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道頓堀の夜景はとっても綺麗というより、毒々しくてケバケバシイねえ。 誘蛾灯みたい! でも、それが何か麻薬のような蠱惑的(こわくてき)な魅力があるんだよ!ということで、前回道頓堀の記事をご紹介しましたが、やはりここの夜景は外せません。 グリコおじさんの看板って昼間は煤けて少し情けないからねえ。 でも、昼のロケハン(ロケーションハンティング=和製語で撮影場所を探すこと)でも、橋と川辺の親水スペースの整備工事で、いい撮影場所がありません。 戎橋のたもとに、JRAの広報展示室みたいなところがあって、最初は喫茶店だとばかり思って入ったんですけど、なんか雰囲気が違うんです。2階は競馬の資料や騎手のサインとかが展示してあって、何の目的の建物か分かりません。 競馬の結果とかも大型モニターに映し出されているんですけど、場外馬券売り場でもなさそうだし・・・。 それにしても、グリコの看板を正面から写せる場所がほかに見当たらないので、ここで撮影することにしました。 具合が悪けりゃ出てけって言われるだろうと思ってたら、別に何も言われないので、窓際の特等席で本を読みながら日暮れを待ちました。 やっと日が暮れてきました。 これが、昼間のグリコおじさん。背景に、大阪城、海遊館、大阪ドーム、通天閣が描かれていますね。雪印他の看板も色や模様が変わるよ! お次が夕日のグリコおじさん。 夜空のグリコおじさん。通天閣がライトアップされていますね。 夜明けのグリコおじさん。 それにしても、グリコおじさんって、24時間ずっと走り通しだねえ。た〜いへん。 このキャラクターの歴史は古くて大正12年に描かれたのですが、その1年前の大正11年に開催された、第5回極東競技大会のマラソン競技で1位を獲得したフィリピンのカタロン選手がモデルだと言うことです。 ただ、別に顔を似せて描いたわけではないみたいです。どうみても日本人の顔ですからね。 グリコのホームページにこの看板の記事が出ていました。 大阪道頓堀川、戎橋のそばに初めてグリコのネオン塔が立ったのは、1935年(昭和10年)。高さ33mを誇るネオン塔は、トレードマークのランナーとグリコの文字を6色に変化させ、同時に毎分19回点滅する花模様で彩ったものでした。 当時としては型破りのネオンで、一躍大阪ミナミの名物となりました。 今の看板は1998年(平成10年) 7月6日に改装された5代目だそうです。 現在のネオンサインの看板自体の高さは20.00m、横幅が10.85mですから、かなり大きいねえ。 それで、写真を撮り終えて、ここで撮影してよかったのか?顰蹙をかったのか?どうかも分からずに建物を出て、目の前のキリンプラザビルを写しました。 レタッチで、『ブラック・レイン』というか『ブレード・ランナー』風にアレンジしました。か〜っこい〜い。 写真が多いから、今回はこの辺で。次回に続きます。
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眼とろん星人地球滞在記
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※)最初にお断りです。本記事の写真は以前に撮ったものが含まれています。季節が違うと思いますが、ご容赦ください。 大阪城の次はここ。 大阪観光で道頓堀はお約束。 まあねえ、たいてい大阪というと、テレビなんかでは、ここの映像が流れるんですねえ。 道頓堀は1612年、豪商、安井道頓(成安道頓)・安井道卜(どうぼく)、平野郷の安藤藤次(平野藤次)らが私財を投じて運河開削に着工、1615年に完成した運河です。 新堀・南堀川・新川などと呼ばれていましたが、後に松平忠明が道頓の功績を評価し、道頓堀と名づけます。 ですから、道頓堀を江戸の『八丁堀』のように平板イントネーションで読むのは間違いです。 『交響曲』と同じく『堀』で音が下がらなければなりません。 東京の無知で愚かなアナウンサーが間違うのはまだしも、大阪のアナウンサーが平板イントネーションで読むのは犯罪ものです。プロ失格です。 大坂(大阪)は江戸時代の商都で、水の都でした。昔は大型トラックやトレーラーなんか無かったので、全国から集まってくる年貢米等の大量の物資は水運を利用して輸送したのですね。 だから、大坂は橋が多くて、江戸時代、「江戸の八百八町」「京都の八百八寺」と並んで、「浪華の八百八橋」と呼ばれています。 水の都ヴェニスも商都ですからね。でも、ゴンドラは浮かんでいません。 最近は水上観光船が就航しています。これは、もともとは、漫才師の横山やすしさんが、職場=難波グランド花月まで、川を遡上して、ボート通勤していたのを地元・行政がまねっこしたんだって・・・。 グリコの看板だねえ。 浅草の雷門の提灯みたいなもんかなあ? それはともかく、ここが『戎橋(えびすばし)』で通称『ひっかけ橋』って言うんだって・・・。 戎橋にいたグリコのお姉さん。 若い軟派のお兄ちゃんが、女の子に声をかけるんだねえ。 『ちょっとねえちゃん、ちゃーしばきにいかへんけ〜(そこのお嬢さん。お茶でも飲みに行きませんか?)』 女性の人は、無視して通り過ぎてくださいね。そうすれば、彼らはすぐ諦めて次のターゲットを探しますから。 ここは阪神が優勝したら、川にファンが飛び込みます。 みんな他人事だと思って、煽りますが、どぶ川なので、飛び込んだ後は臭くて汚くて悲惨です。 近所の銭湯はあまりにも汚くて悪臭がひどいので入店を拒否します。電車にもタクシーにも乗れません。どうやって帰るんだろう? さんざん煽ったテレビや野次馬はもちろん面倒は見てくれません。世の中そんなものです。全くの飛込み損です。 今は飛び込めないように、アクリル版で囲ってあります。景色が見にくいし、お金がもったいないねえ。 危険だからねえ。だってね、川の中では酔っ払いに投げ込まれた放置自転車のスポークが剣山みたいになってたりするんだよ。 橋の袂(たもと)には、1987年「キリン会館」の跡地に建設されたキリンプラザ大阪(きりんぷらざおおさか、KPO)通称、麒麟(キリン)プラザビルがあります。 リドリー・スコット監督の映画『ブラック・レイン』(1989年)の中で、竣工当時の姿が映し出され、とても有名になりました。 出演は、マイケル・ダグラス, 高倉健, 松田優作, アンディ・ガルシアで、松田優作さんはこの映画が遺作になりました。 正直言うと、この映画の松田優作さんの役って、冷酷なわりに、肝心なところですぐ逃げるので、もう少し良い役で使ってやれよ!って思いました。日本文化に対する偏見をキッチュにしたような映画で、B級に徹するなら、もう少しやりようがあると思うのですが・・・。 とはいえ、彼にとってハリウッド進出の名刺代わりの作品だったので、長生きして欲しかったなって思えてなりません。 かえって脇役の安岡力也とかガッツ石松の存在感の方が際立っていたような気がします。 しかしながらこのビルも、2007年10月末をもって閉館し、解体され、土地は売却される予定なんだって・・・。 もう見納めだねえ。なんか淋しいねえ。 麒麟さんの銅像も建っています。キンキラキンが大阪らしくて良いですね。 天下の麒麟麦酒(キリンビール)も『ゴウに入りてはヒロミにしたがえ』という諺(ことわざ)を実践して、成金趣味の派手派手で大阪人に取り入っているのです。 確かに、この辺の日本というより東南アジア・テイストあふれるネオンのけばけばしさは、リドリー・スコットさんの好みに合いそうです。 キリンプラザビルの裏通りが宗右衛門町(そうえもんちょう)です。 それにしても、とてもカッコイイ町名です。道頓堀川開削に関わった人物の一人である、山口屋宗右衛門の名前に由来します。 行政上の地名としては「そうえもんちょう」となっていますが、地元では「そえもんちょう」と発音するんだって。 このへんや道頓堀って、かつては高級なお店が並んでいた花街で、観光客とか若い人がうろうろする場所じゃなかったらしいのです。 地元は嘗ての賑わいを取り戻す取り組みを続けているようですけど、決定打に欠けるようです。 なんか淋しいねえ。 カッコイイ信号機だねえ。こんな感じの信号の写真がマイルス・デイビスのレコードジャケットに使われていたねえ。 戎橋の反対岸が、繁華街です。 それで、かに道楽の看板です。これは全国にありますが、本場は違うねえ。周囲の環境に溶け込んでいるからねえ。よそでは完全に浮いているもの。 有名な『くいだおれ』のお人形さん。みんな記念写真を撮ってるよ! このあたり一体に店舗が多い『金龍ラーメン』。博多風とんこつラーメンだよ。でも、冬は防寒用のビニールシートの中で食べるのが少し情けないねえ。 有名なたこ焼きやさんの『大たこ』 道頓堀川は、遊歩道を含めた総合的な整備が行われています。遊歩道に下りる階段にジベタリアンをして、景色を眺めながら『大たこ』を食べるおねえさんたち。 美味しいし、眺めもいいし、あったまい〜い! 『わーい。スジャータちゃんも混ぜてよお!一緒にたこ焼き食べたいよお!』 別のたこ焼きやさんの看板。大阪の人はこういうのが好きだねえ。 ということで、大阪はこれからまだまだ面白いよ。お楽しみにね☆
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※)最初にお断りです。本記事の写真は参考写真です。季節が違うと思いますが、ご容赦ください。 名古屋で長居して、やっと大阪にやってきました。章子ちゃんも付いてきたよ。 みんな宿に直行して、西出さんは一旦自宅に帰りました。 あくる朝、西出さんが宿に迎えに来て、大阪を案内してくれます。 スジャータちゃんが差し回したリムジンで移動します。 スジャータちゃんは、大はしゃぎです。 「あれえ。お城だねえ。あれが大阪城だねえ。西出さん、スジャータが最初に大阪城を見つけたんだよお。スジャータちゃんってえらいねえ。えっへん!」 「スジャータちゃん、ここから、大阪城が見えるわけあらへん。何かの間違いや」 すると、今度は章子ちゃんが、すっとんきょうな声で叫びます。 「西出さん、スジャータちゃんが言うことが正しいがね。あれは確かに大阪城だぎゃあ!さすがは大阪城は立派だでかんわあ!章子、まいってまったでよお」 「そんなわけあらへんがな。あれ?あんなものいつの間にできたんや!ちゃうちゃう。あれは偽物や!少し考えたらわかるやろ!あんな張りぼてが大阪城なわけあらへんやろ! 下がスジャータちゃんが見つけた大阪城。りっぱだねえ!かーっこいーい! 章子ちゃんは名古屋で西出さんに散々莫迦にされたので、ここぞとばかり、仕返しの大笑い。 「さすがは大阪はちがうがね。立派だがね。てゃーしたもんだぎゃー。日本一だぎゃー。世界一だぎゃー。やっぱり名古屋とは大違いだぎゃー。どえりゃーときゃー(都会)だぎゃー。面白すぎるがね」 「それにしても、スジャータちゃんは変なものを見つけるのが得意でんなあ!」 「そうだよお!スジャータ得意だよお!シルベさんもスジャータちゃんが見つけたんだよお」 「どうして、そんなところに私の名前が出てくるんです」 シルベさんは、とんでもないとばっちりを受けて、かんかんです。 そうこうしているうちに、本物の大阪城に着きました。 さすがは大阪は水の都だねえ。広広してとっても綺麗! 敷地の北の極楽橋から、入りました。 極楽の入り口にはお堀があって、橋を渡ると待ち構えたように托鉢のお坊さんが立っていました。 極楽橋でお坊さんに親切にすれば、いいことありそうだし、旅の安全を祈って、でお布施をすることにしました。 お鉢の中に入れてあるのは少額の硬貨ばかりです。さすがに500円玉は無かったし、お財布に入っていた100円入れました。それにしても、こういうお金の相場っていくらぐらいなんでしょう? 『今日一日がよい日でありますように』って合掌していただきました。1日限定だから、100円で良かったかな?みんな素通りしてるしね・・・。 こらこら、スジャータちゃん、下から顔を覗き込んではいけません。 ということで、天守閣の近影です。 これが天守閣からの眺めです。とっても高いんですけど、大坂冬・夏の陣のように、弓矢がびゅんびゅん飛んできて、火をつけられたら怖いねえ。 大砲ですどっかーん。 これは天守閣の最上階の壁に描かれている虎さんです。 大阪タイガース(現阪神タイガース)の虎はこれに由来するという説もあるみたいです。 いつも能天気な二人組みの記念撮影です。 これが大阪城一の石垣だよ。蛸石(たこいし)っていうんだって。おじさんに物差しになってもらいました。大きいねえ。どうやって運んだんだろうねえ? ということで、今回は名刺代わりの大阪城でした。これから、しばらく大阪の記事だよ。楽しみにしてね☆
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名古屋の旅行中に章子ちゃんちに遊びにいったらば、章子ちゃんの自慢の姪っ子のスピカちゃんが遊びに来ていました。 美人の章子ちゃんの姪っ子だけあって、とってもかわいいよ。 「スピカちゃんは、章子よりずっと美人になるがね」 スピカちゃんは、章子叔母ちゃんからスジャータちゃんのことを聞いていたので、スジャータちゃんの大ファンです。 それから、ひなちゃんのファンなので、ノレン君のことも大好きです。 スピカちゃんはまだ3つです。それから、絵を描くのがとっても上手。 だから、スジャータちゃんの絵を描いて、スジャータちゃんにプレゼントするんだって。 「スジャータおねえちゃん、スジャータちゃんて字はどう書くの?教えてちょー」 スジャータちゃんがお手本を書くと、スピカちゃんはそれを一生懸命写しました。 はい、できあがり。 「スピカちゃんは本当に絵が上手だねえ。とっても美人に描けてるよ!スジャータ、この絵を宝物にするね。どうもありがとう☆」 「何だよ、これ!」 ノレン君がスピカちゃんが描いたスジャータちゃんの絵を見て、素っ頓狂な声をあげました。 「どうしたのさあ。ノレンったら、変な声だして」 スジャータちゃんは、のどかな声で訊ねます。 「なんだよ、この『のれんのばか』っていうのは! これを書かせたのは『すじたちん』だろ!」 「なにさあ!ノレンなんかに『すじたちん』呼ばわりされる筋合いなんてないよお。スピカちゃんが言うから可愛いんだよ。ノレンが言ったら生意気だよお」 スピカちゃんは、賢いから、ノレンがバカだって分かってるんだよお。スピカちゃんは本当に頭が良くて絵が上手だねえ」 「なに言っとりゃーすの!字はスジャータちゃんが教えたんだぎゃー。スジャータちゃんのしわざに決まっとるがね。 スジャータちゃんは、スピカちゃんもノレン君も大好きだから、二人が仲良しなのに焼きもちを焼いてござる。 スジャータちゃんったら、まるで子供だがね。それにしても、3歳児に焼きもち焼いたらいかんがー」 「あれえ。章子ちゃんまでノレンの味方なのお?ひどいよお」 「姉貴、謝れよ」 「誰がノレンなんかに謝まんなきゃなんないのさあ!」 もう大騒ぎです。 渦中のスピカちゃんは、突然始まった喧嘩に訳がわからずキョトンとしています。 本当にしょうがない人たちだねえ。
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うへえ、ハラペコだよお! ということで、イタリア村の『サンマルコカフェ』でランチを摂りました。 『サンマルコカフェ』っていっても、『チョコクロ』で有名なチェーン店とは関係ないよ。 サン・マルコ広場っていうのがヴェニスにあるからねえ。 さっそくランチを頼んだよお☆ まず、食べ放題のパンと、スープ・サラダが来たよお。 それから、パスタ(ペンネだねえ)がきたねえ。 アルデンデでとっても美味しいねえ。とってもいいお味だよ。 コーヒーを飲んでいたら、黒い洋服を着た、イタリア風の小粋な自転車に乗ったイタリア人のおじさんが、店の外を通りました。 しばらくしたらば、そのおじさんを含めた人たちが現れて、ステージにあがります。 これが『サンマルコカフェ』自慢のスター、ジル&ルル・サンマルコオーケストラの人たちです。 さっそく演奏が始まりました。 イタリアの楽団だから、ニーノ・ロータかナポリ民謡だと思ったら、『ウェストサイドストーリー』の音楽が始まったよ。 レナード・バーンスタインの思いっきりアメリカミュージカルだよお! 名曲の『トゥナイト』とか、そのものずばりの『アメリカ』とか演奏しているよ。 演奏が上手でびっくりだよお!ヴァイオリンのおじさんなんかは、クラシックの奏法じゃなくて、どっちかというと、グリーングラスのフィドルみたいな感じで崩して弾いてるんだけど、ピッチはしっかりしているねえ。 みんなリラックスして、おしゃべりしながら演奏したりして、とってもアットホーム。 なんか、辻音楽師みたいでいいねえ。 贅沢なコーヒータイムを過ごすことができました。 さて、お腹もいっぱいになったところで、腹ごなしの散歩をしながら、水族館に帰ります。 2頭の犬の像が建っています。 これは、タロとジロの銅像だよ。2匹は日本の初期南極地域観測隊第1次越冬隊に同行した樺太犬の兄弟です。 1958年2月、第2次越冬隊が第1次越冬隊と交代するために昭和基地に向かったんだけど、天候の悪化から昭和基地に到着できず、第1次隊員を小型雪上機で宗谷に収容するのがせいいっぱいだったんだよ。 それで、15頭の犬は首輪につながれたまま南極に置き去りにされたんだ。 残された犬たちの生存は絶望視されて、観測隊は犬を置き去りにしたことで激しい非難を浴びました。 7月に大阪府堺市に15頭を供養する銅像(樺太犬慰霊像)が建立されます。 ところが、1959年1月14日、第3次越冬隊のヘリコプターにより、上空から昭和基地に2頭の犬が生存している事が確認されたんだ。奇跡の生還だねえ。 それがこのタロとジロです。 お次は『南極観測船ふじ』だよ。 『南極の博物館』として係留されています。 昭和40年(1965)から18年間活躍した砕氷船です。 タロとジロが乗った初代の『南極観測船宗谷』は、東京・お台場にある船の科学館で一般公開されているのは知っていて、見に行ったことがあるけど、2代目の『南極観測船ふじ』が名古屋にあったなんて知らなかったから、びっくり! 昔の紅白歌合戦では、『ふじ』で南極に行った越冬隊が打電した電報の応援メッセージが読み上げられるのが恒例だったんだねえ。 イタリアに行ったと思ったら、南極に来ちゃったよお☆ 南極探検の雪上車もあるよ。かーっこいい☆これは怪獣ペギラに吹き飛ばされた車だね。 名古屋港ポートビルに登ったよ。屋上が展望室で、名古屋港海洋博物館もあるよ。 展望室から見た西の風景です。写真左上が名古屋港水族館でその右の観覧車一帯が名古屋シーレインランド。南極観測船ふじも見えるね。 展望室から見た東の風景です。ガーデン埠頭臨港緑園の向こうにあるレンガの建物郡がイタリア村だよ。 最後に名古屋税関です。なんか恐い看板だねえ。最近は検疫とかの仕事もますます重要になっています。頑張ってくださいね。 ということで、この地域は盛りだくさんでゆっくり楽しむことができます。 名古屋に行ったときは、立ち寄ってみたらいかが?
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