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創作雑記帳『余禄と補遺』
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チベット文化が危機に瀕しています。チベット密教は、インドから入ってきた密教を育んできました。日本にも支那を経由して入って来て、最澄=伝教大師の比叡山延暦寺の天台宗、空海=弘法大師の高野山金剛峯寺の真言宗は密教です。 インドは既に仏教国ではなく、ヒンズー教の国です。 ですから、『チベット旅行記=西藏旅行記』を著した黄檗宗の僧侶で白瀬中尉とならぶ日本の大冒険家の河口慧海(かわぐち えかい、慶応2年1月12日(1866年2月26日)− 昭和20年(1945年)2月24日)は、支那や日本に伝承された漢訳仏典に疑問をおぼえたことが発端となって、インドの仏典の原初形態をとどめているというチベット語訳の大蔵経を入手しようとして、明治33年(1900)日本人で初めてチベットへの入境を果たしました。 その記録『チベット旅行記=西藏旅行記』は、1909年『Tree years in Tibet』という題名で慧海自身の手で英訳され、インドで出版され世界的な反響を得ました。 登山家ハインリッヒ・ハラーが著し、ブラッド・ピット主演の映画化がなされた『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(Seven Years in Tibet)の題名って、河口慧海さんに対するオマージュなんですね。 また、セラ寺には、河口慧海が学んだとされる部屋に日本人有志の寄進によって記念碑が納められています。 冗談ではありません。チベット密教の喪失は、日本の大乗仏教文化に大きな打撃をもたらすとともに、世界にとっても大きな損失なのです。 日本の仏教家や宗教学者、そして日本人はチベットから大きな恩恵を得ているのです。 国立民族学博物館に展示されていたチベットの展示物の写真をご紹介しましょう。小さな像ですが、とても素晴らしいものです。仏像は信仰の対象ですから、仏教文化がなくなってしまえば、ただの抜け殻です。 本当にこんな素晴らしい文化を見殺しにしてもいいのでしょうか? チベット仏教僧 ダーキニー女神(空行母:くうぎょうも) ヴァラーハ尊 阿弥陀如来 死者の王ヤマ(閻魔:えんま) 香炉(こうろ) |
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