな。スジャータというのは確か、お釈迦様が難行苦行の末、その無意味さを悟ったときにミルク粥を差し出した村娘の名前だったと思うのですが。それから、コーヒーに入れるフレッシュ・ミルク、もしくは新幹線の車内販売で買える、スプーンが折れるほどカチカチに凍ったアイスクリームを製造するメーカーの名前として記憶しているのですが」
「さすがは眼とろん星人さん。地球の調査が行き届いているわ。勿論、スジャータってのはニックネーム。私が族の頭やっていたときの名前よ」
「ゾクのカシラって?」
「暴走族のリーダーよ。塀にスプレーで書くときはこう書くの。
素=『素敵』の素
蛇=『蛇のように執念深い』の蛇
亜=『亜細亜の曙』の亜
他=『会うときには何時でも他人の二人』の他。
それで『素蛇亜他』」
「それはそうと、『素』と『蛇』は分かるのですけれど、『亜』と、『他』が少し古くはありませんか。貴女の世代の共通認識からは外れていると思えるのですが」
「図書館で育ったから」
「図書館?」
「うちの裏庭に建っているの。煉瓦造りで5階建てのが。勿論司書もいるわ。そこで子供の頃から、宇宙に関する本とか、昔の雑誌とか、ドーナツ盤を探し出しては親しんでいたから。それで、友達と話が合わないことが多かったの」
「裏庭に私設図書館ですか。それは凄い」
「それで、使用人にかしずかれる生活に飽き飽きして族に入ったのだけど」
「けど?辞めたんですか」
「そう、足抜けってやつ」
「ほほう。それはどうして」
「飽きちゃった。それから、タカシとヒロシっていう頭がいて、どういうわけか、勝手に私の取り合い始めちゃって」
「ふむふむ。貴女ほどの器量なら、そのような恋の鞘当てが生じても不思議はありますまい」
「そうなのよ。それで、タカシがヒロシをナイフで刺しちゃって」
「ああ。それは困ったことだ。それで、ヒロシくんの安否の程は」
「死んじゃった。おなか刺されて七転八倒して。それで、今日はヒロシの命日。墓参りの帰りなの」
「とんだついでもあるものですな。して、タカシ君の今の境遇は」
「当然別荘暮らしよ。未成年だったから、もうすぐ出てくるけど」
「それで、貴女はどちらに気持ちが傾いていたのです」
「どっちも嫌。だって二人とも、あったま悪いもん」
「それで、タカシ君は貴女の事を諦めた訳ですな」
「それが困っちゃうのよ。タカシったら、いまだに私に気があって、しかも嫉妬深いから始末に終えないのよね」
「ということは、貴女に彼氏ができたら一大事ですな」
「そうそう。そうなったら、タカシのやつ、また見境も無くナイフ振り回すに決まっているもの」
「おやおや、それは大変だ」
「眼とろん星人さんは他人事のように言うけど。それは貴方の身に危険が迫っているっていうことを意味するのよ」
「はて、何ゆえに」
「だってえ。私、眼とろん星人さんみたいなひとがタイプなんだもん」そう言うと彼女は私の首に腕を回してしなだれかかってきた。えもいわれぬ芳香が私の鼻腔を刺激した。
「眼とろんの民は、刃傷沙汰は好みませぬから。この件はせっかくのご好意ですが」
「それはそうと、『素蛇亜他』の『蛇』ってどういう意味だった?」彼女は少し鼻にかかった甘えた声で尋ねた。
「・・・・・・」
彼女は、言葉の棘とはうらはらに、可愛い顔をしてにこにこと笑っていた。私は、答えることができず、話題を転じることにした。
「話は変わりますが、どうして貴女は私の所在を突き止めることができたのですか」
「最初、貴方のホームページ見つけてえ、すぐ分かっちゃった。本物だって。それでパパの契約している調査機関に依頼したら、すぐ見つかった」
「それは何とも優秀な調査機関ですな」
「そう。その代わり、その調査報酬ってのがべらぼうに高いの」
「そこまでして私を探し当てたのですか」
「そういうこと。今日は眼とろん星人さんの『アトモス部屋』が分かっただけで大収穫だわ。もう、眼とろん星人さんが何処に越してもすぐ分かっちゃうから安心」
「安心って、貴女」
「今日は有意義な一日だったわ。それじゃあ、これからちょくちょく遊びにくるね。バイバイ!」
彼女は私の頬にキスをすると、私の返事も聞かずにドアを閉めて帰っていった。そしてバイクの轟音が聞こえたかと思うと、それは瞬く間に遠ざかっていった。全く風のような女性だ。それにしても、私はこれからどうなるのだろう。どこまで運命に翻弄されればいいのだろうか。
イヤハヤ参った。泣き面に蜂とはこのことだ。
続きはいずれ。
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