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【ファイルF60】2014.12.05 京都『まんぞうハーツ』茹でたて手打ちの『九条ねぎうどん』を食べたよ。

東山七条にある下町ダイニングだねえ。

京都国立博物館で『鳥獣戯画展』に行ったあと、お昼は鴨川沿いの京阪七条近くにある『まんぞうハーツ』に行きました。

 『鳥獣戯画展』の記事はこちら。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/55268686.html

『まんぞうハーツ』


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 大きく、『九条ねぎうどん』と書かれた垂れ幕がかかっています。

 それで、京都のおうどんはどんなのかな?と、それを食べようと思って中に入りました。

なんか、お店に入ったところに火鉢が・・・。


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 それで、店内に入ったらば、お客さんがびっしり。

その多くが、タカアンドトシの「欧米か!」の方たちです。アジア系の人もいるはずですが、一目では日本人と区別がつかないねえ。

日本通の外国人ライターが47都道府県の旅行情報を4カ国語で発信する、“JAPAN Tourist”というサイトを始めとして、いろいろと外国のかたが日本の情報を知る手段も増えているようなので、下手をすると、日本人より彼らの方が日本観光の穴場を知っていたりするようです。↓

http://en.japantravel.com/

なんか、欧米の方がうどんを食べているのを見ると、リドリー・スコット監督、SF映画の名作『ブレードランナー』で、ハリソン・フォードさん扮するレプリカント狩りの仕事人“ブレードランナー“であるデッカードが、猥雑な近未来都市の屋台で、うどんを4つ注文すると、日系らしい店主が日本語で『二つで十分ですよ。わかってくださいよ』と答える珍妙なシーンを思い出してしまいます。

 行列はできてはいませんでしたが、食べ終わった人のテーブルの片づけで少し待ちました。

 注文は当然、『九条ねぎうどん』です。例によって、お店の人に写真を撮らせてくださいねとお願いします。

壁には、お店の守り神『仙台四郎』さんと、聖徳太子の旧5千円札が。


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仙台四郎(せんだいしろう)さんは、安政元(1855)年頃に生まれた仙台の人です。この人は、実在の人物なのですが商売繁盛の福の神として祀り上げられているのですね。

 仙台四郎さんは、知的障害でほとんど話すことができず「四郎馬鹿(シロバカ)」などと陰口を叩かれることもあったのですが、四郎さんが訪れるお店は、どういうわけか、繁盛するという噂が広まり、行く先々のお店で丁重にもてなされたのだそうです。

 亡くなってからも、商売繁盛のご利益がある福の神としてその写真が飾られるようになったそうなのですが、仙台の福の神さんの写真が、京都のお店に飾ってあるのも面白いねえ。

それで、九条ねぎうどん(980円+税)が到着しました。


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身もふたもない言い方をすれば、ネギが多めの素うどんなのですが、そこはそれ、伝統ある京野菜の『九条ねぎ』の実力です。


緑が美しい九条ねぎをアップで撮ります。


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うどんを発掘すると、こんな感じ。


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 さっそく食べるよお。
 
 京都のおうどんは、お澄ましのようなまろやかな甘辛薄味うす口おつゆです。

 カツオだしが効いていて、それに生姜がなんともいえないアクセントになっています。関西だから、昆布も使っているのだと思います。
 
 麺はコシというより、適度な固さでなめらかでつるるんとしていて、もちもちプルンという感じの噛みごたえです。

 九条ねぎはしゃきっとしていて、ぬめりとろみと柔らかい甘みを含んだおネギです。

 おネギだけで勝負ができるというのが凄いねえ。
 
 おつゆもしっかりいただくことが出来ました。

九条ねぎは京都の伝統的な野菜です。いわゆる京野菜。

 ぬめりと書きましたが、冬の寒さが厳しくなり始めた頃、霜が何度か降りるとこの“ぬめり”が多くなり、甘味が強くなるのだそうです。

 果物でも、厳しい環境なほど甘みが増すと言いますが、京都も盆地だから、寒暖の差が激しくて、結構冬は寒いからねえ。

 東京や大阪が晴れていても、京都のすぐ東の関ヶ原は、豪雪で新幹線がストップしたりするからねえ。

 本来の伝統的な栽培方法では非常に手間がかかるそうです。秋に種を撒き、春に植え替え、夏にはいったん株を掘りだして1ヶ月間天日で乾燥させ、その後また植え付けて晩秋にやっと収穫できるそうです。

 今となっては、この方法で栽培されたものが手に入ればすごくラッキーなんだって。でも、こういうおネギは値段が高かろうねえ。 

 このお店『まんぞうハーツ』は、京都の東山七条ですが、もともと、その南の京都市南区九条地区で獲れたから『九条ねぎ』。

 昨今のラーメン人気等の影響で需要が増え、京都府内においては 八幡市都々城(JA京都やましろ)、京都市淀・久世(JA京都中央)、南丹市八木、京丹後市久美浜(JA京都)などと生産地が広がっているそうです。

 白ねぎと違って、緑の葉に栄養がいっぱい。ガン予防に役立つといわれるカロチンや人間にとって必須なビタミンBなどを多く含み、昔から九条ネギの入った温かいお味噌汁は風邪の妙薬ともいわれてきたそうです。

 たかが薬味とはいえない存在感のおネギのおうどんだったねえ。御馳走さまでした。

【ファイルF59】2014.11.13 京都祇園神社前の『いづ重』さんで、鯖寿司と海そう巻を食べたよ。

京都の鯖は鯖街道を通ってくるんだねえ。

鯖寿司が名物のお店、京都祇園神社前の『いづ重』さんに行きました。


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 赤い提灯には、『鯖姿寿司』と書かれています。

 祇園神社の前の三叉路交差点を挟んで、北西角すぐにあるお寿司屋さんなので、とても場所が分かりやすいのです。

ちなみに、『いづ重』さんのお店の前の歩道から撮影した、祇園神社の西門。


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 以前、祇園祭に来た時はこの門は改修中だったので、ぴかぴかです。

 お茶が出てきたのですが、お湯呑にも一文字、『鯖』と書かれています。

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鯖寿司と海そう巻の組み合わせ(税抜き1700円)と、お吸い物(こちらはたぶん税込292円)を頼みました。


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 合計税込みで2,128円也

鯖寿司と海そう巻のアップ。


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まずは鯖寿司から。


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 昆布に巻き込まれてしめてあります。

 お店の人に昆布を外して食べてくださいと言われましたので先に昆布を食べます。

 私は湯豆腐の出汁昆布も好きなのでたまりません。

 昆布の出汁が濃縮された噛みごたえがあって、ぬめりのある昆布がまず美味しいのです。

そして、昆布を外した鯖寿司です。


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 皮の銀色が眩しいねえ。

 私は子供の頃、青身魚が嫌いだったのですが、大人になって嗜好が変わり、好きになってしまいました。

京都といえば鯖です。京都の鯖は、古来より若狭湾(わかさわん)の小浜(おばま)から鯖街道(さばかいどう)を通って届けられました。ですから、鯖というのは、伝統のある食材なのです。

 トロサーモンのような柔らかいところと噛みごたえのあるところがあります。私は握りずしでも鯖は好きなのですが、そういった新鮮な鯖の味を残したまま酢でしめているという感じです。青身魚独特の癖も昆布の旨みで程よく和らいでいます。

 鯖の個性が強いので、鯖と酢飯のバランスもこれがベストだと思います。酢飯もとても良い固さで、よく高級すし店の握りずしなんかは口に入れた途端にはらりと崩れるようなふっくら酢飯が美味しかったりするのですが、巻きずしの酢飯は方向性が違っていて、こういう適度にしまったお米も私は大好きです。

 そういった意味で、とても正統な巻きずしの酢飯だと思いました。

お次は、『海そう巻』。


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 八種類の海藻(かいそう)が入った巻き寿司です。

 御品書きには、『神事にかかせぬ海そうを、祇園への御膝元にある寿司屋として、何とか寿司にせねばとこしらえました』と書いてあります。

 『いづ重』さんが『神事にかかせぬ海そうを、祇園への御膝元にある寿司屋として、何とか寿司にせねばとこしらえました』からには、祇園祭の記事を書いた私として、何とか食せねばと注文したのです。

 過去に当ブログで祇園祭について書いた連載記事はこちらから。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/34800676.html

 わかめ、メカブ、昆布、あらめ等8種類の海藻の海苔巻です。

海藻の感じが分かるように解体して写しました。


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 昆布のコク、トロミ、旨みが加わった『のり佃煮(つくだに)』の『磯じまん』のようなお醤油で煮しめた具が入った巻きずしです。

 海藻の種類によって、微妙に歯ごたえが違っていて、昆布の歯ごたえが新鮮です。

 ここは稲荷ずしも名物なのだそうですが、私は海苔を始め海藻が大好きなので、とても気に入りました。

お吸い物は京都独特の薄味で、湯葉(ゆば)の食感と香りでほっとします。


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それで、鯖街道ですが、京都は内陸の盆地です。海産物は南の大阪湾か北の若狭湾から調達しなければなりません。

京都の鯖は、若狭湾で獲れたものを、『鯖街道(さばかいどう)』を利用して、運んできているものなのです。

鯖街道については、若狭鯖街道熊川宿(わかささばかいどうくまがわじゅく) 若狭熊川宿まちづくり特別委員会 熊川宿伝統芸能保存会 熊川いっぷく時代村実行委員会 熊川宿町並み保存伝統技術研究会)さんのサイトから引用させていただきます。

http://kumagawa-juku.com/index03a.html
 
 ※    ※    ※

鯖街道マップです。

京は遠ても十八里


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字が小さくて見にくいので、主要な部分を拡大加工します。


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若狭から京都へ至る多数の街道や峠道には、本来それぞれ固有の呼び名がありますが、近年、運ばれた物資の中で「鯖」が特に注目され有名になったことから、これらの道を総称して「鯖街道(さばかいどう)」と呼ぶようになりました。


その内、最も盛んに利用された道は、小浜(おばま)から熊川を経由して滋賀県の朽木(くつき)を通り、京都の出町柳(でまちやなぎ)に至る「若狭街道」です。

 これ以外にも、多くの道がありますが、この中で京都への最短距離をとる峠道として「針畑(はりはた)越え」があり、小浜から熊川を経由し滋賀県の今津に至る「九里半越え」も古代からの歴史があり西近江路につながる重要な道です。

 さらに、京都と小浜の間の多数の峠を越えて「鞍馬(くらま)街道」に至る道や、小浜から名田庄(なたしょう)の掘越峠などを越えて京都の高雄につながる「周山街道(しゅうざんかいどう)」、美浜(みはま)の新庄から滋賀県のマキノへ抜ける「栗柄(くりから)越え」も重要な街道の一つです。

若狭から運ばれた鯖が京の都に着く頃には、ちょうどよい塩加減になったと言われ、京都の食文化の中に今も若狭の魚が生きています。なお、若狭の鯖は遠く兵庫県の篠山(ささやま)までも運ばれていました。

 
 ※    ※    ※(以上引用終わり)

小浜から京都まではるばる鯖を運んできて、その輸送中に鯖が塩と丁度いい具合になじんでくるのですね。昔の人の知恵には本当に感心させられます。


以前、東京の江戸時代から伝わる神田は小川町の『笹巻きけぬきすし総本店』の記事を書きましたが、あのお店にも鯖のお寿司がありました。↓

http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51367955.html

昔は、冷凍技術が無かったので、生鮮食品の保存と発酵熟成について良く考えられていたのですね。


鯖街道の起点の小浜(おばま)といえば、オバマ氏がアメリカ大統領に就任した時に知名度が上がると大喜びした街です。

小浜市(おばまし)は、畿内(きない)とは関係が深い港町で、律令時代より前から大和朝廷の日本海側入口として盛えました。ですから、伝統のある小京都と呼ばれるような佇まいで、全国京都会議にも加盟しています。

3月に奈良の東大寺で実施されるお水取りの水は、遠敷川(おにゅうがわ)・鵜の瀬(うのせ)から送られたものと言われています。

また、伊勢志摩や淡路島と並んで、海産物を奈良や京都まで送った地域【御食国(みけつくに)】の一つとしても有名です。

江戸時代には、浅井(あざい)三姉妹の次女・初【はつ=常高院(じょうこういん)】の夫である京極高次(きょうごく たかつぐ:京極氏)や、酒井氏などが治める小浜藩の城下町でした。この時代から鯖の水揚げ基地ともなっていて、鯖街道の起点となったのです。


地図に記名されている京都の高尾(たかお)は紅葉の名所で、鞍馬(くらま)は、源義経公が牛若丸時代に修行をしたとされる場所、大原は『京都大原三千院』で有名ですね。


福井というと、明治維新の時に活躍した坂本龍馬さんを助けた第16代越前福井藩主の松平 春嶽(まつだいら しゅんがく)さんのことが頭に浮かびます。


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 (写真はWikipediaより)

 春嶽は号で、諱諱(いみな:身分の高い人の実名)は慶永(よしなが)さんです。

坂本龍馬さんは文久2年(1862年)8月に江戸に到着して小千葉道場に寄宿しました。 この期間、龍馬は土佐藩の同志や長州の久坂玄瑞(くさか げんずい)さん・高杉晋作(たかすぎ しんさく)さんと知己(ちき)を得ます。

同年12月5日、龍馬さんは間崎哲馬(まさきてつま)さん・近藤長次郎(こんどう ちょうじろう)さんとともに幕府政事総裁職にあった越前福井藩主・松平春嶽(まつだいら しゅんがく)さんに拝謁します。

12月9日、春嶽さんから幕府軍艦奉行並(ぐんかんぶぎょうなみ)の勝海舟さんへの紹介状を受け取った龍馬さんと門田為之助((かどた ためのすけ)さん・近藤長次郎さんは海舟さんの屋敷を訪問して門人となります。

つまり、春嶽さんが、龍馬さんと海舟さんの運命的な出会いを演出したのです。

 その時のことを、龍馬さんと千葉重太郎さんが開国論者の海舟さんを斬るために訪れたところが、逆に世界情勢と海軍の必要性を説かれた龍馬が大いに感服し、己の固陋【ころう:古いものに執着し,新しいものを受け入れようとしないこと】を恥じてその場で海舟さんに弟子入りしたという逸話が良く知られていて、この話は出所は海舟さん本人が明治23年に『追賛一話』で語ったことなのですが、どうやらこれは海舟さんが面白おかしく話を盛ったようなのです。

 龍馬さんは春嶽さんから正式な紹介状を受けて海舟さんを訪ずれたわけですから、その足で海舟さんを斬りつけるということはありえないのです。

 いずれにせよ、このときの龍馬さんが海舟さんに心服していたことは姉の乙女(おとめ)さんへの手紙で海舟さんを『日本第一の人物』と評価していることにもよく表れています。

 海舟さんは土佐藩主の山内容堂(やまうち ようどう)さんに取り成したので、文久3(1863)年2月25日に龍馬さんの脱藩の罪は赦免され、さらに土佐藩士が海舟さんの私塾に入門することも追認されました。

 龍馬さんは海舟さんが進めていた海軍操練所設立のために奔走(ほんそう)します。

 龍馬さんが土佐勤王党の岡田以蔵(おかだいぞう=『人斬り以蔵』として知られてる)さんを海舟さんの京都での護衛役にし、海舟さんが路上で3人の浪士に襲われた際に以蔵さんがこれを一刀のもとに斬り捨てた事件があったのはこの頃のことです。

 幕府要人と各藩藩主に海軍設立の必要性を説得するために海舟さんは彼らを軍艦に便乗させて実地で経験させます。
 
 4月23日、14代将軍・徳川家茂(とくがわ いえもち)さんが軍艦『順動丸』に乗艦の後、『神戸海軍操練所(こうべかいぐんそうれんじょ)』設立の許可を受け同時に海舟さんの私塾(神戸海軍塾)開設も認められました。

 ところが、先立つものはお金です。

 幕府から年三千両の経費の支給も承諾されたのですが、この程度の資金では海軍操練所の運営には十分ではありません。

そのため5月に龍馬さんは福井藩に出向いて松平春嶽さんから千両を借入れましした。

 龍馬さんは、この頃のことを5月17日付の乙女姉さんへの手紙で「この頃は軍学者勝麟太郎大先生の門人になり、ことの外かわいがられ候・・・すこしエヘンに顔をし、ひそかにおり申し候。エヘン、エヘン」と近況を知らせています。

 それにしても、坂本龍馬さんは、ただの脱藩者だったのに、幕政を預かる重臣、幕府政事総裁職にあった越前福井藩主の松平春嶽さんにも、幕府軍艦奉行並の勝海舟さんに見込まれて重用されていたわけですから、よほど大人物だったことが分かります。

 龍馬さんも京都から福井に向かう時は鯖街道を歩いたんだろうねえ。

 ということで、今回は祇園の『いづ重』さんでした。

【ファイルF58】2014.11.04 京都の『拳(こぶし)ラーメン』に行ったよ

特製拳ラーメンのお醤油味だよ。

 京都も御多分に漏れず、ラーメンの激戦区です。

 以前、ロックシンガーのGACKT(ガクト)さんお勧めの京都木屋町三条にある『博多長浜ラーメンみよし』について記事を書いたことがあります。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/49900560.html

今回は、京都の『拳(こぶし)ラーメン』をご紹介しましょう。


 JR京都駅の北西に『拳ラーメン』はあります。

 梅小路の公園の北にあたります。

 最寄駅はJR嵯峨野線 丹波口駅より徒歩11分ということですが、JR京都駅から歩くと結構距離があります。それで結局グーグルマップを片手にJR京都駅から歩きました。

 龍谷大学の南の七条通をずんずんと山陰本線の方に向かってひたすら歩きます。

 とうちゃーく。

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 夜の9時前に行ったので空いていました。

注文したのは、つけ麺『特製 拳ラーメン』900円也

 塩と醤油のどちらか聞かれたので、お醤油にしました。

 それで、出てきたのがこれ。

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 具のアップです。

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 麺を発掘するとこんな感じ。

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 コシのある平打ち麺です。

 いわゆる横浜の六角家に代表される『家系ラーメン』のような感じです。

 この店独特の鮮魚出汁が効いた甘辛い醤油が絡んだというか、程よく吸ったラーメンです。

 淡いピンクが彩(いろどり)を添える塩釜チャーシュー(昆布〆チャーシュー)はベーコンのようなふくよかな香りを放ち、歯ごたえのある味の沁みた赤身ととろりとしたしつこくない脂身が特徴です。
 
 半熟卵はトロリとして、白身は噛みごたえがあって、それがコントラストになっています。

 青菜は細いので空芯菜かな?

 白ネギと共にしゃきっとして爽やかなアクセントを添えます。

 赤タマネギはシャリシャリした歯ごたえ。癖がなくて味がでしゃばらないのが良いねえ。

 独特の青い香りが鼻に抜ける歯ごたえ穂先メンマも美味しいねえ。

 香辛料が並んでいたので、ゆず一味をかけました。

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 これをかけると、味がさっぱりして、美味しいのです。

 やはり日本人はゆずだねえ。
 
 ということで、今回は京都の拳ラーメンでした。

【ファイルF57】2014.02.24 大阪ガスビル食堂でビーフカレーとギリシャ料理のムーサカを食べたよ

創業昭和8年の老舗のお味だねえ。

 先日、安井武雄氏が設計した大阪ガスビル(大阪瓦斯ビルヂング)について書きました。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/54793872.html

 その中で、創建当初から営業している8階食堂についても触れました。

私はこの食堂の名物、ギリシャ料理のムーサカに興味があったのです。


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ガスビル最上階の8階が大阪ガスビル食堂です。(再掲)


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 写真では、カーテンがかかっていますね。

 私は増設北館の入口から入ったので、フロアをずっと奥の南側エレベーターホールまで進んで、そこにある8階食堂レストラン直通エレベーターに乗りました。

 エレベーターを降りたところにクロークがあって、ここでコートを預けることが出来ます。

 平日ランチオープン時間直後に行ったのに、窓側の席は予約で既に満席だということで、手前の狭い方の部屋に通されました。

※注意!

ここは、土日祝がお休みです。つまり大阪ガスの食堂で、ビジネスマン用の食堂なので、平日しか開いていません!

営業時間 11:30〜21:30(L.O.20:30)ランチ営業

定休日土曜・日曜・祝日

TEL・予約 06-6231-0901:詳細については、直接ご確認ください。

 私に案内された席の隣にある窓際の席には、案の定『予約』のプレートが置いてありました。

先ほどのビルの写真で、最上階のカーテンがあった場所です。


イメージ 3


 

それにしても、ランチで昼一番に行っても予約ですでに窓際席が埋まっているって、どれだけ人気なのでしょう?

窓際席を希望の方は是非予めご予約を!

 こっちのほうが広い部屋よりおちついた感じです。

 それで、席に案内されて、椅子をボーイさんに引いてもらって、腰をかけました。

 『荷物を向かいの席に置きましょうか?』と言われ、置いて貰いました。

 完璧なホスピタリティーです。ただし、お料理の10%のサービス料が取られますが、これだけ気が利いている応対をされれば、サービス料を取るのは当然だと思います。海外のチップよりよほど合理的です。

 ここの名物は、冒頭写真のムーサカというギリシャ料理と、ガスビル食堂の伝統メニューであるカレーとだということなのですが、両方一度に食べても量は大丈夫か尋ねました。

 ライスの量は希望に応じて調節できるけれど、カレールーはちゃんと一人前の量が出てくるとのことです。

ちょっと大変だとは思いましたが、どっちも捨てがたいので、誘惑には勝てず、ビーフカレーとムーサカの両方を注文しました。

カレー類では他に、チキンカレー、小海老のカレー、シーフードフライのカレー、ハヤシライスがありますから、牛肉の苦手な人でも大丈夫です。どれも美味しそうだねえ。

先に写真左から、らっきょう、福神漬、セロリのピクルスが運ばれてきます。


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 ウェイトレスのお姉さんが、ライスを運んできて、トングでお皿によそってくれるのですが、丁度良いと思った量のところで、ストップをかけてくださいといわれました。

 量はあっても、カレールーが余るときついし、ムーサカもあるので、標準的な一人前の量のごはんをよそってもらいました。

 ご飯はおかわり自由だと言うことです。

それでカレーが出てきました。


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それでスプーンで底をもちあげたら、沈んでいた牛肉の塊が現れました。


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 海底から浮上した『そうりゅう型潜水艦』みたいだねえ。

ご飯の上にルーをかけると、お肉の存在感がさらに際立ちます。


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10種類以上のスパイスを配合して仕込んだふくよかなカレーソースに、角切りビーフが入った特性ルーなのだそうです。角切りビーフというより、ほとんどサイコロステーキです。

 それが、ごろごろと無造作に8個ほど入っています。

 お肉は噛むとさくっと言う感じで歯が入り肉汁が出てきます。肉汁を閉じ込めておくために軽く表面を炒めているんだねえ。ひょっとしてミディアムレアかな?

 カレーソースの中にいろいろ溶け込んでいて、原形を留めているのは牛肉だけです。

こんなに牛肉がごろごろと入ったカレーは初めてです。さすがは牛肉文化大阪の老舗レストランです。


 このカレーは口に入れた瞬間、ほの甘くフルーティーな味が口中に広がって、あとから辛みが出てきます。

 このへんは、以前ご紹介した大阪名物のインディアンカレーと同じ感じなのですが、こちらの辛さの方がピリピリ感が幾分抑えられてまろやかです。

 インディアンカレーの記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53048081.html

 それから、肉が多いので当然ながら他店のそれよりビーフの味が前面に出ていて、ビーフシチューの方向に味が歩み寄っています。

 パサパサ外米じゃなくて、普通のもちもち日本米によくあった洋風カレーだねえ。

 インドの人は、多くがヒンドゥー教徒だから、聖なる牛肉は食べないので、これは正統的な欧風洋食ですね。

 薬味は、セロリのピクルスの青臭い酸っぱさが爽やかでした。

カレーの写真を撮っていたタイミングで、ムーサカが運ばれてきました。


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鉄板が熱いので、触らないように気を付けてくださいと言われました。

 
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ムーサカはギリシャの家庭料理に由来するメニューです。

 三代目の料理長さんが本場の羊肉を牛肉フィレに代え、創業当時からの伝統のドミグラスソースにトマト、ピーマン、ナス、マッシュルームなどを加えて煮込み、マッシュポテトでおしゃれにアレンジしオーブンで焼きあげたものだそうです。

 焦げ目のほんのり付いた、マッシュポテトの壁の中に、デミグラスソースに浸かった具が入っています。

 ソースの中にはワラのような、ほぐれた繊維状のフィレ牛肉が入っています。

 これがデミグラスソースとよく馴染んで柔らかく煮込まれているのです。カレーの中のステーキのようなサクジュワ肉と違って、こちらは肉の線維が口の中でほぐれてデミグラスソースと混ざっていく感じが嬉しいねえ。

 お野菜は、トマトがとろりとして酸っぱくて、茄子はくたっとして良く味が染みこんでいます。カリフラワーがしゃきしゃきしていて、マッシュルーム・ピーマンも歯ごたえがあって、ニンジンは柔らかく甘くコクがあります。

デミグラスソースの池の周囲を取り囲む、もんじゃ焼きの土手のようなマッシュポテトは、裏ごしした和菓子みたいな滑らかさで、ポテトコロッケのポテトを上品にしたようなジャガイモ独特の風味がなんとも言えません。


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ジャガイモ料理が好きな人はこれだけでも食べる値打ちがあると思います。

 焦げ目が香ばしく、これが時間がたつとともにデミグラスソースと混ざってシャバシャバした部分もまた別の食感が楽しめます。

ガスビル食堂は、大阪における最も近代的で美しいビルディングと称されたガスビル八階に、昭和8(1933)年3月の竣工と同時に誕生しました。

 開業当時は、本格欧風料理を提供し、モダンシティー大阪を代表するレストランとして市民の人気を集めたということです。

関東大震災を逃れて関西に移住していた小説家の谷崎潤一郎さんが、大正13(1924)年その随筆「洋食の話」で、「京都にも大坂にも洋食らしい洋食は殆んどない。(中略)上方の人たちは洋食の味を知らないらしい。そのくせ洋食を食うのが好き」だと書いたように、確かに居留地を中心に発展した西洋料理の普及は、大阪ではやや遅れていました。

 本格的な洋食が食べたければ、神戸に行けば良かったからねえ。

 しかし昭和初期には、世界恐慌で不況が続くのを横目に大阪はますます活況をみせ、ハイカラな洋風好みが広まっていきました。

昭和3年(1928)、北浜にレストランアラスカができました。その本格西洋料理は財界人に愛され、昭和六年には中之島の朝日新聞ビルに本店を移し、やがて関西の西洋料理をリードしていきます。

また昭和4年、小林一三氏(阪急グループ創始者)が日本初のターミナルデパート阪急百貨店を開店し、大食堂の20銭のライスカレーや30銭のランチが大評判になりました。

そういった中、昭和8年、「大大阪」のシンボルである御堂筋に片岡直方氏(当時大阪瓦斯会長)がガスビル食堂を開業します。

昭和10年には関一市長の強い要望を受け、大阪の財界人が協力して新大阪ホテル(現リーガロイヤルホテル)を開業します。こうして大阪の西洋料理は昭和初期に大いに発展します。こういった経緯から、その発展には美食家谷崎潤一郎氏も一役買ったと考えられるようです。


昭和8年開業のガスビル食堂は、初代の料理長を帝国ホテルから招聘しました。

 大正11年(1922)、当時築地精養軒にいた彼は、日本を訪れたエドワード・アルバート英国皇太子【後のウインザー公、シンプソン夫人との結婚のため王位を捨てたことで有名】の日本周遊に同行しました。

 皇太子から「本場にも負けない」と、コンソメの味を誉められたことを、料理長は終生の誇りとしていました。ガスビル食堂には、初代料理長のコンソメやドミグラスソースなど、正統派フランス料理の伝統が今も受け継がれています。

『自由軒』の記事にも出てきた小説家の織田作之助さんは、昭和15年(1940)「夫婦善哉」で文壇にデビューします。将棋好きであった作之助さんは、ガスビルにあった学士会倶楽部の将棋会に加わるようになりました。

当時傾倒していた大阪文壇の第一人者藤澤桓夫氏に連れられての参加でした。学士会倶楽部の将棋会はハイカラな雰囲気の ガスビル食堂で催され、モダンな酒場や本格西洋料理が当時の文化人にもてはやされたということです。


 【大阪ガスビルHP『大阪ガスビル食堂物語』参照】↓
http://www.osakagas.co.jp/gasbuil/

それにしても、またもや関一市長が出てきます。まさに公と民間が協力して大阪を発展させたのです。

先にも書いたように、土日祝が休みのビジネスマンのための食堂です。

 先ほどの窓際の予約席には、上品な異業種とおぼしき二人のサラリーマンが和やかに商談前の雑談をしていました。

 そのへんが大阪商人の粋(すい)なのでしょう。

しつこく繰り返しますが、メディアの垂れ流す吉本風大阪のイメージは歪曲されすぎて悪意さえ感じます。

 この日の料金は 
    ムーサカ   2,100円
    ビーフカレー 1,785円 
――――――――――――――――――
    小計     3,885円
    サービス料    388円
    消費税5%    203円
――――――――――――――――――
    合計     4,270円
 でした。

※ 注意!消費税5%時の料金です。料金については、ご利用のつどご確認ください。

 おの雰囲気でこの手間と食材・味、ホスピタリティーなら、とてもリーズナブルだと思います。

 大阪庶民のカレーなら自由軒の相席で肩を寄せ合ってたべる名物カレー。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/39052286.html

 大阪モダニズムの近代欧風カレーや洋食をリッチに味わいたいなら、ここ大阪ガスビル食堂だと思いました。

 ごちそうさまでした。2品はさすがに多かったよお!

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【ファイルF56】2013.08.27 『日清のどん兵衛・きつねうどん』東日本用(E)と西日本用(W)。 食べ比べ徹底検証!

一体どれだけ違うかな?

 最近の関東のおうどんは、関西風薄口になってきています。ネットで検索しても、関東風濃い口おつゆのうどんの名店が見当たりません。関東風のつゆは蕎麦に限るようです。

 日清食品のカップうどん『きつねどん兵衛』は、関東と関西の販売エリアで味をそれぞれ関東風、関西風に変えているというのは、有名な話です。

 手軽に関東・関西の味の違いを実感したければ、この比較が一番手っ取り早いのです。

 そこで実際に食べ比べてみました。購入して記事を書いてから時間が経っていますので、カップのデザインが少し古いのはご容赦下さい。

それぞれ関東と関西のコンビニで現地調達して比較します。

 なお日清食品株式会社のHPを覗くと、

東西『どん兵衛』の販売エリアのマップが見つかりました。

http://www.nissinfoods.co.jp/knowledge/madeby/donbee/soup.html

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 関ヶ原附近が分かれ目なのは、東の角餅と西の丸餅。エスカレーターに立ち止まって乗る位置の東の左側、西の右側と同じだねえ。

味の違いは、西の昆布出汁がメインの文化と、東のカツオ出汁がメインの文化から来るようです。


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まずカップの比較から。

 日本地図に合わせて、左が西版、右が東版に並べてあります(以下同様)。

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 西版は、スタンダードな昔からのデザインです。つゆも伝統の粉末です。

 東版は少し前から、『液体つゆ仕上げ』を売り出したので、その金色の表示がなされていて、『どん兵衛』のロゴの緑と白が反転しています。最近東版の粉末つゆバージョンを、あまり見かけなくなりました。

 東版が液体仕上げのつゆバージョンを売り出してから、少し経つのに、西版がいまだに粉末なのは、西の昆布つゆが粉末と相性が良いからでしょうか。

 そういえば、インスタント袋麺の『日清焼そば』の粉末ソースってとっても美味しいねえ。あれは、昔一度粉末から、液体に変えて不評だったからもとの粉末に戻したって聞いたことがあります。

それで、西版と東版の区別の仕方を見てみましょう。

 一番有名なのは、スチロールのカップの『●合成保存料、合成着色料は使用しておりません。』の右に(W)の表示があるのが西版。

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 その位置に(E)の表示があるのが・・・。あれえ?本来(E)の表示があった東版では、緑の四角で塗りつぶしてあるねえ!

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 それからもう一つ、紙ぶたの剥がし口の耳のところの『NISSIN』の赤い地に白抜きロゴの左に(W)があるのが西版。

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 そして、同じ位置に(E)の表示が・・・。あれえ?東版はこっちも(E)が無くなっているよお!

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 日清食品さんのHPでは、ここの表示が(W)と(E)で区別できるって説明してあるのに。

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これは『液体つゆ仕上げ』バージョンの東版だからなんだって。

どうやら関東のコンビニでは、通常液体つゆ版しか置いておらず、粉末版はスーパー等に行かないと売っていないようなのです。

手軽に入手できる、コンビニ販売分の比較だから、しょうがないねえ。


原材料名を比較します。


 西版。

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 東版。

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西版のスープでは、『魚介調味湯』が入っていて、東版ではそれが『かつおパウダー』になっているのが違います。当然、西版の方が『昆布エキス』の量が多いはずですから、各成分の配合も違うと思われます。

内容量は、西版が95g、東版が114gになっていますが、麺は共に74gなので、揚げの大きさと、つゆが粉末・液体であることからくる違いなのでしょう。


それで標準栄養成分表を比較します。


 西版。

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 東版。

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西版が合計、407kcal、塩分5.8gなのに比べ、 東版が合計、431kcal、塩分6.6gと、カロリー、塩分量共に、東版が多めです。


 蓋を開けて、小袋を取り出します。

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 西版の方が若干お揚げの色が濃くなっています。

 それでもって、西版は従来通りの粉末スープで、東版は液体スープ+七味とうがらし付きです。

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 西版は、粉末つゆを先に入れます。

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 東版は液体つゆを蓋の上に載せて温め、後から入れます。

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 お湯を注いで、5分でできあがりました。左が西版、右が東版。

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 なんか、右の東版の方が、お揚げが大きいねえ。
 
 お揚げをどけて、麺とつゆはこんな感じ。

西版は、黄土色っぽい薄い茶色のつゆです。


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東版は、焦げ茶色っぽい濃い茶色のつゆです。

 
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 東版に付いていた七味唐辛子を振りかけます。

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まずお揚げの比較から。

 西版 若干小さくて薄い。
 東版 若干大きくて厚い。
 噛んだときのつゆは、東版の方が大量に溢れます。
 猫舌の人は、東版の方が要注意かも。色は西版の方が濃いのですが、味の違いは分かりませんでした。どちらも上品な甘辛さのふんわりお揚げです。

麺は東西版による違いはないようです。

 発売当初より、麺に腰と滑らかさが出てきているのは、皆さんご存じの通りです。私は昔のふやけたようなチープな食感の麺も好きだったのですけれどね。

やはり大きな違いはつゆにあります。

西版

 癖のない上品な薄味で、薄口醤油と昆布主体でカツオが加わった関西風つゆは昆布独特の旨味というか、甘みが醤油の角をとって、まろやかな辛みになっています。
 
 この味を極端にデフォルメしたら、みたらし団子にかかっている甘辛いタレになると思います。

東版

 濃い口醤油とカツオ出汁独特の角のある辛みとえぐみがあって、これが独特の風味になっています。

 そうそう、浅草の大黒屋の天丼のタレや、草加煎餅のお醤油に共通する味です。

 この味を極端にデフォルメしたら煮込んだスキヤキの割り下になるんじゃないかな?

 西版同様、昆布のエキスも入っているのですが、あくまで隠し味のようです。
 以前食べた粉末つゆの東版どん兵衛のスープには、昆布が入っていなかったような記憶がありるのですが。

 とにかく、どん兵衛においては、関東風の味を留めているのが嬉しいのです。
 七味を加えることによって、逆に濃口醤油カツオ出汁の辛みが相殺されてマイルドになっているような気がします。スイカにかける塩みたいなものかな?

食べ終わった後、スープの色を比較します。

 麺やネギ等の具で、見栄えが悪く、濁っていてわかりにくいので、コーヒー用のペーパー・フィルターで濾して小皿に並べて入れました。

歴然と色が違うねえ。当然、左が西版で右が東版。


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交互に食べ比べてみると、食べる前に想像していたより、これだけはっきりと味に違いがあるというのはびっくりです。私はどちらも美味しくいただけました。さすがにお腹いっぱいだよお!

 こういうカップ麺は、大量販売大量消費が目的なので、マーケティング上、違いと言っても、話題づくり程度で、無難にまとめて、あまり差がないとばかり思っていたのですが、日清食品さんは、誠実な仕事をしているのでした。

簡単に両方手に入れるには、ネット販売を利用する方法があります。

 http://shop.nissinfoods.co.jp/product/local/?p=2

 東版の粉末つゆや、北海道版もあるので、興味のある方は一度お試し下さいね。

それにしても、「東京の黒いつゆのうどんは辛くて食べられない」と言っている大阪の人が、東京に引っ越した場合、『きつねどん兵衛』を食べるときは、わざわざ通販で西版を取り寄せるのでしょうか?それとも、食べないのかな?不思議だねえ。

案外気がつかずに、平気で食べていたりして。


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